ニセ科学へのただ乗りという逆の状況、あるいは紛らわしくしたことの責任
昨年の秋に、「ニセ科学フォーラム」「水素水について」というエントリーで、日本大学の太田成男教授と直接話をしたことを書いた。その後、某会社の人から情報をいただいたり、水素水販売側が怪しくならないようにするのに困っているという話が来たりした。
既に述べたように、太田教授のやっていることは
・科学(この場合は医学)の研究としては何も問題がないし、むしろ順調に科学としての成果を挙げている。
・水素水を販売するタイミングが早すぎる。
・太田教授が直接責任を負える顧問先企業では、水素水の販売に際して効果効能を謳わないことを守らせており、宣伝の態様は法律を遵守していて特に問題がない。
というものである。1つ1つについては何も問題がないし、法にも触れていない。
ところが、特定の状況の下で、この3つが出そろったために、別のよろしくない効果を発生させることになりつつある。まっとうな商売をしようとしていた人達に別の圧力をかけてしまっているのである。某それなりに名の通った企業が効果効能を謳わずに水素水の販売を始めることになったり、気を付けて普通に食品として(効果効能を一切連想させず、普通のミネラルウォーター扱いで)売っていたのに健康関係のコーナーにも置けという圧力がかかったりということが起きている。
太田教授のやっていることは、個別には問題がないので、それぞれを直接に批判するというのは難しい。そこで今回のエントリーのタイトルになる。つまり、まぎらわしいことをやった責任、という点から批判するしかないということである。
太田教授以前に、水素(関連)水を広めたのは、九州大の白畑教授の「活性水素」説である。電気分解をしてできる弱アルカリ性の水の中に「活性水素」ができると考えて実験を説明しよう、という論文から話が始まった。この研究は日本トリムとの共同研究で、論文が出た後、日本トリムが「九州大教授によって活性水素の存在が証明された、活性水素は原子状水素である」といったことを主張したため、一気に広まった。これ以前には、水素には言及していなかった、アルカリイオン水製造装置の販売業者が「活性水素」「原子状水素」と表示して販売するようになった。もちろん、この用語の後には「体に良い」「酸化防止」といった説明が続く。もともと、白畑教授からしてが、林秀光医学博士による、抗酸化作用を持った水が健康長寿に役立つ、という主張に惹かれて研究を始めたとのことなので、主張の内容はこの手の「健康に良い水」の宣伝との相性も良かった。白畑「活性水素」説は、日田天領水の販売にも利用されることになった。一方林秀光博士は、「活性水素君」という、水に入れて使う金属マグネシウムスティックを製品として販売した。金属マグネシウムは水にゆっくり溶けて、水素ガスを発生させる。
しかし、「活性水素」は白畑教授の論文でもその後の特許でも、化学物質としての存在が示されることはなかった。そのうち、白畑教授は、「活性水素は原子状水素ではなく、白金ナノ粒子に吸蔵された水素である」と主張を変えた。杏林大学の平岡らは、抗酸化作用を持つ水について、トリムの水や日田天領水、活性水素君の水も含めて調べた。その結果、いずれも弱い抗酸化作用はあったものの、「活性水素」のような、活性酸素と直接反応して消去効果を示す物質の存在は確認できないことがわかった。日本トリムは、1年ほど前から、全社を挙げて、今後は活性水素を出した宣伝は行わないという方針をとっている(末端に徹底させるのが大変なようだが、トップダウンでやっている)。
何かアピールするキーワードがあると、実験で確認もしないままコピペで広がるというのが、水関連の宣伝の常である。マイナスイオンがブームになったときは「マイナスイオンが入った水」という宣伝文句が頻出したし、白畑説が出てからは、関係のない水まで「活性水素」が含まれている、抗酸化作用があって体にいい、と主張した。一旦こういうイメージが広まってしまうと、「活性水素じゃなく単なる水素分子」「弱い抗酸化作用はあるがビタミンCのような酸化防止効果はない」「健康への影響についは目下証拠無し」と言っても、受け入れられないか、さらに歪んだ形で情報が広まることになる。
ここに出てきたのが、太田教授のnature medicineの論文であった。
論文が、これまで「活性水素」の「酸化防止で健康にいい」効果を宣伝してきた人達に使われるのではないかということを考えて、まだそういう話ではない、と注意を喚起した。が、すぐに宣伝には使われたようである。
私にとって予想外だったのは、太田教授が率先して、研究と並行して水素水を売る企業の活動に関わったことであった。
水素ガスを脳梗塞後の血液再還流時の脳へのダメージを抑える治療法として使う、という話は、医学の基礎研究としてはまっとうだし、発展性も期待できる。nature medicineに出たのなら研究費だっていろいろもらえるだろうし、普通に考えて、何も慌てて太田教授が水素水を売る側になる必要など無いはずである。
一方、水素(関連)水の方は、活性水素だ原子状水素だナノ粒子吸蔵水素だと、宣伝に登場する物質が錯綜している上、「抗酸化」「健康にいい」というイメージだけが広まっている。この状況で水素水を販売すれば、似たり寄ったりの怪しい商品と思われても仕方がない。だから、太田教授がなぜ商品化を急いだのかがわからなかった。
ところが、最近になって、太田教授が水素水の研究をし始めたきっかけは、株式会社ブルーマーキュリー側からの働きかけだったということを教えてもらった。また、nature medicineの論文掲載の後、ブルーマーキュリー主宰で、東京・経団連会館で記念講演会が開かれ、NHKのニュースの動画をDVDで配ったり、新聞記事を引用して講演したりということをしていたとのことである。
つまり、太田教授の製品化するという判断が拙速だったのではなくて、もともと、製品化したくて仕方のない企業から持ちかけられた研究だったということのようである。
なお、この研究から発表への流れについても何ら問題はない。きっかけが企業から持ち込まれたテーマだという研究はいくらでもあるし、論文掲載という通常の科学の成果発表の手順を踏んでから一般に講演している。
この結果、
(1)これまで活性水素を謳っていた人達(ジャンルを問わず、例えば磁気処理水まで含まれる)が、太田教授の成果を都合の良いようにくっつけて宣伝する。
(2)太田教授とは関係のないところで水素水販売が行われ、これまで通りの抗酸化云々に加えて、太田教授の成果まで勝手に継ぎ足して使われる。
(3)太田教授は効果効能を謳わずに水素水販売をさせている。そこに気付いて同様のやり方で販売する会社もある。
といったことが起きている。
太田教授としては、「水素水」を売っているのに「活性水素」と混同されて迷惑しているらしい。しかし、既にデマが飛び交って大混乱中のところに、まだ十分な試験が終わる前から水素水を売ることを決めたのは太田教授なのだから、ある意味自業自得でもある。まあ、太田教授も、活性水素に踊った集団が、それほど無節操に使えるキーワードなら何でも使う、論文の恣意的利用もどんどんやるとは思っていなかったのかもしれない。太田教授は、論文を勝手に宣伝に使った企業に対して法的措置までとって請求を認めさせたということだが、1件や2件の紛争をやっても追いつかないだろう。そこまで成果の曲解に対する対策をやっているなら、訴訟の件も含めて情報開示したらどうかと言ってみたのだけど、太田教授にその気はないようである。この方面で防衛するつもりなら、ブルーマーキュリーと一緒じゃダメで、nature medicineの成果発表と同時に「効果効能を謳う活性水素とは無関係だし水素水とも結びつかない」という情報を発信し、商売側とは距離を置く、くらいのことをすれば何とかなったかもしれない。
水素水の現状については、太田教授がきちんと監督しているという前提が成り立っている限りにおいて、ブルーマーキュリーの宣伝をチェックすればわかることになる。ブルーマーキュリーが効果効能を出していないということは、効果効能を謳ってよい状態まで研究が到達していないということを意味する。太田教授の研究が確かなものであっても、効果効能を主張できるような製品に結びつける道はまだ遠いと考えるのが正しい。しかし、「水素を使った治療方法の研究をきちんとしている研究者が顧問をしている会社が水素水を売っている」というのを普通の人が見れば、効果効能を謳っていなくても,水素水は確かなのだろうと思ってしまうのではないだろうか。
ところで、他の企業まで効果効能の宣伝を一切無しに水素水を売ることにした、というのは製造ラインを作って売ってもペイするというのが企業の判断ということになる。つまり、効果効能を謳わなくても現状では水素水が売れているということである。太田教授と関係無しに売っても何とかなるということなのだろう。買う人のうち、太田教授の話を知っている人もいるかもしれないが。じゃあ、何故売れるのか、と考えると、これまでに散々出回った「活性水素」「抗酸化」「体に良い」のニセ科学宣伝が引っ掛かる。「水素」というキーワードが既に「抗酸化」「体に良い」と結びついているから、効果効能を謳わなくても商売できるということではないか。
今回の水素水の問題は、普段目にするニセ科学とは逆のパターンである。つまり、既にニセ科学宣伝で出来上がってるイメージを利用することによって、効果効能を謳わない適法な宣伝をする業者が商売するという形になっている。違法な宣伝をする業者も同時に活動していて、イメージの強化は勝手にそっちが受け持っている。
太田教授がしていることは、
・まっとうな研究の成果と製品の間に関連があるとついつい思ってしまうような紛らわしい顧問関係を作ったこと
・活性水素が作った健康に良いというニセのイメージに乗っかる形で、紛らわしい商売に荷担していること
である。つまり、紛らわしさを発生させている責任はある、ということである。勿論違法ではないし、研究プロセスに違反があるわけでもない。紛らわしさだけである。
マルチ商法なら、普通の商売人はマルチのような問題のある商法と混同されるような紛らわしいことは避けるもの、という議論が既にある。しかし、今回の太田教授のしていることについて、「紛らわしいことは避けるべき」と言っていいのかが微妙である。悩ましいけど、まだ、どういう論を立てるとよいかがわからない。
私としては、こんな紛らわしいことを始めた太田教授にはとことん責任を取ってもらいたいと思っている。この場合の責任をとる、とは、効果効能を謳えるところまで研究を全うし、厚労省が認める程度の「水素水製造規格」でも定めることに一役買って、業界団体の指導をして、インチキ宣伝をする業者は居るにしてもそれは団体にも入ってないモグリ、という状況を作り出すといったことを意味する。
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