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健康本的作家養成本

Posted on 1月 15th, 2009 in 未分類 by apj

 「すべてのオタクは小説家になれる!」大内明日香・若桜木虔著、(イーグルパブリッシング)を読んだ。
 一言でいって、健康本(しかもいわゆるバイブル本)的作家養成本である。しかも、健康本に例えるとするならば、最近の「壮快」という雑誌の路線に近い。なお、「壮快」は、怪しくても健康関連情報を載せるという範囲から既に逸脱し、魔方陣を付録につけるというぶっ飛び具合を見せている。本来テーマとなるべき情報そのものが怪しい上に、本筋と関係のないところが妙に詳しく書かれているあたりが、この本と「壮快」の共通点である。「健康本」を読んでも、健康について間違った知識を得るだけでちっとも健康にならないという意味で、この作家養成本は健康本的である。

 まず、「第一章 オタクは小説家に向いている」。

「オリジナリティ」は重要ではありません。

と断言している。その理由の一つ目は、

だって、オリジナリティがあると言いたいだけなのであれば、「見たこともないような奇妙キテレツな小説とも言えないような代物」を書けばいいんですから。

 それ、オリジナリティじゃなくて、単なる「読むに堪えない文」では。もう一つの理由は、オリジナリティは作家を幸せにはしないからだと書いてある。

例えば、ネットで新人賞の受賞作家を検索して、その中から「デビュー作一作しか本になっていない作家」の作品をピックアップして読むと、実は多少なりとも他の作品よりはオリジナリティがある確率が高いのです。

 デビュー作の後、次々と作品を生み出している作家の一作目が軒並み凡庸だということまで言わないと、こういう結論は出ないはずである。私にはとてもそうは思えない。サンプリングの仕方と結論の出し方が健康本的である。
 この筆者は、オリジナリティの代わりになるのは専門知識だと主張している。このことが、オタクが小説家にむいているという説とつながっている。その理由として列挙されているのが、

①「特定分野に対して専門知識がある」②「まじめでコツコツ型が多い」③「一人でなにかをすることができる」

 オタクに限った属性でも小説家に限った属性でもないと思うが……。 小説家になるために絶対に必要な才能としては、

「小説を書くことが好き」「小説を書くことが楽しい」

が必要だと……。そういう作家さんが居てもよいとは思うけど、職業ってそういうもんだっけ?むしろ、辛くても続けられるとか、苦にしないといったことの方が重要なのでは。
 と読み進んでいくと、49ページで驚愕のどんでん返しが!

 この本ではいわゆる「小説の書き方」は説明しません。
 なぜなら、そういう本は、私達が説明するまでもなく、世の中にたくさんあるからです。
 たくさんある小説作法署の中から、あなたが気に入った本を選んで、その記述に従って、まずは一本、小説を書いてみてください。

 この本の狙っているターゲットって、オタクであるという自覚があり、かつ、自分も作家になれるかも、と淡い期待を抱いている層じゃないのか?しかしこの本で小説の技術を教えるつもりは全く無いらしい。つまり、題名通り「すべてのオタクは小説家になれる」と読者をただ単に煽るだけの本だったのである。
 次に、読者を

「善意の読者」とは、「あなたの作品が良くても悪くても、最後まで読んでくれる読者」のことです。
(中略)
「悪意の読者」とは、「おもしろくなかったら途中で読むのをやめてしまう読者」のことです。

 と二分している。で、「悪意の読者」対策をするとプロ小説家になれる、というのが筆者の主張である。その対策の一つとして、「出し惜しみをするな」というのだが、

言い換えれば「竜頭蛇尾はOK!」ということになります。
(中略)
もっと極端な話をすれば、物語は完成しなくてもいいのです。
竜頭でありさえすればいい。

 最初の見かけが悪いと小説を手にとってもらえないが、最初が良ければとりあえず読んでもらえるというという話である。「竜頭で最後が不明な小説」を間違って買わされた読者は絶対に次からその作家の本は買わなくなると思う。1回だけカモをひっかけて金を巻き上げてドロンするつもりならこの方針でも良いかもしれないが……。というか、ぱっと見よく見せかけて実は品質が大変悪いものを売りつけるって、普通に悪徳商法の典型的な手口ではないかと。
 驚愕する主張はまだまだ出てくる。

読者は複雑なことは「絶対に」理解できません。(中略)さて、それを防ぐために、「わかりやすく書くためのコツ」をお教えします。それは、「対象読者を『虫』に設定する」
ということです。

 小説の書き方ではなくて、インチキ健康法を書くときの姿勢に見える。
 さらに、ゴシック体で強調されているのが、

「リアリティは計算して作り上げるもの」「取材は、必ずしも必要ではない」

 体験談が全部捏造だった健康本を思い出した。 小説を書くための技術を教えるつもりは全く無い本だが、「第四章 小説家になるための「弟子入り」大作戦!」が、妙に具体的である。
 たた漫然と読んでも面白くないので、私がオタクで(これは事実)作家志望(これは仮定)だとして、作家の誰かに弟子入りを試みるというシチュエーションを想像しながら読んでみる。作家は……具体的な誰かを想像する方がイメージが湧くのだが、面識があるのがと学会会長の山本弘氏なので、SF作家を志望する私が山本会長に弟子入りを試みる、という妄想でとりあえずはOKだな。

 師匠を持つからには、師匠の知識と人脈を根こそぎいただくくらいの気概で接しましょう。そして、師匠とのふれあいを、あなたの作品がより素晴らしくなるための栄養にしましょう。

 ……いきなり濃い目標だが、最後の文、「あなたの作品をより素晴らしくするための」が日本語として正しい気がする。

 見ず知らずの人に「弟子にしてください」と頼むのですから、生半可な気持ちでは、相手も迷惑なのです。

 本気で押しかけたらもっと迷惑をかけそうな気がするが……今回、相手は妻子持ちだ。

 けれど、あなたがもし、やる気と向上心と社会的常識をちゃんと持つ人なら、師匠の方でも大歓迎です。

 えーと、私が今の准教授の職を蹴飛ばして大阪の山本会長のところに転がり込んだ時点で、ほぼ全ての人が私の「社会的常識」を疑うに違いない。

 「特定の一人に気に入られるように工夫すること」は、「読者全員に気に入られるよう工夫すること」と、なんら変わりはないのです。

 山本会長の好みって、同人誌の「チャリス・イン・ハザード」の主人公みたいなのだよな……。私ゃ、歳取りすぎてるし、かわいくないし、一体どうすりゃいいんだか……。ダイエットとエステから始めたってごまかすには無理がありすぎる。  で、弟子にしてもらえなくても恨むなとか、相性があるとかごちゃごちゃ書いてあって、いよいよ具体的な方法が示される。

 まず、「この人の弟子になりたい」「この人に指導していただきたい」というターゲットを複数決めましょう。

 いきなり複数かよ!断られることも前提にするのだから予備を考えるのはわかるけど、芸の師匠を決めるってこんな安易な話だっけ? ターゲットに接近する方法は、難易度順に示されている。このご時世、いきなり押しかけると通報されかねないので、まずは、

「ターゲットのブログ」あるいは「掲示板」「ミクシィ日記」にコメントをつける「はじめまして。いつも先生の作品を拝見している者です。こちらもときどきのぞかせていただいております。(日記や作品の感想)。以後、よろしくお願いいたします」とでも書いておけば、ファースト・コンタクトはOKです。

(中略)

しかし、あんまり頻繁に書き込むと気持ち悪いと思われてしまうので、週に一、二回くらいがいいかと思います。

 これくらいなら、まあ目立たずできそうだ。
 次に、自分のブログのURLをコメントに書いたりしてターゲットを誘導する。このときの心構えは、ブログを面白くしておいてターゲットに好感を持ってもらうことが大事だそうで。
 次の方法は、ターゲットの知人に紹介してもらう、というものだが、

どうやったらターゲットの知人がゲットできるか。その方法は千差万別で、ひとくちに説明はできません。このやり方を試す人は、自分でいろいろ工夫して考えてみてください。

 と、アドバイスする気ナッシングな記述が。 で、知人が居なければターゲットに直接声をかけることになる。この方法は、

ターゲットに「直接声をかける」ためにはまず、ターゲットのスケジュールを調べます。(中略)
講演会やイベントのスケジュールの日程を調べればよいのです。

(中略)
「スーツ」を着ていくことをおすすめします。

(中略)
弟子入りもまずはお友達、知人から。
考え抜いて、なにか「用件」をでっち上げてください。

(中略)
ひとつめは、「大学で教えている人には、『あなたの講義を聴きにきました』と言う」方法。
もうひとつは、「あなたの所属するナントカに入れてください、と言う」方法。

(中略)
また、そもそも「ターゲットと接触するために、ターゲットの入っているグループに別ルートから入る」という手もあります。
(中略)
また、ターゲットの「よく行く店」が判明している際には、その店に通って、ターゲットが来るのを待つ、という手も非常に有効です。
(中略)
どんな有名なターゲットでも、「本業とは関係ないところ」から入ると、意外に簡単に接触できるものなのです。

 相手の行動パターンを読んで、好みを調べ、待ち伏せしろということか。つまり、東京のと学会例会の後、大阪に戻る山本会長の後をつけて新幹線に乗り、どこの店に立ち寄るかとかをしつこく調べてそこで待て、ってことだな。で、会長の好みを下調べした上で、バーかどっかでくつろいでいる会長に、楽しい話でアプローチせよ、と。
 直接接触が大変な場合は、ターゲットにメールを書くといことが薦められているが、

ここで、「ターゲットがどういうふうにこの手紙を読んで、どう感じるか」ということを徹底的に考え抜いてメールを書かなくてはなりません。(中略)
つまり、一通のメールには、あなたのすべてが投影されている」と言っても過言ではありません。
(中略)
いかに私があなたに好意を抱いていて、真剣な気持ちで、お遊びでなく、あなたの指導をうけたいと思っているか。その気持ちを考えに考えて、それこそ丸一日考えるぐらいの気持ちで書いてください。
(中略)
師匠捜し、ターゲットに接触するためには、「使える手は(犯罪以外なら)なんでも使う」「楽をしようとしない」。この二つは非常に大事です。

 用件が無いと書けないので難易度が最も高いとされている手紙については、

「手紙の場合のみ、『押しの一手」というのが、効く可能性がある」(中略)
「手紙は必ず、手書きにする」

(中略)
文字を見れば、真剣に書いたのかそうでないのか、その人の性格はどうなのか、また便せんや筆記具の選び方、宛名の書き方(もちろん手書きにしましょう)、果ては切手選びのセンスまで、ありとあらゆることが問われることになります。

 どう見てもラブレターの書き方である。つまり、山本会長が好みそうな絵柄の便せんと封筒のセットを買い、知る限りの文句を並べてアプローチせよ、と。
 無事に弟子入りできたとして、その後の注意は、

つまり、師匠と弟子の関係は「生きた関係」でなくてはならず、そのためには弟子の方から、何らかのアプローチをしつづけなくてはならないのです。

 読めば読むほど、SF作家になるため山本会長の元で修行している姿ではなく、ストーカーまがいのモーションをかけた挙げ句に不倫をしている姿しか思い浮かばないのは何故だろう……。 とにかくこの本、オタクが、コミケあたりに出しそうな二次創作を気軽に書こうとか、そこから一歩踏みだして作家になろうということを目指すための解説本だと思ったら大違いである。
 最初の3章は、健康バイブル本のフォーマットで書かれた、インチキ健康本を書くときに参考になる情報。第4章は、彼氏か彼女を見つけてアプローチし、無事ゴールインする(相手が未婚の場合)か不倫する(相手が既婚の場合)ための方法にしか見えない。
 その上、肝心の小説作法は別の本を見ろといってスルーされており、やたらこまかく具体的で情景が思い浮かぶのは「弟子入り大作戦」の部分だけである。
 真面目に作家を志望するとか、プロにならないまでも小説を書くことを楽しむために技術を身に付けたいという人は、別の本を読むべきである。