ムペンバ効果調査中(1)
別エントリーのコメント欄で質問されたムペンバ効果について、もう少し文献をたどってみることにした。ためしてガッテンは見ていない。どうも、冷凍庫のオーバーシュートだけでもなさそうなので、怪しくならなさそうな範囲でまとめてみる。
まず、最も最近の論文らしいのが、S. Esposito, R De Risi, L. Somma “Mpemba effect and phase transitions in the adiabatic cooling of water before freezing”, Physica A 387(2008)757-763. とりあえずこれをとっかかりにしてみる。
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この論文では、クライオスタットを準備し、-8℃、-14℃、-22℃、-26℃にして、水の量を20cm3、50cm3、65cm3、80cm3と変えて、冷却曲線を繰り返し測定した。2回蒸留した水を用い、温度はNiCr-Ni熱電対で測定した。
(1)冷却開始温度の異なる20cm3の水では、クライオスタットの温度を-8℃にして冷却すると、過冷却が起きてから凍り始める。凍り始める時間は1800秒から5000秒(以上)にわたってばらついた。過冷却になるまでの時間は、冷却開始温度が高い方が長くかかるが、過冷却になった後では、いつ凍り始めるかは確率的に決まるため、どちらが先ともいえない状態であった。
(2)クライオスタットの温度を変えると、相転移に対応する(っぽい)曲線が平らになる領域が、6℃、3.5℃、1.3℃で見つかった。どれが見えやすいかは、クライオスタットの温度に依存して変わった。どの条件でも見えやすいのは3.5℃の転移であった。
(3)3つの相転移点で区切られる4つの温度領域で、冷却曲線の傾き(指数関数でフィッティングしているので、正確には時定数)が変わった。時定数を求めた結果、誤差が非常に大きいが、体積には無関係で、クライオスタットの温度と直線の関係にあることがわかった。
Mpemba effectとの関係。
Mpemba effectは確率的な現象である。
冷却開始時に適度な温度差がある場合、温度が下がって0℃に達するまでの時間は、温度がが高い方が長くかかる。しかし、その時間差は、熱の交換が温度差に比例するため、温度が高い方が冷却速度が大きい。
(論文では、冷却曲線の傾きが変わる温度があることと、その見えやすさが条件によることが書かれていた。)
(論文中の冷却曲線のグラフからから読み取れる内容:冷却速度の違いから、0℃になった頃には、さほど大きな時間差となって見えてこない。0℃以下の過冷却が実現する状態では、結晶成長の核がどのようにできるかが、かなり微妙で(容器表面や不純物に影響される)確率的であり、結晶ができ始める時間が長時間にわたってばらつくため、元の温度が高かった方で先に結晶が成長し始めることが実際に起こる。しかし、これはあくまでも確率的現象に過ぎない。)
その他、この論文に書かれていたこと。
○加熱すると水の構造が変わるといった話を書いた論文もあるが、注意して実験すれば、そのような考え方は適用できなくなる。
○もとのMpembaさんが見つけた現象は、水ではなく、アイスクリームを作っていた時の話である。
○日常で使う冷凍庫は、温度や圧力の変動があり、過冷却状態を安定して観測することは困難である。過冷却状態は準安定状態なので、温度や圧力の変化といった外的擾乱で、結晶(つまり氷)が出てきてしまう。
この実験が支持するのは、文献中に[4]で引用された、D. Auerbach, Amer. J. Phys. 63(1995)882である。また、6℃の相転移(?)は、K. Korera, T. Saito, T. Yamanaka, Phys. Lett. A 345 (2005)184に書かれている。
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私の見解。
この論文の精度はそれなりに高そうなので、認めても構わないのではないか。実験の解釈にも、無理があるようには見えない。
家庭の冷凍庫でも、運が良ければ過冷却状態が実現することがあるので、「過冷却から結晶ができる過程が確率的である」ということにあてはまってしまい、Mpemba effectが見える可能性がある。さらに、試料の準備の際に、氷の核を作る種になるような不純物が紛れ込んだら、それで、凍り始める時間が変わってしまう。実験の準備に穴があればあるほど、何が影響して凍り始めの時間が決まるか、わけがわからなくなる一方に違いない。
この話のキモは、最初の温度差が適度なものであれば、0℃に達するまでの時間の差<<凍り始めるまでの時間のばらつき、が実現するというところにある。つまり、凍り始めるまでの時間のばらつきの方が圧倒的に大きいため、0℃になるまでの時間差の影響がそんなに見えないということである。
いずれにしても、Mpemba effectは常に起きる現象ではないし(むしろ一般家庭の冷凍庫では起こしづらいだろう)、温度の高いものを冷凍庫に入れたら冷やすために余分な電力が必要になることは明らかなので、Mpemba effectをあてにして温度の高いものを冷凍庫で氷にするということは全くお薦めできない。実験で使われたクライオスタットでも、試料部分の温度を一定に保つように制御するので、温度の高いものを入れたらその分だけ電力を要しているはずである(さすがに、投入電力までは論文に書いてないが^^;)。
確率的にしか起きない上に、繰り返し精密な実験が必要なので、演示実験の材料としては不適と考える。また、水の冷却過程の研究には役だっても、家庭での実用性は無いに等しいわけで、水の相転移や過冷却状態に興味のある研究者や技術者以外の一般の人に、ためしてガッテンのような番組で紹介するような話ではなかったのではないか。前提条件があまりにも入り組んでいる現象は、テレビで紹介する材料には不向きだろう。
これで、要らぬ誤解をして、温度の高いものを冷凍庫に入れる人が増えたら、その方がよろしくない。
確実にペットボトルで過冷却を見る方法もあるわけで(小中学校の理科実験で気軽に使えるセットが販売されていたはず)、水や氷の不思議を教えるなら、そちらを使った方が適切ではないか。
現在、1969年のMpembaさんの論文と、上記文献[4]を取り寄せているところである。
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