ネット上の実名匿名論争
勝間和代のクロストーク「ネット上でも実名で表現を」を読んで。
これまでさんざん議論になってきたネタだが、勝間さんの主張もそれに対する反論も、両方とも議論のポイントが違うだろうと思ったのでまとめておく。なお、クロストークの方には、実名賛成の立場でコメントをしてきた。
ネット上でも実名で表現を2009年10月04日
インターネットはここ数年、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)、ツイッター、動画投稿サイト「ユーチューブ」など、さまざまなツールの出現により、単なるメールとウェブ閲覧の手段から、人と人とが直接つながるメディアへと発展してきました。
一方、ネット内ではまだ、匿名やニックネームが中心で、実名での表記はまれです。その結果、健全な助け合いが本来、ネットメディアの望ましい姿であるにもかかわらず、一部には、過激な中傷があとを絶ちません。「炎上」という形で多数の人から非難された結果、閉鎖するブログもあります。
しかし、ネットがメディアとしての信頼性を高め、既存のメディアと肩を並べる存在になるには、表現者が自分の名前を開示し、責任の所在を明らかにすることが不可欠だと私は考えています。匿名コミュニケーションのままでは、いつまでもネットは周辺メディアの位置にとどまるでしょう。
もちろん、ネット上のすべての表現について実名を開示する必要はありません。しかし、少なくとも人とのつながりを目的とした利用においては、できる限り実名を明らかにするのが好ましいと考えます。
一方、実名にすると気軽なコミュニケーションが阻害され、あるいは、個人情報の漏洩(ろうえい)につながるのではないかと考える人もいるでしょう。しかし、クロストークも開始以来1年間、実名主義を貫いてきましたが、活発で的を射た討論が続いています。さらに、実名であることにより、複数のトピックにわたって投稿くださっている方の考えを追うこともできます。今のところ、問題は生じていません。
もちろん、他人の名前をかたる人物が現れたり、名簿が売買されたりするリスクはゼロにはなりません。さらに、企業に勤務をしている方の場合には、社内情報の漏洩や、立場上まずい発言をしてしまうなどの問題も起こり得ます。しかし、これらはすべて、ネット外の実社会(オフライン)でも同じことです。他人の名前をかたることや、会社の守秘義務に反することは、どのような場であれ認められないのです。
ネット上で実名主義をとるにあたって、プライバシーをどう守っていくかは、今後の課題です。しかし、自分の名前を開示して、発言に責任を持つことは、相手とのかかわりを深め、理解を求めるための必要条件と考えます。
ネットを過激な陰口の場にしないためにも、思い切って、実名主義を進めてみませんか。それによって、コミュニケーションが円滑になるほか、ビジネス面での利用の際の信頼性も高まると確信しています。
ネットで実名制をとったからといって、誹謗中傷が減ることは特に期待できない。実名を背負っている分だけ、対立が激化することがありうる。また、信頼性が高まるかというと、「面と向かってウソをつく」人だっていくらでも居るのだから、実名にしたところで発言の信頼性が高まるわけではない。ネットで実名にしようが膝詰め談判しようが嘘つきは嘘つきのままだろう。
ネットで実名制をとった場合の最大のメリットは、事が起きた場合の責任追及に必要な手間が減る、という点にある。
現状では、発言の責任を追及する場合、
(1)掲示板やblogのコメント欄なら、まずは管理者に頼んで書き込み元のIPを開示してもらう
(1)’無料ウェブサイトなら、利用者の個人情報が正しく登録されている保証はないので、やはりサイトのサーバ提供者に書き込み元IPの開示をしてもらう
(2)次のそのIPを使ってプロバイダに対して発信者情報の開示を求める(場合によってはここで訴訟になるし、ログ保存の仮処分が必要になったりする)
(2)’有料サーバなら支払情報から本人特定できるが、やはり業者に対して開示請求の手順が必要になる。
(3)本人特定の上で、書いた内容についての責任を追及する
という手順になる。本当にやりたいことは(3)なのに、(1)や(2)で手間と時間をとられるというのが、ネットの発言に対して責任追及する場合に問題となる。しかも、ログ保存期間を考慮すると、やろうとした場合は時間との戦いになることもある。実名制にすると、本人特定の手段は明らかに増えるし、その分だけ特定が楽になり、より少ない手間で本来の目的である(3)を実行できる。これが実名制のメリットである。
なお、実名制の定義があやふやだと困るので補足。訴状の送達が可能な情報と結びついていることがベストだが、それにつながるかなり強いヒントも可、といったところ。だから、実名の代わりに国民総背番号にしてIDと発言が結びつくようにしておいて、そのIDに対して特別送達が可能である(本名は後から判明)といった制度が作れるなら、日本人ぽい名前が具体的に出てこなくてもかまわない。
【補足】
この点、単に日本人らしき名前を名乗ればそれで満足するのかといった屁理屈による反論が行われることがある。もちろん、アルファベットのハンドル名を名乗るかわりにそれらしい名前を記載したところで、その人物を特定して訴状が送達可能でなければ何の意味もないので、そのような反論はガキの屁理屈以下でしかない。実名制とは、つまりは特別送達可能あるいは送達先につながる重要なヒントが示されていることを意味する。
実名匿名論争では、発言に責任を持つ云々という話が出てくるのが常で、責任とは発言者が自発的に負うものだとされてきたように思う。これは間違いで、この場合の責任とは、被害を受けた側が加害者に対して強制力を伴う方法で負わせるものだと考えるべきである。
実名制で誹謗・中傷が減るという主張は、発言の段階で権利侵害が起きないようにすることが可能だという意味である。勝間さんもそう考えているらしい。実際には、そうではなくて、事後の救済の手続きの負担軽減の方がメリットとなる。
では、匿名制のメリットは何か。
刑事や民事の手続きが必要な状態になれば、本人特定を免れることはまず不可能なので、匿名で言いたい放題言えるというまでのメリットは無い。追求される場合のハードルを上げるというメリットはあるだろう。
逆に、匿名が相手の名誉毀損が成立するかを考えてみた。この場合の匿名とは、ネット上にのみ存在する、いわゆるハンドル名のみがわかっているサイト制作者やblog主で、実社会の人格との結びつきが明らかになっていないものとする。
ハンドル名のみの誰かを中傷した場合、相手が匿名に隠れようとしている限り、責任追及される可能性はまずない。ハンドル名だけでは告訴状も書けないし被害届も出せない。ハンドル名×××で○○○サイトの管理者が被害者だが、どこの誰かはわからず、1人なのか複数なのかも不明という状態では、書かれた内容について罪に問おうとしたって公判が維持出来るはずがない。民事訴訟だって、ハンドル名だけの訴状はそもそも受け取ってもらえない。つまり、被害者となる相手が匿名でいようとすればするほど、加害者にとって安全という結果になる。これを、加害者にとってのメリットと呼んで良いかどうかは微妙だが……。それでも、匿名によって訴訟までの手間を増やしてハードルを高くするというメリットを享受するかわりに、「人」として尊重されない(法的救済を受けられない)というデメリットを背負うというのは、バランスはとれているように思う。
【追記】
加害者特定が時間との戦いになる、と書いたが、警察も同じ理由で困っていることが記事になっていた。
毎日.jpの記事より。
ネット犯罪:ログの90日間保存を プロバイダーに要請へ
2009年10月15日 15時0分 更新:10月15日 15時9分
インターネット上に犯罪を助長するサイトが横行していることを受け、警視庁は国内の大手プロバイダー事業者にネットの通信履歴(ログ)を最長90日間保存するよう要請する方針を固めた。振り込め詐欺に悪用される預金口座や携帯電話などの売買の摘発には、容疑者の特定につながるログの保存が不可欠と判断した。通信の秘密が侵されるなどの理由で事業者が難色を示すことも予想され、事業者の対応が注目される。
警察による正式な要請は初めて。16日に警視庁で開催する「違法・有害サイト対策官民会議」で、出席したプロバイダーに保存を求める。
日本は01年11月、「捜査機関が、90日間を限度に保全を命令できるような法整備を行う」とする条項を盛り込んだ「サイバー犯罪条約」に署名した。法整備が進まず、プロバイダーにログの保存義務はないが、警視庁は「保存期間が短かったり、保存していない業者もおり、捜査に支障が生じている」(捜査幹部)と要請を決めた。
16日の官民会議には、プロバイダーや通信事業者など17社が参加予定。違法サイトへの広告掲載が実質的にサイトの運営を支えているとして、広告代理店に仲介の中止を求めることも事業者に要請する。また、違法な書き込みを削除しないサイト管理者との契約解除を積極的に進めることなども要望する。
警視庁によると、08年に寄せられたネットの違法・有害情報は約3万7000件あったが、立件できたのは約400件。このため、警視庁は先月末に「違法サイト対策統括事務局」を設置し、振り込め詐欺に使われる口座のほか、違法薬物や児童ポルノ画像などの売買を持ち掛けるサイトの情報を一元的に集めている。警視庁幹部は「通信の秘密への配慮やコスト増の懸念からログ保存をちゅうちょする事業者が出ることも予想されるが、違法サイトの蔓延(まんえん)は看過できず、協力をお願いしたい」としている。【川辺康広】
通信の秘密、というのは、送った側と受け取った側が双方内容と通信があったこと自体を秘匿している場合なら意味がある。しかし、送った情報が公開済みである場合にまで適用することに意味があるか、というのは、議論の必要があるだろう。改憲の時には再検討してもらいたい項目である。
本気で追求する場合は、ログ保存の仮処分を突っ込んで(これは民事手続だから被害者が自分でできる)、プロバイダに関連ログを保存させてから、警察に届け出る、といった工夫が必要になる(実際に、私は以前この手で証拠を保存してから告訴状を出した)。
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