Feed

学会発表は「権利」だけど論文掲載は違うだろう

Posted on 5月 27th, 2009 in 倉庫 by apj

 産経msnの記事より。

論文掲載拒否で苦痛 元大学教授が気象学会を提訴
2009.5.27 20:01

 「二酸化炭素(CO2)の増加が地球温暖化の原因」との通説をめぐり、因果関係が逆と唱えた論文の機関誌掲載を拒否され、精神的苦痛を受けたとして、槌田敦・元名城大教授が27日、発行元の日本気象学会(東京)に慰謝料100万円を求める訴えを東京地裁に起こした。
 槌田元教授は熱物理学と環境経済論が専門。
 訴状によると、学会員の元教授は昨年4月、「地球温暖化が原因でCO2が増加する」との論文の掲載を申請したが、「説得力のある論拠が示されていない」と拒否された。今年2月には、学会主催の定期大会での講演を申し込んだが「学術的な発表ではない」と拒まれたとしている。
 元教授は「会員には機関誌への論文掲載や定期大会での研究発表をする権利が定款で認められている」と主張している。学会側は「訴状が届いておらず、コメントできない」としている。

 常識的に考えて、どこの学会でも定期大会は普通は会員であれば誰でも発表できる、というか会員は発表する権利がある(登壇者1名につき演題1つ、定められた時間内、といった制約ならあるかもしれないが)と思うのだけど、論文の掲載は編集委員会の専決事項だから、権利とは言えないんじゃないか。
 気象学会の細則によると、

第11条 本会は、次の学術的会合を開く。
1.大 会 毎年1回以上、会員の研究発表、諸種の講演会を行う。
2.例 会 原則として毎月1回、会員の研究発表、総合報告発表、講演等を行う。
3.その他 常任理事会で認められた会合。
(平13.5.10 旧第10条を11条とし、本条から第29条まで1条ずつ繰り下げ)
第12条 例会については、理事を主任とする講演企画委員会をもうけ、大会の折には大会委員会をもうける。
第13条 講演企画委員会または大会委員会が承認した場合は、会員でない者も、学術的会合において講演を行うことができる。
第14条 学術的会合で講演しようとする者は、予めその題目、要旨及び所要時間を記して申し込むこと。
第15条 理事会は、本会の催す会合を予め会員に通知する。

とあり、事前審査で却下することは書かれていない。

 裁判の行方について。
 論文不掲載については法律上の争訟でないといった判断で却下されそう。
 定期大会のいわゆる一般講演の登壇拒否ならば、権利侵害が認められるかもしれない。事前審査有りということになっていたのなら別だけど、そうではないのに槌田氏だけ内容を審査して却下したのだとすると、この部分については気象学会の責任を問われそうに思う。もし、定期大会で自分だけ時間をたくさんよこせとか、参加できない別セッションでコメントを読み上げろ(物理学会では槌田氏はこれを要求しようとしたことがある)といった無理筋の要求をしていた場合は、拒否されても権利侵害とはされないんじゃないかな。訴状を見たい。

【追記】
 ところで、マッドサイエンティストが満たすべき条件に「学会を追放される」というのがある。いつからそうなったのかはわからないが、まあそういうお約束になっているらしい。ところが、これを実現するのがなかなかに難しい。学会に入会した後、会費を払わないといったことをやっても、単に除名されるだけで追放まではしてくれない。どこの学会も忙しいので、出入り禁止にするようなことはしてくれない。
 もし、事前審査なしの一般講演を拒否されたのだとしたら、槌田氏はそれだけでもかなりの「成果」をあげたことになる。追放一歩手前というか。で、今度は学会を提訴したわけで、これで槌田氏が「学会を追放される」という歴史に残る(?)快挙を成し遂げることができるかどうか、興味津々ではある。

中島梓(栗本薫)さんの訃報

Posted on 5月 27th, 2009 in 倉庫 by apj

 昼休みにニュースを見て知った。asahi.comの記事より。

評論家の中島梓さん死去 作家「栗本薫」でも活躍

2009年5月27日11時45分
 作家栗本薫としても活躍した評論家の中島梓(なかじま・あずさ、本名今岡純代=いまおか・すみよ)さんが26日死去した。56歳だった。膵臓(すいぞう)がんを公表、闘病エッセーも出していた。

 77年に中島名の「文学の輪郭」で群像新人文学賞(評論部門)を受賞。栗本薫名では78年に「ぼくらの時代」で江戸川乱歩賞を受賞、81年に「絃の聖域」で吉川英治文学新人賞を受賞した。

 栗本名でのファンタジーの大河小説「グイン・サーガ」は、計150巻近いベストセラーシリーズ。4月に最新刊を出したばかりだった。SF、ミステリー、ホラー、時代小説と幅広く多作だった。

 中島名では「コミュニケーション不全症候群」などの評論のほか、作曲やピアノ演奏の音楽活動、ミュージカルの脚本や演出も手がけた。79年からテレビ朝日系列のクイズ番組「ヒントでピント」のレギュラー解答者となり女性軍のキャプテンもつとめた。93年4月から3年間、朝日新聞の書評委員。

 90年に乳がんで手術、闘病記「アマゾネスのように」を刊行。07年の膵臓がんの手術後も、創作活動や演奏活動などを続けた。

 「ぼくらの時代」を、高校生時代に図書館で借りて読んだ。私は、グイン・サーガはフォローしていなかったけど、ミステリーは好きで何冊か買って読んだ。伊集院大介シリーズが好きだった。もう新作が読めないと思うと悲しい。
 楽しい時間をありがとうございました。

ノミネート本は例年だって特に売ってなかったはずだけど……

Posted on 5月 26th, 2009 in 倉庫 by apj

 「健康本的作家養成本」についたうさぎ林檎さんのコメントを見て。リンク先も見たけど、何でこんな話になってるのかが謎。

 「採るトンデモから育てるトンデモへ」というのが例会の標語みたいになってるわけで、新たなトンデモが近くで育つのは歓迎すべきことのはず。また、本の場合は他の商品とは違って、酷評されたらされたでその評判を見たり聞いたりした人が逆に興味を持って買う、ということもおきるわけで、酷評が必ずしもマイナスにはならない。

 以前に特別賞のふぉるしいのCDは会場売りしたはずだけど、あのときは、トンデモ本大賞としてノミネートしたのではなかった上、会場で流すということを事前に伝えて許可をもらったりして、双方win-winで商売したという感だったから事情が違う。むしろゲスト扱いだろう、あれは。

 で、引用先の唐沢俊一検証blogの論理がおかしい。唐沢氏の発言が

「トンデモ本大賞に本を売りに来ないでほしい」

というものなら、本の販売はダメだけど会場に来るのはご自由に、としか受け取れない。それを、

大内女史は「トンデモ本大賞」の当日に会場に行くつもりだったのに、唐沢俊一から断られた

と書くというのは、印象操作じゃないかな。
 大内女史の方も、

他のノミネート作品の関係者は来ている(こともある)のに、なぜ、私だけダメなんでしょう。

と勝手に勘違いしてるっぽい。

【追記2009/05/29】
 大内氏の新しい記事では、会場で本を売らないかと先に持ちかけたのは唐沢氏であるということが書かれていた。ということは、最初に大内氏がこのことを書かなかったために、唐沢俊一検証blogの引用にも書かれることがなく、結果としてそれを読んだ私も、議論のスリカエあるいは当事者の勘違いではないかという印象を持ったということになる。
 ということで、私からの評価を、
・大内氏:最初に不十分な情報を書いて誤解と混乱をもたらした
・唐沢俊一検証blog:大内氏の不十分な情報を引用した批判を書いたから私が誤解したのであって、特に論理展開をおかしくするような意図は無かったのだろう
と変更する。
【追記終わり】

 他のノミネート作品を会場売りすることは、例年だって無かった。普段の大賞会場での物品販売は、楽工社さんの本やと学会会員の出している同人誌即売、と学会が作ったグッズの販売、といったあたりである。あとは若干のゲストの本コーナーを設けるくらいか。今年だって、他のノミネート作品を会場売りするという話は全く出ていない。
 何だか、「本を会場で売るのはやめろ、(他のノミネート作品だってそんな扱いはしてないから、大内女史だけ特別扱いすると)トラブルになるかもしれないよ」と言われたことが、大内女史の頭の中で「大内は会場に来るな」に変わってるっぽい。また、唐沢氏の発言が

「だけど、きみが、一般入場者として来るとしたら、誰にも止めることはできない」

ということなら、つまりは本を売らず普通に来ればそれで良いということだし、これに対して

入り口で止められる可能性はゼロではないので。

はいささか被害妄想じゃないのかな。「誰にも止められない」と明言されているのに、「止められる可能性はゼロではない」って、一体どういう文章読解解釈能力なのか。

 まずは、「本を売らなくても大内さんは会場には来ないでほしい」とはっきり言った人が居たのか。言ったとしたら誰がそんなことを言ったのか。そいつをはっきりさせてほしい。
 正直な話、本当にそんなことを言う人が居るとは私には信じられない。本当に居たのなら私が小一時間問い詰めたい。チケットを一般に売っている以上、と学会に批判的な人だって当然来るだろうけど、それを事前に排除するようなことはしていないし、できっこない。そうである以上、大内さんを特に排除する理由も見あたらない。ノミネートするからという理由で特に招待もしないかわりに、拒みもしないというのがこれまでのスタンスなんじゃないか。

 何というか、読解力が無いけど曲解力があるからあの本が書けたのかと、別の意味で納得した。

【追記2009/05/29】
 どうもこの問題は、最初に私が認識したのとは違う種類のものらしい。

 私が最初にひっかかった理由は、「チケットを一般売りするイベントで、ノミネート候補作の作者の来場を拒否する」ということが(一般論として)生じるのは、そもそも一般売りという方法を選んだ趣旨に反するものなのでまずかろう、ということである。さすがにそこまで会の運営がひどいとは思えず、読みに行った先のblogがまた勘違いしていると(私にとって)受け取れるものであったために、一体何が起きてるんだということでここで話題にした。
 その後、いろんな投稿やら友人知人からこっそりやってきたその他の情報を見ていると、どうもこの件は、唐沢氏と大内氏の個人的な仕事の事情が主な原因となって発生したものであり、「ノミネート候補作の作者一般」にあてはまる話ではなかったらしい。そうであるなら、何も私がひっかからなければいけない話題ではない。個人的な仕事の事情等が優先された結果そのようになったのであれば、それは当事者の勝手であって、一般売りの趣旨に反する虞れはないからである。

【追記2009/05/30】
 コメントの方にも書いたが、それでもやっぱりまずいだろうという意見を捨てきれないので追記

 チケットを一般売りするというのは「これは内輪の集まりではありません」というタテマエを掲げたことになる。それならば、個人間の事情を持ち出して事前に「来ないでくれ」などと言うのは間違っている、というか少なくとも矛盾している。運営の誰かがそのように言ったとしても、でもって個人的事情があったとしても、それを通してしまったら、タテマエ通りではない、ということになる。チケットを買って一般のお客さんと一緒に観客席に座って演し物を見る、という行為をするだけならば、いくら「と学会」の特定メンバーとの間に個人的事情や感情的もつれがあったとしても、トラブルが発生するというのは常識的に考えて想像しがたい。
 私が今回引っ掛かったのは、掲げているタテマエと実際に行われていることがズレているということである。会場でどんな本を売るかは運営側の専決事項だが、チケットを買って会場に来るかどうかの扱いは、タテマエ通りにやらないとまずい。
 今回の件は、外部に向かって「内輪の集まりではない」というタテマエを掲げておきながら、内輪の事情を優先させてしまったように見える。内輪の事情があるのはどこの社会でもあり得ることだが、それならばその話は内輪だけに止めておくのがマナーだろう。しかしそのことがblog経由で外に出てしまったという、一種の杜撰さが、余計な批判と非難を誘発したのではないか。

 ついでに、コメント欄の方で、唐沢氏の行状その他についてあれこれアクションを要求されたが、全部突っぱねた。これも、タテマエ通りに考えるとその答えしか出てこなかったということである。

 また、どのような場合に社会規範とくっつけてどういう責任を負わせるかという話は、ちょうど、ニセ科学問題の方で、議論しながら構築中である。ここで、自称ウォッチャーが押しつけようとしたホンネムラ社会的行動基準を受け入れてしまったら、今度は、構築中のニセ科学対策の論の方がブレてしまうので、私としては、どう非難されようが、私に対して要求されたアクションについては却下しておく他はない。

感染症学会からの提言

Posted on 5月 24th, 2009 in 倉庫 by apj

 新型インフルエンザについて、感染症学会からの提言が出ているのを見つけたので貼っておく。

平成21 年5 月

社団法人日本感染症学会緊急提言
「一般医療機関における新型インフルエンザへの対応について」
~㈳日本感染症学会・新型インフルエンザ対策ワーキンググループからの提言~

 先日、メキシコ共和国に端を発した新型インフルエンザ、swine-origin influenza A(H1N1)(S-OIVと略す)に罹患・発病した日本人が成田空港の検疫で複数名発見され、さらに5月16日以降、渡航歴のない関西居住の高校生から多数の感染発病者が発見されるに至り、わが国国内での感染の拡大・流行が強く懸念されています。また、WHOもフェーズ6 の流行段階の宣言を検討しています。
 今回のS-OIVが感染力・伝播力は強い一方で、発症時の臨床的重症度は季節性インフルエンザ(seasonal influenza)と同程度ではないかと楽観視する意見も強まっています。しかし、米国CDCが中心となってまとめた米国カリフォルニア州内の4月15日から5月17日までの流行状況の報告1)では5%以上の例が入院し、その1/5(全体の1%)はICUで治療を受けたことも明らかにされております。これをわが国に当てはめると、毎年の季節性インフルエンザと同様に1,000万人以上がS-OIVに感染した場合、短期間に10万人以上がICUに入院することになります。このことからも感染症を専門とする本学会の立場からは、S-OIV は現時点でも軽症であると言い切ることはできません。さらに、今秋以降は1968 年の香港かぜ以来の大流行が起こる可能性は極めて高くなると多くの専門家が考えています。
 本年2月17日に厚生労働省が発出した「新型インフルエンザ対策ガイドライン」は高病原性鳥インフルエンザを想定したものであって、しかも水際撃退作戦を想定したいわば行政機関向けといえるガイドラインであり、今回の新型インフルエンザが実際に流行して蔓延する際には、一般医療機関における対応は当然異なってしかるべきです。医療者、特に臨床医におかれましては予想される状況を正確に把握して適切な対策に務めていただきたく、日本感染症学会・新型インフルエンザ対策ワーキンググループから以下の提言をいたします。

内容
① 過去の我が国における新型インフルエンザ流行の実態から学んでください
② 新型インフルエンザは、いずれ数年後に季節性インフルエンザとなって誰でも罹患しうる病気です
③ 新型が流行すると青壮年層の被害が甚大となるのには理由があります
④ 流行初期から一般医療機関への受診者が激増します
⑤ 重症例にはウイルス性肺炎よりも細菌性肺炎例や呼吸不全例が多く見られます
⑥ 一般予防策ではうがい、手洗い、マスクが効果的です
⑦ 医療従事者の感染予防にはサージカルマスク、手洗い等が効果的です
⑧ 全ての医療機関が新型インフルエンザ対策を行うべきです

① 過去の我が国における新型インフルエンザ流行の実態から学んでください
 新型インフルエンザが蔓延するとわが国では32万人から64万人が死亡すると厚生労働省が試算していますが、これはスペインかぜの致死率を1~2%として、推定患者数が3,200 万人(人口の25%)と考えられるので、掛け算して出した数値です。最近の報告2)では、スペインかぜは日本国内で1918年から1920年にかけて2回流行し、48万人の死亡者が出たことが明らかとなりました。これを現在の人口に外挿・敷衍すると108万人の死亡となり、和歌山県や香川県などの一県分の人口に相当します。スペインかぜは20世紀最大の疫病と言われてきたことがよく分かります。しかし、当時はインフルエンザウイルスの発見(豚から1932年、ヒトからは1933年)前であり、二次感染として多い細菌性肺炎の治療薬である抗生物質が実用化される(1941年のペニシリンG)よりはるか前の出来事です。
 インフルエンザがウイルス感染症であることが分かってから、及び抗生物質が実用化されてからの新型インフルエンザ(1957年からのアジアかぜ、1968年からの香港かぜ)では我が国でいずれも4万人~7万人が亡くなったと報告されています3)。香港かぜは、1968年~69年の第1波では2万人程度と死亡者数が少なかったものの、翌年の第2波で5万人を超える大きな被害が出ています。現在の人口に外挿・敷衍すると8万人から9万人の死亡者となり、比較的軽かったと思われがちな香港かぜは実は大きな流行であり、国民や社会への影響は大きく、特に当時の医療関係者の苦労は相当なものであったと思われます。
 今回の新型インフルエンザ(S-OIV)が今後大流行した場合、わが国の死亡者数や死亡率が香港かぜの場合を大きく超えるようなことはないと思われます。しかし、これまで流行してきた季節性インフルエンザでは毎年1万人前後の死亡者が出ていて4,5)、医療現場ではその都度多忙を極めていますから、数万人の死亡者が出る流行が起これば入院ベッドが不足し、人工呼吸器や救急車が足りない、病院や診療所の外来は混雑を極めるなど、準備の不足は医療現場の大混乱となって現れるのは必至です。
 ところで、スペインかぜ当時の死亡者の大多数は発展途上国に集中しており、英米の死亡者数は少なかったことも知られています。日本の全人口に対する死亡率は0.87%、英国0.3%、米国0.6%、シンガポール1.4%、インド4.4%と報告されています。当時のわが国はまだ発展途上国から完全には脱していなかったため、死亡者数が英米に比べてやや多かったと考えられています。こうしたことから、新型インフルエンザによる死亡は、各国の経済状態の反映、あるいは医療水準の反映といわれています6)が、日本は、現在、スペインかぜ当時とは、全く異なって経済や公衆衛生の向上は著しく、個人の栄養・感染防御能も著しく向上しております。また、インフルエンザの迅速診断とノイラミニダーゼ阻害薬による治療では圧倒的に世界をリードしており、日本で確立したインフルエンザの診断と治療を生かすことができれば、新型インフルエンザの被害を大幅に制御することが可能と思われます。
 また、20世紀の新型インフルエンザは、国内では、すべて2回の流行を起こしている事実を理解して対策を考えることも重要です。世界では、時に3回の流行も記録されています。前述のごとく、スペインかぜは1918~19年の大規模な第1波、1919~20年のやや規模の小さな第2波と2回流行しました。アジアかぜは、1957年春の第1波、秋の第2波とやはり2回流行しました。香港かぜでは1968~69年の第1波は小さな流行でしたが、翌1969~70年に大きな第2波の流行となりました。ですから、最初の流行が小規模に終わっても、決して油断は出来ないのです。今回の新型インフルエンザ(S-OIV)が、現在は症状も軽く、患者数も比較的に少なくても、今年の秋か、冬に大きな流行になると専門家が警戒しているのは過去の大流行の事実からです。

② 新型インフルエンザは、いずれ数年後に季節性インフルエンザとなって誰でも罹患しうる病気です
 今回のS-OIVが出現・流行する以前のわが国では、来るべき新型インフルエンザでは高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)がいずれヒト-ヒト感染性を獲得して主役をなすという想定が支配的であったことや、数年前のSARSで被害が甚大であったことの影響から、どのようなものが出現しても新型インフルエンザは死亡率の高い感染症であり、可能な限り罹患を避けるべき疾患であると大多数の国民から思われてきました。しかし、過去のどの新型インフルエンザでも、出現して1~2年以内に25~50%、数年以内にはほぼ全ての国民が感染し、以後は通常の季節性インフルエンザになっていきます。現在流行している香港かぜもこのようにして季節性インフルエンザとなった歴史を持っており、今回のS-OIVもやがては新たなH1N1亜型のA型インフルエンザとして、10年から数十年間は流行を繰り返すと見込まれます。すなわち、今回の新型インフルエンザ(S-OIV)の罹患を避けることは難しいのです。例えば、1957年のアジアかぜ出現時、全国の保健所職員と家族を調査したところ7)、同年5月から7月の第1波で26%、9月から11月の第2波では30%が罹患したことが明らかにされています。アジアかぜの流行が始まってからわずか半年間に56%が罹患発病したのです。特に、小児では80~90%が罹患したことも分かっています。しかし、アジアかぜはその後通常の季節性インフルエンザとなり、1968年の香港かぜに代わるまで毎年流行しました。その香港かぜも最初は新型でしたが、今では季節性インフルエンザとなっています。

③ 新型が流行すると青壮年層の被害が甚大となるのには理由があります
 1918年から大流行したスペインかぜでは青年・壮年層を中心に世界中で4000万人の死亡者が出ました。今回の新型インフルエンザでも初発地のメキシコでは高齢者に被害が少ない一方で若年層に大きな被害が出ています。我が国ではこれについて、若年層では炎症反応が過剰に発現してサイトカインストームによる被害が拡大するためとの見解もあります。しかし、スペインかぜだけでなく、その後のアジアかぜや香港かぜの際にも初期には若い年齢層に被害が多く見られ、数年後に被害は高齢者中心に移行することが観察されています。
 高齢者の多くは過去に型の変異したインフルエンザの洗礼を何度も受けたため免疫のメモリーがありますが、若年層ではそれが乏しいため新型が流行する初期には被害が甚大となるものの、数年して若年層の多くが免疫を保持するようになると全年齢層がほぼ等しく免疫を保持するようになり、その結果、相対的に抵抗力の弱い高齢者に被害の中心が移って行くと考えられています。例えば、スペインかぜでは、高齢者の死亡が少なかったことが報告されています2)が、1873年以前に同じH1 サブタイプの流行があったと
推測されています8)。また香港かぜでも、当時77歳以上の高齢者では死亡が少なかったのですが、それは1892年以前のH3サブタイプの流行の影響と考えられています2)。
 今回のS-OIVにおいても、高齢者の感染者、重症者が少ないことが注目されています。いずれにしても、来るべき新型インフルエンザの蔓延期には通常の季節性インフルエンザの場合に加えて若年層のインフルエンザ患者が多数発生して医療機関を受診するようになることが予想されますので、その対策が必要です。

④ 流行初期から一般医療機関への受診者が激増します
 厚生労働省では各自治体に対して発熱相談センターの設置や特定少数の発熱外来の設置を行って蔓延拡大を阻止しようとしています。流行初期の水際対策として有効ではありますが、インフルエンザは発熱前から感染性を持つことや、患者が多数発生すればもはや少数の発熱外来では対応しきれず、そのこともあって欧米では発熱外来を設置する動きは見られません。流行の各段階に応じて対応を変える実際的な方策が必要となります。また、患者の中には自分の症状を新型インフルエンザだとは自覚せずに一般医療機
関を受診する方が当然存在します。また、普段からかかりつけ医をお持ちの患者は当然のことながらかかりつけ医を受診する確率が極めて高いと思われます。1968 年の香港かぜの初発期には多数の患者が一般診療所を受診しており、深夜まで診療業務に当たられた経験をお持ちの医師が多数おられます。流行拡大期には、自分の診療所ではインフルエンザの診療は行わない、とするのはほとんど不可能となりますが、発熱の有無で時間帯を分けて診察したり、医師会を中心として近隣の医療機関が時間を分けて分担したり
するなどの方策が効果的と考えられます。たとえば、仙台市では医師会傘下のすべての開業診療所が発熱外来を担当してより高度の医療が必要な患者を専門医療機関へ転送する方針を打ち出していますが、各地域の実情に合った対応策を考える必要があります。
 なお、数年前のSARSの場合は発熱してから周囲への感染性を持つまでの期間が約1週間と長かった9)ために対応策を準備する時間的余裕があり、封じ込めには成功しましたが、S-OIVの潜伏期は1~5日と短く、発症前から感染性を持つため封じ込めは困難です。このことも、流行の拡大時期における一般医療機関への患者の集中が起こる理由です。

⑤ 重症例にはウイルス性肺炎よりも細菌性肺例や呼吸不全例が多く見られます
 今回のS-OIVの流行では、初発地のメキシコを除けば死亡率が通常の季節性インフルエンザのそれを少し上回る0.1%台を現時点で示しており、軽症例が多いとみられています。一方、多数の死亡例が出たメキシコでは、発症から受診までの期間の長短が死亡率と相関している(死亡例のほとんどが発症から1週間以上を経て初診)と言われています。また、死亡例の多くは細菌性肺炎を併発していたとも言われています。実際、過去の新型インフルエンザにおいても同様のことが見られました。スペインかぜの際の死亡原因を詳細に解析した報告があります。当時の死亡者58名の保存病理材料の再調査と8,000人以上の病理解剖記録を詳細に解析した米国NIAID(国立アレルギー感染症研究所)所長のAS Fauciらの報告10)では、死亡の96%は細菌性肺炎であり、約70%が菌血症を併発していたとしています。また、Fauciらはその後の1950年代後半のアジアかぜ、1960年代後半の香港かぜにおいても同様であったとしています。抗菌薬がなかったスペインかぜの当時では細菌性肺炎による多数の死亡は避けられないことでしたが、抗菌薬療法が発達している現在、同じことが起こることはありません。
 細菌性肺炎の多くは肺炎球菌、黄色ブドウ球菌、インフルエンザ菌(インフルエンザウイルスとは異なります)、レンサ球菌などで起こりますが、備えるべきは多数発生する重症肺炎への準備であり、重症呼吸不全に対応するレスピレーターの整備、そして予防です。CDCも今回のS-OIVの流行では細菌性肺炎と脱水が主な入院の契機であり、64%が基礎疾患や合併症を持っており、主なものは慢性呼吸器疾患、免疫低下~不全状態、慢性心疾患、糖尿病、肥満であるとしています1)。しかし、今回のS-OIVの流行ではこれまで大多数の患者が軽症で改善治癒しています。たとえ肺炎を併発したとしても多くは軽症であり、在宅での治療が可能ですし、わが国の市中肺炎ガイドライン11)はその目安を提示しています。なお、細菌性肺炎では肺炎球菌肺炎の頻度が最も高くて重症化し易いですから、接種対象として肺炎球菌ワクチンの添付文書に挙げられている65歳以上の高齢者や慢性の呼吸器疾患並びに慢性心疾患、糖尿病などをお持ちの患者にはこのワクチンの接種を積極的に考慮して下さい。また、肺炎球菌ワクチンの接種については、今回の流行を受けて海外でもさらに推奨する動きがあります8)。

⑥ 一般予防策ではうがい、手洗い、マスクが効果的です
 流行が懸念される時期には不要不急の外出を避け、人ごみにはなるべく出ないこと、外出時にはマスク着用、互いの咳エチケットの遵守、外出後のうがいと手洗いが必要です。新型に対するワクチンは、本年の秋から冬にかけて予想される流行には間に合わない可能性も考えられますので、ハイリスク群においてはノイラミニダーゼ阻害薬の予防投与も考慮すべきです。現実的には患者との接触後1週間前後の予防が考えられます。
 先述の肺炎球菌ワクチンの接種については、優先的に接種すべき患者が添付文書にも記載されており、その内容は前項(⑤)にも示しましたが、これはインフルエンザワクチンの優先接種の対象者とほぼ同じです。ただ、わが国では肺炎球菌ワクチンの再接種は認可されておりません。米国その他の先進国では再接種適応者を定めていますが、当局と関係各位との協力によってわが国でも再接種が承認されることを望みます。
 マスクの有効性については賛否両論があります。日本では肯定的な意見が多く、一方、欧米では否定的な意見が多いため、現実にカナダや米国では一般の人はマスクを着用していません。しかし、数年前のSARSの流行時にはサージカルマスクやN95マスクが院内感染予防に効果があったとする報告12)や一般的に呼吸器ウイルス感染の防止対策の一環としてマスクを含めた総合的な対策が有用であるとするシステマティックなレビュー報告13)があり、WHOは後者の報告を引用して今回の新型インフルエンザ対策としての市中でのマスク着用を勧めています14)。ただし、マスクは正しく着用しなければ効果はありませ
ん。うがいの有用性については、インフルエンザそのものに対しての効果という訳ではありませんが、上気道感染症やインフルエンザ様気道疾患に対する予防効果が認められるという報告15)があり、同様に急性呼吸器疾患等に対して手洗いの予防効果が認められるという報告16)もあります。

⑦ 医療従事者の感染予防にはサージカルマスク、手洗い等が効果的です
 わが国の新型インフルエンザ対策では水際撃退作戦が重要視され、空港や港湾における検疫の強化が取られています。そこで行われる予防策では厳重な防護服やヘルメット、ゴーグル、手袋、等の着用が行われていますが、もし国内で流行が蔓延して爆発的に患者数が増加した際には全ての医療機関を多数の患者が受診することになり、これらはもう実用的ではありません。日本の医療従事者は一般市民と同様、新型インフルエンザに対して強い恐怖を抱いているという報告17)もありますが、ここまでで見たように、また、今回のS-OIVの内外での流行状況を見る限り通常の感染予防策で臨めば大きな心配はありませんし、万が一感染したとしても対応策は万全です。すなわち、医療機関では、サージカルマスクと手洗いを原則とした感染防止策で臨むべきと考えますが、重症肺炎を併発した新型インフルエンザ患者における医療処置(痰の吸引、その他)ではN95マスクやゴーグルなどの使用が考慮されるべきです。なお、必要に応じて抗ウイルス薬(オセルタミビル、ザナミビル)の予防内服も検討すべきです。

⑧ 全ての医療機関が新型インフルエンザ対策を行うべきです
 ここで問題なのは、現在の検疫で行われているような、また、昨年来全国で実施されている新型インフルエンザ対策のシミュレーション訓練等で行われている宇宙服のような防護服に代表されるような対策を目の当たりにして「我々の病院では新型インフルエンザ対策は困難なので新型インフルエンザの患者は診療しない」として最初から対策を放棄してしまう病院の多数出ることが予想されることです。新型インフルエンザの流行蔓延期にはすべての医療機関に患者が受診することが予想されます。自分たちが普段から診ている通院患者からも新型インフルエンザの患者は多数出てくると予想され、診療を忌避することは出来ません。全医療施設が取り組むべき対策を構築しておかなければ、助かるべき多数の患者が助からない、といった事態が起こり兼ねません。そのためにも本提言をすべての医療機関においてご検討いただき、効果的な対策の行われることを望みます。関係各位の協力を仰ぎたく、よろしくお願い申し上げます。

文献
1) CDC: Hospitalized patients with novel influenza A (H1N1) virus infection —California, April – May, 2009. MMWR.2009(May 18);58:1-5.
2) Richard SA, Sugaya N, Simonsen L, Miller MA, Viboud C : A comparative study of the 1918-1920 influenza pandemic in Japan, USA and UK: mortality impact and implications for pandemic planning. Epidemiol Infect. 2009;12:1-11.
3) Viboud C, Grais RF, Lafont BAP, Miller MA, Simonsen L: Multinational impact of the 1968 Hong Kong influenza pandemic: evidence for a smoldering pandemic. J Infect Dis.2005;192:233-48.
4) 高橋美保子、永井正規:1987年-2005年のわが国におけるインフルエンザ流行による超過死亡―性別、年齢階層別、死因別死亡による推定-. 日衛誌.2008;63:5-19.
5) 国立感染症研究所感染症情報センター:インフルエンザ超過死亡「感染研モデル」 2002/2003シーズン報告.IASR.2003;24:288-9.
6) Murray CJ, Lopez AD, Chin B, Feehan D: Estimation of potential global pandemic influenza mortality on the basis of vital registry data from the 1918-20 pandemic: A quantitative analysis. Lancet.2006;368:2211-8.
7) 福見秀雄、後藤敏夫、平山 雄、草野信男:アジアかぜ流行史.東京: 日本公衆衛生協会; 1960
8) Miller MA, Viboud C, Balinska M, Simonsen L: The signature features of influenza pandemics ― implications for policy. N Engl J Med. 2009;1056:903-6.
9) Peiris JS, Yuen KY, Osterhaus AD, Stöhr K: The severe acute respiratory syndrome. N Engl J Med. 2003;349:2431-41.
10) Morens DM, Taubenberger JK, Fauci AS: Predominant role of bacterial pneumonia as a cause of death in pandemic influenza: implications for pandemic influenza preparedness. J Infect Dis. 2008;198:962-70.
11)日本呼吸器学会「呼吸器感染症に関するガイドライン」作成委員会:成人市中肺炎診療ガイドライン.日本呼吸器学会,東京,2007年1月15日発行,1-86.
12) Seto WH, Tsang D, Yung RW , Ching TY, Ng TK, Ho M, et al: Effectiveness of precautions against droplets and contact in prevention of nosocomial transmission of severe acute respiratory syndrome (SARS). Lancet. 2003; 361:1519 – 20.
13) Jefferson T, Foxlee R, Del Mar C, Dooley L, Ferroni E, Hewak B, et al: Physical interventions to interrupt or reduce the spread of respiratory viruses: systematic review. BMJ. 2003;336:77-80.
14) WHO. Advice on the use of masks in the community setting in influenza A(H1N1) outbreaks, Interim guidance. 2009. May 3.
15) Satomura K, Kitamura T, Kawamura T, Simbo T, Watanabe M, Kamei M, et al: Prevention of upper respiratory tract infections by gargling: a randomized trial. Am J Prev Med.2005;29:302-7.
16) Luby SP, Agboatwalla M, Feikin DR, Painter J, Billhimer W, Altaf A, et al: Effect of handwashing on child health: a randomized controlled trial. Lancet.2005; 366:225-33.
17) Imai T, Takahashi K, Todoroki M, Kunishima H, Hoshuyama T, Ide R, et al: Perception in relation to a potential influenza pandemic among healthcare workers in Japan: Implications for preparedness. J Occup Health. 2008;50:13-23.

社団法人日本感染症学会・新型インフルエンザ対策ワーキンググループ
石田 直、岩田 敏、賀来満夫、國島広之、菅谷憲夫、三鴨廣繁、渡辺 彰[座長]
〒113-0033 東京都文京区本郷3丁目28-8 日内会館2F
TEL:03-5842-5845 e-mail:kansen@oak.ocn.ne.jp

 これまでの流行の歴史からは、潜伏期間が短く発症前から感染力を持つから封じ込めは困難な上、発生したら最後、1年で国民の半数がかかってしまい、数年以内に全国民が1回は感染するのなら、いずれ国民が症状の程度は問わず感染するものと思って覚悟するしかないのだろう。
 出血熱に近い死亡率が予想されていた鳥インフルエンザと違って、スペイン型や香港型の経緯をたどるなら、感染して発病した人のうち、細菌性肺炎を併発して死に至る人をいかに減らすか、そのために医療資源をどう振り向けるかを考えておくしかない。多分、今年の冬あたりはこの新型が、季節性インフルエンザに移行する前段階の蔓延を起こす可能性が十分にあるわけだし。
 つまり、今、海外旅行に行ったりして感染した人を責めたって無意味ということである。インフルエンザは、そもそも封じ込め可能な相手じゃないということだし、いずれ国民のほとんどが感染するというのなら、早いか遅いかの違いでしかない。
 数日おとなしく寝込んでいれば済む人が騒ぐことはないわけで、本格的に流行しそうな冬までに必要なのは、細菌性の肺炎対策とか、重症者をトリアージして医療資源を配分することに対する合意を形成して、全体の被害を減らすといったことだろう。パニックに陥ったりヒステリックに騒ぐ人が増えて、そっちに政策が引きずられると困る。

 ということで、私は、当分の間は外から帰ったら手洗いとうがいを励行することにして、ブラック「微生物学」の最新版でも注文して、じっくり読んでおくことにする。この本は院内感染症とか疫学の話まで踏み込んで出ている、医学部生向けらしいまともな教科書である。まずは感染症の正しい予備知識を仕入れるところから。

 いやしかし、何となく、「我々はボーグだ」(We are the Borg)、「お前達は同化される」(You will be assimilated)、「抵抗は無意味だ」(Resistance is futile)ってフレーズがが頭の中を回ってるな……。

ぐわっ!

Posted on 5月 23rd, 2009 in 倉庫 by apj

 このblogは、管理画面で複数のblogを切り替えて管理できるようになっている。というか、1個所にスクリプトを入れて複数のblogを扱えるというか。
 で、コメント不許可してファイル再構築をすると、既についていたコメントが見えなくなる仕様。

(1)TeXの使い方メモを探ろうとした
(2)事象の地平線過去ログ倉庫にあったよな、と、過去ログをあさる。
(3)コメント不可で再構築してしまったらしく、コメント欄に入れたはずのメモが見えない。
(4)一時的にコメント許可にして再構築とかいろいろ。
(5)途中でブラウザの別窓から管理画面をArchivesのに切り替え。
(6)過去ログの方をコメント不許可に戻したつもりが、Arcnivesの方を不許可にしていた……orz。

 帰宅して慌てて正しく設定しなおした。

「ニセ科学批判」総括、あるいは私の「ニセ科学批判批判」:批判は足りていたが非難が足りなかった

Posted on 5月 22nd, 2009 in 倉庫 by apj

 ここ最近、技術開発者さんの書き込みなどを読みつつ、ニセ科学まとめを作りつつ考えていた。このエントリーを書くことになったきっかけは、poohさんのエントリー「齟齬」コメント欄でのやりとりである。

 まず最初に世の中で、「水からの伝言」や「マイナスイオン」が蔓延するということが起きた。それ以前から、インチキ健康食品や活水器が、科学の装いのもとに消費者被害を発生させていた。

 これが問題だと考えたので、個別に「その話は科学として間違ってますよ」「科学としては嘘ですよ」という指摘を始めた。私は、浄水器関係を先にやっていたし、他の人達も個別に、いろんなニセ科学について、ニセであることの指摘を始めた。

 社会には、「嘘をついてはいけない」「他人を騙してはいけない」「不確かなことを言いふらしてはいけない」といった社会規範がある。これが社会規範であるということは、「ニセ科学を問題にするとはどういうことか」で一応まとめてある。
 「嘘をついてはいけない」が社会規範である理由は、簡単に言えば、間違った情報を広めたまま放置すると、それをもとに間違った判断をする人が出てきて、財産的被害を受けたり、危険な目に遭う可能性が上がったりといった、多くの人々にとって良くないことがいろいろと起きるからである。
 社会規範であるということは、それが原則であるということなので、例外もあることを意味する。ただ、この例外は、その行為をする人が立証しなくてはならず、自分の「嘘をつく」行為が例外であることを立証できなかった場合は、社会規範に違反したとされることになる。また。例外が存在することを理由として原則が揺らぐということはない。

 ニセ科学のほとんどがこの「嘘をついてはいけない」という規範に違反するものであったにもかかわらず、ニセ科学を批判するときに、社会規範に違反することを正面から指摘しているものは少なかったように思う。これには2つ理由があると私は見ている。

 理由の一つは、「嘘をついてはいけない」という社会規範が通用しないケースが(堂々と)たくさん出てくるということを、最初は想定していなかったということである。嘘が出回っていてたくさんの人が騙されているときに、「その話は嘘ですよ」という指摘があったら、「嘘だったのか。もう信じないぞ。誰だ最初に嘘ついた奴は」となるのが普通である。だから、「それは科学としてニセモノですよ。嘘ですよ」という指摘をすれば、嘘話の信者になっていたり意図的に他人を騙そうとしている人でなければ、「嘘だったのか。もう信じないぞ。誰だ最初に嘘ついた奴は」と言ってくれると期待したのだろう。
 もう一つの理由は、「ニセ科学」が、本来は科学では無いものが科学の権威をかぶって世の中に流通する、という性質のものであったため、批判する側が、できる限り科学の議論から踏み越えない範囲で批判する、という姿勢をとったことが多かったからだろう。科学の議論の範囲を超えると、ニセ科学と同じことをしていることになってしまうのを無意識に警戒したのかもしれない。また、科学に変な「権威性」を想定する人が現実に居るので、無用の摩擦を避けたかったということもあったかもしれない。

 その結果、何が起きたか。

 「ニセ科学批判批判」を自称する論がいくつも出てきて、個別のニセ科学の議論とぶつかるのではなく、批判の仕方や態度といったものだけを選んで議論し始めるということが起きた。しかし、誰のどの批判があてはまるものなのかはっきりしないことが殆どだった。
 poohさんのところに書かれたblupyさんが端的にまとめているので、引用しておくと、

あの「科学的事実以外への適用」おいう表現で一番いいたかったのは「正しいこといってるのに難癖をつけている」といって態度の問題に向き合わない姿勢です。それがニセ科学かどうか、その批判が科学的に正しいかどうか(科学の次元)、と、その批判のスタイルに問題がないか、は別の話で、後者をつっこまれたとき、前者をいってひらきなおるのはよくない、という話です。

といった主張が、表現を変えていろんな人から出てくることになった。

 ニセ科学を問題とする側が、嘘を指摘する時に科学の範囲を超えないように自粛したために、「科学として間違っていることだけを問題にしているはずだ」と受け取られてしまい、「それならば科学以外のことまで言うのはどうなんだ」という間違った突っ込みを誘発してしまったのではないだろうか。批判する側が「嘘をつくのはよくない」を暗黙の前提にしているだけに過ぎず、そのことを十分意識していなければ、「科学以外のことまで押しつけるな」と反論されたとしても、即座に「その部分は社会規範に抵触する問題である」とは返せないだろうということである。ここでもし間違って、うっかり「それでもやっぱり科学として間違っていることを広めるのはまずい」などとやってしまうと、「批判をすることを正当化するのに科学を使った。科学の権威の濫用だ」などという突っ込みを招き入れることになる。
 
 従って、今後は、「ニセ科学を広める行為は、単に科学として間違っていることを広めるというだけではなく、嘘をついて他人を騙すなという社会規範に抵触するから非難に値するのだ」と最後まで省略せずに言った方が良いだろう。そうすれば、どこまでが科学の話でどこからが社会的非難かがはっきりする。
 ついでに、「嘘や不確かなことを他人に広める、という社会的に非難に値する行為をしておいて、クレームがついたからといって、批判の態度が気にくわないなどというゴマカシをするのはやめろ」とも言っておくべきだろう。態度云々は、マナーがどうあるべきかという問題であって、社会規範への違反の程度に見合った非難かどうかということまで含めて判断されるものだから、科学とは切り離して議論すればよい。むしろ、この議論に、科学の権威云々というごまかしを持ち込ませてはいけない。

 ニセ科学を問題にするときは、あくまでも個別の行為を問題にするしかないので、以前、私は、「ニセ科学批判をすること」を「スポーツをすること」に喩えた。この意見は今でも変わっていない。
 今回、敢えて「ニセ科学批判批判」と括ったのは、個別のニセ科学への対応はやっぱり個別のままなのだけど、「共通して欠けていた・不足していたもの」があったのではないかと考えたからである。それは、社会規範に対する認識であろう。

 これまでのところは、ニセ科学を広めるという行為に対して、言説の内容が科学として間違っているという批判はかなり十分であったが、広める行為が社会規範に違反するという非難が不十分だったのである。

 なお、今回の議論において、ニセ科学を信じるのは個人の自由だ、などという主張は通用しない。内心で「信じる」だけの行為は最初から批判も非難もされようがないからであり、議論の対象になっているのは、blogに書くなどして、ニセ科学を他人に広めたものだけである。嘘を広めたことについて責任を問われてもそれは仕方がないだろう。免責されたければ、blog等に書いたニセ科学言説が社会規範の例外にあたることを示せば良いだけの話である。

【追記】
 もっとあからさまに書くと、ニセ科学を問題にするのなら、「科学としても間違ってるし社会規範にも抵触する」と、前と後を同程度の強さで言わなければいけなかったのに、後の方を無意識的に端折って前の方を強調することが多かった(明文でそう書かないことが多かった)。でも、本来、この二つは一緒に言うべきことなので、ニセ科学が問題だといって前の方についてだけ議論していても、意識しないままに後の方が混じる。ところが、「科学の方しか言わないものだ」という「お約束」を勝手に読み取った人達が、「後の方の理由付けに科学を使うな」などと言い出した、という構図じゃないかな。ニセ科学を問題にする側は後の方を意識せずに言ってるから、突っ込まれても何が問題かピンと来ない。言われた側だって後半は別の話だと苦し紛れに言ってみたりするかもしれないけど、じゃあ後半が本当はどんな話なのかということを詰めていけば、今度は正面から非難される結果が待っている、と。
 故意に科学とそうでない話を混ぜたり意識してわけたりしている場合は、是非はともかく混乱はしないだろう。自覚が無いとか無意識でもって別の話が混じっている場合の方が、混乱が激しそうな気がする。

 いずれにしても、今の社会における「悪徳商法はいけないことで、非難に値する」というのと同程度の共通認識となるように「ニセ科学を広める行為はいけないことで、非難に値する」ということも社会の共通認識にしていくしかなさそう。非難に値する程度は被害の程度に応じて決まるという面も含めてだけど。

ホルスター

Posted on 5月 19th, 2009 in 倉庫 by apj

  iPod touchを入れて持ち歩くのに、urbantool.jpのベーシックホルスターを購入。iPodケースの方もシリコンケースだと摩擦が大きくて引っ掛かって入れにくいので、滑りのよいポリカーボネート透明ケースに変更。キーリールに携帯用の細めのネックストラップをとりつけて、ホルスター内側から上側ポケットに通して、その先をiPod touchのケースにつないでいる。これで、持っていて手が滑っても床に落下は避けられるはず。

 今はまだ上着を着ていて目立たないが、もうちょっとしたらホルスター付きのまま講義に行ったりするので、また学生さんから何か訊かれそう。共通教育の方では既にズボンのポケットに何入れてるのとか訊かれたし(苦笑)。

iFlash

Posted on 5月 18th, 2009 in 倉庫 by apj

 iFlashというiPod touchアプリを試してみた。フラッシュカード作成アプリ。いわゆる単語帳アプリなのだが、MacのデスクトップのiFlashで作ったカードを転送できる。図や音声も貼り付けられるらしい。また、紙の単語帳とは違って、multisideつまり「裏」「表」「真ん中」、のような複数の面(?)を持ったカードも作れる。
 カードはカテゴリー分けできる。日本語も使える。CSVファイルやテキストファイルからのインポートもできる。

 単語帳アプリはたくさんあるけど、iPod側でしか作れなかったり、出来合いの有料カードを買ってくるものがほとんどである。それはそれで良いのだけど、自分で入力する方が勉強になりそう。学習用としては結構お薦めかも。Mac側のアプリが有料なので、お試し期間中に使ってみて良ければ購入しようかと考えている。

 裏表カードのソフトとしてはNotecardsが良さそうなのだけど、デスクトップアプリの開発がまだ不十分なので、先にiFlashを使ってみるしかなさそう。

 何で単語帳アプリを探し回ってるかというと、アラビア語で暗誦してくれるアラビア語ー英語対訳のコーラン(iQuran Pro)と、日本語・英語が何バージョンかと、Lutherの1545年版まで入っている聖書(Bibles2GO)と、ヘブライ語版聖書(HebrewBible)がiPod Touchに入っていたりするわけで、そりゃ単語帳でも作ろうかって気分にもなるわな。

【追記】
 HebrewBibleだが、何もしなければ、聖書閲覧のたびにネットワークを見に行く。オフラインでも読めるようにするには、キャッシュをonに設定して、聖書の内容をダウンロードしておく必要がある。対訳ではないヘブライ語のみのもので、注釈がついていて、本文の色が違うところをタッチすると小さなウィンドウが開いて表示されるようになっているものがいくつかある。問題は、バックアップされるときにこの注釈がばらばらに保存されるらしく、iTunesで同期させるととんでもなく時間がかかることで、ダウンロード可能な聖書とroot(語根辞書らしい)をキャッシュした状態で同期させたら、同期に2時間ほどかかった。

ツヤ

Posted on 5月 17th, 2009 in 倉庫 by apj

 ここ何日か、差出人が「ツヤツヤ倶楽部」で、タイトルが「とってもツヤフェチな貴方のためのサイトです」というspamが来ている。中を読むと、ツヤツヤの下着がどうとか書いてあって、ありふれたエロ宣伝spamなのだけど、差出人とタイトルがメールボックスの一覧に並んでいると、どうしても、

 目の前をゴキブリが走り回る光景

しか浮かんでこない……orz。

ツンデレの香りが……

Posted on 5月 14th, 2009 in 倉庫 by apj

 msn産経ニュースの記事より。

ピースボート護衛受ける ソマリア沖
2009.5.14 01:38

 海賊対策のためアフリカ・ソマリア沖に展開中の海上自衛隊の護衛艦が、民間国際交流団体「ピースボート」の船旅の旅客船を護衛したことが13日、分かった。ピースボートは海賊対策での海自派遣に反対しており、主張とのギャップは議論を呼びそうだ。
 海自の護衛艦2隻は11日から13日にかけ、ソマリア沖・アデン湾を航行する日本関係船舶7隻を護衛。うち1隻がピースボートの船旅の旅客船だった。ピースボートは社民党の辻元清美衆院議員が早稲田大在学中の昭和58年に設立。船旅は寄港地のNGO(非政府組織)や学生らと交流を図ることなどを目的としている。
 66回目となる今回の船旅は約3カ月半に及ぶ地球一周で、北欧5カ国とフィヨルドを巡るのが目玉。約600人が参加し、4月23日に横浜港を出発後、中国とシンガポールに寄港。ピースボートのホームページには船旅の最新リポートとして、デッキで催されたフルーツパーティーの様子が掲載されている。
 ピースボート事務局によると、船旅の企画・実施を行う旅行会社が護衛任務を調整する国土交通省海賊対策連絡調整室と安全対策を協議し、海自が護衛する船団に入ることが決まったという。
 ピースボートは市民団体による海自派遣反対の共同声明にも名を連ねている。事務局の担当者は「海上保安庁ではなく海自が派遣されているのは残念だが、主張とは別に参加者の安全が第一。(旅行会社が)護衛を依頼した判断を尊重する」と話している。

「あ……あんた(海自)の存在なんか認めてないんだからねっ!!」
「守って欲しいなんて思ってないんだからねっ!!」
と、ソマリア沖でツンデレを広めるピースボートというビジュアル(謎)が頭に浮かんだ。