後期担当の共通教育でも使えそうなネタなので。
まずは、YOMIURI ONLINEの記事。
カレーを食べて記憶力アップ…アルツハイマー予防に期待
武蔵野大は18日、米ソーク研究所との共同研究で、カレーのスパイスの一種ターメリック(ウコン)から作った化合物に記憶力を高める効果があることが動物実験でわかった、と発表した。
アルツハイマー病など脳疾患の予防などに役立つ成果として注目される。
同大薬学部の阿部和穂教授らは、インドでアルツハイマー病の患者が少ないことに着目。その秘密は食生活にあるとして、同国の代表的料理カレーに含まれる様々なスパイスの効果を調べたが、ターメリックに、加齢などによる脳の神経細胞の損傷を防ぐ働きがあることを確認したにとどまった。そこで研究チームは、米ソーク研究所がターメリックの成分(クルクミン)から作った新化合物「CNB―001」の効果をラットを使って調べた。
その結果、ターメリック由来の化合物を飲むと、飲まないラットに比べて、記憶力が高まっていることが観察できた。阿部教授は「新化合物は、脳の記憶にかかわる海馬部分を直接活性化している可能性が高い。今後は、安全性を確認し新薬の開発を目指したい」と話している。
(2008年8月19日02時42分 読売新聞)
そしてこちらが武蔵野大学による発表。
<2008年8月19日~>
● クルクミン誘導体に関する研究成果が新聞で紹介される
Neurobiol. Agingに発表されたクルクミン誘導体CNB-001の記憶向上作用に関する研究成果が新聞で紹介されました。
・2008年8月19日(水)読売新聞 37面、『「ウコン」に記憶力効果 / アルツハイマー予防に期待』↓
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この報道を受けて、一部で「カレー(またはウコン)を食べると記憶力が良くなる」という誤報が出回っているようですが、事実は以下のとおりです。
・私たちが研究を進めるにあたり、インドでアルツハイマー病患者が少ないという知見も多少参考にはしましたが、私たちの研究成果はカレーとアルツハイマー病の関連性を裏づけるものではありません。
・私たちは、カレーに含まれる様々なスパイスの効能を調べたことはありません。ターメリック(またはウコン)に含まれる天然化合物「クルクミン」と、それをヒントにして合成した新規化合物「CNB-001」の作用を調べただけです。
・私たちは「クルクミン」に記憶向上作用を認めていません。またクルクミンのデータは論文発表していません。
・私たちが今回論文発表したのは、CNB-001という新薬の効果です。CNB-001はカレーやウコンには含まれません。人工の化合物です。
・カレーやウコンを食すると記憶力が良くなると主張した覚えはありません。
誤解のないようよろしくお願いします。
なおより正しい情報は以下に記載されています。ご参照ください。
→武蔵野大学からのニュースリリース[共同通信PRワイヤー]
→実際の論文はこちら[ScienceDirect – Neurobiology of Aging]
ということで、ScienceDirectは大学経由でしか本文を読めないので、とりあえず共同通信PRワイヤーの記事を引用しておく。見やすくするために、一部、改行位置の変更を行った。
2008年8月18日
武蔵野大学
. スパイスで記憶力向上!? .
. 未来の「認知症治療薬」として期待の化合物『CNB-001』を発見 .
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武蔵野大学(東京都西東京市:寺崎修学長)薬学部 阿部和穂教授が、ターメリックの含有成分からヒントを得て合成した化合物『CNB-001』にマウスの記憶力を向上させる効果があることを発見 しました。
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インドにはアルツハイマー病患者が少ないという疫学データがあります。
ひとつには、アルツハイマー病発症の最大の危険因子が「年齢」である(=長生きすればするほど罹る危険率が高くなる)ため、平均寿命の短いインドでは発症率が低いという理由が考えられます。しかしその一方で、インド独特の「食」に理由があるのではないかとも考えられています。――そうです。カレーです。
カレーにはさまざまなスパイスが含まれており、健康効果があると言われています。その中でも、ターメリック(=ウコン)にはクルクミンという化合物が含まれており、肝臓の保護作用などが広く知られています。また脳に対しては、抗酸化作用による脳保護効果、さらにはアルツハイマー病の原因物質と目されている「アミロイドβ蛋白」の蓄積を防ぐ効果があり、クルクミンの薬効研究はアルツハイマー病治療または予防薬の開発に役立つのではないかと考えられてきました。
そのことに目をつけた本学薬学部の薬理学研究室(阿部和穂教授)では、米国ソーク研究所のデビッド・シューベルト博士との共同研究で、クルクミンと誘導化合物の脳に対する作用を研究してきました。その結果、クルクミンには神経を保護する効果が確認できましたが、直接記憶力を高める作用は認められませんでした。そこでクルクミンの化学構造を少しだけ変えた化合物を作ったところ、神経保護効果に加えて、記憶力を高める作用が発見されました。その化合物は『CNB-001』と名づけられました。
この研究成果はすでに老年医学分野のトップジャーナル“Neurobiology of Aging(老化の神経生物学)”(インパクトファクター5.599)に発表され、2008年7月17日付で、印刷媒体に先立ってオンラインで公開されました。論文の概要は以下のとおりです。
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(1)ラットの脳から記憶形成に関与する脳の「海馬」を取り出してスライス標本を作製し、「長期増強(Long Term Potentiation:以下LTP)」の値を計測したところ『CNB-001』溶液を与えた場合にLTPが起こりやすくなることがわかった
(2)ラットに “物体再認試験”を行ったところ、『CNB-001』を飲ませたラットは一度見た物体をよく覚えていることがわかった
(3)『CNB-001』の作用を調べたところ、記憶に関わる「Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII (CaMKII)」という酵素を活性化することが明らかとなった
[参照]SienceDirect Neurobiology of Aging
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『CNB-001』は、飲んで有効で、従来にないメカニズムで海馬を直接活性化して記憶形成を促進する新薬として、将来の新しい認知症治療薬候補として期待されます。
ここからわかることは、新聞記事が如何に真実と異なった印象を与え、かつ、間違った結論に誘導するような書かれ方をするかということである。
読売ONLINEの見出しだけを見れば、カレーをよく食べるグループとそうでないグループの間でアルツハイマー発症率に違いがあるといった、疫学調査の結果があるかのような印象を与えるものになっている。新聞記事の見出しも、ウコンを摂取したグループとそうでないグループの間で記憶力に差があったという実験結果があるかのような印象を与えるものになっている。さらに、「ウコンから作った化合物」とあるが、これも間違いで、化合物を合成するにあたってウコンに含まれている成分をヒントにはしたが、実験に使われたのは、人工合成された化合物であり、ウコンの成分から作られたものではない。
正確なところは、後の正しい方の記事を見てもらうとして、今回の件は、事実がいかに歪められてセンセーショナルな形で一般の読者に示されるかということの良い例となっている。
もし、インチキ健康法に荷担するような研究グループであれば、YOMIURI ONLINEの記事が出たら、その後はどこぞの企業と早速手を組んで、「記憶力向上のウコンのナントカ」といった製品を出し、宣伝にも登場するという展開になるだろう。しかし、武蔵野大のグループは、間違った印象を与える記事であることをきちんと説明した。これが、まともな研究者の普通の対応である。
動物実験しか終わっていなかったり、ヒトに対して十分な試験をする前の段階で、企業と組んで健康関連グッズや健康食品を作って売る側になるというのは、まともな研究者のすることではない。まともな研究者であれば、研究内容についての誤解や拡大解釈が世の中に広まるのを防ぐものである。