ムペンバ効果調査中(5):雪氷学会のシンポジウム
本郷キャンパスで行われた雪氷研究大会で開催された「ムペンバ効果のサイエンス」を見に行ってきた。
結論からいうと、
・発表があった実験は、容器に入れた水の温度を下げる場合(お湯を低温環境下にばらまいたときの話ではない)。
・現在のところ、「湯が水より早く凍る」現象を(過冷却以外で)観測するための実験のパラメータは不明。
ということである。
前半に、発起人の方の挨拶、続けて前野先生の講演、コメンテーターに選ばれた先生方の簡単なコメントと発表、その後がディスカッション(何をどう調べるべきか)という内容であった。
スライドの写真は撮ってきたが、著作権の関係もあって私がここに出すわけにはいかないので、概略を述べると次の通り。
・ムペンバ効果自体は紀元前から報告がある。
・理由の説明は、あったとしてもよくわからないもの。
・ムペンバ君の再発見以後の論文やら解説記事のうち、自分で測定したデータを出している論文は7つしかない。この中にも、実験として不十分・不完全なものが混じっている。
・ムペンバ効果という名前を使うのは間違いのもとで、湯と水で起きる現象の比較なのだから「湯と水くらべ」とでも呼んではどうか。
・確率的現象である、過冷却が実現した後に起きる凍結は今後の調査の対象外にするべき。
・凍る速さの基準は、凍結開始と凍結終了の2種類あることに留意すること。
・説明は膨大な数あって、わかったつもりにさせる図が出ていたりするが、間違いと混乱のもとである。
・今後は系統的かつ計画的にやらないとだめだろう→プロジェクトを組んでみんなでやりませんか。
前野先生の実験では、湯と水をそれぞれ容器に入れて温度を下げ、冷凍庫に入れ、容器の中で最も低温になる部分に熱電対を置いて観測すると、湯の方が先に低温になって凍り始めることもある、という結果になった。
一方、冷凍庫で実験したが何度やっても水が先に凍る結果になったのが、学習院大の田崎さんの結果。
広い低温室で何度実験しても水が先に凍る結果になったという報告もあった。
冷却しながら水の温度分布を測定すると、水から冷やした時と湯から冷やした時で勾配が違うという実験結果になっていた。
これらは、手持ちの実験設備で実験者がこれと思うパラメータを少し振りつつ、独立に行われたものである。
つまり、確実に湯の方が先に凍り始めるという実験条件を見つけることすらできていないというのが現状である
それでも、条件が整えばそれなりに起きる現象らしいので、これからみんなで系統的にパラメータを振って条件探しをして何が効いている現象か調べましょう、という呼びかけとなった。条件探しをした結果、百発百中起こせるようになるのか、起きる確率が上がっただけでやっぱり最後は(例えば揺らぎに左右されるといった)確率的現象だという話になるのかもまだわからない。多分、今の段階では、何を言ったとしても嘘になる。巷に出ているそれらしい説明は、不十分な実験に基づくものなので、とりあえず無視するのが正しい。
終わりに、どんなパラメータを振るべきかというまとめがあり、独立なパラメータの数が多くて、組みあわせ爆発を起こしていたのでちょっと笑ってしまった。それはともかく、プロジェクトを組んだら実験に参加したい人をAグループ、実験はしないが情報は欲しい人をBグループとして、人募集があったので、Bの箱に名刺を入れてきた。
氷の専門家が集団で参加して実験する予定なら、とりあえずお任せした方が無駄が少ないと思ったのでAには入らないことにした。Bにした理由は、冷却時の温度勾配の情報が得られるかもしれないからである。私の実験はラマン散乱で、試料のうち、光が通ったところだけを観測している。サイズの大きいサンプルで温度を下げて測定、などというときに、予想外の温度勾配があるとまずいので、研究でわかった温度分布については、実験のノウハウとして知っておきたい。水で実験しているが、パラメータがこうも不明だと、水に限った話かどうかさえはっきりしない。
非線形ではあっても非平衡は強くないだろうという田崎さんの指摘は腑に落ちた。
精度が十分な実験が無い&説明だけは多い、という状態だが、系統的に実験して何が起きているかをこれから調べる対象であるので、エントリーのカテゴリーは「科学」にした。
普通に実験したのではどうやら再現しないことが多そうなので、氷を早くつくるハウツーとしては現状では使えない。ためしてガッテンの内容では情報が不足……というかそもそも系統的な調査がこれからなので、ガッテンを見た人が全国で自宅の冷凍庫で試したとして、うまくいくのは、偶然うまくいくパラメータを当ててしまった場合に限られる。
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