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2009/10/01 「ムペンバ現象(湯と水凍結逆転現象)のサイエンス」

概要

日時 2009年10月01日(木)16:00-17:30

場所 北海道大学 学術交流会館 小講堂

主催 ムペンバ現象研究会 世話人:前野紀一、小南康弘、高橋修平

プログラム

司会:高橋修平

  1. 趣旨説明     前野紀一(5分)
  2. 昨年度研究集会の報告 高橋修平(10分)
  3. 実験経過報告 小西啓之、小南康弘、佐藤篤司、高橋修平(計40分)
  4. その後の情報 前野紀一ほか
  5. 現象解明の考察・意見交換 (計35分)
  6. その他

趣旨説明

 会場では、セッションの趣旨を説明したA4のプリントが配布された。昨年の「ためしてガッテン」に始まって、話題となっていく経緯が書かれていた。

 今回のセッションが「ムペンバ現象」となっているのは、プリントによると、

本来「〜効果」は、「ある物理過程が原因となって結果(効果)が出現する」場合に使われ、「ペルチェ」効果のように発見者の名前が使われることも多いが、今の場合、発見者はムペンバというわけではなく、物理過程も明らかになっていない現段階では”ムペンバ効果”と呼ぶのは適当ではなく、「湯と水凍結逆転現象」あるいは世の中に喚起を引き起こすことになった再発見者に敬意を表して「ムペンバ現象」と呼ぶのが適当として、本セッションの名称となった。

 とのことである。

 昨年の集会で、湯の温度が水の温度を追い越して低い温度になることの原因について、次のような項目が挙げられた。

  • 凍結の定義:全面凍結か表面凍結か凍結開始か終わりか。
  • 過冷却:お湯の過冷却温度が大きいのかもしれない。
  • 蒸発(潜熱):お湯の方が蒸発熱が大きい。
  • 対流(顕熱):上からの冷却と下からの冷却の違い。
  • 放射(放射熱):同上
  • 伝導(底からの伝導熱):下から冷却するときの特性。
  • 溶存気体:沸騰水は溶存気体が少ない。
  • 溶質:凍結の際への影響

 

昨年度研究集会の報告

 高橋先生より、昨年度の研究集会のまとめに加えて、「推奨実験装置」が提案された。

[推奨実験装置]

できるだけ下記の実験装置を用意するが、入手が難しければ同等品で構わない

  • ビーカー:100cc(例:IWAKI PIREX 100cc, Φ55mm,H70mm)、2〜数個
  • 水:純水(蒸留水、イオン交換樹脂処理水、等)
  • 温度計:水温用3点(水面下3mm、水面〜底面中間深さ、底面上3mm)×2ないし数組、+周辺気温用1〜3点(1点は冷却板)。標準品:熱電対(例:クロメル・アルメル熱電対+AD変換器(テクノセブンE830)+パソコン)あるいは細いサーミスター(例:「温度とり」温度記録計(A&D社))、直径1mm以下が望ましい。
  • 断熱材等:スタイロフォーム等でビーカーの側面等を断熱する。

 

小西先生の報告

実験装置は次の通り。

  • 冷却装置:フリーザー A:-12〜-18℃(45×80×深さ68cmの45cm高) B:-22〜-24℃(56×74×深さ44cmの16cm高)
  • 容器:100ccガラス製ビーカー2個、蓋なし、上方より冷却。厚さ3cmの断熱材で側面・底面を囲む。
  • 温度計:ビーカーの底付近と中央部(竹串で固定)、サーミスターはデータロガー(おんどとり)のものを使用。温度データは1分間隔で記録。

 湯せんで湯を作り、湯については35℃か65℃、水については25℃から35℃の組みあわせで実験。

湯の温度が35℃と40℃(水は25℃くらい?)について説明する。4℃付近で、湯の上方の温度が水の下側の温度より低くなる現象が見られた。また、水では、上方の温度が下方の温度より高かったのが、4℃付近で逆転した。湯と水の温度の時間変化を重ね合わせて勾配を比較すると、湯の方が水より(少しだけ)勾配が強い(つまり速く温度が下がる)現象がみられた。

 凍結開始まで18回実験(1回約2.5時間)したが、湯が先に凍り始める例を見つけられなかった。5〜10℃では、水の方が、温度低下速度が小さく、鉛直温度勾配が大きかった。湯と水では同じ温度でも対流の速度が異なったり、対流が慣性で残ったりするのかもしれない。

 ペットボトルの水で、冷却しながら上、真ん中、下の温度を測定すると、4℃付近で上下の温度が入れ替わる。

 マクロな現象、つまり巨視的な熱移動が原因なのか、ミクロ(微視的な物性)の効果なのか。古い報告では、木のバケツで起きて金属のバケツで怒らないという話があったり、ガリレオ工房の湯川先生の実験でプラスチックのコップを二重にして二本の割り箸の上に置く、という操作をしている。熱移動が上方に限定された系で起こりやすいらしい。

 鉛直方向の熱輸送を検討しないといけない。

 推奨実験装置のパイレックスガラスのビーカーで凍結実験を最後までやるとガラスが割れるので、凍結開始で実験を終えるようにした。

 

小南先生の報告

 まずは、高さ90mmになるように水を入れて、上と下から5mmのところと、真ん中の温度を測定しながら冷却してみた。表層と中層の温度差が、水と湯では異なっていた。温度勾配を測定するため、温度を測定する場所を変えてみた。水面直下の温度勾配は水>湯、中層と表層の勾配は水<湯になっていると推察。湯の方が対流が卓越していて、温度勾配を減らすように変化するらしい。しかし、「気液間の物質輸送なら液側表層の抵抗が律速段階となるが、熱の場合は下層からの熱供給が追いつかなければ自分の凝結潜熱を吐き出すからややこしい」。

 もう少し簡単に考えるために熱量を測定することにした。発泡スチロールに12個の穴を明けてビーカーを入れて、交互に湯と水を入れて、そのうち2つを選んで測定した。水と湯で全体の持つ熱量が同じになったときを比較したら、分布が違うことがわかった。湯由来の方が、場所による偏在が大きかった(エントロピーが小?)。また、熱量の変化率(減少速度)は湯由来の方が大きいことがわかった。

 

佐藤先生&大宮氏の報告

 推奨実験装置を使用。「おんどとり」は測定誤差が0.3℃程度。温度計は割り箸に固定して深さを決める。ビーカー中央水深1cmと3.5cmのところに設置。水の深さは5cm。冷却は上からのみ。低温室の室温は-20℃。自然対流式なので、気流は非常に少なく、機械的振動も静かな条件。水道水を使用。初期水温は14℃から76℃。

 冷却曲線を見ると、温度順に0℃に近付いているように見えるが、凝結点付近を拡大すると、71℃の湯が短時間で0℃を通過する(つまり温度低下が急)現象が、上部センサーのところでみられた。また、59℃と63℃が途中で逆転する現象がみられた。実験全体でみると、0℃付近を短時間で通過する現象が、63℃と71℃で始めた場合に4例みられ、いずれも上部センサーの出した値であった。ただし、今回の「凍結」は、温度が-0.3℃になったこと、としている。

 

高橋先生の報告

 発泡スチロールをくりぬいて同時に4個のビーカーを入れられるようにして実験。上からの冷却と下からの冷却を両方できるようにした。下からの冷却の場合は、ビーカーをスポンジで支えて冷やすように工夫した。

 蒸留水を使用し、温度の高い湯と水を特定の比率で混合することで、狙った初期温度になるように調整。

 冷却していくと4℃までは対流の効果で温度がばらつくが、4℃で同じになる。ただ、4個とも同じ温度で出発しても違いが出てくるので、同じに凍るように装置の方を調整したあとで、それぞれの容器に温度の違う水を入れて試した。上からの冷却、下からの冷却、両方とも行った。

 冷却方法によって対流が違う。上から冷却した場合は、4℃以上で対流が起き、4℃以下で成層、上から凍るが下はまだ暖かい。下から冷却した場合は、成層のまま4℃まで下がり、4℃以下で対流が生じるので、全体が0℃になって凍っているのかもしれない。

 まとめると、上からの冷却では温度逆転現象がみられなかったが、下からの冷却では温度逆転現象がみられるものがあった。逆転がみられた時、過冷却の度合いが大きい(より低温でも液体のまま)ものが遅くなる傾向があった。過冷却状態では0℃状態より熱交換が小さいためであろう。

 

前野先生による追加報告

 昨年の「湯と水くらべダイヤグラム」の説明。ビーカーを使わずスタイロフォームに直接穴をあけて湯と水を入れる方法だと、16例中3例で逆転現象が見られた。

 しかし、Mpemba & Osborne(1969)の報告のような極端な逆転現象はどうも出てこないという感触である。この二人がどんな実験をしたかというと、

  • パイレックス・ビーカー(直径4.5cm、100ml)
  • 水70mlを入れて家庭用冷蔵庫。
  • 高温水が低温水より早く凍結した。
  • 水面に油→凍結は数時間遅くなった 結論:殆どの熱は水面から逃げている。
  • 蒸発による水の減少は少量。この量では冷却の30%しか説明できない。これだけでは高温水が早く凍結することを説明できない。
  • 水中に温度勾配が生じた。
  • 実験には沸騰した直後の水を使った→溶存空気の影響を除去。

  オズボーン先生とは連絡がとれて、メールのやりとりをしている。現在、オズボーン先生は会社を作って、管理運営や統治のしかたをコンサルティングしている。英キャンタベリー在住。

 ムペンバさんは、「African Forestry and Wildlife Commision Fourteenth session of the Working Party on the Management of Wildlife and Protected Areas (FOOD AND AGRICULTURE ORGANZATION OF THE UNITED NATIONS, Rome 2002)TANZANIA/TANZANIE Erasto Barthlomeo MPEMBA Principal Game Officer Ministry of Natural Resources et Tourism Wildlife Division」と、国連の会議報告書の中に登場、この部の大臣に次ぐ地位。亡くなったという噂があるので、大使館を通して追跡調査の予定。

 「ムペンバ効果」そのこのはデカルトの頃から話があったのに、消えてしまった。熱力学構築の過程で葬り去られた可能性もあるので、科学史の人と情報交換したい。

 

質疑応答

Q.温度が60℃から70℃で逆転が起きるとか、下からの冷却がよさそうとか、過冷却が効きそうという話がいろいろ出てきているが、これからどうするのか。

A.かなりばたばた実験している状態なので、追実験をすべきではないか。また、温度計の精密な検定が必要だろう。

Q.この話は他の国ではやってるのか。

A.やっているとしても個人でやっている。以前の、過冷却で説明しようとした実験は、サバティカルの間に行われたものだった。系統的にやり始めたのは今回の日本だけだろう。

Q.実験では総じて過冷却が弱いが、過冷却は、ドライアイスを(容器の)下に置くだけでも簡単に起きる。(今回の実験では)水の真ん中にセンサーを入れているが、過冷却の実験では水の側面にセンサーを入れている。竹串に温度センサーをつけてフリーザーに入れると、コンプレッサーの振動で撹拌しているため過冷却が起きないのではないか。

A.対流式の低温室では振動はほとんどない。竹や割り箸では気泡が問題になりそうだから、プラスチック棒を使うなどした方がいいかもしれない。以前、温度を均等にしようとして扇風機を回したら過冷却の程度が弱くなったので、振動の影響はあるだろう。

Q.不純物があると、水の密度が4度で最大が関係なくなるのでは。元々のアイスクリームの話ではなおさら。

A.ムペンバ少年の最初の発見に立ちもどって、牛乳と砂糖をまぜて凍らせてみた。アイスクリームはおいしくできたが、凍ったかどうかが非常に解りづらい。

Q.雲の物理の方で、水滴凍結温度の測定の問題というのがあった。いろんな方法でみんなが測定したが値がばらついたが表面の影響で、液体の間に水滴を挟むようにして、はじめてデータが一致した。竹串や割り箸を入れてはダメなのではないか。

A.もっとマクロな現象だろうと思っている上、そもそも「ムペンバ効果」があるのかどうかを問題にしているから、まずは荒っぽくやって、ありそうだということになったらその条件で精密にやる予定。過冷却が破れる部分をサイエンスにするのは(確率的現象のため)無理があるから、0℃になるまでの間に何がおきるかを見ている。冷却の過程で湯が水を追い越して低温になることがあればそれが本質的なんだろうと思ってやってみたのだが、なかなか出てこない。

 

 研究会のメンバーにもっと情報を流すべき(実験会員と情報希望会員が居るわけだが、その両方に)。

 また、前野先生を「湯と水先生」と呼ぶことにしては(拍手少数)