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学天則

Posted on 4月 24th, 2008 in 未分類 by apj

 asahi.comより

東洋初のロボット、80年の時越え再現
2008年04月24日22時43分

 80年前に大阪で作られた東洋初のロボット「学天則(がくてんそく)」が復元され、24日、報道陣に公開された。高さ3.2メートルの巨大なロボットは、圧縮空気によって目や口やまぶたで表情をつくるほか、手を動かしたり、ほおや胸を膨らませたりと、伝えられている通りの動きをする。7月18日にリニューアルオープンする大阪市立科学館(大阪市北区)の目玉展示になる。

 学天則は1928(昭和3)年、生物学者の故西村真琴博士が製作し、京都で開かれた大礼記念京都大博覧会に出品された。机に向かって座り、右手にかぶら矢のペン、左手に霊感灯と呼ばれるライトを持つ。当時は、空気の通るゴムチューブを押しつぶしたり、開放したりする装置で制御した。各地の博覧会を回り、ドイツに売却された以降は行方不明となった。

 復元されたロボットは、マイコン制御で、エアシリンダーに送る空気の量を調節して動く。制作費は2千万円。

瞳が横に動く学天則=24日、大阪市西区
ウインクする学天則=24日、大阪市西区
笑みを浮かべる学天則=24日、大阪市西区

 写真を引用しておかないと、学天則がどんなものか伝わらないので、記事引用の最後の部分にリンクして引用した。昭和3年にこの表情を出したのは凄いと思う。
 動いているところをぜひ見たい。

硫化水素

Posted on 4月 24th, 2008 in 未分類 by apj

 「2訂版 実践NBC災害消防活動 災害事例に見る活動の実際」編集/全国消防協会、編集協力/東京消防庁(財団法人全国消防協会)978-4-8090-2233-3を最近買った。硫化水素自殺が相次いでいるし、巻き添えにならない安全確保の方法が何かあるか知りたくて読んでみたのだが、確実な対策は無さそうである。
 事例20が硫化水素による自殺例。家族からの通報があり、その内容から硫化水素発生が把握できたケース。

 発生したガスの種別を早期に特定できたため、進入隊員数の限定が可能となった。また、医師同乗での活動となったため、現場での観察をより正確に行うことができた。反面、家族が居室内で活動していたとはいえ、ガス濃度の検知及び空気呼吸器等をつけずに居室内での活動を行ったのは不用意な行為であった。ガス検知器を用いてガス濃度を検知する作業を行い、しっかりとした現場の安全性を確認することが必要であり、安全が確認されなければ、空気呼吸器などを着装して進入することが必要である。また、本事案で使用された薬品は量販店などで簡単に手に入れることができ、今回は自損を目的として使用されたが、テロを目的として密室内(映画館、電車、バス等)で使用されれば、そこにいる人々へ甚大な被害が及ぶ可能性がある。

 さらに解説を読むと、

(1)硫化水素ガスの人体毒性の特徴
 硫化水素ガスは、硫黄温泉で感じるような特徴的な臭気を持っており測定器に反応しない極めて低濃度のガスでも人の臭覚で確認できる。
 硫化水素の肺への吸入による影響は非常に早く、高濃度ガスを吸い込むと瞬間的に意識を消失するため、「ノックダウン」と呼ばれる。
(2)消防隊員の装備
 所見にもあるように空気呼吸器は必須。皮膚からの吸収もあるので化学防護服の着装も要するが、緊急に救助する必要がある場合は、着装しなくとも影響は少ない。

 至近で巻き添えをくったら助からないということか……。空気呼吸器を使う以外、近づく方法は無いということらしい。消防庁の情報で、特別な装備無しに安全を確保する方法が無いのであれば、とにかく安全な場所(ガスが充分拡散して薄くなる場所)まで逃げるしかなさそうである(何かうまい方法があれば掲載されているであろう本なので……)。
 この本は、他の薬品の流出事故や火災の例が沢山出ていて、読むと参考になる。事故例というのは、薬品を扱う人が気を付けなければならない具体的な例でもあるので。

 本の30ページにはバイオセーフティーレベルの表があるが、私は最近まで分類が変わったことを知らなかった(バイオを離れてかなり経つ)から、変更後を知ることができた。

 酸よりもアルカリの方が厄介という話は、具体的には、

 アルカリを使って除染技術の訓練を行うと、薬品を塗った部分を1時間以上洗っても、汚染検査を行うとpH試験紙が青変する。酸は皮膚表面を凝固させるが、アルカリは皮膚組織のタンパク質を誘拐し損傷が深部に達する。(146ページ)

ということ。冷やす必要はない(むしろ低体温になる方が問題)から、温水で洗いまくるしかない。
 事故発生が、化学工場や大学の実験室だったり、薬品を運んでいた車が交通事故を起こした(運送関係)、タンクなど密閉した設備での作業等の時、といったものは、まあありそうな話である。身近なところでは、一般の飲食店などでCO中毒発生とか、冷蔵庫やクーラーの冷却剤が漏れて気化したとか、普段の生活でも遭遇しそうな事例である。意外だったのは、工事していたら地面の中から黄リンが出てきて激しく燃えたとか、なぜか水酸化セシウムが埋まっていたという事例。変なものが埋まってることがあるんだなぁ……ってか誰だ埋めたのは。

講演とか

Posted on 4月 23rd, 2008 in 未分類 by apj

 午前中は、都内で、日本トリムの取締役副社長の須長氏と話をした。以前、九州大白畑教授の活性水素説を宣伝で広めまくった日本トリムだが、須長氏が着任してから、全社的にコンプライアンスの徹底を目指す方向で指導し、もう活性水素の話は宣伝では使っていないということだった。これからは怪しい活水器とは一線を画して売っていきたいということだった。まあ、これまでがアレだったといえばアレなんだが^^;)、この先ニセ科学に走らずに商売してくれるなら良いので、当分見守りたい。
 午後は、毛髪科学技術者協会で講演。水関連の話。この団体は、美容室で使う器具やパーマ液、化粧水等の製造販売をしている業者さんの団体で、科学技術に基づいた商品開発や宣伝をすることを目指している。水関係はいろいろ持ち込まれるらしいので、「水ではなく水溶液であると考え、水以外の物質の組成と存在量の分だけは効果を期待しても良いが、それ以上のことは期待できない」といった基本的な話をした。とにかく、物質に立ち戻ることが基本だと強調し、今やっておられる活動を応援する方向で話をしてきた。
 大学では講義が始まっているので、抜けるのもどうかと思い、講演依頼があったときにかなり悩んだのだけど、仲間の先生に無理を言って抜けさせてもらった。美容業界は、美容師さんが怪しい水にはまったりすることが多いので、まっとうな業者さんを応援しておいた方が良いと考えた。
 まともな商品開発や宣伝をしている業者さんがマーケットシェアをとれるようでないと、消費者だって困ってしまう。懇親会で乾杯の音頭まで頼まれたので、インチキ業者がうまいことを言って商売しているのに遭遇して悔しい思いをすることもあるでしょうが、どうか負けないで、ということを言ってみた。

わけのわからない判決

Posted on 4月 23rd, 2008 in 未分類 by apj

 YOMIURI ONLINEより

雑誌にコメント「掲載同意なら個人に責任」東京地裁が賠償命令

 音楽市場調査会社「オリコン」(東京)が記事中のコメントで名誉を傷つけられたとして、ジャーナリストの烏賀陽(うがや)弘道さん(45)に損害賠償などを求めた訴訟の判決が22日、東京地裁であり、綿引穣裁判長は烏賀陽さんに100万円の賠償を命じた。

 問題となったのは、月刊誌「サイゾー」の2006年4月号に掲載された記事中のコメント。記事は、オリコンの音楽ヒットチャート集計の信用性に疑問を投げかけるもので、烏賀陽さんは「オリコンは予約枚数もカウントに入れている。予約だけ入れておいて後で解約する『カラ予約』が入っている可能性が高い」などとコメントしていた。

 雑誌の発行元ではなく、コメントした個人だけを名誉棄損に問うのが妥当かが争点となった。判決は「一般に、出版社はコメントの裏付け取材や編集を行って掲載するため、コメントした者が名誉棄損に問われることはない」とする一方、「そのまま掲載されることに同意していた場合は、例外的に責任が問われる」と述べた。その上で、烏賀陽さんが掲載に同意しており、内容も真実とは言えないとして、賠償を命じた。

 烏賀陽さんは「言論を封じ込める判決で納得できない。控訴する」と話した。

 服部孝章・立教大教授(メディア法)の話「記事に最終的な責任を持つ出版元ではなく、コメントを寄せた個人の発言をとらえて名誉棄損を認めた判決には強い違和感を感じる。このような司法判断が出ると、取材を受ける側はコメントしにくくなり、マスコミは疑惑を報じる記事を書けなくなる恐れも出てくる」

(2008年4月22日23時14分 読売新聞)

 サイゾーの取材は、以前に私も受けたことがある。怪しい水商売批判ネタだったし、当然、批判するコメントをした。また、コメント掲載がそのまま行われる事も予想していた。だから、この判決は他人事ではない。
 そのまま掲載されることに同意せずにコメントせよ、というのでは、ほとんど何もコメントができなくなってしまう。コメントは改変してから掲載してください、じゃ、そもそも取材に応じる意味が無くなりそうである。
 そもそも、記者の取材に応じることに「公然性」があるのかも疑問である。普通は、責任を問われるのは出版社や編集部や記者までではないのか。

テレビ番組の裏側

Posted on 4月 22nd, 2008 in 未分類 by apj

 左巻さんのところに面白いエントリーが出ている。テレビの製作会社からコメントを求められたので、考えを述べたところ、

 これを、質問してきた制作会社に言ったらディレクターが「センセイは気圧
差の説明では、納得できないのですね。それならコメントいただかないです。」
ということでした。重し効果だとテレビ的におもしろくないということなんでしょう。
自分が納得できないコメントなんぞはしたくないよね。

 という展開になったそうで。
 制作側は、多分、このあとは面白いコメントをしてくれる専門家を捜し求めるのだろう。テレビに登場する専門家は「テレビとして面白い、つまり番組製作に都合のよいコメントをしてくれる人が選ばれている場合がある、ということを意識しておくべきである。まあ、当たり前なんだけど。こういうことを、常識として義務教育段階でメディアリテラシーとして教えられるといいんだろうけど……。

対抗言論重視なのだが……

Posted on 4月 22nd, 2008 in 未分類 by apj

 「訴訟に対する誤解」のコメント欄で、ぴゅーまさんという方が、事実を確認せず印象だけで、私がすぐに「違法だ、提訴だ」と他人を脅しにかかる、などという誤解を振りまいているので、この際はっきり書いておく。
 まず、ネット上の言論について、私が提訴をちらつかせて相手の表現を変えさせたことは一度も無い。理由は明白で、双方が公開の場で表現できるというのであれば、言論によって傷つけられた名誉は対抗言論によって回復すべきだというのが私の信じるところだからである。だから、相手の表現に対して酷評することはあっても、提訴するぞと予告して内容を変えさせようとしたことはない。

 これだけでは説得力がないので、これまでの訴訟がどういう経緯であったかを簡単に書いておく。

(1)原告天羽、被告お茶の水大学、情報公開訴訟(行政訴訟)
【請求内容】大学に届いた、学外企業からのクレーム文書の内容の開示について、重要部分が伏せ字にされたことについて、開示を求める提訴。
【提訴の理由】何件かの開示請求のうち、日本システム企画株式会社からのクレームに対応する目的で、公開できる状態で完全な情報を入手する必要があったため。
【経過】内閣府の情報公開審査会の基準に従う、という話し合いがついたので口頭弁論前に取り下げて終了。
【提訴の予告の有無】
 無し。
【表現に対する効果の有無】
 情報公開法を根拠とし、開示を求める訴えであるので、そもそも言論や表現とは無関係。

(2)原告天羽、被告飛騨の中の人
【請求内容】名誉毀損、業務妨害、しつこい嫌がらせメールに対する損害賠償請求。
【提訴の理由】相手が掲示板荒らしを行い、その荒らし行為に対応するために現実に手間とコストが発生した。さらに、相手は書面で現金二十万円を私に不当に要求した。相手のサイトでの名誉毀損だけなら放置で良かったのだが、その範囲を超えたため。
【経過】相手が出廷せず弁論もせず、擬制自白により勝訴。
【提訴の予告の有無】
 有り。但し、刑事告訴の後。内容証明による。
【表現に対する効果の有無】
 相手がウェブサイトを閉鎖した後であったので、直接の効果はなかった。

(3)原告吉岡英介、被告お茶の水大学、独立当事者参加人天羽
【請求内容】掲示板投稿の内容について吉岡がお茶の水大を提訴。投稿者が天羽であると名乗り出て訴訟参加し、表現が名誉毀損ではないので削除義務が無いことを主張。
【提訴の理由】普通の名誉毀損は表現を行った者が責任を負うのが当然であると考えた。
【経過】原告吉岡は、名誉毀損とされる表現を行った天羽を提訴しないと裁判官の前で弁論。天羽は被告にもしてもらえないまま訴訟進行中。
【提訴の予告の有無】
無し。吉岡→お茶の水大も無かったし、私から双方へも何も無し。
【表現に対する効果の有無】
 表現をそのまま維持する。

(4)原告天羽、被告マグローブ株式会社、被告山形大学
【請求内容】掲示板投稿の内容に対する削除要求、blog内容に対する削除要求について、削除義務が存在しないことを確認する。
【提訴の理由】被告マグローブ株式会社の代表者吉岡英介は、大学に削除要求を出し、大学のみを訴えて現在係争中である。同じことを山形大学に対して行われるのを防ぐための防衛の意図で提訴。
【経過】被告は、削除義務があることを立証する予定がない、と弁論。現在は何というか詰将棋状態。
【提訴の予告の有無】
無し。(大学が何か回答して次のターンで相手が大学を提訴してくる前に、訴訟係属に持ち込む必要があったので、ほぼ最短時間で訴訟を書いて裁判所に突っ込んだ)
【表現に対する効果の有無】
 私の表現をそのまま維持する。相手が私に対してあれこれ書くことは一切妨げない。

(5)原告天羽、被告マグローブ株式会社、健康と環境の神戸クラブ、吉岡英介
【請求内容】名誉毀損を理由とし、自費出版本「水は変わる」およびウェブ版とウェブサイトの一部の削除及び損害賠償請求。
【提訴の理由】吉岡英介がお茶の水大を提訴し、法的解決を望むという意思表示を明確にしたので、私の方も問える責任を問うことにした。
【経過】期日指定待ち。
【提訴の予告の有無】
無し。「水は変わる」は弁護士が見て「何故天羽は訴えないのか」と即座に言った程度のものだが、私は、吉岡氏の提訴が行われるまでは、対抗言論で解決すればいいので私から提訴の予定はないと言い続けてきた。
【表現に対する効果の有無】
判決が出れば、吉岡氏の表現の一部削除になるかもしれない。

 見ればわかるように、私が提訴を行って、直接他人の表現に制限を加えようとしているのは(5)だけである。ただし、この件については、2年近く、提訴のつもりはないとネットのあちこちで書いていた。しかし、吉岡氏が大学を提訴したから、それならばということで提訴に踏み切ったものである。
 (2)の飛騨の人については、元の名誉毀損が刑事罰相当であった上、金を要求したり掲示板を荒らすなどして、単なる表現の自由を逸脱する行動があったから提訴に至った。相手が、ウェブで私の悪口を書いているだけならば、反論はしたかもしれないが、法的にどうこうするつもりは無かった。
(3)は、先に訴えたのは吉岡氏で、私は後から参加したに過ぎない。
(4)は、既に係争中の相手との新たな紛争であるから、通常の場合とは状況が異なる。

 他の件はどうか。比較的最近では池田信夫による脅迫メール(笑)があった。その後池田信夫によってなされた私に対する中傷について、私は、削除せよとも謝罪せよとも、一切要求していない。訴えるぞとも言ってないし、そのつもりもない。向こうが提訴してこない限りは。
 もっと他にも、私に対する人格攻撃を含めていろいろ書いている人は居るが、個別具体的に反論することはあっても、削除しなければ提訴する、などと相手に伝えたことは一度もない。もちろんそんな気もない。
 実際、訴訟で言論を封じるという動きに対抗するために中西応援団の事務局を手弁当でやっていた。訴訟で表現を封じるというのは、私が最も嫌うことであり、他人に対してそれを行うことはない。

 まとめると、
○ネット上の言論については、何かあっても、法的措置ではなく対抗言論で解決すべきだというのが私のポリシーである。
○言論以上のことをやれば、状況によっては提訴があり得る(金を要求するとか、業務妨害にあたるような荒らし行為や嫌がらせをやるなど。所属組織を通して圧力をかけようとすることも該当する。あるいは、明らかに個人のプライバシーである情報を晒す、など)。
○別の理由で既に法的紛争に入った相手については別扱い。別訴が事実上の攻撃の手段になる場合があるので。
○本当に提訴の予告をする場合は、手続きを踏んだ上で相手を特定し、請求内容を明示して内容証明で行う。メールやらblogやらで、気軽に訴えてやるなどと書くことはない。いざ紛争に入った時に「脅迫された」などという主張を相手に許さないためである。

 提訴だと言って他人を脅したなどと言われても、さっぱり身に覚えがないというのが正直なところ。

一言だけ

Posted on 4月 21st, 2008 in 未分類 by apj

 専門家の言うことに従うのが「権威主義」だといって、素人の判断の方が正しいという根拠にするのは、ただ単に「馬鹿無知のままでいたい」という主張に他ならない。

馬鹿無知のままでいる自由は誰にでもある。

フジテレビが今さら水伝をやっちゃった件

Posted on 4月 21st, 2008 in 未分類 by apj

 あっぱれさんま新教授のオフィシャルサイトより。

→水にはうるさいと言う長谷川さん。
→自分の山荘の水も井戸水だそうです。
→水には結晶があって、話しかけることで結晶が変化し、水自体が美味しくなるそうです。
→そこで、日本の名水と呼ばれる水と普通の水道水での結晶の違いと音楽を聴かせる事で結晶が変化するのか実験してみました!
→まずは、名水百選に選ばれている山梨県忍野村の「忍野八海の水」と奈良県天川村の「ごろごろ水」を取りに行ってきました!
→「忍野八海の水」は富士山の雪どけ水が80年の歳月をかけてろ過された水だそうです。
→「ごろごろ水」は鍾乳洞(しょうにゅうどう)の中を水が流れてごろごろ鳴る事から「ごろごろ水」と名付けられたそうです。
→案内してくれたのは洞川財産区の増谷さん。
→早速、この2つの水と水道水を結晶の専門家の方に実験して頂きました!
→実験をしてくれたのはOFFICE MASARU EMOTOの研究所の江本さん。
→やり方は採取してきた水を器に入れ、マイナス25℃の冷蔵庫に入れて3時間待つそうです。
→それから、その器を顕微鏡にのせて光を当てると結晶が観察できるそうです。
→「忍野八海の水」「ごろごろ水」のきれいな結晶を見て、一同ビックリ!!
→やはり水道水は他の2つに比べるとやっぱり結晶ができませんでした。
→そこで、水道水に音楽を聴かせてみる事に!
→まずはジョン・レノンの「イマジン」を聴かせてみると、見事にキレイな結晶ができたんです!
→続いて、さんま教授の大ヒット曲「しあわせって何だっけ」を聴かせてみると、半分だけキレイな結晶ができました!
→そして、「忍野八海の水」「ごろごろ水」「しあわせって何だっけを聴かせた水道水」を飲み比べてもらいました。
→「自分は水にうるさい」と言っていた長谷川さんは利き水に挑戦!
→ところが3つとも間違えてしまい、長谷川さん残念!

 今さら「水からの伝言」を肯定的に取り上げている点と、水道水が悪いかのような誤解を広める内容であることが問題。江本氏の結晶製作は、江本氏自身が著書で述べている通り、たくさん作ってその水に合うものを江本氏が選ぶ(どれがどの水であるかは当然あらかじめ江本氏は知っている)、というものであるから、「やはり水道水は他の2つに比べるとやっぱり結晶ができませんでした。」は江本氏の恣意的な選別の結果に過ぎず、客観的なものではない。それを事実であるかのように見せたことも問題。そもそも、江本氏を「結晶の専門家」扱いしている時点でダメダメでしょう。

ニセ科学批判の到達範囲

Posted on 4月 17th, 2008 in 未分類 by apj

 2008-04-12 – 理系兼業主婦日記:科学、ニセ科学、グレーゾーンについてについて。コメントは残してきたのだが、少しまとめておく。

そもそも人は、信じたいと思ったことを信じるもので、それが一見「科学的に見える」から信じるわけではないでしょう。
科学のような装いの下に、自分の信じたい情緒や信条を見て、それを信じているはずです。
だからこそ、「それは科学ではない」という批判が、ニセ科学に“だまされる”人たちの耳に届かないわけです。

 この部分には異論がある。騙される側もさまざまなので、ひとくくりにはできない。「科学であるとわかれば信じるが、そうでなければ信じるつもりはない。ただ、知識の不足により、目の前にある情報が科学なのかどうかが判断できない」という人は一定数存在する。そういう人は、科学について丁寧に説明すれば、騙されずに済むことが多い。また、まだ「信じる」状態に至っていない人に、「それは怪しい」という情報を与えれば、不用意に信じることの歯止めにはなる。
 しかし、信じたいから信じる、という人に言葉を届けるのは至難の業だろう。
 現状のニセ科学批判の表現力が足りないとか不親切であるが故に情報が伝わらないという批判をされるのであれば、それは真摯に受け止めるつもりだが、最大限懇切丁寧にやったとしても、信じたいことを信じる人には、おそらく言葉は届かない。これは、科学だからとかニセ科学だからという話ではない。悪徳商法や霊感商法の被害者をゼロにはできないというのと同じ理由で無理である。
 情緒や信条とも科学とも無関係に、人は容易に説得不能な状態に陥る。例えば、悪質なマルチ商法のメンバーに勧誘され、儲かるという話を信じ込まされてしまうと、説得して止めさせるのはほとんど不可能である。一旦信じ込んでしまった相手を引き戻すには、洗脳を解くのと同程度の困難があるので、友人知人に情報を流して被害の発生を防いだ上で、本人が損をして騙されたと気付くまで待つしかない。
 目下のニセ科学の定義は、科学を装うが科学でないもの、である。「装う」の部分には、故意過失を問わず、自分又は他人を騙すということが含まれている。世の中には「騙す行為」というのはいくらでもあるわけで、そのごく一部分である「科学を騙る」というものについて、ニセ科学と呼んでいるに過ぎない。
 ニセ科学批判をしても、ニセ科学の方を信じたいから信じるという人に対して無力なことは、最初からわかりきっている。科学ではない別の学問分野の成果を使って解決できる種類の問題ならば、ニセ科学の被害者よりも先に悪徳商法や霊感商法の被害者が激減しているはずである。現実には、新手のパターンに騙される被害者が後を絶たない。
 信じたいものを信じる人にまで「ニセ科学を信じるな」を効果的に伝える方法があるとしたら、それはおそらく洗脳の一種になる。手法としてやってはいけないことである。
 kikulogで議論されているグレーゾーン問題というのは、今何をどこまでやれば騙したことになるのか、という判定に関わってくる。その判定をするための基準を決めようとしても、そもそも科学の側にまだはっきりしない部分があるから、一般論として線は引けない、という話である。しかし、個別の例を見た場合、相当黒なものがたくさんあって、実際の批判はどう見ても黒なものに対して行われている。
 「科学を装う」の判定の基準として、私は以前、「通常人の基準で見て」といった表現をした。これだって抽象的な基準だから曖昧さは残るが、「ほとんどの専門家が一致した見解を示している」といった約束事に従うのが通常人だということにすれば、一種の社会的制度として、それなりの精度で基準を立てられるだろうと考えている。具体的に想定しているのは、このblogでも既に書いたが、景表法や特商法の優良誤認の判定のガイドラインのようなものである。

【追記】
 一般的に考えると、ニセ科学に限らず、人を欺すやり方は世の中にいくらでもある。だからこそ、刑法には詐欺罪があるし、民法でも詐欺による意思表示は無効、などと定めている。しかし、何をどこまでやったら詐欺か、という部分については、法律を見たって書いてない。これは、予め一般論として「何が詐欺か」を定義することが不可能だからである。従って、個別の事例ごとに態様を見て、通常人の基準なら信じるよね、という判定をやって詐欺かどうかを決めることになる。当然、判断に困るようなものだって出てくるが、だからといって、グレーゾーン問題がことさらに取り上げられることはない。
 ニセ科学が、科学を騙って人を欺すものである以上、欺しているかどうかの判定は一般の詐欺の判定ど同様に行うことになるので、欺す態様を評価する時にグレーゾーンが出てくることは避けられない。ニセ科学の場合に、特にグレーゾーンについて問題にしている、あるいはする必要があるのは、態様から判断する部分にグレーがあることが良く認識されていないことに加えて、「科学自体が白黒はっきりしたもの」という誤解が世の中に存在するからである。「科学は白黒をはっきりつける」という誤解によって、本来グレーな部分を伴う「欺しているかどうか」の判定の部分まで「ニセ科学の場合にははっきり判定できる」と誤解する人が居るためである。つまり、何故か、ニセ科学の場合に限っては、他の詐欺とは違って、一般論として何をどこまでやれば詐欺かを予め定義できる、という前提にたって議論する人が存在しているのである。

「レッテル貼り」と「水からの伝言」

Posted on 4月 16th, 2008 in 未分類 by apj

 議論というよりまだ雑感の状態なのだけど。
 主義主張思想の内容を問わず、他人に自らの信じるところを伝えようと思ったら、言葉を尽くす以外に方法はない。
 「水からの伝言」は、ニセ科学(というかむしろオカルト、迷信の類)であると同時に、言葉を蔑ろにする話である。文脈から単語を切り離してその善し悪しを水に判定させるという代物だからである。
 世の中でしばしば行われている「レッテル貼り」では、言葉を使って人にレッテルを貼る。「科学原理主義者」「右翼」「左翼」など、いろんなレッテルが存在するが、全て言葉によるものである。ところが、「水からの伝言」は、水結晶という自然現象を使って言葉に「良い」「悪い」のレッテルを貼るという話である。このような話は、言葉と思考が分かちがたいという認識を持っている人には、受け入れられるものではないはずである。言葉を伴わない思考は無いし、言葉は思考の道具であり武器でもある。
 言葉で相手を記述するつもりならば、レッテルを貼るという方には行かないし、言葉そのものにレッテルを貼ることの無意味さにも同時に気付くのではないだろうか。

 「水からの伝言」を「いい話」だと思う人と、他人に平気でレッテルを貼る人が、かぶってるんじゃないかと思ったりしたもので、メモ代わりに置いておく。