有機ゲルマニウム水をどう読むか
はじめに
これは、2007年前期共通教育「科学とニセ科学について考える」で行った講義録を書き直したものである。
学生にはこの資料を配付し(pdfで13MBほどあるので回線の細い方は要注意)、どのように読むかを解説した。資料は、2ページを1枚のA4用紙に縮小して印刷した。
まず、有機ゲルマニウム水の表現のおかしな部分を列挙してみる。
(学生向けメッセージ)怪しいところとその理由は、たとえば次の通り。これは私のチェック例で、他の人なら別のところに線を引いたり別の理由を思いついたりするかもしれない。なお、自分でやってみた人も、リストに掲載したもの全部を指摘できなくても別にかまわない。
【資料2ページ】
- ゲルマニウムには有機と無機があります
(怪しいというよりヘンな表現) - ガンの特効薬として期待が持たれ
(ソースを調べる必要あり) - 「万病は酸素欠乏より生ずる」野口英世博士
(当時の医学の理解と今の理解は異なっているはず。少なくとも病気の原因は様々だからこんなに簡単に言えるはずがない) - 「ガンは酸素欠乏による」
(こちらもいろんな原因があるし、遺伝子レベルで研究が進んでいる。一体いつの時代の医学だ?) - 「有機ゲルマニウムが持っている酸素を細胞に届ける
(酸素呼吸の方がはるかに効率がいいはずだが) - 「傷んだ細胞を賦活させ
(意味不明) - 「脳細胞内金属を排出する作用
(論文出てるのか?) - 「悪玉の水素イオンを排除する
(水素イオンって悪玉だっけ?高校の生物、化学を思いだそう) - 「酸性体質、過酸化皮質体質
(体内のpHはほぼ一定:高校生物を思い出そう。あとの方は意味不明) - 「電位変動を押さえる
(押さえていいのか?筋肉だって心臓だって神経伝達だって電位変動で動かしているのだが……) - 「疲労、老化要因を取り除き細胞に活力を与える
(具体的に何を取り除いているのだ?) - 異常信号こそが肩凝りや腰痛、神経痛などを引き起こす原因
(原因と結果が逆では?痛みを伝えるのは神経の信号伝達だが、これでは何も言ってないのと同じ) - 「独特の電子特性を持つゲルマニウムの電位差
(独特の電子特性って?電位差って?そもそも化合物だと電子の状態は変わってて、図のように引き抜くのは無理だろう)
【資料3ページ】
- 半導体であるゲルマニウムは……(以下略)
(半導体の性質は単結晶のときに出てくるもので、ばらばらになって有機化合物に入っている時にそんな性質は示さないだろう) - 酸素は水に溶けるとマイナス
(意味不明。酸素分子のまま溶けるはず) - 体が酸性になると良くない
(体内のpHは一定のはず、高校生物参照) - 肉などの酸性食品を分解したものを細胞が利用すると、このH+が大量に発生
(高校生物の酸素呼吸を思い出せ。やってない人は調べよう。H+を使ってエネルギーを取り出しているはず。そもそも、酸・塩基の話と代謝の話を完全に混同している。) - 吸収した後、エネルギーにするには、有機化合物であることが必要
(mg程度の量の有機化合物から得られるエネルギーなど、食事から得る分に比べれば誤差の範囲。一般論として正しくても、実際の量を考えるとナンセンス。こういった量の違いを意識的に無視するというパターンはありがち。) - ナノクラスターの水分補給と有機ゲルマニウムの酸素補給は、正常な血圧に戻します。
(どんな水でも水分補給には十分である。酸素補給は呼吸の方がずっと上。なお、水分と酸素を補給すると血圧が戻るかどうかはまた別問題) - 有機ゲルマニウムの働きで赤血球の凝集状態を正常な状態にし
(セロシオンの添付文書にも他の文献にもそれらしいものは見当たらない。)
【資料4ページ】
- 有機ゲルマニウムはまさにインターフェロンインデューサーなのです
(セロシオンの作用と一致している。ところで、セロシオンが使われるのは、肝臓病という、優先的に対処しなければならない病気があって、特に集中してインターフェロンが必要になるからである。健康な人が普段からインターフェロンインデューサーを飲んだりして本当に不具合が出ないのか、そんな必要があるのか。) - 食用植物から抽出された有機ゲルマニウムは、人体には無害であり
(抽出して濃度が上がった場合にまで無害である保障はない。なお、天然なら安全、というのは思いこみの産物に過ぎず、通常の食品でも調理しないと危険なものもあるし、天然の毒物だっていくらでもある) - 東北大医学部にて証明
(インターフェロンインデューサーであることの証明なら可能だろうが、無害であることの証明はまず不可能のはず)
【資料5ページ】
- 体内の組織が酸欠状態になり
(あり得ないし、酸素濃度は指先にセンサーをくっつけるだけで手軽に測定できる。血液の写真よりずっと手軽に……) - 気密性と換気不足
(ゲルマニウム水を飲むのではなく、窓を開けて換気すればよいだけでは?)
なお、5ページの写真の読み方は、高校生物の、ヒトの血球と浸透圧についての知識があれば見破れる。
- 赤血球の直径を比べると,2枚の写真の拡大倍率は同じである。同じ視野(範囲)を見ている。赤血球の直径はどちらも同じである。
- 2枚の写真で,赤血球の数が大きく異なる。これが本当に血液の状態を反映しているのであれば,効果があるというより異常な結果というべきシロモノ。
- 赤血球の形をみると,左側は収縮しているが,右側はやや膨れている。浸透圧がまったく違う環境におかれていることがわかる。
- 2枚の写真は、酸素とも免疫とも関係がない。単に、乾燥している状態とそうでない状態の赤血球の写真を並べただけである。
まともな情報を集める(その1 公的機関)
ゲルマニウム自体が、健康食品として宣伝の対象になっているため、普通にネットサーチしたのでは、宣伝ばかりがひっかかる。それを見て判断すると、「ゲルマニウムは普及しているいい製品」と思いこんでしまうことになる。
まずは公的機関の出している情報をとっかかりにすると、宣伝目的ではない情報が得られる、そこで、「独立行政法人 国立健康・栄養研究所」が、ゲルマニウムについてどこまで情報を持っているかを調べたのが、資料6ページから8ページの内容である。
読めばわかるように、無機ゲルマニウムについてしか調べられておらず、ヒトに対する作用のほとんどがわかっていない。実は、無機ゲルマニウムは以前健康食品として販売され、重金属中毒による死亡事故を発生させたものである(「健康食品 中毒百科」内藤裕史著 丸善)。業者が、有機ゲルマニウムなら安全だとことさらに主張しているのは、この事故をふまえてのことである。
まともな情報を集める(その2 製薬会社)
有機ゲルマニウム類似化合物が使われている薬剤に、「セロシオン」がある。資料9ページから12ページに、製薬会社が医師向けに出している薬剤添付文書を示した。
この文書によると、この薬剤で肝炎の患者が死亡した例があることがわかる。つまり、この薬剤は、使うとしても素人が勝手に使って良いものではなく、医師の注意深い観察のもとに使わなければならないということである。また、妊婦や小児への投与への安全性は十分確立していない。
類似の化合物で類似の効果を謳うものであれば、類似の副作用に対しても注意が必要と考えるのが普通だろう。
【資料13ページ】
- 瞬時に舌下から吸収されるように
(水の吸収が口の中で起きる?薬剤のセロシオンだって普通に服用することになってるはずだが。ニトログリセリンと間違えてないか?) - 有機ゲルマニウムも天然水もナノ化し
(意味不明) - 人の身体の細胞より小さな形状になっています
(水分子のサイズは半径がおよそ1.4×10-10mの球、もともと細胞より十分小さい。) - 赤ちゃんの時はほぼ100%ナノクラスター水で、しかも、胎児を包む羊水もナノクラスター水といわれています。
(責任の所在のごまかし。多分伝聞で適当に書いただけ) - 老化現象が始まるといわれています。
(いわれています、ときたら、その内容は根拠ゼロ、と即座に判断すべき。)
【資料14ページ】
- 水分子の集合体が大きく
(完全な嘘。水分子の集合の仕方は温度と圧力と不純物組成で決まる) - 細胞への浸透性が悪い
(こういう文句で宣伝している水で、浸透性を実測しているのを見たことがない。難しい測定ではないはずだが……) - 浸透性が高く〜イキイキさせてくれます。
(浸透性が高いと赤血球が壊れる話を前回したはず) - ナノは1メートルの100億分の1
(ナノは10-9のこと。10億分の1では?) - 普通の水(1億分の1ミリ)
上に書いたように、普通の水は半径が0.14ナノメートルの球で近似できる。
図がヘン。分子の大きさは、分子の種類が決まれば決まる。分子に大きいのと小さいのがあるわけがない。
具体的な数値をチェックする
- 業者の言う「有機ゲルマニウム」と、薬品としての「セロシオン」は類似の化合物である。
- 業者が主張する「免疫賦活作用」が本当ならば、セロシオンと類似の効果を持つことが予想される。
- 「セロシオン」の薬剤添付文書によれば、1日の投与量は30mg(これを3回にわけて毎食後だから1回10mg)である。
- 「ナノクラスターGeルルド水1200」の宣伝には、成分を見ると、500ml中に1200mgの有機ゲルマニウムが含まれている。これを1日100cc(=100ml)飲むことになっている。ということは、1本の5分の1が1日に飲む量であるので、1200 mg ÷ 5 = 240 mgとなる。セロシオンを処方した時の6倍の量にあたる。なお、mgとは、1000分の1gのことである。
- 資料中の、オーガニックゲルマニウムが含まれているとされる食品のうち、普段の生活でよく食べるものを選んで検討してみる。表を見ると、ニンニクが754ppm、シイタケで350 ppmである。ppmは100万分の1だった。ニンニクは臭いが強いので、いくら多く食べたとしてもせいぜい5g程度だろう。5gの754ppmということは、5×754÷1000000=0.00377g=3.77mgとなる。シイタケの場合は、一食で2,3個程度しか食べないだろうから、30g程度と見積もる。すると、30×350÷1000000=0.0105g=10.5mgとなる。
……と検証しかかったのだが、「健康食品の安全性・有効性情報」によると、食品に含まれているゲルマニウム濃度のオーダーはppb(10億分の1)である。資料を作る時に間違えたのかと思って、ウェブサイトをpdfにプリントして保存しておいたものを確認したが、ppm(100万分の1)と書いてあった。つまり、資料中に示したウェブサイトの数値は、オーダーからして3桁も違っていたということになる。
とことんアテにならない宣伝資料である。食べ物から摂取できる量に近づけるためにわざとにやったのか、天然ボケなのかは不明だが……。
注意して処方すべき薬の6倍の量をゲルマニウム水から摂取することになる一方、食品から摂る量は薬よりも3桁以上少ない。
結論
有機ゲルマニウムが、業者のふれこみ通りの製品だとすると、医師が注意して処方しなければならない薬剤と類似の物質を大量に摂取する結果となる。薬剤の方で死亡事故があったということは、類似の物質に対しても同様の注意をするべきであり、セロシオンと同程度の精度で安全性が確認されない限り、健康食品として摂取するのは危険である。