ニセ科学フォーラム
学習院大学で開催されたニセ科学フォーラムに行ってきた。今回は講演仕事が降ってこなかったのでのんびり他の人の発表をきかせてもらった。一応実行委員になっているので、最後の質疑応答の開始の時に、5分ほどもらって近況報告。
田崎さんの、理科教育で教えられる科学観についての問題提起は参考になった。
久しぶりに小内先生にもお会いできた。朝バナナダイエットで太っちゃった患者さんの話には,気の毒と思いつつも笑ってしまった。酵素云々は別にしても、朝バナナ1本食べるだけで昼と夜はこれまで通りなら1日の摂取カロリーが減るから痩せる……はずが、朝バナナを5本食べて、バナナでダイエットできるのだからと安心して昼と夜もここぞとばかりに食べたら太った……ってそりゃそうだろう。
その後、懇親会に出席。
日本医大の太田成男教授が参加なさってて、懇親会始まった直後から直談判になった。水ヲチ板の方は見ていないが、水素水をどう考えているのかと訊かれた(ウチのサイトで批判しているという話くらいは伝わっていた模様)。
研究途中の論文を使って、健康にいいというイメージで水素水を売る業者が続出しているので何とかしてほしい、と言ってみた。そうしたら、「業者のそういった宣伝を防ぐのは無理」という返事だった。それで、動物実験の段階だからまだ健康グッズとして売るようなものではないことを、先生のホームページではっきり言ってください、と頼んだ。
太田教授は、あまりにヒドイ水素水宣伝には内容証明でクレームを送ったり、「実験医学」という雑誌に、その手の宣伝と研究は関係ないと書いたりしているということだった。これは、私も今日ご本人から聞いて初めて知った。しかし、太田教授がそのような対応をとっていることは、ネット検索でも出てこないために、今のままではわけわからん業者の宣伝を容認しているように見えてしまっていることも確かである。また、今、健康への効果を信じて水素水を買う人は、きっと、朝バナナダイエットに飛びついたり、納豆ダイエットにとびついたりするような人と重なっているはずで、そういう人が「実験医学」を読んで正しく判断するということは、およそ想像しがたい。
動物実験の結果がそのままヒトに使えないことは当たり前だし、研究段階の医学をどう使うかは説明するまでもない、というのが太田教授の認識のようであった。しかし、今日の講演で小内先生が指摘したように、試験管内の実験や動物実験だけでヒトに効果があるように装う健康・ダイエットグッズはニセ科学の定番である。つまり、太田教授の考えている常識は正しいし、私も同意するのだけど、健康グッズに振り回される人達とそこにつけ込もうとする業者には、全く共有されていない。
水素水研究の本家から、健康グッズとして水素水を売りまくって良い状態ではないのでもうちょっと研究が進むのを待つように、という情報を発信してもらうだけでも、随分違うはずである。そのへんのことを伝えてみた。ウェブで書いても効果があるの?と、なかなか理解してもらえなかったのだけど……。
確かに、ウェブで書いたって悪意のある業者を止めることはできない。しかし、きちんと説明責任を果たしていたかどうかは、後から研究者の評価に効いてくる。本当に使える治療法を開発しているのに、インチキ業者に荷担したと思われたのでは、研究者にとっても良いことではない。もし、研究の段階がどのあたりでエビデンスとしてはどう扱うべきか、ということが、研究者本人からわかりやすく提示されたならば、水素水の議論が出てきたときに、その文書を示してそこから説明できる。誰でも引用できるようになっていれば、情報を知った人が次々に伝えていったり、個別に相談された時に解説したりといった形で、正しい情報が広まる足場になるはずである。
仮に私が太田教授と同じ立場になったら、論文が新聞記事になったら、ほぼ同時にblogでも研究室webサイトででも、ヒトの健康にいいという宣伝の根拠になるようなものではない、と釘を刺すと思う。しかし、ご自身でクレームを出す状態になっていても、ウェブ書いて効果があるのかと疑問を持っておられたことから、太田教授は、ネットでの情報発信や情報の伝達については不慣れというか十分な実感を持っておられないのかな、という印象を受けた。
で、ちょいと私信。温泉カワセミさん、一緒に議論ありがとうございました。
ここからは旧ブログのコメントです。
by TaKu at 2008-11-49 18:11:49
ウェブへの情報公開
水素水に関しては太田成男教授がウェブ上で情報を公開すれば大きい意味があると思います。
「健康にいいというイメージで水素水を売る業者」に反論する人達の指針になるし、そういう人達からリンクされ、検索エンジンの上位に来る可能性が高くなると思われます。
ニセ科学フォーラムでは質疑時に、情報量でニセ科学に負けていてどうにかならないか(かなり省略)と質問しましたが、ウェブ上への公開に意味がないと考えている人もいるんですね。
apjさん、
ニセ科学フォーラムではお会いできて嬉しかったです。
握手してくれてありがとうございます。
by AC at 2008-11-30 04:10:30
Re:ニセ科学フォーラム
大学の先生って、やっぱ浮世離れしている、と思った。
太田先生にとっての世間は、実験医学を読む人なのね。
その領域のわかっている人に言っておいたからいいだろう、と。
水伝で、雪氷の先生からきちんとしたNGが出てこなかった
のと同じに見えますね。内輪の中では、ダメでしょ、
あんなの、、、と言っているけど、
社会全体の中で、自身が置かれている位置づけと
自身の発言が持っている重み、そして本当の意味での
社会貢献という意味を理解していれば、
適切は発言をウェブでしてもいいわけでね。
話の通じない相手に話をするより、世の中のまともな人に
平易に話をしたほうが、よほど効果的なのに。
by Kosuke at 2008-11-53 05:15:53
Re:ニセ科学フォーラム
言い古されたことですけど、信者が相手ではないのですよね。
世の中の「本人はいたってまともだが、放っておくと詐欺にあうかもしれない大多数の大衆」の為にも、正しい情報をネットで発信する価値があるという点を、大田先生にご理解いただきたいと思います。
by 温泉カワセミ at 2008-11-37 08:54:37
Re:ニセ科学フォーラム
apjさん、
お話の間に、割ってはいる形になって済みません。
<(_ _)>
横で話を聞いてたら、なんと言いますか、ついつい黙っていられなくなって・・・・
太田先生の仰ってることを聞いてて、なんとなく太田先生がオープンなところにハッキリ書くのを躊躇っておられた気持ちが判った様な気がしたんですよ。
たぶん、自分が有望だと見込んで、効果を確かめるために一所懸命研究してるモノに対して、少しでも『ネガティブに取られかねない』コメントを、自ら公言することに、精神的にかなり抵抗があったんや無いのかなぁ・・・・
もしそうだとしたら、お気持ちはすっごく理解出来るんですけど、このまま放っといたら活性水素なんかと同じ類の話と色眼鏡で見られてしまう方が、却ってデメリット大きいでしょうと言うことをお伝えしたかったんですけど、判って頂けましたかねぇ。
by 蟻 at 2008-11-59 10:11:59
どっちだろう
瀬名NEWS
太田成男先生からの手紙 【水素水その3】
http://news.senahideaki.com/article/104795817.html
を読んだり、apjさんの話を読むと、
太田成男先生と言うのは誤解を受け易いけど、実はまっとうな科学者なんだ。
と認識を新たにしたのですが、その後こんなのを見つけました。
http://hra-japan.org/080729kouen.htm
「水素研究会発表会 基調講演 」(2008年7月29日)
そこにこんなことが書いています。
> ミトコンドリアが、老化と関係があるということが近年わかってきました。
> この図は日経新聞の記事を拝借したものですけれども、なぜ人は老化するの
> かということを簡単に書いてあります。ここに老化の様子が書かれており、
> ここにミトコンドリアとの関連が出ています。ミトコンドリアから活性酸素
> が発生していまして、それが遺伝子を攻撃しているという図です。活性酸素
> が、遺伝子を攻撃していて、これが老化の根本原因なんだということが端的
> に書かれています。私たちはあまり断定的に言うということは好まないとい
> う性質がありまして、ああでもない、こうでもないということが多いのです
> けれども、新聞記者の方はポイントをうまく突いて書いているなと感心して
> いる次第です。
これって、「自分は科学者だからはっきり言えないけど、言いたかったこと
は新聞に書いてあるとおりです」と宣言しているし、さらにうがった見方をす
ると、各メディアは「論文に書いてあることだけに囚われず、好きなよ
うに解釈して広報して下さい」と言っているように見えます。
ニセ科学の拡大に貢献しているような気がするのですが。
by apj at 2008-11-44 12:37:44
ぶっちゃけ、ガードが甘い
蟻さん、
太田先生と話をしていたときに、「水素水は効果があると思っている」と何度かおっしゃってました。そりゃ、そういう見込みで研究しているのはわかっているのだけど、だからといって、研究の現状を逸脱した宣伝まで容認するのは違うよなぁ、と思った次第。
何か、ご本人も煮え切らないというか迷ってるのかな、という印象を受けました。研究が応用方面から評価されるのは嬉しいんだけど変なのも混じってきて、どうしていいかわからない、みたいな。
温泉カワセミさん、
私も同じことを感じました。水素水には効果があると思っているからこそ研究しているのでそれを否定したくないのだろうなぁ、とか、もうちょっと穿った見方をすると、応用につながる研究をすることで評価される現状があるのに応用を否定するのは差し障りがある、と考えているのかなぁ、とか。
本当は、行きすぎた宣伝に目一杯釘を刺しても、Nature medicineに出たようなまっとうな研究はそれだけで価値があるし、応用にしたって、無節操な宣伝は叩き潰すかわりにまっとうな製薬会社と組んで普通の手順で治療法の実用化を目指すのならむしろ望ましいんですけどね。
有象無象に引っかき回されて信用を落とすハメになるということについて、ガードが甘いだけちゃうんかと思いました。
by apj at 2008-11-27 12:48:27
色気と覚悟
太田先生について書いていたらちょっと思ったことがあったので。
液体の研究の業界だと、知り合いの先生のところには、怪しい水関連製品が持ち込まれて「お名前貸してくだされるだけでいいんです」ってな話があるそうで。で、「普通の」研究者だったら、あんまり無碍にも断れないけど手出しすると危ないよなあ、なんて思いながらやんわり断ったり。あるいは、親切心でちょっと調べてあげようか、などと手出しをして名前だけ勝手に使われたり。多分、そういう人の方が、むしろ多数派なのかな、と思わないでもなく……。で、実用に結びつくことをしろという圧力が高まっている昨今、業者さんを無碍にはできないということも考えざるを得ないのだろうなぁと。でもって、うまくいくと応用ネタで研究費ゲットかも、などと色気を出したくなったりしても、まあ気持ちはわかる。
私みたいに「ニセはとことん蹴飛ばしますがそれが何か?」という看板を早いウチに掲げちゃってる人の方が少ないですよね。さすがに、私に向かって「お名前貸して(ry」という業者さんは居ないんですけどね。
何て言うか、ニセは蹴飛ばしても良い、と覚悟を決めちゃわないと、なかなか、さくっと蹴飛ばす踏ん切りはつかないのかも。成果を使ってくれそうな業者さんがいるとやっぱり色気出したくなるだろうし。
by 酔うぞ at 2008-11-18 17:12:18
何に覚悟の基準を置くのかの問題
>何て言うか、ニセは蹴飛ばしても良い、と覚悟を決めちゃわないと、なかなか、さくっと蹴飛ばす踏ん切りはつかないのかも。
ネットワーク管理なんてのも覚悟の問題だし、そもそも管理とは突き詰めると「他人の否定」に他ならないのだから、家族とか恋人といった一対一の関係ではない、第三者に対して管理する場合にはなんかの基準を作り、それ自分で厳守することが必要です。
この厳守こそが覚悟ですね。
そうして法律が出来たのでしょう。
だから法律的な判断がきちんと出来ることが極めて重要となりますが、多くの人は「法律的な判断は自分でするものではない」と思っているところがあって、結果として「覚悟できない」 → 「管理できない」となるのでありましょう。
by com at 2008-11-42 00:38:42
お疲れさまでしたっ
無事に終わって何よりです。
個人的には、大先生との直接対決を見たかったのですが、所詮仮想空間でしか大声を出せない人のようで、現実世界には実在できないのでしょうね。
コメントから察するに、温泉カワセミさんとお話できるチャンスがあったのでしょうが、逃してしまったようで残念です。
水素水の議論は中々白熱していたようで、何度か割って意見を言いたくなるのを堪えてました。
体調が悪かったせいで懇親会は死んでいたのが残念。
フォーラムの方は、田崎さんと小内さんのプレゼンがおもしろかったです。
特に、実在するサンプル(患者さん等)を例にしていた小内さんがgoodだったかと。
by 杉山真大 at 2008-11-07 04:26:07
科学者倫理を口にするのは簡単だけど
これ見て思ったのが、いわゆる自分の研究成果が結果として何かのビジネスになった、って場合の利益相反みたいなことなんですよね。
太田教授の場合は当てはまらないかも知れないけど、例えば技術使用料とか特許や実用新案・更にはトレードシークレットって形で研究者に何らかの形でカネが入っちゃうと、単純に倫理の問題で済まない気がしちゃいます。怪しいビジネスとは言え、報酬を得ることで研究を支えちゃっている構図が出来上がっちゃってるから。もっとも利害関係者になっているだけ責任を問い易い、って面もあるのでしょうけど、そうなると今度は関係無い振りした方が一種の免罪符になる危うさもあるし・・・・・下手に産学協同が進んで制度とか対策が追いついていないのかなぁ。
by apj at 2008-11-53 06:36:53
まっとうな産学連携は……
杉山真大さん、
産学連携をやると、企業側から守秘義務を課されたり、やっていること自体を秘密にしてくれと言われたりするわけで……。
(チェックポイント1)産学連携で
(チェックポイント2)一般消費者を対象として
(チェックポイント3)研究者が商品の宣伝をする
が揃ったら、話半分以下マユツバで聞く、で良いのかも。