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誤解されたので書いておく

Posted on 7月 27th, 2008 in 倉庫 by apj

 逝きし世の面影さんのところで、私が書いたエントリーが誤解されたらしく、『ムペンバ効果』科学に未検証はあっても、未解明は無い、というエントリーがあがったので指摘しておく。

『過冷却水とムペンバ効果』ただし下記の記事では氷点下でも凍らない不思議な現象『過冷却』をムベンバ効果として紹介している。
http://www.cml-office.org/archive/121683743476.html
有る一定の条件下では過冷却水が出来易いので『温度の高かった水が凍る』時に『温度の低かった水か過冷却水として凍らない』状態が存在するとしています。
過冷却水は、特定の条件下で静かに冷やせば0度以下でも凍らず水として存在する不思議な現象ですが、過冷却水は衝撃などで瞬間的に凍ります。
この現象をムペンバ効果と書いて有りますが、確かに再現は難しいでしょうね。
『確率的にしか起きない上に、繰り返し精密な実験が必要なので、演示実験の材料としては不適と考える。』
普通の家庭の冷蔵庫での再現性が極めて低そうです。
『水の冷却過程の研究には役だっても、家庭での実用性は無いに等しいわけで、水の相転移や過冷却状態に興味のある研究者や技術者以外の一般の人に、ためしてガッテンのような番組で紹介するような話ではなかったのではないか』
NHKの放送でのムペンバ効果は家庭用冷蔵庫での氷を作る裏技の話で、この記事の実験室で過冷却水を作るムペンバ効果の話は、科学実験としても別物です。
名前が一緒ですが全く何の関係も無い、同姓同名の別人の話の様な、まったく別の話をしていますね。

 まず、過冷却をムペンバ効果として紹介した事実は無い。
 過冷却が起きてから凍るまでの時間のばらつきが大きいことが原因で、ムペンバ効果と称する現象が起きてしまうことがある、と指摘したのみである。過冷却水が衝撃で瞬間的に凍ることは事実だが、瞬間的に凍ると熱が放出されて温度が上がるため、十分低温でかつ過冷却という状態を作らない限り、水の一部しか凍らない。その後は、氷が徐々に成長して、全体に凍っていくということになる。
 「氷点下でも凍らない不思議な現象」とあるが、実は不思議でも何でもない。水以外の物質でも液体を冷却していけば過冷却状態は簡単に実現するし、結晶ができはじめて固体と液体の共存相になると、全体が結晶になるまでは物質に固有の温度が保たれた状態になる。ナフタレンでも起きるし、ベンゼンでも起きる。極めてありふれた現象で、高校の化学の教科書にも出ている。ただし、結晶ができはじめるまでの時間のばらつきの大きさまでは出ていない。
 「名前が一緒ですが全く何の関係も無い、同姓同名の別人の話の様な、まったく別の話をしていますね。」というのは、明らかに、私が書いた内容に対する誤解であろう。全く何の関係もない、というわけではない。私が紹介したのは、ムペンバ効果と呼ばれる現象が観測される理由の1つを実験的に出したという論文なので、考えるためのとっかかりとしては使えるはずのものである。また、一般家庭の冷凍庫で実験している限り、条件がばらつきすぎてムペンバ効果の説明も再現もまともにはできないわけで、論文の方は「全く別の話」ではなく「精度を上げた話」になる。裏技の理由になったムペンバ効果がなぜ観測されるかを、過冷却というありふれた自然現象の振る舞いに関連づけて説明できるということである。

・いろんな理由でお湯の方が先に凍るという現象は実際に起こりうる
・精密に実験すれば過冷却になってから凍るまでの時間のばらつきによることがわかる
・素人実験では精密さに欠けるため、お湯が先に凍った場合に何が原因か突き止めるのは困難
・精密実験でも素人実験でもお湯が先に凍るのは100%ではない(論文の条件では47%くらいだが、条件によって変動するはず)
・たまたまお湯が先に凍ったことをムペンバ効果と呼んでいる
 
という状態だろうというのが私の書いた内容である。
 裏技として使うためにテレビで紹介するのなら、素人の誰がやっても9割方成功するようでないと使い物にならない。当のNHKが、裏技として使える程の精度での再現実験をできていないわけで、視聴者に紹介するのは不適切だろう。
 昨日、NHKの放送内容をチェックする機会があって、このリストに、

・たまたま起きるに過ぎない現象をNHKは裏技として紹介した

が追加が必要だという結論になった。

ムペンバ効果調査中(2):「ためしてガッテン」でどう扱われていたか

Posted on 7月 27th, 2008 in 倉庫 by apj

 blogを見た知りあいの方が、録画した「ためしてガッテン」を見る機会を設けて下さったので、「ためしてガッテン」の内容を確認してみた。

 見た限り、ムペンバ効果以外の部分には問題は無いし、理科の演示実験としても面白いものであった。番組冒頭のチンダル像の映像がなかなか面白い。

 では、ムペンバ効果がどう紹介されたか。

 番組冒頭で、「さらに、一刻も早く氷を作りたい、そんなあなたに朗報が!!」と強調した後、前野さん登場。「日本ではほとんどこの現象、紹介されていませんので」のあと、論文のコピーを積み重ねるシーンが入り、「それは世界中の科学者を驚愕させた大発見」とナレーションが続く。
 この内容が紹介されるのは、番組後半になってからである。
 最初に、「速く氷を作るには、製氷皿に水を入れるかお湯を入れるか?」と問いかけて、スタジオに、ヤカンの湯とペットボトルの水を出している。
 その後、「世界が凍った大実験」「科学の世界で謎とされる現象」として、ムペンバ君の経験が紹介される。アイスクリームの素を冷まさないで冷凍庫にいれたら先に凍ったという内容である。
 その後、温度計を入れたビーカーを並べて凍らせるVTRが出る。が、元の温度を表示するところで、逆回しビデオが速すぎて、温度変化の方も早送りされてしまい、どういう変化をしたかがはっきりしない。何回やったうちの成功例かもわからない。
 NHKが再現実験をしたと称しているのは、別のドラマ仕立ての実験。-20℃度の部屋で男女が言い争いをしていて、女性が男性に、カップに入った水をかけると水がちゃんと男性のところまでとどいてかかるが、熱いお湯をカップに入れてかけると、大量の湯気とともに細かい粒になって下に落ちてしまう。
 その後、スタジオでは、20℃以下の水は凍るまでにかかる時間が、温度が下がるとともに短くなるが、20℃以上の水では温度が高くなるほど凍るまでにかかる時間が短くなる、というグラフが出された。また、繰り返し実験では、製氷皿にお湯を入れた場合、冷凍庫の温度は1℃か2℃上がるが速やかに元に戻る、と紹介された。
 終了の時のコメントでも、「熱湯が先に氷になるのでウチでもやってみたい」というものが出ていた。

 引っ掛かったところを書いておく。
 番組中で、透明な氷ができるかどうかを検討している場面で、家庭用冷凍庫の温度が-20℃と紹介されていた。実際には、制御や霜取りに伴う温度変動があるので、常に一定ではないし、どの程度安定するかは冷蔵庫によって異なる。食品の保存という点では、大体-20℃と思っても大丈夫だろうが、精密な実験ということになると、温度変動の影響がどう入るかわからず、ちょっと心許ない。
 ムペンバ君の経験とその後の実験については、番組の紹介では、条件がはっきりしない。こちらは、Physics Educationの内容を確認してからでないと何とも言えない。モノがアイスクリームだと、どれだけ泡立てたかとか、ちゃんと他のグループと同じ組成になってたかあたりから見ないと何とも言えない。冷凍庫のどの場所に置いたかによっても違ってきそうではあるが……。
 ビーカーを並べて凍らせるVTRでは、何例やったうちの何例が成功したのかがわからない。偶然、お湯だった方が先に凍ることもある上、時間の経過がわからないので、あのビデオだけでは何とも言えない。
 ドラマ仕立ての実験は……見てるものが違うのではないか。お湯の方が先に凍るというよりも、お湯の方が細かい粒になりやすいという現象を捉えているように見える。ビデオだけでは何とも言えないのだが、大量の湯気が出る勢いでまず細かい粒ができ、急速に冷えたことで凍っているのではないか。水の熱容量を考えると、細かい粒になった方が速く凍ることになる。お湯の方が粘性は下がっているので、ばらまいた時に飛び散りやすくはなっているはずだが、それだけなのか? -20℃の部屋に湯をばらまいた時に細かくなる理由については、私も、まだ、何が起きているかを確定させる実験を思いつかない。
 冷凍庫の温度が下がるかどうかの繰り返し実験をしたのであれば、ムペンバ効果を確認できるチャンスは何回もあったはずだが、そのことには全く触れていない。また、スタジオで見せたように、ヤカンで湯を沸かして……だと、不純物の入り具合が違ったり、核になる細かいチリの入り具合も違ってくるので、チリの状態を同じにすれば冷たい水から冷やしても普通に速やかに氷ができやすい、ということもありそうなオチである。
 スタジオに出された、凍るまでにかかる時間のグラフの出所がよくわからない。physicsworld.comの記事からかと思ったが、あの形にはならない。編集したのだろうか?

 番組の紹介のされ方だと、ムペンバ効果が必ず起きるかのような印象を与えるものになっている。早く氷を作ろうとして、お湯を冷凍庫に入れる人が出てきても不思議ではない。
 また、お湯を入れた時の方が確実に電力は要するのだが、このことを番組中で指摘しなかったのはまずいだろう。

 謎なのは、番組でも論文のコピーらしきものがいろいろ出ていたことで、arXiv.orgの印刷物らしきものも出ていたことである。Jengの論文は関連文献のまとめだし、Katzの論文はモデルの提案である。どちらも、ムペンバ効果が起きる証拠を実験的に確定させたものではない。この手のあやふやな話は、実験で確実に観測できる条件を確定させるところから始めないと、危なくて仕方がない。理論的なモデルは、精度の悪い実験に対しても作りうる。だから、今回、私が最初に探したのは、実験で何をどこまで確定させているかということがわかるような、実験の論文だった。つまり、理論の論文はとりあえず棚上げ(=あることだけ確認するが内容には重きを置かない)していた。普通に調べれば、最新のPhysica Aにたどり着かなくても、ちょっと前のAm. J. Phys.にはたどり着くだろう。実験の論文のみに注目すれば、確率的な現象だと主張しているものがあるはず(前のエントリーで紹介した文献中のリファレンス[4])なので、きちんと読んでいれば、百発百中再現する現象だという話にはならないはずである。
 ムペンバ効果については、もともと簡単な話ではないので、簡単な形で演示実験できると思ってしまった製作スタッフの見込み違いということではないか。視聴者のメディアリテラシーの問題というよりも、番組製作スタッフが、ためしてガッテンのようなやり方で扱いきれる現象かどうかを見切れなかったという問題ではないか。

 「科学の世界での謎」が、「現象を説明できる理論が無いだけで現象を観測する方法は確立している」という意味なのか、「現象を再現性良く起こすこと自体ができず、時々しか観測できないからまだ謎」という意味なのかで話は随分違ってくる。前者であれば、理屈はともかく手段としては使えるが、後者であれば手段にすらならない。再現性があるからといってそれだけで安心はできず、「再現性はあるが実は別の影響が再現性良く紛れ込んでいた」ということもあるので、実験の精度も問題になる。現状が一体どれであるのかを、番組製作スタッフが十分認識できていなかったように見える。

 本筋とは関係無いが、久しぶりにテレビ番組を見た感想。情報伝達がえらく冗長で気になったし、見ていていらいらした。単位時間あたりに得られる情報で比較すると、テレビはえらく間延びしていることを実感した。本やネットは速読や拾い読みができるけど、テレビを短縮するのはちょっと難しい。