九州大学農学部の白畑教授らが提案した,水素ラジカルの検出方法についての公開特許公報を入手したので,読んでみた。「水素ラジカルの検出方法及び定量分析方法(P2002-350420A)」である。
果たしてこれが活性水素の存在証明につながるのか?体にいい水につながるのか?ということを検討したいので,「特許請求の範囲」は飛ばして,どういう考え方で何をしているのか,「発明の詳細な説明」を見ていくことにする。
0003,0004あたりで,既に,電解還元水中に水素ラジカルが含まれていたり,金属を溶解させたときに水素ラジカルが含まれていたりすることが前提として書かれている。が,通常の化学の教科書では,できるものは水素(分子)ガスであるとされており,水素ラジカルではない。水素の原子状態は,短い時間で金属表面に結合した状態でなら存在する。まあ,化学の教科書通りに考えていたなら,水の中の水素ガスに対してラジカルの検出法を適用しないんじゃないかなぁ・・・・。
従来法については,0006のDMPOを使ってESRで検出,0007のフェトン試薬を使ったESRによる検出,ともに普通の水と差がなかったとされている。私はESRの経験がないので,これらの方法がどの程度一般的かということや,検出感度についてはよくわからない。
0008からがこの発明の詳細説明である。使った試薬は,3,5-ジブロモ-4-ニトロソベンゼンスフフォン酸ナトリウム(DBNBS)で,DBNBSを水と反応させた後ロータリーエバポレータで濃縮したら,還元水では橙色になったけど蒸留水やミネラルウォーターでは色がつかなかったので,この現象を利用して「水素ラジカル」を検出しようという話である。なぜ色が付くかについては,「水素ラジカル」とDBNBSが反応してDBNBSのアゾ化合物ができて425nm-450nmの吸収を示すことによる,とされている。
実験の準備は0011から。
(1)では,1,1-ジフェニル-2-ピクリルヒドラジル(DPPH)溶液に白金存在下で水素ガスを吹き込んで,ガス吹き込み時間とDPPHの517nmの吸光度の減少の検量線Aを作る。(2)でDPPHとシスティンを反応させてDPPHの吸光度の減少との相関をみる(検量線B)。(2)は白金+水素ガスの示す効果を定量しやすい還元剤の効果になおすためにやっている。0016-0018で説明されている。(3)DBNBSを使って白金+水素ガスにより450nmの吸光度が変わることを測定。検量線Aと検量線Bから求めた,水素ガス単位時間吹き込み時間あたりの水素ラジカル発生濃度を使って,DBNBSを用いた結果との相関を求めると,DBNBSについても水素ガス吹き込み時間と水素ラジカル発生濃度の検量線を作ることができる(検量線C)。水素吹き込み時間(水中水素ガス濃度)によって,白金を触媒とした水素がからんでいる化学反応の生成物の量が変わるというだけの話なんじゃ・・・・?。(4)が本番の試料測定で,(3)と同じ実験をするんだけど,試料に用いる水は10から500倍になるように濃縮する(0012)。DPPHで水素ラジカルの検量線が書けるのならば,素直にDPPHを使って濃縮操作をして測定すればいいだけのようにも思えるが,DPPHだと濃縮で何か不都合があったりするんでしょうか?よく分からないのでこのあたりの実験操作詳細の情報がほしいです。いやまあ,特許だから新規な反応でないとまずいというのがあるのかもしれませんが。
0015によれば,DBNBSのアゾ化反応は,化学反応として新規なものである。論文になるとしたらこの反応の報告かな?
0016の説明。「白金黒(粒状白金)は大きな表面積を有し,ガス状の水素分子を水素ラジカル(原子状水素)に変換してそれを保持する。そのため溶液中で白金黒の存在下で水素ガスを吹き込むことにより,容易に水素ラジカルを発生させることができる。分子のままでは化学反応できないから結合を切って原子状にしなければいけなくて,白金の触媒作用で切るって話ですね。原子状水素は不安定だから白金に結合した状態でないと存在できない。別にこれ自体は新しい話ではないのでは。
0020は実験操作。電解還元水125mlにDBNBS保存液を20μl添加し,撹拌した後,ロータリーエバポレーターで60℃の恒温漕にて濃縮乾固する。これを1mlの超純水(Milli-Q水)で濃縮乾固ぶつを溶解して回収する。次に60℃恒温漕にて約1時間保温し,氷上に5分間静置し例えば12,000rpmで遠心分離して上清を得る。
0023は,0020と似た実験だが,白金黒+水素ガス吹き込みの溶液に適用している。前処理では濃縮しないで,液を採取して遠心分離を行ったものを測定して吸収の変化を確認した。白金黒のみ,水素ガスのみ,窒素ガスのみ,白金黒+窒素ガスで処理した溶液を測定したが吸収に変化はなかった(0024)。
電解還元水を0020の操作によって測定した結果,白金黒+水素ガスのときと同様の吸収がみられた(0029)。水の中のNaCl濃度を変化させて電解すると,濃度が高いときに水素ラジカル反応値が上昇した(0030)。電解水を希釈してから測定すると,薄いときに水素ラジカル反応値が小さかった(0031)。
0033からは,DBNBSの反応機構を調べる実験を行っている。試料1は,0.1ml/mlの白金+2.5mg/mlのDBNBS溶液25mlに,45ml/minで水素ガスを1時間吹き込んだあと,0.45μmのフィルタで濾過,非加熱。試料2は,試料1は,0.1ml/mlの白金+2.5mg/mlのDBNBS溶液25mlに,45ml/minで水素ガスを1時間吹き込んだあと,60℃で1時間加熱し氷冷して反応を停止させたあと0.45μmのフィルタで濾過。つまり試料1では水素と白金が共存するが加熱はしない,試料2は水素と白金がある状態で加熱してから白金を除去するので,触媒反応が起こるとしたら2の方ということになる。
結果は,試料1では450nmの吸収はないが試料2ではあった。マススペクトル,NMRからも,試料2でDBNBSのアゾ化が起きていることがわかった。元素分析もアゾ化が起きていることを支持。きっとこのあたりは有機化学反応の論文になる話にちがいない。
電解還元水に対する水素ラジカル発生量の定量は,0020で用意した溶液の吸光度を,DBNBS溶液の吸光度を基準として差し引いた量で行う。
ということで,ちゃんと読んでみたが,特許自体は別に怪しくもなんともないものである。
ただし,この公開広報に書かれた内容が科学的に正しかったならば,この特許は水に機能を持たせる話とも,体にいい水とも,今のところは全く結びつかないことに注意してほしい。この特許では,白金黒や白金微粒子といった触媒作用を持つ金属を用いて,水素ガス存在下でDBNBSのアゾ化を確認している。ところが,電解還元水中には,電解に用いた電極材料の白金が微粒子となって水に含まれていることを,白畑教授が報告している(既に紹介した九州大の分析センターニュースなど)。電解還元水中に水素ガスが含まれることは疑いがないので,結局,電解還元水で観測されたDBNBSの吸収の変化は,白金黒存在下で水素を吹き込んだ溶液で起きる変化と全く同じものだということになる。ただ,電解還元水の方が,水素濃度も白金濃度も非常に薄いため,アゾ化されるDBNBSも微量だから,濃縮しないと測定できないのではないか。
白畑教授は,培養した細胞を使って電解還元水の効果を調べている。他にも動物実験などをしていて,違いがあると報告している。その違いは,「微量の白金触媒と水素ガスが存在すことで何だかわからない化学反応が起きている影響」と考えればよい。はっきりした影響を見たければ,白金触媒を別に加えて,水素ガスの濃度を上げたガスを吹き込んで実験すればいいのではないか。
水素ラジカルの生成は白金表面でしか起きないし,発生したときには白金と結合している。水素分子が何かと反応するには白金微粒子が必要だということが,この特許からわかる。そうすると,巷で言われているような電解還元水を飲むと効果があるというのは本当かどうかという点に疑問が生じてくる。
電解水が体にいいのは活性酸素を消去するからだと言われている。その原因が活性水素(原子状水素)だというなら,この特許によれば,水素と白金微粒子の含まれた水を飲めばいいことになる。しかし,白金微粒子が体内に吸収されなければ,仮に何か効果があったとしても,口,胃,腸に限られるだろう。今のところ,白金微粒子が胃腸から吸収されて体内を移動するという証拠は何もない。同様に,電解水を飲んだ場合の体液の水素ガスの量がどうなるかという測定結果もまだ示されていない。
仮に,白金微粒子が体内に吸収されるのであれば,今度は,それが害をなさないかどうかが心配である。微量の白金が体にいいとか薬になるといった話はきいたことがない。
さらに,この特許は,白金+水素ガスでできた水素原子が,活性酸素に特異的に反応するものではないことを示している。というのは,白金と水素ガスでDBNBSのアゾ化反応を引き起こしており,まさにそれがこの特許の内容だからである。この反応には加熱が必要だが,反応相手がDBNBS以外のものであれば,反応条件はまた違ったものになるだろう。白金+水素ガスによって起きる化学反応は,たまたまその場所に反応できるものがあれば相手を選ばず起きるはずである。このような,生体によって制御されていない化学反応が,生体にとって好ましいという保証はまったくない。むしろ,予期しない化学反応で害をもたらす可能性があるのではないだろうか。ただし,これは,白金も水素ガスもたくさんあった場合である。
白金や水素ガスの量が少ない電解還元水の場合は,一緒に食べた食物や口,胃などの組織表面と白金表面の水素ラジカルが反応して全部使われてしまい,それも微量だから,結局毒にも薬にもならないことが予想される。あるいは,体温では低すぎて反応自体がほとんど起きないという可能性もある。還元水の装置利用者から,はっきりした健康被害の話が出てこないところをみると,実際にはこの最後のケースではないかと思われる。
この特許で利用している化学反応は新規なものだが,金属表面での水素ラジカル生成反応はDPPHを使った方法で既に検出されている。むしろ感度を上げた点の方が重要なのだろう。しかし,この特許をもって,「活性水素の存在を実証する方法が開発された」というのは正確ではないし,それを理由に「電解還元水は体にいい」という宣伝を展開するのは間違いである。