「上から目線」ということの無意味さ
以前にも書いたかもしれないが、「上から目線」ということの言い方について。ツイッターのTLで出てきたので少し考えてみた。
AがBに対して「上から目線」と評した場合のことを考える。
前提1:「上から目線」と言う言葉は、Aが勝手に「上下」を何らかの基準で設定し、その基準によればBが上、と判断したから出てきた言葉である。
(1)Aが「下」であるとA自身が思っている場合
Aは、誰が頼んだわけでもないのに勝手に「下」に居ると自分で思っている、あるいは実際に「下」に居る。つまり「私は私の設定した基準で下に居ます」と自ら表明する以上の意味がない。
(2)Aが想定する別の誰か(たとえばC)が「下」に居るとAが考えている場合
話に登場もしていないどころか、そもそも存在するかどうかわからない「下」にいるCを想定して発言することの意味がわからない。というかはっきり言って無意味。
(3)第三者からみてBが上になるに違いない、という意味である場合
第三者から見ればAは「下」なのにA自身はそのことに全く気づいていない、あるいはそれを認めるつもりもないとの表明である。つまりAはただのバカ。
前提1が成り立たない場合
Aは自分で「上下」を設定していないにもかかわらず「上から目線」と言ったことになる。何が言いたいのかがわからない。「上から目線」という表現自体が比喩として適切ではなかったことになる。
考えつく限り場合分けしてみたが、「上から目線」というのは、言った側がバカにされる効果があるだけで、それ以外に何の意味もなさそうである。
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