弁論終結後の覚え書き(その2)原告は大竹氏(自然人)の方が争いやすかったのでは
弁論終結後の覚え書き(その1)原告と権利者は結局誰?、の続き。訴訟資料はこちら。
実務の知識は大事
大竹氏は,さいたま簡易裁判所越谷支部での訴訟にこだわっていた。会社があるのが越谷なので,近場でやりたいというのはわかるのだけど,なぜ地裁でなく簡裁なのかは今もって理由がよくわからない。経緯にもまとめたが,大竹氏は,2020年09月22日に,さいたま簡裁越谷支部に訴状を提出した。
ところが,訴状には,私がメールを引用したウェブページを削除し,100万円の賠償金を払え,と書いてあった。削除要求の訴額が160万円となるため,訴額合計が260万円となり,簡易裁判所で扱える140万円を超えてしまっていた。簡裁は職権でさいたま地裁越支部に事件を移送し,私のところには訴状と,移送したぞ,という書類が9月25日か26日に届いた。
私の方は,大竹氏から届いた「訴えてやる」メールの内容について,債務不存在確認訴訟をやる準備(訴状原稿や証拠書類など)は済ませていた。また,最初に訴訟で脅されたときに,こいつ一体どういう会社だよ,って思って登記簿簿謄本を取り寄せていたのだが,それがもうすぐ取り寄せてから3ヶ月になろうとしていた。会社を訴える場合の資格証明書は,取り寄せてからの使用期限が3ヶ月で,あと2,3日で期限が来てしまう。そうすると再度取り寄せになって何日か遅れることになる。
それで,さいたま地裁の手続きが始まる前に,山形で,削除の義務が無いということも入れた請求をぶつけてみる,ということを思いついた。二重起訴はまずいのだけど,移送に時間をとられて地裁の手続きでは山形の方で先行できそうだったので,こちらで先に始めればコロナ禍の中を埼玉まで行かなくていいんじゃないか,と思ったのである。資格証明書の使用期限が間近だったので,十分調べる余裕もなく,とりあえず訴状にメール引用部分の削除義務なしも追加して,ほぼ即日,山形地裁に訴状一式を提出した。
出してから,さいたま地裁越谷支部と簡裁越谷支部の両方に,「一部請求がぶつかる内容で提訴したのだけどそちらの日程はどうなってますか,これ二重起訴になりますか」と問い合わせてみた。しかし,手続きが始まって裁判官が書面を見るまで回答ができないと言われてしまった。
こうなると,頼りになるのは実務を熟知している弁護士さん,ということになる。普段お世話になっている先生に,状況を説明し,日付で先行できる可能性があるか,と訊いたら,移送があっても日付の方は最初に簡裁に出された日付になり,地裁が受け取った日とか事件番号が振られた日ではない,と教えてくれた。そうであるなら,反対の請求をぶつけている部分を残しておくと余計な手間が発生する上,混乱のもとになる。そこで,山形地裁に行き,事情を説明して,訴状の訂正の手続きをして,削除義務なしの確認の部分を削除した。
送達前に訂正できたので,大竹氏の方には,該当部分削除済みの訴状が届くことになった。ところが,大竹氏が何を勘違いしたのか,山形でもさいたまと同じ訴えを起こしていると言い出した。そこで,訂正後の訴状を書証として提出し,請求に重複が無いことをさいたま地裁で説明することとなった。
素人判断で小細工を思いついた挙げ句,書記官の手間を増やしてしまったので,反省している部分である。
原告は法人でええんかほんまに?
無断公開が著作権法違反だと言われたメールの著作者の表示が代表取締役の大竹氏個人で、法人の著作物だという立証も無いに等しい(=著作権法の条文への当てはめが全く出て来ない)のに、大竹氏はどういう訳か原告は法人だといって譲らなかった。確かYouTubeのコメントだか、どなたかに訴訟予告をした時に、これまでは個人が原告の訴訟をやってたけど次は会社が原告だ、って宣言してたので、有言実行したつもりなのだろう。ただ、著作権法違反の訴訟でやるのは筋が悪かったのではないか。
実は、原告が法人になって私も困った。訴訟を始めるにあたって、著作物の中身に踏み込んだ判断が出たらいいなあ、と思っていたのだが、14条の推認で大竹氏個人が著作者だということになってしまうと、法人の原告が主張できることがほぼ全て無くなってしまうからである。だから、わざわざ、原告が自然人である大竹氏であると思われる部分が多々あるので、一応そちらを前提にして著作権法の中身の部分の主張を出しときますね、って書いたのが準備書面1で、法廷でもしつこく、本当に自然人じゃないんですか、と訊いたのだけど、原告は法人です、で全ツッパされてしまったのである。
ウルフさんは太っ腹?
さて,原告が法人である,となった場合,法人が争えるのは,著作権の部分(ただし著作権が法人にあることを示す必要あり)と,メールの公開が原因で「何億円規模の損害」と主張している部分である。ところが,損害が何億円規模なのに賠償金がたったの100万円とは一体どういうことか説明しろ,などとやっていたら,ウルフさんが,販売の方で生じた損害については何も主張しないことにしてしまった。100万円の積算の根拠を出せ,と求めてみたら,出してきた内訳には販売で生じた損害の分が含まれていなかったのである。その結果,著作権のみを争うことになった。億単位の損害が出てると訴状に書いておきながら,請求しないことにしたのだから,実はウルフアンドカンパニーはものすごく太っ腹なのではなかろうか。
門前払いルートが発生
著作権のみを争うことになった上,メールの著作者の表示が大竹氏個人の名義なのに原告が法人、となったため、新たに門前払いルートが2つ発生した。選択でシナリオが分岐するノベルゲームのような状態である。分岐をスルーするわけにもいかないので、準備書面2で指摘することにした。なお,ノベルゲーの攻略では,分岐を全部たどって既読100%にする趣味があるw。
もっとも手続きの入り口で終わってしまうルートは、メールの著作権が法人ではなく推認通り大竹氏個人に帰属するため法人が主張できる権利がそもそも存在しなかった、となって、著作権の中身の審理に入らず終わってしまうというルートである。
その次まで進めるルートは、法人の著作物であると認められた上で,賠償すべき損害が無い,とされるルートである。このルートが発生したのは100万円の損害賠償の内訳が原因である。
法人の精神的苦痛 is 何?
原告が主張した100万円の内訳は,
財産権である複製権の侵害が20万円
財産権である公衆送信権の損害が20万円
著作者人格権である公表権の侵害が20万円
インターネット上で無断掲載された精神的苦痛の慰謝料が40万円
というものであった。最初の3つは著作権法が根拠,最後のものは一般不法行為という主張なのかなと思ったが,本人訴訟が得意なはずの原告が根拠となる条文を全く示さないため,推測にすぎないのだけど。ともかく,訴訟慣れしてるはずの大竹氏は,財産権と人格権が別の訴訟物なので請求も分けなければいけないということすら知らずに訴状をかいて,私が答弁書で指摘し裁判官からも分けろといわれて初めて内訳を出してくる始末だった。
原告はどの条文で訴えるか選べるが,被告にその選択の余地はない。普段勉強していない著作権法を使うことになったので,訴えられてから本屋に走る羽目になった。
とりあえず定番とされる教科書を2冊買ってきて,関連しそうなところをざっと読んで条文がどう運用されているかを確認した。中山先生の本はじっくり読むのに適していて,岡村先生の本は図が多く初心者がめあての情報を検索するのに便利であった。法学部やロースクールで使われている定番の教科書だそうなので,素人としては,とりあえずこの教科書の内容に基づいて書面を作るしかないのであった。なお,訴訟の途中で岡村本の改訂版が出たので,そちらも買うことになって出費が倍増した。
岡村本の8.6.3節に損害についてわかりやすい表が出ていた。それによると,著作権・著作隣接権・出版権については,積極損害,消極損害(逸失利益)が認められ,慰謝料が認められることは例外的な場合であり,著作者人格権・実演家人格権については積極損害と慰謝料が認められる,となっていた。
積極損害というのは,侵害によって生じた不必要な出費で,侵害者特定に要した費用などが該当する。今回は,送達先をさっさと指定してしまったし,双方とも本人訴訟なので,訴訟費用と郵券と印刷代紙代以外に積極損害と呼べそうなものは存在しない。
すると,財産権侵害で認められるのは逸失利益ということになる。が,常識的に考えて,私に対して提訴してやると脅しているメールの内容を他で販売して得る利益があるというのは想定しがたい。だから,逸失利益も存在しそうにない。
慰謝料の方は精神的苦痛による被害ということになる。著作権法にもとづく慰謝料20万円と,同じ内容となる精神的苦痛40万円をわざわざわけた理由がさっぱりわからないのだが,さらに問題なのは,原告が自然人ではなく法人なので,そもそも精神的苦痛が想定できず,慰謝料を請求する根拠が無いということである。
このルートに入った場合,逸失利益が無いので財産権侵害の賠償金を請求する根拠がなくなり,精神的苦痛が存在しないので慰謝料請求の根拠もなくなる。削除要求だけは残るが,財産的にも精神的にも被害が無いのに一体何を根拠に削除を求めることが正当化されるのか?ということになってしまう。第一、訴えてやるとか本人訴訟が現在進行形で得意だという主張は、原告自身が自分からYouTubeコメントに書き込んで公表済みなのだ。
門前払いルートは,大竹氏(自然人)が原告であれば発生しなかったルートである。どう考えても,大竹氏(自然人)が原告になったほうが,より望みの結果が得られる可能性が残っていたんじゃないか。なぜ原告が法人であることにこだわったのかさっぱり分からない。そういえばどっかで、大竹氏は、これまでの訴訟は個人が原告だったけど次は会社が原告で、みたいなことを書いてたっけ。とすると、単なる趣味の問題だったのだろうか。