鼻血の原因を福島県の放射能のせいにする言説について、どうも、効果のない健康食品やダイエット食品の宣伝と同じに扱えばすっきりしそうだと気づいたので簡単にまとめておく。
これまでにわかっていることとしては、放射能が原因の鼻血つまり出血傾向がみられるのは骨髄死を起こす3〜6Gy被曝した時の急性症状としてであり、急性症状を起こさないような低い線量では(現在の福島はこちら)鼻血のような出血傾向がみられるという効果は見つかっていない、ということがある。人為的に短寿命のRIを患者さんの体内に入れた場合(核医学検査)でも、患者さん本人が検査の前後で放射線が原因の鼻血で困っているという話は皆無である。
考えるための参考資料は、特定商取引に関する法律第6条の2等の運用指針。景品表示法の4条2項の運用指針もこれと同じ内容である。
まず、福島県に行った人が鼻血を出した事実があれば、これは別に否定しない。福島県に行く人など大勢いるのだから、その中でたまたま鼻血を出す人が居ても全く不思議ではないし、花粉症の季節には数が増えるかもしれない。
鼻血の原因が「福島県の放射能」にあるとする主張は、放射能の「効果効能」を謳っている言説の一つであると考えることができる。本人だけがその「効果効能」があると思い込んでいるなら自由だが、他人にその主張を振りまくことによって他人の判断を誤らせたり、しなくていい心配をさせる可能性がある。
個人の経験を語ることによって他人の判断を左右するケースの典型例は、根拠のない健康食品やダイエット食品を他人に売りつける時の体験談を利用した広告である。宣伝と、鼻血の原因を福島の放射能であるとする言説は、体験によって効果効能を他人に伝えるという共通点がある。「使った、治った、効いた」が健康食品の「3た論法」であるのに対し、「福島に行った、鼻血が出た、放射能が効いた」が使われている。効果効能が見つかっていない健康食品やダイエット食品に効果効能があると主張するのと同じように、鼻血を出すという効果効能が見つかっていない低線量の放射線について鼻血を出す効果があるという主張が行われている。
したがって、宣伝に対して求められている根拠と同じものを求めていけば、それなりに確からしいかどうかがわかるのではないだろうか。つまり、経産省のガイドラインに従って「合理的な根拠」をそなえているかどうかを確認すればよい。
ガイドラインの7ページには、「合理的な根拠」の判断基準として、企業(つまり効果効能を謳う側)が提出する資料について、
①提出資料が客観的に実証された内容のものであること
②勧誘に際して告げられた、又は広告において表示された性能、効果、利益等と提出資料によって実証された内容が適切に対応していること
が求められている。ここでいう「客観的に実証」とは、
① 試験・調査によって得られた結果
② 専門家、専門家団体若しくは専門機関の見解又は学術文献
である。
放射能の効果効能については、商品販売ではないので、「合理的な根拠」の②はさしあたり考えなくても良い。①についてのみ考える。
この基準によれば、体験談に基づく「鼻血の原因を福島の放射能に求める」主張は、全て却下するべきだということがわかる。
試験・調査の方法についても制限があるので、詳しくは上記の参考資料を見ていただくとして、関連部分を抜粋すると、
①に関連する学術界又は産業界において一般的に認められた方法又は関連分野の専門家多数が認める方法によって実施する必要がある。
②学術界又は産業界において一般的に認められた方法又は関連分野の専門家多数が認める方法が存在しない場合には、当該試験・調査は、社会通念上及び経験則上妥当と認められる方法で実施する必要がある。
③…長期に亘る多数の人々の経験則によって性能、効果等の存在が一般的に認められているものがあるが、このような経験則を…根拠として提出する場合においても、専門家等の見解又は学術文献によってその存在が確認されている必要がある。
となっている。
ダイエット食品やでも健康食品でも、使ってみて効果があったという人は存在する。そういう人が居るからといって、特定の「○○ダイエット」や健康食品に効果効能があるだろうということは言えない。なぜなら、比較すべき対照群がないために、本当にダイエット食品や健康食品が有効であったかどうかがわからないからである。
鼻血も同じで、福島に行ったら鼻血が出たからといって、鼻血の原因が福島の放射能だということはいえない。鼻血を出す原因は他にもいろいろあるので、他の県との比較をしないとそもそも福島に原因があるかどうかもわからない。
現状では、鼻血が出たことを福島の放射能に関連づける言説は、風評被害の原因になるなどという理由で強く批判されることがある。これは、純粋な科学の問題ではなく、言説が社会の中でどう位置付けられているかということによる。
たとえば、「マイナスイオンは体に良い」という根拠のない言説が10年ほど前に大流行した。批判も相当あって、今では落ち着いてはいる。しかし、言説があまりに広がったため、もはや、体にいいとか、その他個別具体的な効果を言わなくても、ただ単に「マイナスイオン」と言うだけで「体に良い」イメージを相手に伝えることができてしまう。この状況が生じている時に、「マイナスイオン」を謳って商品を他人にすすめたら、騙す意図があるのだろうと疑われても仕方がない。
特定のサプリメントについて上記の基準を満たす合理的な根拠無しに「がんに効く」という話が広まっている時に、「自分も癌だがこのサプリメントを使っていたら治った」という体験談を広めたら、それがその人にとって事実で、誰かに知らせることに何ら悪気が無かったとしても、「他人の判断を誤らせるようなことは言うな」と批判されることはあり得る。
鼻血の原因を福島の放射能に求める言説もこれらと同じで、体験談によって他人の判断を誤らせることをさらに進めるから批判の対象となっている。
引用した基準を満たす根拠が出てくるまでは、鼻血の原因を福島の放射能に求める言説は、臨床試験のない健康食品に効果効能があったと主張する体験談程度の話だとして扱うしかない。そういった体験談で商品を買ってしまう人も相当数居るので、鼻血の原因を福島の放射能に求める言説が無くなることはないだろう。ただ、その言説が体験談宣伝と同レベルだと指摘し続けることは、ついその気になってしまう人を減らすことには役立つはずである。
※運用指針は、心の準備ができていない消費者に不意打ちで販売する時の規制なのだけど、その内容の本質は「不確かなことを言って他人を惑わしてはいけない」というものなので、商品販売を伴わない言説の流通に対し、個々人がこの基準を流用して判断することは全くかまわないだろう。
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