【2012/09/11追記】
私が巻き込まれたハラスメント問題についての状況説明を公開してあります。時が経って状況が変わったためです。
発声練習さんのところのエントリーより。この日のエントリーは、OKWaveのアカハラ関連のリンクまとめがあるので、どういう例がハラスメントと認識されるかがわかる。
どういう行為がアカハラに該当するかは、孫引きになるが、京都第一法律事務所の「教授のアカデミック・ハラスメントが発覚した…」に、
いくつか例をあげると、教授など上位の教員が下位の教員や学生に対して、(1)研究テーマを与えない、(2)自主的研究を認めない、(3)研究の妨害をする、(4)研究成果を奪う、(5)学会や論文などで研究成果を発表することを禁じたり妨害したりする、(6)教育・研究に無関係の雑務を強要する、(7)卒業や進学、昇任などを妨害する、(8)指導を拒否する、(9)侮辱的な言動を行う、などがあります。
アカハラが行われる背景には、現在の大学における階層構造、研究費や人事権の集中、研究室内での長年にわたる徒弟制文化、研究室の密室性・相互不干渉などさまざまな要因があります。
とある。
ハラスメント(harassment)は名詞で、動詞にharassというのがある。もともとはアメリカで作られた言葉だが、セクシュアル・ハラスメントを日本語にするとき「性的嫌がらせ」と訳したあたりで、英語のニュアンスが落ちたために、意味が変わってしまっている。そのあと、他のことについても「○○ハラスメント」と呼ぶようになって、ますますズレが生じている。
もともとの言葉の意味のニュアンスを知るには、英英辞典を調べてみる。ロングマン現代英英辞典4訂増補版には、
harass
1 to make someone's life unpleasant, for example by frequentry saying offensive things to them or threatening them
2 to keep attacking an enemy again and again
harassment
when someone behaves in an unpleasant or threateing way towrds you
とある。動詞の意味まで見ると、単純な嫌がらせではなくて、繰り返しであること、頻繁であること、というニュアンスが含まれていることがわかる。
日本における裁判例は、「職場のいじめ・パワハラと法対策」水谷英夫著(民事法研究会)が詳しい。私も買って読んでみたが、何らかの法的責任が認められたケースは、問題となる行為がある期間にわたって「繰り返された」ものばかりである。裁判所の判断は、英英辞典にある「繰り返し」や「頻繁に」というニュアンスを反映したものになっている。
理由もなしに教員が指導を拒否すれば問題になるのはわかる。しかし、私が見たケースでは「博士課程では○○というテーマ以外は研究したくないし、私はどうしても□□先生のところへ行きたいのに来るなと言われた」と延々しつこく言いまくる学生が居て、教員の言い分は「○○は自分の専門外なので博士課程ともなると指導はできないから、それをやっている先生の居る大学を受験してほしいと言ってるのにどうしても話が通じない」だった。
この状態でハラスメント認定されたのでは、教員はたまったものではない。しかし、上に引用した法律事務所の定義のようなものを鵜呑みにしたのか、その学生はハラスメントだと言い出して、学内で処理手続きを踏むことになったらしい。幸い、きめ細かな相談により別の先生のところで指導を受けることで納得し、円満に解決したと伝え聞いている。
上に引用したような内容で学内の教員に対してハラスメントの知識を普及させるということが大学で行われているが、書かれた内容が一人歩きすると、客観性を伴わないまま、学生が気に入らないことを教員がやったらハラスメント、という基準で訴えが起こされまくるということになりかねない。受け取める側の基準のみで判断するのではなく、客観性が必要だということと、元のハラスメントが含んでいる「繰り返し」「頻繁」というニュアンスを落とさないようにして伝えないと、混乱が起きる。
ただ、客観的に見てハラスメントではなくても、受け止める側がハラスメントだと主張している時点で、人間関係には十分亀裂が入っている。ハラスメントの処理手続きに載せると、大学が関わってくることになるが、人間関係の亀裂を調整するのが大学の役割かというと、それも釈然としない。就学環境の改善という意味では何かしなくてはいけないのだろうけれど。
発声練習さんのところのリンク集なのだけど、興味深いものがあった。「モンスタースチューデントの問題と大学教育の危機」
昨今、教育的指導の範疇であるにもかかわらず、自分に都合の悪いことがあると、アカハラ/パワハラを受けたと訴え出る学生が急増しており、大学教育の危機を招来しています。また、こうした学生を利用して、その教員を加害者に仕立てて追放しようとする周囲の教員もいます。このような現象は、全国的に見られており、社会問題化しています。
私が勤務する大学では、ハラスメント委員会の調査は、外部識者を入れずに聴聞が行われるため、調査の公平性、透明性、適正性などは担保されません。つまり、冤罪が簡単に起こってしまう危険性が高いのです。これでは安心して教育活動に従事することはできません。どうすれば、こうした由々しき事態を改善し、大学教育を正常化できるでしょうか?妙案があれば是非教えてください。
さて、以下、少々歯切れの悪い書き方になる。というのは、私が、夏前から上のOKWaveと類似のケースに巻き込まれた当事者となっているからであり、守秘義務もあるので具体的なことは述べられないからである。何をどこまで言えるかは、現在進めている保有個人情報の開示手続きでどこまで大学が開示するかにもよる。
まず、巻き込まれた教員の心構えは、従来の徒弟関係を前提にするのではなく、法的手続きに迅速に移行することを目指して最初から動く、ということである。ムラ社会的な人間関係や伝統的な徒弟制度のもとでは、あからさまな法的紛争ではなく内輪でなあなあで解決することが好まれる。しかし、いろいろな大学が持っているハラスメント処理手続きに処理を委ね、第三者である委員(弁護士など学外専門家が含まれることもある)を加えて解決を図るという方法は、ウェットな人間関係を前提に解決する方法とは、まるで文化を異にする。一定の手続きに載せた以上、それは法的紛争につながる道でもあり、「ある程度濃密な人間関係を前提にしてなあなあで解決を図る」というやり方は既に却下されたのであるという認識を持つべきである。この思い切りができないと、対処が遅れることになる。
一旦、大学の調査でハラスメントの加害者であると認定されて何らかの処分をされてしまうと、教員が大学を訴えて撤回を求めた場合の勝率は2割程度だ、というのが、知り合いの法科大学院の先生にうかがった話である(統計をとったわけではないが、そういう感触だそうだ)。教員にとっての最悪の事態は、ハラスメントの加害者にでっち上げられて何らかの処分をされた後で、裁判所で処分撤回を求めることになる、というものだろう。従って、ハラスメントの実態が存在しないことを調査の時に大学に対して主張するだけでは不十分で、「裁判所で争って大学に対して処分撤回を求めることになった場合、今何をしておくとその時に有利になるか」ということまで考えて対応することになる。
加害者教員の勝率が低いのは、大学相手に争っても「委員会による調査には瑕疵がない」とされることが多いので、大学の過失というハードルを越えるのが難しいからである。従って、最初にするべきことは、学内のハラスメント申し出の手続きを使い、学生が使ったのと全く同じルートで、学生や関わった教員を対象として、でっち上げ行為自体がハラスメントであると訴えておくことである。身に覚えのない申し出をぼんやり見ていたのでは手遅れで、争う意思表示を初期のうちに明確に出す必要がある。この手の書類はかなり上の方まで行った後で委員会に回るから、同じ手続きで申し出書類を出しておくと、真っ向から対立する状態であることが大学にわかる。身に覚えのある人が申し出られて言い訳を考えている状態なのか、身に覚えがないのでとことん争うつもりでいる状態なのかで、大学の調査も違ってくるはずである。もし、争いがあるとわかっていて一方的な調査結果を出したということになれば、その部分に穴を見つけて大学の責任を問うことができる可能性が出てくる。また、調査されることを受動的にあいまいに受け入れて処分が出た後で反論するというのは、いかにも後付けで往生際が悪く見える。最初から争っていた、というのとは、いざというときの裁判官に与える印象は随分違ってくるだろう。いずれにしても「最悪の場合」の、訴訟の進行にかなり効いてくる。
次に、証拠を集めることである。ハラスメントとされた実行行為そのものについて、可能な限り、書類やその時の状況を示すものを集めておく。調査が進むと、担当者との間で状況を知らされることがある。内部調査だと、内容が確定していないという理由で書面がもらえない場合があるので、話をするときは、必ずメモを持って行き、示された資料の丸写しが無理でも、要約をきちんと書いて日付とともに残しておく。
周りの教員によるでっち上げが同時に行われている場合、問題の持ち込み先は、裁判所以外には人権擁護局や労働局(労使紛争とはずれているが、敵対的労務環境なので)といったものも考えることになる。いずれにしても、学外の第三者に、何が行われたかを立証しなければならないことに変わりはないので、それに耐えられるだけの証拠を集めることを目指す。仲間内であれば陰口や告げ口だけでも人は動くかもしれないが、規則通りの処理をやるには必ず書類が必要なので、後に証拠が残る。自分が何を主張したかを調査する側がきちんと知っていた、という証拠も重要である。聞き取り調査があった場合は、何を話したか文書にまとめられたものに後で署名することになるので、コピーをつくっておく。他に何か主張がある場合には書類で出して、手元にコピーを保管する。でっち上げにどこまでの教員が関わっているかによっては、証拠の捏造もあり得ると考えた方がよい。
調査が一段落すると、結論を出す前に、解決策が提示されることがある。でっち上げ事件の場合は、反対の申し出をしておけば、対学生(そもそものきっかけ)と対教員(書類を出し返した分)の両方について行われることになる。この時の基本的な姿勢は、絶対に妥協しない、ということである。「学生と教員だから」などときれい事を言って妥協を迫られても、そんなものは却下でよい。多少は情緒的な部分を含んだ意味での「学生と教員の関係」というのは、少なくとも双方に相手を陥れようなどという意図が無いことが前提である。その前提が崩れているのだから、残るのは「学生」「教員」という、契約上の関係だけで、それ以外には何もない。悪意をもって他人を陥れようとする相手と人間関係が修復できるなどという甘い考えはさっさと捨てよう。対教員についても同様で、妥協して双方が譲歩して決着をつけるというのではなく、したことの責任を追及した後で許す、というつもりで行うことになる。
ただし、不誠実な態度で交渉するのはいけない。あくまでも冷静に、後から裁判官の前でこの交渉の実態を述べても心証を悪くしないかどうかに気を配っておく。
一連の対応の間、同僚には極力相談しないということも大事である。つい愚痴をこぼしたくなったりするかもしれないが、その内容が、進行中のでっち上げを仕組もうとした人に伝わらないという保証はない。相手にむやみに情報を与えないということは、戦略上大事である。また、学外に相談できる人をつくっておくことも大切である。大学の状況もわかっているが利害関係が全く無い別の大学の教員や、プロである弁護士を相談先にするとよい。
最悪のケースである訴訟への対策として反対の申し出を出しておく、ということを書いたが、これをやるメリットはもう1つある。でっち上げをやる側は、でっち上げがうまく決まってハラスメントであることを当該教員に認めさせることが当面の目標であり、あわよくば処分を狙っている。だから「対学生の問題なので円満な解決を……」「職場内の問題なので……」という一見まっとうな意見を非公式に言う、あるいはそのような内容を周りの教員を通じて説得させようとする動きが必ず出てくる。対教員の申し出をしておくと、もはや処理手続き以外のルートで第三者である教員が何かを言うことができなくなる。ハラスメントの問題を解決するために周りが何らかの圧力をかける行為は正規の処理規則外の行為であり、新たなハラスメントであると認定される可能性が出てくるからである。
学内処理が決着したら、一連の行為の中で責任追及できそうなものを選び出して、どういう形で責任を追及するかを考える。学内のハラスメント処理は、就学環境の改善や人間関係の修復といったことを目指して行われるので、でっち上げによって生じた損害をどうするか、といったことは学外でやることになる。このあたりは、何が行われたかによって、変わってくるので、一般論は無い。専門家への相談と、民事も刑事も考慮しておく、といったあたりか。
OKWaveの質問への私からの答えは、まずは個別の努力によって「でっち上げをやっても割に合わない結果になる」という事実を積み重ねるということである。今はおそらく過渡期だが、全く根拠のない理由でハラスメントの申し出をするとそれなりのリスクがある、ということが知れ渡ってくれば、落ち着くところに落ち着いていくだろう。併せて、冤罪が発生しないように処理規則を見直していく。これくらいしか対処方法はないと思う。
さて、このエントリーのタイトルの意味について。
相手に、他人を陥れようとする意図がある場合は、ハラスメントの申し出がある前も後も、下手に反論すると「ハラスメント」という言いがかりを追加される危険がある。相手が上に引用したようなハラスメントの基準を拡大解釈し、ハラスメント=嫌がらせ=受け取る側が嫌だと思うこと全て、というつもりでいる場合は、際限がなくなる。周りの教員がでっち上げをしようと考えている場合は、さらに紛糾する。このような場合は、下手に反論するよりも、相手のやったことの証拠をつかんだら、遠慮無く提訴する方が、教員にとって危険が少ない。法的手続きであれば、相手がいかにそれを嫌がろうと、やった側がハラスメントを行ったと認定されることは無いからである。面と向かって反論するとハラスメントと言われかねないが、裁判所であれば、いかに徹底的に反論しても、それは弁論であってハラスメントではない。
まあ、学生が気軽に教員のハラスメントをでっち上げて告発するようになれば、教員だって学生を気軽に提訴するようになるという、ただそれだけの話である。
【追記】
攻守所を変えたハラスメントの申し出を行って真っ向から争ったケースは、ウチの勤務先では私が最初だろうということである。学生によるハラスメントの申し出を利用して教員が別の教員を陥れるという行為は、2003年に出版された「大学教授は虚業家か」という本で既に取り上げられている。他の大学では既に攻守所を変えた申し出をした人居るかもしれない。もし、これをやった人がいらっしゃいましたら、差し支えのない範囲でコメントをいただけると嬉しく思います。
心構えや対応方法について,直接ではないが参考になる本として、「プロ法律家のクレーマー対応術」がある。