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なぜ「ゲルマニウム(健康グッズ限定)」の効果がまったく期待できないか

Posted on 12月 27th, 2006 in 倉庫 by apj

 ゲルマニウムを使った健康器具(ブレスレットなど)が流行している。しかし、あまたの健康グッズと同様に、これもまた空騒ぎに終わるだろう。ゲルマニウムに接触しても、ほとんど何も起きそうにないからである。
 こういうことを書くと、「実験もしないで」「試してもみないで」と言い出す人が必ず居る。また、「科学でわかっていないこともある」という定番の反論も出てくるだろう。だから、なぜそう言えるのかを説明してみる。
 物質を分析する方法の1つに、赤外吸収分光というのがある。物質は、それぞれある特定の波長の赤外線を吸収する性質がある。だから、その吸収パターンを測定すれば、物質を同定したり、場合によっては定量したりできる。赤外吸収分光は、分析化学の分野では定番の測定方法である。どの大学や検査機関にも、かならず1台以上の赤外吸収測定装置があるし、毎日世界中で使われている。
 この赤外吸収を測定する方法の1つにATRというものがある。屈折率の大きいプリズムの上に試料を接触させて、赤外線を当て、プリズム表面付近にくっついている試料の赤外線吸収スペクトルを得る方法である。この実験では、プリズムの材料として、純度の高いゲルマニウムがよく使われている。もちろん、私もゲルマニウムを使って、赤外スペクトルの測定をしている。
 さて、健康グッズとしてのゲルマニウムは、ブレスレットやネックレスに加工されて使われている。体に接触させることによる何らかの効果を狙ったものだろう。実際、

ゲルマニュームは、32℃以上の刺激を受けると、マイナス自由電子が飛び出し、乱れた生体の電子バランスを整え、異常電位を正常にして、細胞の活性化に働きかける。
ゲルマニュームは、医療用具として承認されている商品もあることから、そのパワーは科学的に証明されている。

のような説明がなされている。
 しかし、実は接触による効果はほとんど期待できないし、マイナス電子云々も根拠がない。
 もし、ゲルマニウムが32℃以上で電子を出すならば、ゲルマニウムに接触している物質はその影響を受けるはずである。普段使っている赤外分光器は、内部に赤外線源があるから、試料を入れる場所は32℃位にはなっている。ゲルマニウムが試料に電子を与えるとすれば、それはゲルマニウムと試料が接触しているところで主に起きるだろう。ATRでは、光学系の配置から、ゲルマニウムに接触している部分を主に測定している。健康情報として言われているようなことが現実に起これば、それは試料の変化を引き起こし、スペクトルの変化となって見えるはずである。しかし、実際にはそんなことは起きていない。プリズムにゲルマニウムとそれ以外の材料を使ったときで、ゲルマニウム特有の試料の変化が起きたという報告はこれまでに1つもない(ゲルマニウムそのものを腐食させるようなものを測れば別だが、今考えているのはプリズムを変化させない接触である)。世界中で毎日測定に使っていて、どこからも異常が報告されないのだから、言われている現象は起きていないと判断するのが妥当だろう。なお、研究者というのは、鵜の目鷹の目で変わった現象が起きてないか探しているものなので、ゲルマニウムプリズムを使ってちょっとでも普通と変わったことが起きれば、大喜びして「新現象発見」と名乗りを上げるに違いない。それをネタに研究費だって申請するだろう。残念なことに、現実には健康グッズで言われている方向では何も見つかっていないのだけど。
 「ゲルマニウムを、腐食性のない材料(電解質水溶液、高分子やタンパク質の水溶液、生物の組織など)に接触させたら、健康グッズの説明に出てくるような現象が起きますか」という問いの答えはNoである。
 
 ゲルマニウムが電子を出して人間の体に作用する、といった主張とぶつかることになるのは、これまでに世界中で行われたATRプリズムによる赤外分光測定の結果である。なぜ、人体に触れると電子を与える(電流を流す?)はずのゲルマニウムが普通の試料の測定では何の効果も示さないのかをきちんと説明してくれない限り、ゲルマニウムブレスレットのふれこみを受け入れるわけにはいかない。
 「科学的に考える」ためには、新しく提案された証拠の内容と、それが、従来知られている知識をどこまで支持するかあるいは否定するのかを検討することが第一歩である。ゲルマニウムでは、それを人体のような「水を含んだ高分子」に接触させた場合、電子を与えていることが直接観測されていないにもかかわらず、そういう現象があるとされている。一方、ATR測定では、ゲルマニウムプリズムが電子を出せば試料が変化して測定にひっかかるはずだが、そんな現象はこれまでに見つかっていない。電子の移動を測るには、電流を測るか物質の化学変化で見るかが普通行われている方法だから、これまでのところATRの結果の方が圧倒的に確からしいことになる。ゲルマニウムを使ったアクセサリーは、肝心の拠って立つ自然現象に根拠が無い状態で広まっているといえる。

 以上が、接触させても無意味だろうと判断した理由である。

 ゲルマニウムに限らず、「これまでに知られている事実と真っ向からぶつかる主張があったとき、その主張の根拠は、これまでに知られている事実を軒並み否定するだけの内容があるか?」ということに注意しなければならない。主張する人は往々にして科学っぽい説明をしているが、本人が気付いていないだけで、説明の内容が、これまでに知られている事実の広範囲な否定になっていることがある。この場合は、よほどの証拠がない限り、受け入れられないし、検討もされないだろう。

 経口摂取は別に考えなければならないが、「健康食品」の安全性・有害性情報によると、経口摂取は、有機ゲルマニウム・無機ゲルマニウムともに避けたほうが良さそうである。安全性がはっきりせず、効果がある場合は生死に関わる副作用とセットで、しかも他に有効であるという証拠がないものを、健康法としてわざわざ利用する必要がどこにあるのかが謎である。