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わたしたちはなぜ科学にだまされるのか

SNコメント

 

 著者Robert L. Park は結晶構造を専門とする物理学者で,米国物理学会ワシントン事務所長。「ニューヨークタイムズ」「ワシントンポスト」などに科学記事を寄稿し,テレビ出演も多く,疑似科学批判の論客として著名。本書は2000年発行のVOODOO SCIENCE:The Road from Foolishness to Fraundの邦訳。邦題だと誤解しそうだが,要は疑似科学批判書である。原題にあるVOODOOは呪術を用いる秘教で,現代社会で呪術を用いたり魔術をかけたりするインチキ科学に著者はVOODOO SCIENCEと命名したのである。帯には「欧米で話題沸騰! 出版差し止めキャンペーンまで展開された話題の本」とあるが,その具体的な状況までは書かれていない。

 永久機関,常温核融合,ホメオパシーなど代替療法,宇宙開発,電磁場の健康影響,UFOなどが取り上げられる。冒頭には邦訳にあたって「日本の読者のみなさんへ」という序文が入っているが,そこから帯に次のような部分が引用されている。これを読むと,本書の内容がよくわかるだろう。

科学者には,インチキ科学の情報を必ず世間に伝える義務がある。また,一般の人たちに科学的な手法,考え方というものを説明し,理解してもらう責任がある。(中略)「われわれは自然の法則に支配された世界に暮らしており,魔法はけっして起こらない」ことを,本書を読んだみなさんに理解していただく,それがわたしの願いである。自然の法則は理解できるし,うまく利用することもできる。だが,どれほど信心深い人間であろうと,どれほど如才ない人間であろうと,自然の法則を出しぬいたり,その裏をかいたりすることはできない。

 まず,マスコミでは悪しき相対化によって,疑似科学にそれなりの地位を与えてしまいがちなことを,次のように確認させてくれる。

……クリストファー・テューミが「コンジャーリング・サイエンス(奇術の科学)」で「ニセ対称」と呼んだ現象が起こる。すなわち,いっぽうの意見には科学的証拠がまったくない,あるいはないに等しい主張であるにもかかわらず,ふたりの専門家が異なる意見を述べただけで,「その主張にたいする科学者の意見は二分している」という誤った印象を大衆に与えるのだ。

 また,ヒトがなぜ「疑う」ことよりも「信じる」ことに傾きがちなのかを,次のようにわかりやすく説明する。

心理学者ジェームズ・オールコックは,ヒトの脳を「信じたがる脳」と表現している。脳は五感からはいってくる情報をつねに処理しつつ,その情報に基づき,身のまわりで信じられるものを増やしていく。新しい情報が,すでに信じているものと一致すればうけいれ,矛盾すれば信じない。そして,この「信じたがる脳」は,それが真実であるかどうかは考慮しない。「真実である」から「信じる」わけではないのである。

というのも,脳は,ふたつの出来事のあいだに関連性を認めたときに,それを信じはじめるからだ。たとえばAのあとにBが起こる。ふたたびAが起こると,脳はまたBが起こるだろうと予想する。たしかに,原始時代の祖先にとって,こうした予想は生き延びるうえで有利にはたらいた。だが祖先たちは,単なる偶然の一致と因果関係とを,きちんと区別していなかった──あらゆる関連性に注目し,安全策をとる方が確実だからだ。

 そして,ノーベル賞化学者のアーヴィング・ラングミュアがESP(超感覚的知覚)を,「証拠としてあげられたデータが,つねに検出可能な限界ぎりぎりの微量でしかない」ことと「効果を増大させる方法がない」という病的科学の特徴をもっているとして批判することを紹介し,そのラングミュアの批判がメディアにきちんと報道されず,かえってノーベル賞学者が関心を払ったという事実だけが一人歩きし,結果的にラインを利することになった経緯を教えてくれる。

 少し意外な話題は,有人宇宙旅行にたいする批判であろう。次のような指摘は,なかなか興味深かった。

● 完全な球形に近いボールベアリング,新種の合金の開発,より完璧な半導体用の水晶の製造,新薬の開発……。おなじような主張は十年前,スペースシャトルを正当化する際にもあったが,悲しいことに,こうした可能性は熱狂的宇宙ファンによって誇張されすぎていた。重力は,原子を束ねている電磁気力に比べると微弱で,製造加工業の工程に意義のある影響を与えないのである。だいたい,巨額の輸送コストをかけても採算がとれる製造業があるだろうか?

● 磁気嵐が起これば,宇宙飛行士の命は危険にさらされる。無人の通信衛星でさえ,磁気嵐によって機能しなくなるものがあるほどだ。スペースシャトルが利用できる低地球軌道は,地上からほんの300~400キロ上空であり,地球の磁場が荷電粒子放射を遮断する役目をいくらかははたしている。だが,惑星間旅行が長期にわたるとなれば話は変わってくる。月への三日間の旅行ならば,幸運を祈り,半年に一度は発生している磁気嵐に遭遇しませんようにと運を天にまかせることもできよう。だが火星への往復旅行となると,二,三年はかかる。

● 銀河放射線(太陽系の外側からの放射線)には,きわめて高エネルギーの重粒子──重い元素の原子核──が含まれている。全米科学アカデミーの報告書は,ヒトが火星への往復旅行をおこなった場合,体内のすべての細胞がすくなくとも一度は高エネルギー重粒子に通過されるだろうと推定している。高エネルギー重粒子の放射線が細胞におよぼす影響は,ほとんどわかっていない。……中略……即座に中枢神経系が損傷をうけるだろうし,長期的に見ればガンになるおそれもある。

● 無重力状態では,心臓が大きな圧迫をうけるだけでなく,骨はカルシウムをうしない,筋肉は萎縮し,免疫システムが衰え,下痢が続き,睡眠覚醒周期が混乱し,頻繁にうつ状態となり,不安感が生ずる。規律正しい運動スケジュールを組むなどの対策を講じても,悪影響が生ずるのを防ぐことはできない。

 本書で気になるのは,著者の鋭い舌鋒は,下手をすると著者の気に染まないものは何でも病的科学・ジャンク科学にされかねない勢いがあることである。上記の宇宙開発批判に反論したい科学者も多くいるであろう。また,著者は地球温暖化の原因について科学論争を相対化して紹介し,電磁場の健康影響説に対して100%攻撃しているが,これらには私も疑問がある。後者については,米国の環境保健科学研究所(NIEHS)が1999年に「電力周波数の電磁波には発がんの可能性があるかもしれない」と結論を出し,「積極的対応の必要はないものの,強い電磁波をできるだけ回避すること」を推奨しているし,国際癌研究機関(IARC)は20件近い疫学調査をふまえた「平均0.4マイクロテスラ(4ミリガウス)以上の電磁波では,小児自血病の発症が2倍に増える」との分析に基づき,電磁波を「発がんの可能性あり」の「グループ2B」に位置付けている(2001年)。そして,日本でも,国立環境研究所と国立がんセンターが中心になって行なった疫学調査で,「高圧送電線や電気製品から出る超低周波の電磁波(平均磁界0.4マイクロテスラ以上)が及ぶ環境では子供の白血病の発症率が2倍以上」という報告が出た(2002年)。電磁場の健康影響は,まだまだ議論の余地がある問題ではないだろうか。そして,このような環境や健康が関わる問題は,安全側の楽観主義には慎重であるべきと思う。

 ところで,私はまったく合理的根拠がないホメオパシーが欧米で広く受容されていることが不思議だったが,著者の次の説明にはなるほどと思わされた。

そもそも,たいした病気でない患者にとっては,必要もないのに抗生物質を処方してもらったり,風邪薬を過剰服用したりするよりは,ホメオパシー療法の方が健康によいのだろう。

 ただ,もしこの主張に理があるなら,欧米以上に薬漬けの日本では,今後ホメオパシーが広まる素地が十分にあることになってしまうのが困る。