入り口を探す方法
最初にネット、は危ない
kikumaco_xの2011/12/04のツィート
サイエンスアゴラのパネルディスカッションでも言ったように、放射能についての怪しい説が信じられてしまうのは、勉強していないからではなく、事故後に猛烈に勉強した結果。
問題は勉強しようとすらと、妙な情報ばかりがみつかることについて考えてみた。
ネット検索は手軽に情報を得られて、正しい情報もあるのだけど、間違っていたり偏っていたりする情報も相当含まれている。放射能の場合だと、悪気はないけど怯えてしまって危険を強調しすぎる人もいるし、最初から商売をする目的で危険と恐怖を煽っているケースもある。
たとえば、これまでに「マイナスイオン」「ゲルマニウム」といった怪しい商品がはやったことがあった。ネットで何も制限をかけずに検索すると、検索結果は、関連商品を売るために効果を謳うとか、これを買わないと健康被害が、と恐怖を煽るものが圧倒的多数になった。こういう場合の対処方法として、制限なし検索と、「ac,jp」「go.jp」限定検索を試し、出てくる結果が大きく違うなら、情報が歪められている可能性があるから気をつけろ、と講義では教えてきた。ただ、この方法だと、多数派の情報が偏っていることはわかるので、情報を棄てるとか相手にしないという判断はできるけれども、正しい情報にたどり着く手がかりは得られない。本当に予備知識が無い時は、どれが正しいかの判断も容易ではない。
法律の場合にどうやったか
予備知識が全くなく、本屋に行ってもどの本を買ったら良いのかすらわからない時にどうするか。
十年ちょっと前に、法律の知識ゼロの状態から法律を学ぼうと考えたときの私がまさにこの状態だった。学部教養で法学概論は受講し優判定をもらっていたが、それから既に十年が経過、内容はほとんど忘れていた。覚えていたとしても、教養の他学部向けの概論では内容が少なすぎただろう。そこに、名誉毀損と信用毀損と業務妨害で訴えてやるという内容のメールが来た。どう判断していいかわからなかったので、弁護士事務所を探し、有料法律相談を予約した。相談を受けてくれた先生は、模範六法の該当する条文と判例のコピーを渡してくれ、名誉毀損には免責される条件があること、信用毀損は経済的信用に限られること、業務妨害は威力・偽計・虚偽の風説の流布に限られることを説明してくれた。その上で、警告の文書は民事も刑事もごっちゃにしているという指摘をもらったと記憶している。この結果、相手にプロがついてないことはわかったし、多分訴えてはこないだろうということもわかった。同時に、どうやらその判断は教科書の範囲らしいということも見当がついた。
今後もこういうことがあるだろうから勉強しようと思って、弁護士事務所からの帰り道、梅田の紀伊國屋書店に立ち寄った。そこで困ったのは、どの本を買ったらいいのかさえわからないということだった。書棚の前で考えた末、法律の知識のスタンダードは司法試験の内容だろうという結論に達し、早稲田経営学院の司法試験受験本のデバイスシリーズを持てるだけまとめ買いした。持てなかった分は数日後に買った。まずそれを一通り読んで、必要とされるのが一体どんな知識なのか見当を付けた。その後、デバイスで、よく使われている基本書としてリストに上がっている本をいくつか選んで買い集めながら読んでいった。試験を受けるわけではないので全部を覚えたり答案を書くところまでいく必要はないが、法律について書いてあるネット上の文書を読んだときにどう判断するかとか、何が問題かを読み取るといったことは、ある程度はできるようになった。
放射能の場合に何を買ってどう進んだか
放射能については、講義で学ぶ機会はあったが、中性子やX線回折装置のユーザーとしての知識しかなく、RIを自分で扱った経験はなかった。毎年1回の教育訓練はあるが、放射能の単位や、どうやって施設を管理するか、災害時にどうするか、といった簡単なものだけである。ガンマ線はシンチレーターを使って測るといったことは覚えていたが、PETカメラと関わったときに少し学んだ程度だった。
そこで、まず最初に、RI取り扱いの資格試験である「放射線概論 第1種放射線受験用テキスト」を買った。これで、放射能を測る時の単位や測る方法、防護基準について調べた。国家試験であるので、放射線とRIについての知識のスタンダードがこの本の内容だろうと判断した。
「放射線概論」の放射線防護のところには、ICRP勧告が示されている。ネットでICRP勧告を検索し、2007年勧告の原文をダウンロードした。
アマゾンで「放射線概論 第1種放射線受験用テキスト」を検索すると、関連する本として「放射線物理学」「放射線計測学」「放射線生物学」といったタイトルの本が並んでいる。これらの本が、資格試験が定めた必要な知識を補強する標準的な内容の教科書になる。同時に、次に検索するためのキーワードでもある。
アマゾンで「放射線概論 第1種放射線受験用テキスト」を選んで表示させると、他の受験対策本に混じって「この本を買った人はこんな商品も買っています」のところに「アイソトープ手帳」と、ICRP勧告の日本語訳が出てきた。「放射線概論」に掲載されているRIはそんなに多くなかったので、出てこないものを調べるにはとりあえず定数表が要るので「アイソトープ手帳」を買った。アマゾンのこの欄には、もう少し易しい本も出てくるので、放射線概論を見て難しすぎた場合は「絵とき 放射線のやさしい知識」あたりを選ぶと良さそうである。
私は計測の方に興味があったので、まずそちらの情報を集める方を優先した。「放射線計測」をキーワードにアマゾンを検索し、「放射線応用計測」(日刊工業)が良さそうだったので購入。この本のリファレンスを探すと、もっと詳しい情報にたどり着ける。
人体への影響については、まずは「放射線生物学」をキーワードにしてアマゾンを検索。トップに来たのが「放射線生物学」(山口彦之著)。しかし評価が高いのが、日本放射線技術学会の「放射線生物学」と、放射線双書の「放射線生物学」と診療放射線技師スリム・ベーシック1の「放射線生物学」だから、とりあえずこの中から三択だろう。また、トップの山口「放射線生物学」をアマゾンで選ぶと、「この商品を買った人は……」欄に「虎の巻 低線量放射線と健康影響」という本が出てくる。測定結果から見て、一部を除いて問題になるのは低線量被曝だから、この内容は押さえておいた方がよさそう。
診療放射線技師スリム・ベーシック1の「放射線生物学」からアマゾンの検索をたどると、同じシリーズで「放射線計測学」が出ていることがわかった。どちらも、放射線技師を養成するためのテキストで、図が多くてとっつきやすい。
結局、診療放射線技師スリム・ベーシックシリーズから「放射線生物学」「放射線計測学」を、改訂版が出た日本放射線技師学会の「放射線生物学」、「虎の巻 低線量放射線と健康影響」を追加で購入することにした。
結局、ネットは文献検索が主な用途
基本的な知識を得ようとしてネットに頼ったのはICRP勧告の原文を引っ張ってきた時だけで、それ以外は全部本で資格試験の参考書が多数を占めている。これらの本を読む時に、わかりにくいところが出てきたら検索し、誰かがわかりやすい図などを出してくれているものを参考にする、というのがネットの使い方になった。また、ICRPの他の文書を見るとか、WHOが出している資料を見るという、本に掲載されている参考文献の原典を調べる場合にネットを使った。
これらの本を読んで、わからなければそれは知識の不足、それも高校までの理科の知識の不足ということになる。そこを補うには、たとえば、ブルーバックスの「新しい高校物理の教科書」「新しい高校化学の教科書」「新しい高校生物の教科書」を読むと良い。それでも敷居が高ければ、ブルーバックスの「発展コラム式中学理科の教科書 第1分野」「発展コラム式中学理科の教科書 第2分野」あたりを読むと良さそう。手間がかかっても、わかるところまで戻って学ぶのが一番確実だろう。
アマゾンの検索は優秀で、資格試験対策そのものずばりの本で検索すると、関連する本の上位に上がってくるのは、その資格を得るためのもう少し突っ込んだ解説本だったり、あるいはもっと易しい本だったりする。このあたりから本を選ぶと、そうおかしな本を踏むことはない。検索順位が下がると、いわゆる反原発本も混じってくるので、基礎知識を得る前にそっちを踏まないように気をつけた。
結論
ほとんど知識のない分野を学ぶ時は、まず資格試験対策本を買い、その次にその資格試験のための参考書をいくつか選んで買うというのを提案したい。さらに知識を深める場合は参考書の引用文献を個別にあたる。逆に買った本が難しすぎる場合は、高校の教科書の内容、中学の教科書の内容、と自分がわかるところまで一旦戻って勉強し直す。ネットは本の理解の手助けのみに使い、それ以外の情報はとりあえず無視する。この方法なら、偏った情報を掴んでしまって迷う可能性はかなり低いのではないかだろうか。