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教育基本法改正:「愛国心」が問題なのではない

Posted on 11月 17th, 2006 in 未分類 by apj

教育基本法改正について、賛否両論が出ている。「愛国心」を求めることが悪いという意見が多いが、実のところ、問題は他にあると思うので書いておく。
 問題になっている条文は二条で、現行法は

第二条(教育の方針) 教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によつて、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。

である。政府提出の改正案は、

(教育の目標)
第二条 教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
一 幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
二 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。
三 正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
四 生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。
五 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。

である。かなり細かい内容にまで踏み込んでいる。愛国心で揉めている人達は五を問題にしているのだろうが、教育基本法の本当の問題はむしろ一の方にある。「豊かな情操と道徳心」というところまで具体的に踏み込んだために、情緒を教育するということが前面に出すぎている。これとバランスを取るには「合理的な考え方を養う」という文言あるいはこれと同等な内容を入れなければならない。現行のままでは、理科教育にとって不利な内容になっているし、科学技術立国を目指す方針の足を引っ張りかねない。
 「真実を追究」という文言があるからいいいではないか、という意見もあるかもしれない。しかし、現実には、田崎氏がニセ科学シンポジウムでも指摘したように、実は理科教育自体が行きすぎた相対主義に汚染されつつあるので、これだけでは弱すぎる。
 現行法のもとでさえ、「道徳教育をしましょう」となった途端に、「水からの伝言」というオカルト・ニューエイジ系の思想に入り込まれてしまったという現実がある。さらに、TOSSのお手軽実践例を見ると、「脳からよい物質がでるからいじめをしない」を始め、トンデモ話やニセ科学に基づく教育が確実に広まりつつある。他にも、「それ何てみのもんたの健康情報?」という内容の実践もある。もちろん、TOSSが教育内容を規定するわけではないが、それなりの数の教員に共有される情報であり、ニセ科学実践をしてもそれに対する批判が出てこない(既に自浄作用もニューエイジに対する抵抗力も失っている?)ということから、オカルト・ニセ科学蔓延の下地は既にあると考えた方がよいだろう。また、怪しい健康番組モドキの内容を学校で教えたりしたら、インチキ健康商法のカモを養成するだけである。
 現実を動かすのは事実の積み重ねと合理的な思考であって、情緒で物事は解決しないということをきちんと教えないといけない時に、情緒にウェイトを置きすぎた教育基本法はいかにもまずい。
 「戦争できる国家への道」だという理由で改正に反対している人が目立つし、政府与党の論調の方も、そういう人達を想定しているように見える。そうではなくて「ニューエイジ系の思想蔓延に対する抵抗力をつけられそうにない」ことの方が、政府改正案の問題だと思う。大声を上げて賛成反対を叫んでる人達の双方ともが、このことを認識してそうにないから困るのだけど。


ここからは旧ブログのコメントです。


by 酔うぞ at 2006-11-10 23:05:10
Re:教育基本法改正:「愛国心」が問題なのではない

わたしは現在の学校教育にあまり問題がないのであれば、教育基本法の改正そのものが出てこなかったかもしれないし、こんな大騒動にはならなかっただろうと思います。

教育の現状を問題にしている人たちが多いからそれに乗って教育基本法改正を引きずり出したのではないか?とすらも思っています。

教育基本法に本来的に求められるのは、全体像の整理と定時だと思うのですが、少なくとも現状は目的は置いておいて手段が正しいのかどうかに傾きすぎていると感じています。

これは現在の社会風潮一般に共通しているところであって教育分野特有の問題ではないのですが・・・・。

生産管理での重要な言葉として「ここの分野の最善を集めても、全体は最善にはならない」といったことが強調されます。
どうも教育問題の議論はここに陥っているところがあるように思うし、もっといえば社会全体があまりにもリスクを盗ることを重大視しすぎるようにも思います。


by TuH at 2006-11-38 02:36:38
Re:教育基本法改正:「愛国心」が問題なのではない

細かい話ですが,「健やかな身体を養うこと」というのも問題かと…。
それから,「公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと」について,「(国に)養われたくはないなぁ」と思います。

それはともかく,現行法を強行採決までして変える必要があるか,そんなに急ぐ必要かあるか疑問です。


by 田部勝也 at 2006-11-26 03:21:26
Re:教育基本法改正:「愛国心」が問題なのではない

apj氏の「教育基本法改正:「愛国心」が問題なのではない」の主張に全面的に同意します。
各校が長年かけて築き上げ、地域からも支持され愛されていた伝統ある入学式・卒業式を、東京都が無神経にぶち壊し、全校に画一的な入学式・卒業式を強要しだした時も、「国旗・国歌」の問題だけが話題になってしまいました。大変由々しき事態だと思っています。

おそらく、国会審議でも、マスコミ報道でも、「愛国心」問題だけしか争点がないかのような議論に終始するでしょう。大声を上げて賛成反対を叫んでる人達の双方に、「そうではない」という事をしっかりと認識させるために、私ができる事はなんだろう──と悩んでいます。


by 越後屋遼(実は安倍ちゃんの親戚) at 2006-11-14 09:20:14
Re:教育基本法改正:「愛国心」が問題なのではない

TuHさん

強行採決になったのは、単に最初の国会で、掲げた最重要法案が通らなかったら、安倍ちゃん的にマズいから、じゃないでしょうか?

もちろん今なぜ教育基本法改正?という点については皆さんに同意。


by apj at 2006-11-08 20:49:08
Re:教育基本法改正:「愛国心」が問題なのではない

>最重要法案
 だからこの位置づけが間違ってると思われ。

 まあでも、愛国心教育やることになったらそれはそれで見物だなぁ。もっと身近ないじめやら言葉遣いの指導で、水伝やら脳内革命が使われているわけだし。
 「脳からいい物質が出るから愛国心を持ちましょう」って類の教育が全国各地で行われる予感が。


by 酔うぞ at 2006-11-12 22:56:12
Re:教育基本法改正:「愛国心」が問題なのではない

>>最重要法案
> だからこの位置づけが間違ってると思われ。

別の側面もあるみたいよ。

mixi で知ったのだが、昔の同級生で教師をやっている人からメールが来て「教育支配を強めるものであり、断じて認めることができないものです。 」なんてかいてあったとのこと。

まぁ説明するまでもないけど、自民党が「今緊急にやることか?」と思われる教育基本法の単独でも成立、を目指したら本来は社会がちゃんとやれと矛先が向かう現場からはコレだよ。

まるっきり出来レースじゃないのかよ?

あっちこっちのNPOとか機関が「教育に手を貸す。出張もするぞ」と言っているのは、社会が危機感を持っているからでしょう。

それが、なんでこんな話になるんだよ。


by apj at 2006-11-36 05:53:36
Re:教育基本法改正:「愛国心」が問題なのではない

 っていうか、そもそも幻想を相手にケンカしてるからじゃないのかなあ。

反対派の一部→日教組系?改正すると戦争につながるとすり込まれてる、あるいは教育現場が時の権力者の都合のよいようにされてしまうと考えている。
賛成派の一部→日教組をつぶしたい。自虐史観がけしからんとか日の丸君が代を徹底させるとかいう、つまりは時代遅れの懐古主義者。

現実に起きていること→学校だけでは対応しきれなくなっているもろもろがある。
現実的対応→統制とか戦争云々とかじゃなくて、社会と巧く接点を持たせる方向で、学校にこれまでなかった教材なんかを使っていろいろできるようにしたい(酔うぞさんの立場ですよね)。

 ところで、現行法のままだと、NPOが教育に手を貸したりできないという制限になってる部分ってあるんですかね?制限が特にないなら、基本法はそのまま放置して、運用の部分で社会が手を貸せる状態にする方がいいと思うのですが。


by 酔うぞ at 2006-11-18 08:41:18
Re:教育基本法改正:「愛国心」が問題なのではない

少なくとも、教育基本法には学校外の人間が教育に関わることを禁止する、なんて条項があるわけがないです。

あるとすると、宗教国家とか私立学校にきつい制限を課している国ぐらいでしょう。

現場としては、今の問題の中で教育基本法が原因である、という部分はかなり少ないと思いますよ。
と言うよりそもそも基本法なのだから直接的な原因にはなり得ないわけです。

例えば、教科書は検定がありますが、教科書以外の教材はトンデモなものでも入ってしまう。
だから「水伝」とか「ご飯キット」が流行ってしまうわけで、それなら「アンチ水伝」も入れて当然だ。となります。

こんな話は、どう考えても教育基本法とは無関係ですが、騒いでいるのが現場じゃなくて中央だ、というところが大問題ですね。


by 越後屋遼(てことは佐藤栄作と岸信介とも親戚なわけで) at 2006-11-27 18:33:27
Re:教育基本法改正:「愛国心」が問題なのではない

てゆか、小泉の時の郵政民営化にしたって、あれが最重要法案なのか?だったわけで。

だいたい代議士が「民意に従って政治を行う・・・」ってのがもちろん理想だけど、結局のところ、「政治家がやりたいことを示して投票してもらう」になってるのが現実。

つまり、民が何をしたいか=最重要法案ではなくて、政治家が長年やりたいと思ってること=最重要法案となっている罠。


by とれま at 2006-11-01 12:32:01
Re:教育基本法改正:「愛国心」が問題なのではない

クローズアップ現代「“愛国心”って何ですか」で愛国心教育の特集やってたらしくて、そこで取り上げられた授業で
日本の四季の写真(富士山の四季の写真)を見せる→四季は美しい→四季がある日本という国は美しい。だから日本はすばらしい。
との展開にしていたらしいですね(自分はテレビ持ってないので見てないし、左よりの人のブログで知ったんでほんとは違うのかもしれませんが。誰か見た人いませんか?)。
理論の展開の仕方が水伝レベルなんですが。なんかすごいデジャブ感がするのは俺だけ?


by 田部勝也 at 2006-11-50 06:05:50
Re:教育基本法改正:「愛国心」が問題なのではない

とれま様。
その番組、見てました。ほぼそんな感じでした。記憶はあやふやなんですが、生徒が「いつも暖かなとこのほうがいい」だか「梅雨や台風や大雪や猛暑があるのはヤダ」だかと言うのを、「でも四季があるのはいいよね」とか教員が強引にねじ伏せていたのが、印象的でした。
これからはこういう授業が全国の小学校で繰り広げられる事になるのかなぁ……と、頭を抱えてしまいました。こんな事してたら、子供に愛国心を持ってもらうという目的には、かえって逆効果だと思うのですけど……。


by apj at 2006-11-55 09:48:55
Re:教育基本法改正:「愛国心」が問題なのではない

>「でも四季があるのはいいよね」
 まず沖縄県から大クレームが、北海道の北の方からもクレームが付きそうですねぇ。

>日本の四季の写真(富士山の四季の写真)を見せる→四季は美しい→四季がある日本という国は美しい。だから日本はすばらしい。
 こんな論理で教育したら、常夏の島多数の東南アジアは素晴らしくないとか、南極オワッテルとか、グリーンランドもうダメポとか、そういう話になっちゃいそうな……orz。
 地理の授業とかどうするんでしょうね。いろんな気候帯の話をするわけでしょ。気候帯の話に、気温やら降水量やら以外に妙な「愛国心的価値観」が乗っかってくるのだろうか。氷期には愛国心は持てないという結論が出てみたりして……。


by 田部勝也 at 2006-11-31 08:07:31
Re:教育基本法改正:「愛国心」が問題なのではない

>apj氏「こんな論理で教育したら、常夏の島多数の東南アジアは素晴らしくないとか、」
まさに、その授業の導入が、「常夏の南国からホームステイだかで日本に来た女の子が“日本は四季があって羨ましい”とか言うのを聞いた太郎君(仮名)が、日本の良さに気が付いた……」みたいな絵本だか紙芝居を見せる事から始まるんですよね。
まずは「いやいや、あなたの国だって、私から見たら羨ましいですよ」とか、謙遜して相手を持ち上げるのは、日本的美しさではなかったんです……(苦笑)。
──なんだか、かつて『トンデモ本の世界』で紹介された『日本人の偉さの研究(中山忠直著・昭和8年発行)』の話を思い出しちゃいましたよ。


by apj at 2006-11-51 08:39:51
Re:教育基本法改正:「愛国心」が問題なのではない

田部さん、
 どうも、愛国心教育を今やろうとすると、「軍国主義」とも「戦争のできる国」ともちっとも結びつかず、「単なるトンデモ」と化すみたいですね。イデオロギーに基づいて何かできる・される、と思うこと自体が既に幻想ではないのかと。


by 田部勝也 at 2006-11-04 05:06:04
Re:教育基本法改正:「愛国心」が問題なのではない

>apj氏「どうも、愛国心教育を今やろうとすると、「軍国主義」とも「戦争のできる国」ともちっとも結びつかず、「単なるトンデモ」と化すみたいですね」
好意的に考えると、それをトンデモだと看破できるほどに国民の教養レベルが高まっていると言えるのかも知れませんね。昔なら通用していた(かも知れない)やり方も、今なら、その薄っぺらな論理を簡単に見透かされ、嘲笑されるだけ──という感じですか。
つまり、単に今現在「国民に愛国心を持ってもらいたい・持ってもらわないと困る」と思っている人たちの「イデオロギー」ってヤツが、その程度のモノでしかない──というだけの事だと思いますよ。例えば、他人に「ありがとう」と言う事を教えるのに「水からの伝言」を根拠にしなければならない程度の「道徳観」というのと似たような感じですかね。


by apj at 2006-11-25 06:15:25
Re:教育基本法改正:「愛国心」が問題なのではない

>単に今現在「国民に愛国心を持ってもらいたい・持ってもらわないと困る」と思っている人たちの「イデオロギー」ってヤツが、その程度のモノでしかない

 道徳教育も愛国心教育も、トンデモの導入→自滅、で終わりそうですねぇ。
少なくとも、言葉に力(説得力、論理性)が無ければイデオロギーを他人に伝えて共有するなんて不可能ですよね。情緒でイデオロギーは伝えられない。
 言葉に力を持たせることが出来ない(=その程度の内容しかない)状態でイデオロギーを無理矢理他人と共有しようとしたら、それこそ、古くは連合赤軍、ちょっと前だと自己啓発セミナー、最近ではオウムを始めとするカルトみたいに、比較的少人数を閉鎖環境に閉じこめて外界と遮断した状態で洗脳するしかないわけで。まず学校じゃ無理だろうなぁ。


by KOZARU at 2006-11-15 16:58:15
Re:教育基本法改正:「愛国心」が問題なのではない

>田部勝也さま
まさにそんな感じでしたね、あの授業。
うろ覚えなんですが
一人の女の子が「でもSusieさん(仮名)の国にもきれいな風景があるんじゃないか」というような発言をしたのに
教師が無理やり押し切っちまいましたw

どっちかっつーと
「Susieさんの島を訪れた太郎さんが美しさに感動して
 日本にはどんないいところがあるだろう、と考えてみた」
の方が効果的じゃないかと。

というのはさておき、私が小学生の頃の道徳の授業は
暗幕をひいた視聴覚室で
ビデオ(はたらくおじさん?)を見せられたりしました。
ある意味、洗脳しやすい環境だったようにも思います。