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水素でヒドロキシラジカルを消去する話(2007/05/10)
脳梗塞モデルのネズミに水素を吸入させると脳梗塞の回復が促進されたという実験結果が、日本医科大の大田教授らのグループによってNature Medicineに発表された。
誤解してはいけないのは、この論文が、いわゆる「水素水」を飲むと体に良い、といった俗説を補強する根拠にはならないということである。
論文には、(試験管内の実験で)水素ガスがヒロドキシルラジカルを選択的に消去することが書かれている。これは、既に知られた事実である。次に著者らの実験結果として、培養した細胞において水素ガスがヒドロキシルラジカル(・OH)を消去する効果がみられたことを報告している。さらに、脳梗塞モデルのラット(一時的に脳の血流を止めた後、再度血流を復活させる。これによって脳組織がダメージを受け、血流再開後はダメージによって発生した活性酸素がさらにダメージを引き起こす)に対して、水素ガスを吸入させた結果、脳組織に対するダメージが抑えられたことが報告されている。
新聞報道では、水素水を与えたかのような記述があったり、「水素は善玉の活性酸素には作用しない。既存の脳梗塞治療薬より効果は顕著で、有望だ」という太田教授の談話が発表されたりしている。水素水云々はラットについては誤りだし、善玉の活性酸素云々も誤解を招く報道である。
論文の内容は次の通り。情報の読み方の注意点を青色で補った。実験の詳細については論文を読んで確認してほしい。
- 培養した細胞を用いて、水素ガスによる・OHの消去効果を確認した。水素ガスは培養液に溶解させて用いた。
いわゆる「活性水素」とは無関係の水素ガス分子(H2)による話である。また、細胞培養の場合は、細胞内外の物質のやりとりは膜を介して細胞外と直接行われるため、細胞外の物質の変化の影響が顕著に出る。例えば、味噌汁はおいしく飲めても味噌汁の環境中で細胞の培養はできないわけで、細胞培養と消化管経由の物質の吸収は別の話である。従って、細胞培養の結果から「水素水を飲んだら云々」という結論を導き出すことはできない。
- 水素ガスは、O2-・、NO・、H2O2を減らさなかった。
論文中では、これらの物質は信号伝達(signal transduction)に重要な物質であることが指摘されている。感染症に抵抗するために・OHが使われているかどうかについては何も書かれていないので、この点は別途確認が必要(知っている人がいたら教えてください)。なお、組織の損傷によって一時的に大量に発生した・OHを治療のために減らすことと、仮に可能だったとして常に・OHを減らしていいかどうかはまた別の話である(つまり、この論文の結果は、何とか健康法のたぐいとも結びつかない)。活性酸素に悪玉と善玉の2種類があるわけではない。
- 脳梗塞モデルラットに対して2%、4%の水素ガスを吸引させたところ、脳の損傷が押さえられた。血中水素ガス濃度は、水素2%の時で動脈血で20ng/ml、静脈血で10ng/mlであった。
水素ガスが肺から直接吸収されたことがポイントだろう。特に水素ガス濃度が定量されているところに注目。水素ガスの溶解度はそんなに高くないので、いわゆる「水素水」を飲んでも血中濃度はこうはならないはず。水素の効果を「便乗して」謳う宣伝が出てきた場合は、血中水素ガス濃度の値がどうなっているかまず確認し、値が大きく離れていたりそもそも測定値自体が無い場合には、当該論文とは全く別の話であると判断するべきである。
いずれにしても物質の効果を根拠にした話をする場合は、存在量の違いを無視するというのはゴマカシである。しかし、そういうゴマカシは、多くの健康食品の宣伝などでよく登場する。この論文を根拠にして、体内での水素ガス濃度の違いを無視して「水素水を飲むと効果がある」といった種類の宣伝が行われることを危惧する。
論文を読む場合に、書かれていないことを読み取る場合は注意が必要である。
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