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水素水について

Posted on 10月 26th, 2008 in 倉庫 by apj

 水素水について、向こうの掲示板で話題になったので、現状についてまとめておく。

 現在までにわかっていることは、学術論文リストによると
・水素ガスを吸引させた場合の、虚血再還流時の治療効果等が、マウスやラットで確認された。
・水素水(水素を飽和させた水)をマウスやラットに飲ませた時の、虚血再還流時のストレスに対する効果、ストレスによる学習・記憶能力に対する効果が確認された。
・ヒトに対しては、2型糖尿病患者に対する耐糖能障害が抑制される効果が確認された。
というものである。

 これらの情報をどう読むかということと、まだ一般家庭向け健康関連商品として販売してはいけないということについて、注意を喚起しておく。

 まず、論文情報の読み方だが、「健康情報を評価するフローチャート」(「食べ物とがん予防」坪野吉孝著、文春新書 他、坪野氏の著作やウェブサイトより)を用いるのが基本である。

【健康情報の信頼性を評価するためのフローチャート】
ステップ1 具体的な研究にもとづいているか
はい  いいえ → それ以上考慮しない(終わり)

ステップ2 研究対象はヒトか
ヒト  動物実験や培養細胞 → 「有害作用」についての研究は、それなりの注意を払う。
                「利益」についての研究は、人間にあてはまるとは限らない
↓                ので、話半分に聞いておく(終わり)
ステップ3 学会発表か、論文報告か
論文報告↓    学会発表 → 科学的評価の対象として不十分なので、
↓               話半分に聞いておく(終わり)
ステップ4 研究デザインは「無作為割付臨床試験」や「前向きコホート研究」か
はい      いいえ → 重視しない(終わり)

ステップ5 複数の研究で支持されているか
はい    いいえ → 判断を留保して、他の研究を待つ(終わり)

結果をとりあえず受けいれる。ただし、将来結果がくつがえる可能性を頭に入れておく。

 ラットやマウスに対する動物実験の論文があるということだから、フローチャートのステップ2までをクリアしている。しかし、ヒトに対する結果ではなく、利益についての研究であるので、「人間にあてはまるとは限らないから話半分にきいておく」べきものである。
 次に、ヒトの糖尿病に対する結果は、ステップ3をクリアしている(【追記】Nutrition Research 28(2008)137-143が無作為割り付け臨床試験で患者数36。8週間後の結果をプラセボと比較。)。研究デザインについては、論文を読んでみないとわからないが、要約には臨床試験である旨の記載がないので、ステップ4には至っていないと思われる。
【追記】
太田教授より次の指摘をいただいた。ステップ4であるとのこと。

(太田)We performed a randomized, double-blind, placebo-controlled, crossover study in 30 patients with T2DM controlled by diet and exercise therapy and 6 patients with impaired glucose tolerance(IGT)とAbstractに記載されているので、どうみても臨床試験の結果を記載した論文です。天羽さんがフローチャートで強調されている無作為割付臨床試験です(実際には、別のグループによる未発表の無作為割付臨床試験の結果もあります)。

 ヒトに対して確認されているのは、糖尿病の治療法と併用できるかもしれないという効果であるが、薬剤として使えるようになるまでの試験は全くクリアされていない。治験も始まっていない以上、現段階で、2型糖尿病患者に対して何らかの効果を謳って使うのは違法である。治験ではなく、既に確立された治療法となっているかのように装い、そのイメージで健康食品として売ったりするのは違法である。
 虚血再還流時の効果があることが、ヒトでも確認できるのであれば、治療法として使える可能性がある。しかし、健康グッズになるかどうかは全くの別問題である。普通に考えれば、病気になる前から病気の治療法を実行するというのは、無駄な上に副作用の危険があるので、益は全くない。

 次に、水素のヒトへの使用は、食品添加物としてであれば認められている。ただし「製造用剤」として認められているだけであり、医薬効果や健康増進効果については何ら記載がない。つまり、食品の品質の改善などの食品加工に対する効果を狙って、食品製造業者に売るのであれば問題はないが、健康増進効果等を謳って一般消費者に売るのは明らかに見当違いの商売であり、食品添加物としての認可の趣旨を逸脱しているものである。

 治療効果を探し出そうという研究が進んでいるので、これについては見守るべきである。しかし、今の段階で、一般消費者に対して、健康関係の効果をイメージであっても謳いながら水素水を売ろうとする人達に対しては、「ニセ科学(科学の範囲を逸脱)を用いた商売」という批判をしてもかまわないのではないかと思う。

【追記】この部分にも太田さんからの反論がありました。

(太田)ニセ科学の問題ではなく、法律の問題でしょう。「水素水を売ろうとする人達に対しては」と限定つきですが、「ニセ科学」というよりも、「薬事法違反でしょう」とか別の言い方をすべきでしょう。関係ない人が何か問題があることを言ったからと言って、正統的な科学に対して「ニセ科学」はひどすぎると思います。私たちの研究に対し「ニセ科学」と誹謗することは、許せる限度を遥かにこえています。そうは思いませんか?謝罪は求めませんが、訂正を求めます。正統的な科学を悪用した人がひとりでもいたら、それで「ニセ科学」なのですか?

(天羽の回答)正当な科学で確認された範囲を逸脱して科学を装った宣伝がなされた場合、逸脱部分についてはニセ科学と呼ぶ、というのが私の立場である。だから「水素水がニセ科学」という主張ではなく、水素水についての宣伝のうち現状の研究からいえることを逸脱して科学を装った宣伝がなされれば、その逸脱部分がニセ科学、ということになる。ニセ科学になるのはあくまでも「逸脱部分」のみで、当然のことながら、本筋の研究にはニセ科学であるという批判は及ばないという考え方をしている。

 医薬品であれば、作用も副作用もあるのが普通である。医薬品としての効果がはっきりしないうちに、抜け駆けでヒトへの効果を謳って商売していて、後からヒットしてました=医薬品としての作用も副作用もありました、ということになったら、副作用についてはどう責任をとるつもりなのだろうか。
 食品添加物であれば、食品への効果はあるとしても、ヒトに直接効果があるという話にはなりようがない。むしろ、添加物として害がないかどうかの方をチェックしなければならない。食品添加物として認められていたが、後で詳しく調べたら発がん性があることがわかったので使用中止、といったことは、過去にもいろいろあったはずである。

 もう一度フローチャートに戻ると、ヒトに対してステップ3やステップ2でしかない研究成果をもとにして、何らかの健康増進効果を謳って水素水を売るというのは、「合理的な根拠の無い宣伝」と判断するしかない。水素水がヒトの健康に何らかの影響を及ぼすということを示すには、最低でもステップ4をクリアしなければならない。つまり、水素水を飲ませた人とそうでない人の2群について、病気の発症に差があるかどうかを長期間にわたって追跡調査しないと何もいえないからである。

 医薬品が食品やトクホとして販売されることはないから、水素水は、医薬品として販売されるかトクホや単なる食品添加物として販売されるか、どちらかになることが予想される。どちらに決まるとしても、確認された効果効能から逸脱した宣伝が行われなければ消費者としてはそれで良いので、当分は様子を見る方が良い。