総合学習
総合学習のルール
はじめに
「総合的な学習の時間(総合学習)」は、学習指導要領「総則」の条文によると「今までに習得した知識」と、「学び方やものの考え方」を土台にして、「自ら課題を見つけ、主体的に判断し、物事を解決する資質や能力を育てる」ことをねらいとしています。しかし、学校における「学び方やものの考え方」の取り扱いが必ずしも統一されていないように感じます。また、総合学習は通常の教科のような参考資料が不足している分野であり、現場の教師の試行錯誤に頼る部分が多いようです。これらの結果として、基本的な知識やものの考え方が踏襲されない、あるいはまったくのトンデモに基づいた、問題のある授業が少なからず存在します。
このため、このページでは、小中学校の教師が総合学習の授業に利用することを想定して、「学び方やものの考え方」のルールを整理します。
要約
総合学習においても、学び方やものの考え方は、学年に関わらず、「論理的な思考プロセス」いわゆるPDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルを踏まえていることが必要です。総合学習のPlan(計画)は、問題を解決するために、どのような方法をとるかを決めることです。Do(行動)は、Planに基づいて解決方法を実行することです。Check(評価)は、解決方法を実行したの結果を評価することです。Action(改善)は、評価を受けて、次にどのような改善を行えばよいか検討することです。総合学習において、教師に求められる役割は、議論のルールをあらかじめ定めておくことと、児童生徒が方向性を見誤ったり行き詰ったときに、適切なコーチングを行うことです。
Plan
Planは、問題を解決するために、どのような方法をとるかを決めることです。実験は、あくまで問題を解決するための「手段」であり、実験を行うことそのものが目的になってはいけません。実験が目的化しないためには、Planの6つの要素である、現状の把握、現状からの問題抽出、問題解決の動機付け、問題の原因究明、問題の解決目標の設定、目標を達成するための解決方法(仮説)の設定という手順を正しく踏む必要があります。
現状の把握
現状の把握とは、自分がこれから扱おうとする特定の分野について、情報を収集することです。例えば、ゴミについて扱おうと思った場合は、ゴミの種類や量、処分の方法といった情報を収集することになります。情報源は、新聞や図書資料、人からの聞き取り、インターネット上のサイト等があります。情報を収集する際は、必要な情報を漏れなく、しかも時間の制約の中で効率よく行うことが大事です。
- 必要な情報を漏れなく
- 時間の制約の中で効率よく
現状からの問題抽出
現状が明らかになったら、現状の中から「問題」を見つけ出します。問題とは、「希望の姿と現状との間に差(ギャップ)がある状態」のことです。例えば、ゴミについて調べたときに、学校から出ている生ゴミの量が増えているということがわかったとします。これはつまり「生ゴミの量を○tで抑えたい」という希望の姿と、「実際に△t発生している」という現状との間に「△-○のギャップ=問題」があるということを表します。
問題解決の動機付け
問題が見つかったら、解決するための動機付けを行います。動機付けとは、問題を解決しないと「大変だ、困る」という認識を持たせることです。例えば「生ゴミの量が多い」という問題があった場合、「生ゴミが多いと、どんなことが困るか」ということを具体的に話させることです。「片付ける人が大変」「作った人がかわいそう」など、いろいろな「大変、困る」が出てくると思います。多くの「大変、困る」が集まるほど、解決しなければならないという動機付けが強くなり、原因を明らかにする意欲も高まります。
問題の原因究明
問題解決の動機付けが行われたら、問題の原因を明らかにします。問題の原因は数多くあります。それらの原因は、往々にして因果関係をもって複雑に絡んでいます。このため、問題の原因を階層的に分類整理し、根源的な問題を明らかにする必要があります。
- 問題の原因抽出
まず、問題の原因と考えられる事象をなるべくたくさん見つけます。例えば、「なぜ学校の生ゴミが多いか」という問題について生徒に尋ねれば「給食の食べ残しが多いから」「捨てる以外の方法が無いから」「嫌いなものが多いから」「もともと量が多すぎる」「欠席する人がいるから」などの事象が挙げられると思います。どんな事象が挙げられても、最初は否定することなく書き出します。(一般に「ブレーンストーミング」と呼ばれる思考ツール) - 原因の階層整理
複数の原因が挙げられたら、それらの原因を階層的に整理します。階層的な整理とは、原因Aと原因Bについて、「Bの原因はAである」という因果関係を明らかにすることです。例えば、「嫌いなものが多い」から「給食の食べ残しが多い」という因果関係は成立しますが、その逆は成立しません。全ての事象が正しくつながるように整理します。 - 原因の掘り下げ
原因が階層的に整理されたら、さらに深い原因がないか、掘り下げを行います。例えば、「嫌いなものが多い」原因は、「においが嫌い」「冷えている」「アレルギー」などが挙げられます。このように、ある原因の「元の原因」を探る作業が、原因の掘り下げです。原因の掘り下げを繰り返して、元の原因が見つからなくなったとき、最後にくる原因が、その問題の「根源的な原因」となります。(一般に「ロジックツリー」と呼ばれる思考ツール)
問題に対する解決目標の設定
問題の原因が明らかになったら、問題をどのレベルまで解決するかという、目標の設定を行います。目標には、「生ゴミの量を○tに抑える」といった、具体的な数値目標を掲げる「絶対目標」と、「去年に比べて何%減らす」とか「地域内の学校で一番少なくする」といった「相対目標」があります。目標を設定するときは、「何のため(Purpose)・誰のために(Posision)」「どこで(Perspective)」「いつまでに(Period)」ということを明確にすると、その目標を達成するための手法(仮説)を見つけやすくなります。目標とは、達成するために設定するものであり、単なる数字ではありません。また、後で述べる「解決方法の効果」を確かめる指標ともなりますので、解決方法を有効に実行するためには、必ず明確な目標を設定することが重要です。
目標を達成するための解決方法の設定
問題解決の目標を設定したら、その目標を達成するための具体的な解決方法を設定します。解決方法を設定するには、根源的な原因を解決する複数の方法から、実行可能性や効果、効率などの要素を考慮して優先順位を決める必要があります。
- 解決方法の抽出
解決方法の抽出とは、ある問題の原因をAとした場合、「BをすればAが解決する=Aを解決するためにはBが必要」という「B」を見つけることです。例えば、「学校の生ゴミが多い」問題の原因を掘り下げた結果、「ある食品のにおいが嫌い」ということが根源的な原因の一つだったとします。この解決方法とは、「においを気にしない方法」を見つけることであり、例えば「別のことで気を紛らわす」「においのしない調理法に変える」「メニューからはずす」などの方法が挙げられます。挙げられたそれらの方法については、さらに掘り下げを行って、より解決方法を具体化します。例えば、「別のことで気を紛らわす」には「何が必要か」という掘り下げを行います。 - 優先順位の決定
複数挙げられた解決方法に優先順位をつけて、実際に採用する解決方法を決定します。優先順位を決めるには、コストや時間、期待される効果、デメリットなどの要素を点数化して、合計点により判断する方法が代表的です。- コスト:金銭的なコストのほか、人的コスト(その解決方法をとるのに何人必要か)がいくらかかるか
- 時間:すぐに取り組むことができるか、取り組み期間がどれくらいかかるか
- 効果:どの程度の効果が期待できるか
- デメリット:その方法を行うことによって、別の問題が発生しないか
Do
Do(行動)は、Planに基づいて、解決方法を実行することです。この場合、実行することによって、明らかに効果がでることが「わかっている」方法と、具体的にどの程度の効果が出るか「わからない」方法があります。「わかっている」方法については、その方法を行うだけでよいのですが、「わからない」方法を実行する場合は、その効果を後で確かめることが容易になるように、対照区を設定する必要があります(英語では、前者がDemonstration、後者がExperimentと明確に区別されています)。さらに、効果の評価を人間の感覚で行う場合には、盲検定(二重盲検定)を行う必要があります。
対照区の設定
対照区の設定とは、「AをすればBになる」を確かめるために、「Aをする」という解決方法に対し、「Aをしない」という方法を同時に行うことです。この場合「Aをしない」が「対照区」にあたります。対照実験を行う場合は、確かめたいA以外の条件については、なるべく同一にする必要があります。ゴミの問題とは少し離れますが、例えば、ある堆肥Xが野菜の生長に与える効果を調べたいとします。この場合には、堆肥Xを与える区と、与えない区を設けるだけではなく、ある堆肥と成分の似通った別の堆肥、あるいは肥料を与える区も設け、日光や水分などの条件を同一にして育てます。こうして、生長に与える効果が堆肥Xの肥料成分によるものか、または肥料成分以外の何かによるのかを確かめることができます。
ただし、社会実験的な方法の一部では、対照区を設けられない場合もあります。この場合には、他の人が追試によってその対策の効果を確かめることができるように、なるべく実験の詳細な条件を明らかにしておく必要があります。
盲検定(二重盲検定)の実施
解決方法の結果を評価するのに、視覚や味覚、触覚といった人間の感覚を用いる場合には、試験区と対照区のものをについて、どちらがどういう処理をしたかを予め被験者に知らせずに示し、反応を見るという「二重盲検定」を行うのが一般的なやり方です。これは、対照区を設定していても、被験者があらかじめどういう処理をしているか知っていると、そのことによって評価が影響を受ける場合があるからです(一般的に「バイアス」と言います)。例えば、「健康にすばらしい影響があるマイナスイオン水」という宣伝の水を飲まされ、美味しいかと聞かれた場合、たとえ本当はただの水であったとしても、美味しいと感じる人は一定数います。この影響を少なくするように、ある水が他の水に比べて美味しいかについて調べるには、二つの水を名前も何もつけない状態で、なるべく多くの人に飲み比べてもらい、統計を取って比較する必要があるということです。
薬の試験などでは、試験薬を与える/与えないだけの比較ではなく、試験薬に似せた医学的な効果の無いもの(偽薬)を与えることもあります。何かを投与されたというだけで効果があったように感じること(プラセボ)は常にありうるので、プラセボの効果を排除することは、医療の世界では当然のことです。
Check(評価)
Checkは、実験の結果が期待通りであったかどうかを評価することです。評価をする際は、データをなるべく客観的に取り扱い、主観的な判断をしないように努める必要があります。例えば、Aという方法を10人に行い、効果があったと認めた人が1人だったとします。普通は、「1人にしか効果が無かった」という判断をしますが、Aが素晴らしい方法だと信じている人は、「1人に効果が『あった』」と主張するかもしれません。こういう主観的な判断をしないためには、先に述べたように明確な目標を設定すること、その設定した目標に対して、どの程度達成できたかということを判断基準にすることが必要です。
Action(改善)
Actionは、評価を受けて、次にどのような改善を行えばよいか検討することです。目標が達成されれば、児童生徒は喜ぶでしょうし、解決方法の正しさが実証されたと評価することができるかもしれません。しかし、Experimentの実験においては、必ずしも期待どおりの目標が達成されるとは限りません。期待通りの結果が得られない主な理由としては、解決方法の選択を誤った場合と、予想もしなかった他の影響により、効果を確かめられなかった場合が考えられます。
解決方法の選択誤り
問題の原因を解決する方法として、有効ではない方法を選択してしまった場合です。例えば、「野菜を生長させるために、酢を与える」という方法を採用した、といったような場合です。もちろん、野菜に酢を与えても害にはなりませんし、ある病気などに効果がある場合もありますが、「肥料代わりに酢を与える」という方法は誤りです。極端な間違いがあれば、通常は話し合いの中で棄却されるものですが、議論の中心にいる「声の大きい人」が固執してしまうと、「酢だけ与えても、野菜は大きくなる」などという間違った解決方法を採用してしまう場合もあるので、注意が必要です。
予想もしなかった他の影響
解決方法の効果を確かめようとしたときに、予想もしなかった他の影響により、効果を確かめられなかった場合です。たとえば、堆肥Xが野菜の生長に与える影響を確かめていた時に、運悪く台風の直撃を受けて、畑が冠水してしまったというような場合です。この結果、生育の差が現れたとしても、堆肥Xの効果を確かめることはできません。
選択した解決方法によって、目標が達成されなかったときには、「なぜ期待通りの成果が得られなかったのか」「では目標を達成するにはどうしたらよいか」をみんなで議論することが重要となります。議論の結果、解決方法の選択が誤っていたと判断した場合は、別な解決方法を採用することになりますし、他の影響が大きかったと判断した場合は、その影響を受けない工夫をすることになります。このような議論を行うことで、実行した児童生徒だけでなく、他の児童生徒が今後似たような問題に取り組むときにも、その成果を生かすことができるようになります。
教師の役割
総合学習において、教師に求められる役割は、議論のルールをあらかじめ定めておくことと、児童生徒が方向性を見誤ったり行き詰ったときに、適切なコーチングを行うことです。これにより、児童生徒の主体的な判断を損なうことなく、議論を健全に発展させることが可能となります。
議論におけるルールの設定
問題解決の議論行う場合には、あらかじめ議論のルールを設定しておくことが必要です。例えば、サッカーのルールのように、時間、人数、ゴール、反則といった分類をして、議論を始める前に全員に示しておく必要があります。また、議論の途中で問題が発生したり、児童生徒からルールに関する質問が合った場合には、その場で新たにローカルルールを決めることも必要になります。ローカルルールを決めた場合は、その時点で全員にルールの周知をする必要があります。
- 時間:いつまでに
- 人数:何人で
- ゴール:いくつの問題を見つけるか、いくつの解決方法を見つけるか など
- 反則:全員参加(必ず全員が自分の意見を述べる)、批判禁止(他人の意見を否定してはいけない)、多数決禁止(少数意見を排除しない。決定は必ず全員の意見一致による) など
コーチング
PDCAの各段階において、児童生徒が方向性を見誤った時や行き詰った時には、教師は単に否定したり自分の考えを押し付けることなく、必要な助言を行って児童生徒に自ら修正させる「コーチング」を行います。コーチングとは、児童生徒の判断について、誤りがあると教師が判断したときに、「これはダメ、こうしなさい」という否定ではなく、「これをすると、何か問題が発生しないか?」「なぜその方法が目標達成に役立つと思うか?」といった質問を児童生徒に投げかけ、回答を通じて児童生徒に解決させる技術です。また、児童生徒が行き詰ったときに、正解を与えるのではなく、行き詰っている原因が何かを考えさせ、解答につながる議論を行わせることも重要です。
むすび
総合学習は、あらかじめ教えるべき内容が決まっている一般的な教科と異なり、確立された解決方法のない事例を取り扱うことが多くあります。解決方法の確立していない事例に取り組む場合は、試行錯誤を行うことや、失敗をすることも重要な経験となる場合があります。このため、試行錯誤の過程では、誤りを発見しても黙認して取り組ませる場合もあり得ます。ただし、失敗した場合には、児童生徒がその原因を正しく認識できるように議論を進め、次の取り組みにおいてその経験が生かされるように努めることで、児童生徒の主体的な判断により、物事を解決する資質や能力が養われるものと考えます。
追記
今回は、ゴミの問題が取り上げられることを想定して、主に生ゴミを具体的な例示として用いました。ただし、学校の生ゴミをテーマとして取り扱う場合は、次のような問題があると考えています。学校においては、生ごみ発生の主要な原因は給食の食べ残しですが、食べ残しの原因は様々あり、アレルギーのように、食べることで命に関わることもありますので、一律に食べ残しをやめさせることは推奨しません。かといって、生ゴミを減らすには、食べ残しをやめさせるほか、例えば堆肥化するなど、捨てる以外の方法も考えられますが、この方法があるからといって、食べ残しを増やすことは肯定されるべきではないと考えます。