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都市伝説だと思っていたら……

Posted on 7月 28th, 2009 in 倉庫 by apj

 宮崎日日新聞の記事より。

「カレー作り」も哲学 都城高専教授、リポートで単位認定
2009年07月28日

 無届け兼業を4年余り続けていた都城市の都城工業高等専門学校(三村洋史校長)の50代男性教授が成績評価でも同校に改善を求められていた問題で、授業とは関係のないカレーの作り方のリポートで「哲学」の単位を認定していたことが27日までに分かった。

 三村校長は「授業の理解度が評価に反映されていなかった」としている。無届け兼業については、同校は同日、戒告処分とした。

 成績評価については今年5月中旬、国立高等専門学校機構(東京)に告発があり、同校の特別教務委員会が男性教授の担当した「哲学」と「社会学」について調査した。

 本当に起きたんだ、関係のない「カレーの作り方」で単位認定……。

ネオガイアジャパンはマグローブと実質が同じ法人

Posted on 7月 25th, 2009 in 倉庫 by apj

 裁判掲示板にも書いたのだけど、一応こちらにも書いておく。
 神戸の裁判では我々の勝訴になり、東京の裁判が現在進行中のマグローブは、ネオガイアジャパンと名前を変えたらしい。
 前回、裁判の打ち合わせの時に調べたら、マグローブとネオガイアジャパンの法人登録の番号が一致していた。取締役は上森氏だけで、吉岡氏は外れていた。
 訴えている私の方から見れば、上森氏が裁判逃れをしているように見える。しかし、吉岡氏が行った名誉毀損は、マグローブの営業をする目的で行っていて、今更ネオガイアジャパンに会社を変えたところで、相変わらず磁気活水器を扱っているのだから、まあ実質同じと考えるしかないだろう。吉岡氏の行った誹謗中傷を利用して上森氏が商売をしていた事実は今更消すことはできない。

 新たな製品と旧製品の対応は次の通り。

Maglobe 1 → NEOGAIA 1
MG20 → Neo20
Maglobe 2 → NEOGAIA 2
MG25 → Neo25
Maglobe B1W → NEOGAIA B1W
MG20W → Neo20W
Maglobe B2W → NEOGAIA B2W
MG25W → Neo25W
Maglobe 40 → NEOGAIA 40
MG40 40 → Neo40
Maglobe 50 → NEOGAIA 50
MG50 → Neo50
Maglobe 65 → NEOGAIA 65
MG65 → Neo65
Maglobe B2WS → NEOGAIA B2WS
MG25W(S) → Neo25W(S)
Maglobe 3 → NEOGAIA 3
MG7000 → Neo7000

 水道器具の登録番号が、NEO何とかと、Mag何とかで同じなので、名前を変えただけの同一のものだと考えられる。

 なお、上森氏(あるいは上森氏の会社)は、批判的な意見をのべた人物の所属組織にクレームを出すということを常套手段にしている。もし、ネオガイアジャパンからクレームをつけられたという経験をした人がいたら、このblogでも、掲示板でもいいからどんどん書き込んでほしい。ネオガイアジャパンからのクレームは、組織に対して面倒ごとを起こすことで、批判を封じる目的で行われる。そうである以上、ネオガイアジャパンの言いなりになるのは相手の思うつぼである。大学、企業を問わず、クレーム受付窓口になった人は、「ネオガイアジャパン」という名前を心にとめておいてほしい。
 私は、まだ、社名がマグローブであった頃に、勤務先大学に対してクレームを出された。削除義務不存在の訴えを起こしたら、上森氏側はろくに立証もしなかった。つまり、まともに争う気は無いし、本気で争えば勝てる相手だということがはっきりしている。ネオガイアジャパンを相手に、面倒ごとを恐れる必要は何も無い。もちろん、不必要に罵れば責任を問われることになるが、批判を、実験で立証できる範囲や、相手が主張している内容の指摘に止めておけば、確実に勝てる相手である。

【追記】
 私がこれを書いたということは、現に、ネオガイアジャパンによって、所属組織にクレームをつけられた人から、直接の連絡をもらっていることを意味する。その人の対応の自由度を確保するため、私の方からは敢えて個人を特定しないことにする。

服装と素材を記録に残せ

Posted on 7月 18th, 2009 in 倉庫 by apj

 大雪山・トムラウシのツアーの遭難事故について。
 亡くなられた方と生還された方の、服装とその素材がどうであったかに興味がある。

 疲労凍死の調査で、亡くなった人は木綿の下着であったのに対し生きて戻った方は羊毛の下着で、濡れた場合の保温性の違いが生死を分けた、という話を読んだ記憶がある。今は新素材のシャツなどが出ているので、昔よりはずっと条件は良くなっているだろう。それでも、天候にくらべて軽装だったという報道も出ている。

 生死を分けた要素が何であったのか、調べて記録に残し、今後の事故防止に活かすことが、亡くなられた方への供養だと思う。
 世の中、家政学部とか被服学科とかもたくさんあるわけで、そっちの人達のテーマかなぁ。

sitファイルが送れない(謎)

Posted on 7月 17th, 2009 in 倉庫 by apj

 使っているメーラーがEudora、メールサーバーはpostfixという構成で、
・山形大から山形大のcmサーバに接続→お茶大のatomサーバのアドレス
・山形大からお茶大のatomサーバに接続→お茶大のatomサーバのアドレス(同一サーバ内)
へのメール送信で、.sitファイルを添付するとメール自体が送信されない。添付ファイル無しのメールは送信できている。
 .pdfとか、.pxp(Igor Proのファイル)とかを添付すると無事に送れている。圧縮ファイルも、.zipや.tgzファイルは問題無し。
 これまでは、Mac同士のファイル送信で、StuffItのsitファイルは問題無く送れていたのに、何故だろう。ひょっとして、ウチの大学のメールゲートウェイが悪さしてる?
 ちょっと、ファイルローダーを書き換えたので、一緒に研究してるお茶大の先生のところに送ろうとして、えらくはまってしまった。

 自宅に戻るとプロバイダに直接接続して、大学のチェッカー無しで送れるので、試してみなくては。

バナジウム水摘発

Posted on 7月 16th, 2009 in 倉庫 by apj

 asahi.comの記事より。

「糖尿病に効く」と水販売容疑、島忠など書類送検へ
2009年7月16日11時16分

医薬品の効能があるように表示して、バナジウム入りのミネラル水の販売や製造をしたとして、神奈川県警生活経済課などは16日、薬事法違反容疑で、家具販売大手「島忠(しまちゅう)」(さいたま市)と製紙・飲料水製造販売会社「イデシギョー」(静岡県富士市)、イ社の関連会社「マウントフジビバレッジ」(同)の法人3社と、島忠の仕入れ担当者(35)、イ社社長(66)と専務(66)の3人を書類送検する方針を固めた。捜査幹部への取材で分かった。

 捜査幹部によると、マ社は医薬品製造許可を取らずに、06年~08年、「糖尿病に効く」などと記載した段ボール(2リットルペットボトル8本詰め)を約38万箱製造。イ社と同社の2人は、07年~08年、医薬品販売許可を持たずに、マ社の製造した水約11万6千箱を島忠に販売した疑いがある。島忠の担当者は、08年5~7月、医薬品として未承認のこれらの水を、横浜市の同社ホームセンターなどで販売した疑いがある。3人はおおむね容疑を認めているという。

 やっと摘発されたか、という感じ。バナジウム水に弱い抗酸化作用はあるとしても、含まれているバナジウムの量が少ないため、飲んだ場合の影響はほとんど無いはずである。また、バナジウムに糖尿病の治療効果があると報告されているが、飲料水に含まれている量はずっと少ないため、効果が期待できる量ではない。まあ、それ以前の問題として、そもそも、薬剤として認可されていないもので効果効能を謳ったらアウトだわな。

判例時報

Posted on 7月 14th, 2009 in 倉庫 by apj

 神戸の判決が判例時報に掲載されたものを公開。pdfファイル。
 判例時報の記事の大部分は私の得た判決をまとめたもので、それに簡単な解説が付いている。それを、判決を貰った当事者が判決に至った訴訟資料とともに公開することについて、どこまでが正当な引用かという著作権上の問題はあるので、文句を言われたら非公開にする。とはいえ、中西先生の時も黙認のままなので、一応黙認を期待して公開。実際、記事の大部分は、判決書の内容なので、既に私が先に公開したものと重複しているわけで……。

 それはそうと、今回絵里タンが名前を間違えられて散々だった件。
 まず判決の中で「里」の字が「理」になっていたので裁判所に連絡。判例時報では直っているのだが、今度は「弘中」が「引中」に。
 仕方がないので、公開している判例時報には、私が、赤で訂正を入れてある。これで「同一性保持権」とか言い出されたらたまらない訳だが(笑)。というか校正をちゃんとしろ>判例時報社。

 お祓いに行ってお札でも貰ってきては?>絵里タン。

【追記】
 ところで、判例時報の記事で、被告の名前は変更なし、参加人の名前も変更無し、原告と原告関連の名前だけ「甲」何ちゃら、に変更されている。
 当事者の名前を置き換える時のルールって、何かあるんだろうか。

処分も指導も不要なケース

Posted on 7月 13th, 2009 in 倉庫 by apj

 京都新聞の記事より。

Kyoto Shimbun 2009年7月12日(日)
AV出演が発覚、退部処分
立命大アメフット部員
 立命館大アメリカンフットボール部の部員の男子学生(4年)がアダルトビデオに出演し、部から退部処分を受けていたことが12日、分かった。大学も学生への処分と部への指導を検討している。

 大学によると、学生は1年生だった2006年から07年にかけてビデオ6本に出演。今年6月中旬に関係者が事実を把握し、「学生の本分にもとる行為」として部の倫理規定に基づいて退部処分とした。学生は「スカウトされ、金になるアルバイトと思って出演した」と話しているという。学生は準レギュラーで公式試合にも出場していたが、「個人的な行動」として部の活動は続ける方針。

 ビデオ出演をめぐっては、大阪経済大ラグビー部が大麻取調法違反で部員が逮捕後、部員らのアダルトビデオ出演が発覚し、大学は10日に部活動の無期限停止処分とした。

 フットボール部は、学生が任意で参加しているいわばオプショナルな活動であり、部を追い出されたところで、授業料を支払い単位を取得し卒業証書を得る、という大学の機能の利用には何ら影響しない。従って、部独自の道徳的基準に従って、退部にしてもかまわないだろう。
 しかし、大学が学生を処分するとか、部を指導するというのは別の話である。
 AV出演がアメリカンフットボール部の斡旋により組織的に行われていたのであれば、部としての本来の活動を逸脱しているという理由によって、大学から注意されても仕方がない。しかし、学生のAV出演と部としての活動に関係が無いのであれば、大学が部を指導するということは、学生に対する「しつけ」を大学が部に担わせるということにほかならない。これは話が違うだろう。この部分は、学生のAV出演と部としての活動の関係がどうであったかによって判断が分かれることになる。
 もっと問題なのは、AVに出演しただけでは違法ではないので、大学が学生を処分する根拠にならないということである。違法でないアルバイトの職種について、大学が学生に対して口を出す権利は無いはずである。「学生の本分」は、勉学をして単位を取ることであり、それ以外にアルバイトで何をしていようが、大学にとやかく言われる理由はない。立命館大学を卒業見込みの学生がAV製作会社や出演者派遣会社に内定をもらった場合、立命館大学がしゃしゃり出て内定先の業種を理由に学生を処分するとは考えがたいし、そんなことをすれば権利侵害で提訴されて大学が敗訴することはまず間違い無い。従って、アルバイトの内容がAV出演だったからといって、大学が学生の処分を検討することについて、正当な理由を説明できない。
 「学生の本分」などという、どうにでもとれる内容を基準として、強制力を伴う処分が行われるのでは、紛争発生の種になるだけである。処分に用いる基準として、個人の倫理観や好き嫌いごときではブレない基準を立てておかないと、手続きが安定せず、逆に違法になったり不道徳な結果をもたらしたりする。中の偉い人が、私立大学のブランドだか体面だかを維持する目的で、在学生のAV出演許すまじという方針をとりたいのであれば「AVに出演したら○○の処分をする」と学則に明記した上で公開し、前もって入学する学生の同意を得ておくしかない。この方法なら、入学者は全員「在学中にAV出演したら処分される」ことを了承した上で入ってくることになる。私立大学であれば、そういう学則をつくっても、社会的に非難されることは無いだろう。それでも、就職内定先がAV関連業界であることについては不問とするということとの整合性はとれないが……。

 ちょっと前の京都教育大のように、明らかに違法な行為を行った学生を「教育的配慮(笑)」をタテにかばいまくった挙げ句準強姦罪の加害者に教師になる道を残して社会不安を煽ったかと思うと、今度は、権利もないのに学生の処分を検討するという、大学の迷走ぶりに呆れた。教育現場だから社会と異なった基準が通用する、という思い込みをそろそろ捨ててはどうか。「教育」を特別視した途端、権利に対する考え方が雑で無神経なものになるのは何故だろう(少なくとも私にはそう見える)。

 なお、学生の「不道徳」な行動については、学科とか学部の顔見知りの先生や、担当のアドバイザー教員がこっそり呼びつけて「説教する」あたりが正しい対応で、会議に報告されて記録にも残るような「処分」をするのはバランスを欠いているのではないか。

 大麻取締法違反のケースとの比較は適切ではない。大麻は、在学中に手出ししても、就職してから手出ししても、違法である。刑事罰を科される行為を行った事に対する処分ならば説明可能である。

さくらインターネットに内容証明を出したが無駄になった件

Posted on 7月 10th, 2009 in 倉庫 by apj

 本日昼過ぎ、さくらインターネットに内容証明を1通出したが、結果として無駄になった。経緯は次の通り。

 7月6日に、竹村龍二氏について書いたエントリーに対し、削除要求があった旨、さくらインターネットから通知があった。返答期限は7月13日正午で、回答の無い場合はこのサイトの公開停止措置があり得る、という連絡だった。
 状況を調べた上で、7月7日に、権利侵害の部分を特定せよ、とメールで返事をしたが、メールを受け取ったという連絡がさくらインターネットから無かった。
 7月9日に、回答を再送し、メールを受信したら受信確認の返事が欲しい旨記載。
 7月10日の昼になっても、受信確認のメールが来なかった。

 この場合、メールの事故等で、「送った」「受け取ってない」の行き違いが生じて、公開停止になったりすると、プロバイダと私の間で先々面倒なことになる。これを避けるためには、私の回答が期限内にプロバイダに届いたことを示せる状態にしておかなければならない。そこで、昼過ぎに、メールで書いた回答内容と、届いたことの確認が取れていないために別便で送るという説明を書いた内容証明郵便を作って発送した。

 しばらくして、「既に回答は受け取り、相手方に送信し、相手方からの回答待ちである」旨のメールが届いた。そこで、「メール事故を想定して回答を別途郵送したが、メールの方が無事届いているのなら郵送分は不要なので捨ててもらってかまわない」と、再度メールにて連絡した。

「広げる知の世界 大学でのまなびのレッスン」

Posted on 7月 10th, 2009 in 倉庫 by apj

 next49さんと情報交換中なので。大学に入学した学生に大学での過ごし方ガイダンスとして参考になりそうな本についての話題。

 「広げる知の世界 大学でのまなびのレッスン」。英語の先生方の共著。目次は次の通り。

第1章 大学の魅力
 はじめに—大学の起源
 大学はどういうところか
 なぜ大学に行くの?
 大学での勉強—高校までとどう違うか
 大学でしかできないこと
 学問するってつまらない?
 大学の魅力—教授陣、カリキュラム
 図書館—知識の泉
 グローバル化する大学教育
 おわりに
  まとめ
第2章 有意義な大学生活と学習・研究
 はじめに
 大学と高等学校の違い
 大学でいかに学習・研究するか
 大学生活の目標
  課題1 大学生活の目標
  課題2 日記
 タイムマネジメント
  課題3 1週間の生活
 スタディースキル
  まとめ
 [コラム]昔の大学と今の大学
第3章 大学の学習・研究の実際
 はじめに
 履修と登録
 カリキュラム
 クラスの種類
  課題1 クラスの種類
  課題2 自主学習時間
 必修と選択
 単位
  課題3 卒業に必要な単位
  課題4 本年度履修可能な単位と自習時間
 クラスの受講
  クラスのシラバス
  クラスの参加の仕方、聞き方
 成績
  まとめ
 [コラム]成績評価
第4章 ノートの取り方
 はじめに
 ノートの種類
 なぜノートを取るのか?
 よいノートとは?
 使用する文具
 講義ノート
 読書ノート
 アウトライン
 講義ノートと読書ノートの連結
 おわりに
  まとめ
  課題(2題)
 [コラム]現代の大学
題5章 大学生のための読解
 はじめに
 関連知識(スキーマ)の整理と読む材料
 読み方
 目的に合わせた読み方
 内容整理
 読書週間
 おわりに
 [コラム]音読のすすめ
 課題
題6章 情報収集
 はじめに
 どのような目的でどのような情報を探しているのか
 どのような場所に情報があるのか
 情報を探す
 その他の資料
 情報をどのように保存するか
 おわりに
題7章 インターネット
 はじめに
 大学生活をサポートするインターネット
 レファレンスツールとしてのインターネット
 コミュニケーションツールとしての電子メール
 おわりに
題8章 テーマの選び方
 はじめに
 テーマを考える時に重要なこと
 トピックを決める作業の手順
 プロポーザルの内容
 おわりに
 [コラム]研究テーマの選び方
題9章 情報の整理
 はじめに
 一次資料と二次資料
 数量的な情報の整理—日本に住む外国人居住者を例に
 質的な情報の整理–『あしながおじさん』を例に
 まとめ
第10章 書くことの重要性
 はじめに
 「読む」ことから「書く」ことへ
 「書く」ことのイミ
 [コラム]書くことの重要性
 課題
 課題のヒント
第11章 レポートや論文を書く
 はじめに
 大学生とレポート
 上手なレポートの書き方
 まとめ 
 [コラム]量と質
 課題のヒント
第12章 プレゼンテーション
 はじめに
 プレゼンテーションとは?
 プレゼンテーションをするための準備
 プレゼンテーションの実践
 おわりに
 プレゼンテーション評価シート
第13章 テストの準備と受け方
 はじめに
 大学のテストの重要性
 テストの種類や内容
 テストの準備と受験
 GPA制度・大学の成績評価改革
 おわりに
 [コラム]テストは要領?
第14章 クリティカル・シンキング
 はじめに
 考えることはつらいこと
 クリティカル・シンキングとは?
 情報をどのように受け止め、発信するか?
 主張と証拠
 理性的な論理
 上手にクリティカル・シンキングをするには?
 おわりに
 [コラム]目に見えないチェックリストと物差し
第15章 プレイジャリズム(剽窃)
 プレイジャリズム(剽窃)とは何か?
 プレイジャリズムを避ける方法
 プレイジャリズムの例外
 どのようにしてプレイジャリズムを確実に防ぐか
 おわりに
 [コラム]自分のオリジナリティー
第16章 教授と知り合い、指導を受けよう
 はじめに
 教授とはどのような人?
 学生の教授に対する態度
 教授から何を得るか?
 教授にどう接するか?
 教授に対する礼儀
 おわりに
 [コラム]アメリカの教授と学生
第17章 パソコンの便利な利用法
 はじめに
 パソコンと大学生活
 パソコンの購入法
 使いやすい環境を整えよう
 オンラインソフトの利用
 おわりに
 [コラム]英語の勉強
第18章 ワープロの有効な利用方法
 はじめに
 どのコンピュータとソフトウェアを利用するか?
 ワープロとは何か?
 ワープロの長所
 ワープロの短所
 自分と対話しながら文章を書く
 ワープロの第三の機能
 辞書登録の操作
 おわりに
 涙なしの「超」ワープロ上達教室[西納春雄]
第19章 PowerPointを使用したプレゼンテーション
 はじめに
 PowerPointとは?
 PowerPointスライドの作り方1
 PowerPointスライドの作り方2
 PowerPointスライドのオンライン公開(ウェブ・ファイル化と留意点)
 ハンドアウトの作り方と留意点
 PowerPointを使ったプレゼンテーションの実際
 おわりに
参考資料 教育者と研究者にとっての著作権とは?

 付録CD-ROMの中に、本の中の課題をこなすための資料が入っている。例えば、「大学生活の目標」や「1週間の生活」は、本文中で示された書式で記入することができるMS-Wordのファイルが入っている。
 また、英語の先生方の本だけあって、スタディスキルやインターネットの世界など、本を補足する内容が、英語で書かれたものがCD-ROMに入っていて、読むと、同時に英語の勉強もできるしくみになっている。つまり、英語教材としても使える。

 ただ、読書の仕方やゼミの準備の仕方は、英文科の人を想定して書かれており、理学系の学生が経験するものとはだいぶ違っている。
 4章の読書ノートの取り方は、理系だと、間の数式を埋めるとか、読んだ本の演習課題を解く、といったものを記載していくことになるだろう。5章も同様で、理系の本の読み方と文系の本の読み方は異なる。しかし、共通教育で文系科目を履修した場合の作業の参考にはなりそうだ。
 8章は、理系だと、自分でテーマを決めることは少ないので事情が異なる。9章は、実験があるような理工系学部の学生には、実験ノートの書き方とデータ整理のような内容に変更すべきだ。
 それ以外の、大学生として共通の部分は、理系学生にとっても有用な内容である。

「論」が持つ強さではなくて「現実」が持つ強さ

Posted on 7月 9th, 2009 in 倉庫 by apj

PSJ渋研Xさんのところの「教えて、元増田」のコメントを見ながら。

Posted by zorori at 2009年07月09日 07:13さん、

>「自分は物を知っている特別な人間と思われたい」という「欲得」そのものだろう。
(中略)
人間には「欲得」は必ずありますから、主張している内容には無関係に必ず「動機が不純だ」と批難が可能になるんじゃないでしょうか。

 動機が不純だった場合、というか「欲得」を持ったことで生じる実害がはっきりしない。一方、知らなかったことによって、具体的な不利益が発生する場合がある。
 実害がはっきりしている場合の批判と、実害がはっきりしない場合の批判を、同じに扱うことはできない。

Posted by pooh at 2009年07月09日 08:13さん、

難しい部分があって、ある程度強い主張に対して対抗言論をおこなうためには、対抗言論にもそれなりの強さが求められる。ここの部分の制御はあんまり容易じゃないし、正直云って最近のJudgementさんあたりの議論はその部分がコントロールできなくなってるんだろうなぁ、みたいに感じます。ご自分の場所が、ご自分が批判している対象の質の悪いパロディみたいになってしまっている。Judgementさんのように、そもそもは相応に高い意識で言説に臨んでいるはずの方でさえ(自分自身の言動も含め)コントロールできなくなる。いや、ご本人に訊けば「意図的にやっている、コントロールは万全だ」とおっしゃるかもしれませんけど。

 ニセ科学言説が「言説」のみにとどまり、現実の社会において何ら被害を発生させないのであれば、ニセ科学に対してクレームをつけることも、それに対して対抗言論を出すことも、全て「言説」の中だけで終わる。そこには、言説同士の強さの違いは、純粋に、論としての強さだけで決まるだろう。
 しかし、実際には、ニセ科学言説の「強さ」は、現実の被害(多くは金銭的な被害)を発生させる強さである。すると、ニセ科学に対するクレームは、現実を相手にしていることによって必然的に伴う強さを持つことになるし、現実の被害に対抗する限度であれば「強さ」が過剰になることもない。これらの論が持つ強さは、論そのものに拠るのではなくて、論が現実に直接結びついていることに拠るものである。
 「ニセ科学に対するクレーム」への対抗言論は「ニセ科学を正しいと主張すること・ニセ科学が存在することに何らかの正当性があると主張すること」であって、いわゆる「ニセ科学批判批判」「批判の仕方批判」といったものではない。このようなものは、「ニセ科学に対するクレーム」に対して、対抗言論としての地位を獲得することはない。これらが、ニセ科学に対するクレームの論と同程度の強さを持つとしたら、例えば、「ニセ科学に対するクレームによってニセ科学が発生させる被害と同程度の被害を発生させる」ということが現実に起きた時だろう。この場合には、これらの論は「新たな別種の被害発生をくいとめる」という現実に土台を置くことになるので、論の強さとしては同程度になる。批判の仕方批判のようなものに強さを付与したいのであれば、「批判の仕方が良くなかった事によって生じた被害を具体的に指摘する」ところから始めるべきで、そこを欠いていたら、どれだけ言葉を並べたって脆弱なものにしかならない。
 そもそも対抗言論でもなく、拠って立つ現実にも乏しい論にしかならないものを、「対抗言論」であると錯覚して、無理に強さを持たせようとしているのだから、コントロール不能な状態に陥っても別におかしくはない。できないことをやろうとするから無理が生じる。見せかけの強さは長持ちはしない。

 一方、共通の現実を相手にしている論の場合は、対立があっても、無理に強さを持たせるようなものにはなっていない。例えば、刑法総論の学説の対立を見ると、プロの学者同士の対立だけあって、相当強い論同士の対立になっているのだが、論の強さのコントロールができなくなるといった無理は生じていない。刑法でなくたって、法学の本を読んでいると、判例・通説・多数説・小数説・有力説、などと並んでいたりする。これらは、いずれも、すべて同じ現実(世の中で起きた事件や紛争、立法、裁判)を相手にしている、つまり全て現実を取り扱うものなので、無理は生じていない。