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産学連携は慎重に

Posted on 1月 13th, 2006 in 倉庫 by apj

 水商売ウォッチングの方に詳細を書いたが、一応こちらにも出しておく。ブラックシリカの宣伝方法が薬事法にひっかかったという新聞記事に掲載された、北大の荒磯教授のコメントが問題である。

シリカの性質について詳しい北大の荒磯恒久教授は「遠赤外線が水の構造に変化を与えることは証明されているが、医学的な効果は証明されていない」と指摘したうえで、「国や自治体が医学的な効能を実証する必要がある」と強調している。

 遠赤外線が水の構造を変えるという話は、液体の研究の方では今のところ全く支持されていない。ただし、この話は、これまでの水関連の宣伝とは異なり、JJAPのレターが出ているから厄介である。該当する論文は次の2つだが、他にもまだあるかもしれない。
・”Clathlate-like Ordering in Liquid Water Induced by Infrared Irradiation”, Jpn. J. Appl. Phys. vol.43 No.11A 2004 pp L 1436-L 1438
・”Effect of Far-Infrared Light Irradiation on Water as Observed by X-Ray Diffraction Measurements”, Jpn. J. Appl. Phys. Vol. 43, No. 4B, 2004, pp. L545-L547
 あとの方の論文の共著者の一人が荒磯教授だから、荒磯教授は「遠赤外線で水の構造が変わる」と素で信じているのだろう。
 論文の問題点は、水商売ウォッチングの方に書いたが、もう一度まとめると以下の通りである。
(1)乱雑な空間構造を持つ液体では、X線散乱の特定の散乱角度での強度から空間構造を議論することはできない。当該論文は、横軸が散乱角度のままで議論しているが、これは意味をなさない。全散乱角度で測定し、フーリエ変換して、動径分布関数になおして初めて空間構造の情報が正しく得られる。
(2)論文の測定角度範囲は狭いが、その部分だけでも、遠赤外線処理した水とそうでない水で、散乱強度の絶対値が広い範囲で倍以上違っている。X線散乱の強度が試料の電子密度に比例することを考えると、光学系の調整がうまくいってないのではないかと思われる。強度の直接比較ができる程度に毎回合わせるのは難しいとしても、あまりにも違いが大きいのはおかしい。
 以上のことから、上記の論文を書いた研究グループの仕事は、レターとして出版されてはいても、今後「広い角度範囲で測定して動径分布関数になおした結果が提示され」かつ「元データの散乱強度の違いが現実的な範囲に収まっている」ことが確認されるまでは、何かの判断に使ってはいけないものである(この2つが出そろったら、他の実験手法による結果とも付き合わせて、話が本当かどうかを確認することになる)。
 「水に何かの処理をして水の構造を変えたい」と夢想する企業は後を絶たない。荒磯教授の現在の専門が産学連携であることを考えると、「遠赤外線が水の構造を変える」という話が、北大の産学連携の活動を通して一般企業に広まり、消費者に対する宣伝に使われる可能性がある。
 今回のネタは、液体のX線回折を専門にしている人ならチェックできるが、そうでない人が間違いを指摘するのは難しいと思う。セカンドオピニオンが必用なら、溶液化学研究会あたりで毎回液体構造のX線回折の結果を出しているグループに相談すると良い。

 ウォッチングや掲示板でこの話題をとりあげたら、「これって日本の最高学府や科学に対する危険信号ではないのですか?」というコメントをもらった。勿論、まともな産学連携の方が数としてはずっと多いが、おかしな話に手を貸す研究者が出てきたら信頼が揺らぐことは確かだろう。この手の話は、産学連携の数自体が増加するだろうから、これから先増えることはあっても減ることはないのではないかと、実は心配している。
 大学や教員に対する外部評価基準に、「産学連携」が入っているのだが、評価で要求される項目は、「どこと、何件、研究費いくらで、特許がいくつ、簡単な概略説明」といったものだけである。個別の内容が怪しいかどうかなんて、大学評価機構だってチェックのしようがないのだろう。また、内容で評価してそれが間違っていたら、別の問題が発生することになる。
 すると、
・怪しい理屈で
・騙しても儲けたい企業と
・公取がなかなかつっこめない程度の研究内容付きで
産学連携しても、とりあえずプラスに評価されてしまう。内容がバレている研究者の業界では思いっきり顔をしかめられるに違いないが……。

 私自身も企業から研究委託を受けたり、相談に乗ったりしている。未知のことを調べていくとと、どうも怪しいんじゃないかという話だって出てくる。幸いにして、企業の方が守秘義務を課しているので、怪しい部分もそうでない部分も含めて内容は一切外には出ない。また、私も「本当なら面白いが可能性は少ないし一歩間違うと怪しい方に行くから慎重に」と伝えている。企業の方もちゃんとそのことを理解してくれている。研究途上で関係者が(最善を尽くしても)間違うのは仕方がないが、他所まで広めるのはよろしくないと思う。