レポートを読み書きする能力は必須

 ウチの学科は実験を伴う必修の講義が1年次後期から始まるし、卒業研究は必修、卒業論文もほぼ全ての研究室で書くことを課している。学生実験であるので、テキストもあり、やる内容も決まっている。レポートには使った実験器具や実験手順も書くように指導しているが、メニューが決まっているので、書くとなるとほとんどテキストの一部分を丸写しする結果になる。
 わかりきっていることを何故書かなければならないかというと、レポートとしての形式を満たすための訓練である。これをおろそかにして社会に出ると何が起きるかを最近実感した。

 事件は、某水処理装置会社が某管理会社にトルマリンを利用した水処理装置を売ったが宣伝文句が科学としては間違った内容を含んでおり、後から事業を引き継いだ某管理会社2がそのことに気づいてメンテナンス料の支払いを拒んだところ提訴されたというものである。現在進行中の他人の訴訟であるし、議論の本筋と関係がないので、固有名詞への言及は差し控える。
 さて、訴訟が始まり、原告の某処理装置会社は、製品には科学的根拠もあるし大学で測定もしてもらっている、と、製品開発の参考にした日本語の報文(ここで取り上げたもの)や、自社製品を某大学某研究室に依頼して測定してもらったレポートを証拠として裁判所に提出した。被告から、原告提出の証拠について科学的見地から意見書を出して欲しいと頼まれたので、私の出番となった。
 まずは大学で行った実験について検討するか、と、原告が某大学某研究室に依頼して測定してもらったと称するレポートを見たら、これが、主に次のような理由で大変ひどい出来であった。出されたレポートが後から改竄されていないという確証が得られないので、具体的な研究室名は伏せる。

(1)測定に使用した装置の製造元と型番が充分に記載されていない
 レポートには試料の電顕写真やX線回折の結果、元素分析の結果が掲載されていた。しかし、元素分析をどのような方法でやったのかについては、装置も手法も書かれていないため、推測するしかない状態だった。このため、一体どの程度信頼できるデータなのか、信頼性の相場はどれくらいなのかの評価が困難だった。
(2)図のキャプションと、レポートの後の方で出てくる説明が食い違っている
 試料の加熱処理の温度を変えて同じ測定をしたグラフが1ページにまとめて掲載されていた。ところが図番号を示して書かれたレポートの結論を読むと、その中に別の測定法を用いたものが混じっていると読める内容になっていた。キャプションが正しいのかまとめの説明が正しいのか、推測で判断するしかない状態だった。具体的には、元素分析のグラフなのかX線回折のグラフなのかが曖昧という状態だった。
(3)結果について何も言及していないグラフが掲載されている
 部材と錆びた金属片を水に投入し、撹拌しながらpHがどのように変わっていくかを測定したグラフが載っていた。この商品を使うと水道配管の防錆効果があると宣伝されており、錆びた金属片を加えた実験は、セールスポイントである防錆効果を直接確認するものであった。しかし、錆の状態がどうなったかについてはレポート中に記載が無かった。その上、その図の番号を示して結論部分に書かれた説明は「熱分布曲線の測定」となっていた。なお、レポート中のグラフに熱分布曲線を測ったらしきものは存在せず、単純な図番号の付け間違いとも思えない状態だった。
(4)図の縦軸と横軸の判読が難しいものが多数ある
 図のキャプションと説明が食い違うという状態だったので、図の縦軸と横軸がわかれば少しは推測もしやすいところ、判読できないものが多かった。
(5)説明が不十分かつ不親切
 この商品は、上記報文の久保氏の説によるトルマリンの焦電性を利用した水処理を原理として採用していた(この内容自体の是非はともかく)。ところが、大学が出したX線回折の結果は、商品の部材にトルマリンの結晶構造が存在しないというもので、レポートにも文章で明記されていた。トルマリンの焦電性は特定の結晶構造によって維持されているので、結晶構造が壊れれば焦電性もなくなる。トルマリンの結晶構造が無いという測定結果を得たのであれば、焦電性が消失している可能性に言及するのが当然であるべきところ、何も書いていなかった。依頼された方法で測定を行い結果の解釈は依頼者に任せるという立場があることを否定はしないが、こうして裁判所にまで証拠書類として出された挙げ句、宣伝の前提を否定する実験結果であることを晒すくらいなら、説明を書いておくのが依頼者に対して親切だったのではないか。

 こんな具合に、測定を引き受けた教授の印鑑(コピーで見た限りシャチハタっぽかったけど)が表紙に押されていたレポートが、レポートべからず集のオンパレードであった。変なことを言いだす水処理装置会社がいるのはよくあることなので別に驚かなかったが、大学の名前でこんなレポートが民間企業に出されていたことの方にショックを受けた。さすがに、大学の研究室がこんなものを出したとはすぐには信じられず、誰かが途中で改竄あるいは編集したのではないかと疑っている。
 私は、測定法に馴染みがないであろう裁判官のために、用語集や教科書などから引用したものを資料として添付し、それぞれの測定法がどんなもので何がわかるかを解説した上で、問題点を指摘した意見書を書いて被告代理人に託した。
 意見書の中で「もしこの書き方のレポートを学生実験の結果として学生が提出したら,私は間違いなく書き直しを命じて再提出させるか,不合格の判定を出す」と書かずにはいられなかった。読んだ裁判官は苦笑したにちがいない。原告から次回の反論のため某研究室に私のコメントが回されたら、私は研究室を2つばかり完全に敵に回したことになる。

 当学科の卒業生なら、学生実験をこなし指示通りに実験レポートを書く習慣を身に付け、社会に出てからもその基本を忠実に守っていれば、(1)〜(5)にあてはまるようなレポートは書かないはずである。

 ここからは学生向け。
 実験のレポートは個人の成績評価に使われるものだと思っているかもしれないが、社会に出たらそうではない。書く側の心構えとしては、出る所に出される可能性を考えて、評価に耐えられる程度に必要事項を記載しなければいけない。それができなければ批判に晒され信用を落とすし、今回のように、依頼者を裁判所で不利にする材料を提供することにもなり得る。
 逆に、企業等に就職し自社製品に関わる測定を依頼する場合、受け取ったレポートが最低限の形式を満たしているかということや、内容に矛盾が無いかといったことのチェックをしなければいけない。不明なところがあれば問い合わせてはっきりさせるといったこともしなければいけない。チェックのポイントは、これまでに正しいレポートの書き方として指導された項目全てである。
 大学では、全員同じようにトレーニングされるので、まともなレポートが書けて読めることが強みだとは意識しないかもしれないが、最低限満たすべき基準を超えていないと信用されないし身を守ることもできない。今受けている面倒なトレーニングには意味があるということを認識してもらいたい。

ナノバブル水素水フコイダンへのコメント

ナノバブル水素水フコイダンに近しい人が嵌まりつつあって下手すると必要な治療が遅れかねないという悲鳴が聞こえてきたのでコメントしておく。

製品例としては、http://www.ecotex-j.co.jp/productinfo.htmlのアスミーテという商品がある。フコイダンを薦めているところは例えば「代替医療を考える会」のこのあたり

まず、水の方から見てみよう。

ナノバブル水素水フコイダン50000の組成は、

フコイダン:50,000 mg
ビタミンC:10,000 mg
溶存水素水量:1ppm(製造時)

とある。

水素を強調しているが、室温1気圧の水素の溶解度は、ppmで表すと1.6ppm。他社の水素水も、高濃度と称しているものが1.2ppmだったりするから、つまりは飽和もしていない水素濃度のものが水素水と称して市販されているということになる。

トップページには、メチレンブルーを水素水に加えた場合の、他社製品との比較写真が出ている。青くなったものは「還元力」が失われているという話で、「還元剤としての水素が最初から入っていないか、抜けてしまう事が分かります」と主張している。しかし、この実験は水素が抜けたかどうかを反映していないのではないか。メチレンブルーの発色がみられなかったナノバブル水素水フコイダン50000にはビタミンCが含まれている。ビタミンCは抗酸化作用を持つことで知られているし、水素のように時間が経つと抜けていったりはしない。この実験では、ビタミンCがメチレンブルーの発色を妨げた可能性が高い。もしこの実験で水素が抜けたかどうかを確認するなら、他社の水にも同じ濃度になるようにビタミンCを加えた上で試験をしないと、水素の量の違いについて結論は出せない。

水素が超微細気泡化することにより水の中から抜けにくくなり、また、イオン化することによって気泡同士が反発し合い結びつかなくなるため、その大きさを維持するイオン化ナノバブル製法を採用しています。

とあるが、気泡の内部は水素ガスのはずである。水素分子イオンというものは放電管の中などには存在するが、通常の環境では安定に存在することはない。一体何をイオン化しているのかが謎である。

ナノバブル技術により、ナノバブル水素水フコイダン50000(通称:フコイダン水素水)は、他社水素水製品と比べ、たっぷりと水素が溶け込んでいます。

既に書いたが、他社の水素水で水素濃度が1ppmを越えるものが普通に販売されているので、他社製品に比べて水素が多いとはいえないのではないか。

また、溶存した水素が長時間持つ事の証拠として、ORP値のグラフが示されている。しかし、この製品には抗酸化作用を持つビタミンCが含まれているので、ORPの値はビタミンCの影響で下がっている可能性がある。同じ濃度のビタミンC水溶液のORPも一緒に掲載しておくべきだろう。また、ビタミンCを含んでいるのに、「科学的な添加物などを全く含まず」(化学的、の間違いと思われるが原文ママ)とはどういう意味なのか、わけがわからない。

抽出されたフコイダンを大量に含んだ独自製法のナノバブル水素水フコイダン50000であれば、容易に摂取することができます。

とある。フコイダンが体内に吸収されたことはどうやって測定したのだろうか。

もう少し詳しい説明を見てみる。

水素は、活性酸素を除去する働きがあると言われています。

普段私たちの体は、ストレスに晒されたり有害なミネラルなどの物質が体内に入ってくると活性酸素が発生します。この活性酸素は体の老化、サビの原因であり、様々な病気、体調不良の原因とも言われ、この活性酸素を減らす事が老化予防、病気予防になると言われているのです。

水素は抗酸化作用物質であり、酸化された細胞等を還元(元の状態にする)させる、つまり、体内の病気の元である活性酸素と結びついて安全で無害な水に変化し体内から放出させてくれると言われています。

見て分かるとおり、全て「言われています」と伝聞ばかりである。つまり、この水素水の効果については、自社で確認をしていないし、する気も無いし、効果があるとはっきり述べられるだけの証拠も持っていないにもかかわらず販売しているということになる。

フコイダンの説明は、多糖類であることや発見の経緯を書いている。しかし、効果がある、という根拠に結びつきそうなのは

2002年にはフランスの科学者による研究で、F-フコイダンがウサギの細胞の過形成を抑制することが明らかとなり 、また、2005年に慶應義塾大学教授・木崎昌弘博士らの研究により、フコイダンが人間の悪性リンパ腫の細胞にアポトーシスを起こさせることが発見され、注目されました。

の部分である。この部分を注意深く読むと、どこにも、実際のヒトの悪性リンパ腫に対して治療効果があったとか、臨床試験の結果が出たとは書かれていない。もし、臨床試験で認められた治療効果があれば、それは、企業にとってもっとも売り文句になるはずである。それが無いのだから、ここに書かれた効果は細胞培養の実験でのみ確認されたものだと読み取るべきである。そうすると、「簡単な練習問題」で紹介したフローチャートを適用するなら、フコイダンはステップ2で右側に分岐する。つまり、フコイダンの抗がん作用というのは、「人間にあてはまるとは限らないので、話半分に聞いておく」程度の扱いをすれば十分なのであって、とても、病院での治療の代わりに使えるようなものではない。

なお、この会社のフコイダンを紹介している資料の中にはまともな論文は1つも無く、いわゆる健康本のみである。これらの資料は何冊出ていても効果の証明には何の意味もない。すべて、フローチャートのステップ1を通過できず、「それ以上考慮しない」情報である。もちろん、医薬品でもないフコイダンについて、癌に効果があると誤認させるような、効果効能を謳った販売は違法である。

毎日キレイ、の水の記事

 毎日キレイ、に2013年1月16日付けで水の記事が出た。現在はサイトからも削除されているので、魚拓でしか読めない。キレイナビの、Health&Beautyに出たものである。1月27日現在、この水はキレイランキングの1位になっていた。

13年に注目したい水3種
内山真李
2013年1月16日

 日本では蛇口をひねれば清潔な水が出るのが当たり前。生水でおなかをこわすこともなければ、水不足になることもあまりありません。比べて隣の中国は、およそ3億人もの人がまともな飲み水を入手できない状態。そう、日本の水事情は世界でもトップクラスなのです。日本は美しい水の国。いのちを育む水は豊かさの象徴でもあるのです。

 さて、その水。じつにさまざまなタイプがありますが、13年に注目すべき水を3種、挙げましょう。

 ◇ミネラル炭酸水
 12年は自宅用の炭酸水メーカーも人気でしたよね。炭酸水は胃腸の調子をととのえ、ダイエット効果も期待できるほか、血行を促進するといわれています。個人的なおすすめは天然炭酸水(ガス入りミネラルウオーター)。私はそのおかげでお通じも快調、ダイエットもできました。

 ◇水素水
 活性水素を水に溶かしたものでエージングケア効果に着目されています。体内で活性酸素と結びつき体外へと排出するので、活性酸素が遠因となるさまざまな病気についても改善が認められるそう。購入の際は含まれる水素の量を確認して。水素が多いほどいいとされます。

 ◇純銀イオン水
 食品添加物として認められている銀が微量溶け出した水のこと。消臭・除菌効果があり、しかも飲んで安全。家電メーカーから純銀イオン水生成器が販売されているほか、専用ペレットで水道水から安定した純銀イオン水を作るタイプもあります。昨年バリ島で会った現地の日本人は、自宅で純銀イオン水を作っていました。「日本ではまだ浸透していないけど私たちはふつうに純銀イオン水を飲むわよ。インフルエンザの予防なんかにもいいの」とのこと。帰国後さっそく私も、1日にコップ1杯程度飲んでいます。

 書籍「水からの伝言」(江本勝著)やドキュメンタリー映画「WATER ウォーター」(ロシア)で話題になりましたが、最近の研究では「水は情報を伝える」ことが明らかになっています。愛や感謝を伝えた水を瞬間冷凍すると、たいへん美しい結晶となるのです。ですから、水を飲むときに「ありがとう」と感謝してみましょう。“体が喜ぶ水”を飲みながら、水資源に心から感謝する。これが13年の正しい水との“おつきあい”です。

 炭酸水自体は、口当たりがすっきりするのを楽しめるでしょうし、シロップを加えると自宅で簡単に炭酸飲料を作れたりするので、好きなだけ使えばいいと思います。私も、ペットボトルの炭酸水とストロベリーシロップや青リンゴシロップをおうちに常備しています。でも、ミネラルを補給したいのなら、水から摂るよりも食物から摂った方がずっと効率良く摂れます。水はあくまでも水なので、そこから何か別のものを補給しようとするのは、積極的に何かを溶かしでもしない限り意味が無いことです。
 活性水素水って一体何でしょうか。売ってるのは単に水素ガスを溶かした水にとどまります。食品加工の際に水中の水素ガス濃度を上げて酸化防止効果を狙うのは有りだろうと思いますが、水素はそんなに水には溶けませんし、水素を溶かした水を飲んだからといって、人体に効果があるほど水素濃度が上がるとは考えられません。また、「活性水素」なる物質の存在自体、宣伝用語で、そう呼ばなければならない水素は今のところ見つかっていません。
 銀イオン水を飲み続けていると、顔が青く(写真で見た感じでは青っぽい灰色)になるんですが、これのどこがいいんでしょうかね。まあ、美しさというのは多分に主観の問題ですから、銀が沈着してこの顔色になったのを美しいとか素敵だとか思う人が居ることを否定はしませんが、今の日本では、望まない人の方が圧倒的多数ではないかと思います。こんな水、日本ではまだ浸透していなくて幸いです。これからも持ち込まないでいただきたいですね。
 「水からの伝言」も「WATER」も、最近の水の研究とは何の関係もありません。「水は情報を伝える」なんてことは出てきていませんね。なお、「水からの伝言」は、江本氏自身がポエムだと言ってました。「愛や感謝を伝えた水を瞬間冷凍すると、たいへん美しい結晶となる」は記述そのものがポエムについてのものだし、江本氏の写真集は(瞬間冷凍ではなく)普通にシャーレで凍らせた水を顕微鏡撮影する時に、氷の表面に水蒸気から結晶成長したものを撮影しているので、この記述とは違うことをしています。

 水を飲むときに「ありがとう」と感謝することについては反対はしません。でもその感謝は、安全な水を供給している日本の社会インフラに対して行うべきです。蛇口をひねるだけで感染症や中毒の危険のない水が手に入るのは、本当にありがたいことです。世界中を見渡せば、安全な水が手に入らないために感染症が蔓延して病気になったり死んだりする人がまだたくさんいますので。

VanaHに措置命令

 YOMIURI ONLINEの記事より。

飲料水・VanaH、「国連が評価」とウソ広告

ミネラルウオーターを製造販売する「VanaH」(山梨県富士吉田市)が、「国連から高い評価を受けた」などとうその表示をしたとして、消費者庁は20日、景品表示法違反(優良誤認)で再発防止などを求める措置命令を出した。

 同庁によると、マルチ商法(連鎖販売取引)を行う同社は、会員向けのお知らせ文書で「世界で初めて『国連認定証』を取得」「国連のロゴマークの使用許可を得た」などと表示して飲料水「VanaH」について広告。だが、国連が品質について評価したり、ロゴマークの使用許可を出した事実はなかった。

 文書は昨年10月と11月の2回、会員約6000人にファクスで送信された。昨年度の売り上げは2リットルのペットボトル(12本入り、6800円)で約62万ケースだったという。同社は「命令を厳粛に受け止め、再発防止に努める」としている。

(2012年12月20日19時18分 読売新聞)

 ニセ科学宣伝に引っかからないようにするための注意事項の一つが、有名人のお墨付きは信用するな、というものです。主に、タレント、スポーツ選手、なんちゃって学者によるお墨付きを想定しているのですが、いかにも権威のありそうな名前を無断で使うというのも、お墨付きをもらった体裁を整えている、という意味でこのカテゴリーに入りそうです。

何とかイオン、の顛末

 感染症学雑誌に論文が出ました。要旨が公開されているので引用します。

殺菌性能を有する空中浮遊物質の放出を謳う各種電気製品の,寒天平板培地上の細菌に対する殺菌能の本体についての解析
独立行政法人国立病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンター
西村 秀一
(平成24年6月22日受付)
(平成24年7月31日受理)
Key words: plasmacluster ion, nano-e particle, minus ion, bactericidal effect, ozone

要旨

 本邦では,空中へ特殊な物質の放出により環境中においてウイルス不活化や殺菌の効果をもたらすとする複数の電気製品が市販されており,寒天培地上に塗布した細菌に対する殺菌効果も謳っている.そこで本研究では,プラズマクラスター,ナノイー,ビオンの3機種について,腸球菌,黄色ブドウ球菌,緑膿菌,セレウス菌での追試を試みた.一定数の生菌含有菌液を普通寒天平板上に塗布し,14.4 m3閉鎖空間に対象機器とともに置き,機器を2時間運転させた後培養し,出現するコロニー数を,非運転環境下においた対照のそれと比較した.その結果,調べた3機種,4種の菌のすべての組み合わせで,形成されるコロニーの数は対照のそれと変わらなかった.一方,細菌を塗布した寒天培地を容積0.2 m3の密閉グローブボックス内に置き,同様の実験を行ったところ,3機種すべてが,腸球菌と黄色ブドウ球菌のコロニー形成を,程度の差はあれ対照と比べて有意に減少させ,一方緑膿菌については減少させなかった.前二者に対するコロニー形成抑制/殺菌の機序について,これらの機器が放出するオゾンが原因である可能性を検討した.その結果,殺菌効果は,それらが発生させるイオンや特殊微粒子を除去しても変わらず,一方で発生するオゾンを除去すると激減した.

 以上の成績により,調べた電気製品には,1)通常の生活空間のような広い空間における使用では,ほとんど殺菌効果が期待できないこと,しかし,2)きわめて狭い空間における寒天培地上のある種の細菌という限定的な対象に対しては,ある程度の殺菌作用は認められること,だが,3)そうした効果は,一義的には,それらの機器が放出している特殊物質というより,それらが同時に放出しているオゾンによる殺菌効果で十分説明可能であること,が明らかになった.今回対象となった機器のみならず,こうした類の殺菌効果を謳う電気製品については,オゾンの関与を疑う必要があろう.

〔感染症誌 86: 723~733, 2012〕

 電気製品から、放電方式で出てくる何とかイオンの効果は、オゾンの効果で確定ということのようですね。
 滅菌効果を期待して使う側としては、原因物質がオゾンだとわかっても別に問題なありません。ただ、濃度度が薄いと効果が無いし、濃度が高すぎればオゾンの劇物としての効果が顕著になって、使用に注意が必要となりそうです。

 殺菌以外で、一連の「マイナスイオン」の生理作用として言われてきたものが、実は微量のオゾンによるものだった可能性もあるわけで、この先は普通の科学の研究になります。微量のオゾンの生理作用は、研究テーマとしては面白いと思います。しかし、製品にする場合は費用対効果が問題となります。わざわざコストをかけてまで実装する程のものかどうかは、買う側にとっても見極めが必要ではないかと。

 活性水素と同じ経過をたどっているのが興味深いですね。あっちは、活性水素というものがある→成分分析したり分けたりして調査した論文が出る→電気分解でできた微量の溶存水素ガスの効果でほぼ説明できる、という展開でした。

掃除機過大表示

 プラズマクラスターについては基盤教育でも質問が出たりするのでメモ。
毎日JPの記事より。

シャープ:掃除機過大表示 再建に冷や水 独自技術に傷
毎日新聞 2012年11月29日 東京朝刊

 シャープが28日、消費者庁から電気掃除機の性能で過大表示と指摘された「プラズマクラスター」は、経営再建の柱の一つに位置づける白物家電の独自技術だ。性能そのものは問題視されておらず、他の搭載製品への波及もないとしている。ただ、イメージダウンから販売減につながる恐れもあり、シャープの再建に冷や水を浴びせかねない。

 同社は掃除機のプラズマクラスター性能について、ダニのふんや死骸のたんぱく質を分解・除去するなどと表示。その根拠として1立方メートルの空間での実験結果と注釈したうえで「約15分で91%作用を低減する」としたが、消費者庁は「こうした性能はない」と指摘。シャープはすでに4月時点で消費者庁から指摘を受け、10月末までに対象の表示を削除した。プラズマクラスターはエアコンや冷蔵庫など16品目に搭載されているシャープの独自技術。

 13年3月期の営業損益が1550億円の赤字見通しの中、白物家電を含む「健康・環境機器」は330億円の黒字と全6部門の中で最大の利益を生み出す貴重な収益源。最新液晶パネル「IGZO(イグゾー)」とともに業績回復の柱に据えているだけに、同社は「プラズマクラスターの効果自体は実証されている。他のプラズマクラスター搭載製品も安心して使用してほしい」と呼びかけるなど、影響を最小限にとどめたい考えだ。【鈴木一也】

 実験結果を正直に述べていたとしても、実際の使用条件と著しく異なっていれば、消費者にとっては意味がないわけです。
 家電製品の試験条件は、あくまでも、普通の消費者が使いそうな条件にするべきです。

簡単な練習問題

 基盤教育の「科学リテラシー(化学A)」では、講義の時に、「食べ物とがん予防 健康情報をどう読むか」(坪野吉孝著、文春新書)のフローチャートを紹介している。

【健康情報の信頼性を評価するためのフローチャート】
ステップ1 具体的な研究にもとづいているか
はい  いいえ → それ以上考慮しない(終わり)

ステップ2 研究対象はヒトか
ヒト  動物実験や培養細胞 → 「有害作用」についての研究は、
                 それなりの注意を払う。
                「利益」についての研究は、
                人間にあてはまるとは限らない
↓                ので、話半分に聞いておく(終わり)
ステップ3 学会発表か、論文報告か
論文報告    学会発表 → 科学的評価の対象として不十分なので、
↓               話半分に聞いておく(終わり)
ステップ4 定評ある医学専門誌に掲載された論文か
はい    いいえ→  ひまな時に参考にする(終わり)

ステップ5 研究デザインは「無作為割付臨床試験」や
      「前向きコホート研究」か
はい      いいえ → 重視しない(終わり)

ステップ6 複数の研究で支持されているか
はい    いいえ → 判断を留保して、他の研究を待つ(終わり)

結果をとりあえず受けいれる。ただし、将来結果がくつがえる可能性を頭に入れておく。

 さて、このチャートを適用できそうな報道があった。

 日テレNEWSより

ゲルマニウムに血液の流れを改善する効果
(高知県)

13日、高知市で記者会見した高知大学医学部の植田名誉教授などの研究グループによると、ことし6月から5か月の間成人の男女あわせて33人を対象に純度の高いゲルマニウムを使ったネックレス着ける前と、着けてから40分後の血液の流れを測った。その結果、着ける前の測定で血液の流れが悪かった10人すべての血流が善くなったという。高知大学医学部の植田名誉教授は「血液の流れが良くなることで、肩こりや頭痛などの対策に効果が期待できる」と話している。今回の研究結果は、来月兵庫県で開かれる学会で発表される。
[ 11/13 21:54 高知放送]

 順に見ていくと、一応研究はしているのでステップ1はクリア。研究対象はヒトなのでステップ2もクリア。ステップ3で、学会発表なので右側に分岐……発表が無事済めばね。結論は「科学的評価の対象として不十分なので、話半分に聞いておく。」
 貴重な電波をつかってわざわざ報道するような情報ではないですな。

 間違っても、こんなあやふやな情報に基づいてゲルマニウムネックレスを売っても買ってもいけません。

 ネックレスをつけるのに悪戦苦闘した結果腕やら肩やらを動かして血液の流れが良くなったりしたんじゃないかというツッコミにこたえるためには、ゲルマニウムじゃないネックレスをつけさせた対照群が必要ではないかと。

EM菌:experimentなきdemonstration

 macroscopeさんのところをを読んで。
有用微生物は活用すべきだが、比嘉ブランドのEMは勧められない
「EM (有用微生物群)」と科学教育の問題
「EM (有用微生物群)」と科学教育の問題 (2)
「EM (有用微生物群)」と科学教育の問題 (3)

 科学教育の問題について、以前から気になっていることがあります。教育用のために作られた実験と、まだ未知のことがらを確定させるための実験とは違うということです。
 理科教育のために行われる実験はdemonstrationつまり演示実験であり、既に確定した自然現象を教育のために見せやすくしたものです。一方、まだ不確かなことを確定させるための実験は、主に大学以上で学ぶもので、experimentといいます。理科教材として準備されたdemonstrationには、experimentの裏付けが十分にあります。これは無理からぬことでもあります。小中高の理科でexperimentを経験することは、予備知識とかけられる時間を考えた場合、非現実的です。ただ、demonstrationを生徒の前でやっていい条件は、experimentが終わっていて、説明が確定している自然現象に限られているということです。
 EM菌を環境教育に使うことの問題は、experimentが十分ではない、つまり、その菌を使って河川の浄化などを行った時に、本当に効果があるのか、効果があるとしたらどんな条件が必要なのかということを十分確かめないままに、demonstrationと区別がつかないやり方で学校に持ち込まれているということです。
 菌を使って河川の浄化を試みるなら、菌を投げ込んだ→川がきれいになった、だけを見るのは不十分です。撒いた菌がその後どうなったか、その場所で生きて活動しているのかということくらいは調べてからでないと、菌の効果だという結論は出せないでしょう。
 EM菌の提唱者である比嘉氏は、効果について「波動」(オカルトです)や重力波(こちらは専門家がこれから検出するための装置の準備をしていますが、菌と関係するとはとても考えられないものです)といった、科学としてはまともでない説明をしています。EM菌を無批判に使うと、こういったまともでない説明を肯定していると受け取られても仕方がありません。どうしてもEM菌を使いたいのなら、こういったインチキな説明を正面から批判した上で、かつ、実験で十分に確認された菌の作用を利用するという形でしか、学校に持ち込んではいけないでしょう。しかし、批判を行ってから実践したという話も出てきません。この批判を教師がしてくれれば、別の意味で教育効果が高いと思うのですが、残念ながらEM菌を使っての実践は良い面だけ強調してやっているのではないかと思われます。
 EM菌で環境浄化の実践例では、菌を撒いた後その菌がそこに居るかについてはスルーされています。率先して持ち込んだ教師がその後菌の生存を確認するところまでやったという話は出てきていません。提唱者の比嘉氏は、確認のための実験には許可が必要だと主張し、検証を拒否しています。これを教育の場で使うということは、科学は誰でも検証できるという条件でしか進まないものだという、科学の教育にとって決定的に重要なことを無視するという教育効果をもたらしかねません。
 教わっている生徒は、demonstrationしか経験していないでしょうから、EM菌のdemonstrationを見て、普段教わっている理科の実験と質的な区別が出来なかったとしても仕方がありません。しかし、教える教師の側が区別できないのはまずいです。自分が何を教えているかわかっていないということになるからです。

 EM菌を学校で使ってはいけません。理科教育の重要な内容を否定する結果になります。

マイナスイオンの件、電話取材を受けました

 八戸大学の高大連携事業のマイナスイオンマップの件、朝日新聞の長野記者から電話取材を受けていました。記事になる前に話題にするのはよろしくないので黙っていましたが、本日記事が出ましたので紹介します。記事カテゴリーは「朝日新聞デジタル> マイタウン> 青森>」です。

マイナスイオン実習を中止 八戸大

2012年11月09日

 「体によい」などと紹介される一方、その根拠があいまいとの批判も多いマイナスイオンについて、八戸大学は今月、3年間続けてきた測定の実習を中止した。大学は「商業用語と科学を混同していた。反省を教育に生かしたい」としている。
 マイナスイオンは、一般に空気中の電気を帯びた物質を指すとされ、インターネットには「自然治癒力を上昇させる」とか、「血液サラサラに」などの説明が多い。2000年前後には、効果をうたう家電製品も多く販売された。
 一方、科学理解を養う科学リテラシーの講義を持つ山形大の天羽優子准教授によると、マイナスイオンという言葉は科学用語に存在せず、健康効果を示す科学論文もほとんど無い。立証されない効果をうたう商品・商法には批判も多く、公正取引委員会から効果をうたうことを禁じる排除命令をうけた商品もある。
 八戸大は三つの高校とともに10年から十和田市の奥入瀬渓流で、市販の測定器を使ったマイナスイオン測定を開始。結果を健康効果の説明と併せ、ネットやパンフレットで紹介してきた。これまで5回、測定会を開き、のべ36人の高校・大学生が参加した。
 大学の担当者は「インターネットなどを使った観光PRの手法を学んでもらう目的だった」と話す。
 10月末、測定会を報じた新聞記事が科学者の間で話題になり、天羽准教授は「効果のはっきりしないものを確定したもののように教えるのは問題」と、電話で八戸大に伝えたという。
 大学は2日、ホームページに「マイナスイオンは明確な定義の無い用語。実習で使ったことをおわびする」との学長名の声明を掲載、実習中止を表明した。今後、参加した学生にも説明するという。
 担当者は「恥ずかしいことだが、当初の検討が不十分で、あいまいなマーケティング用語に踊らされた。学生が同じような失敗をしないように授業などで伝えていきたい」と話す。
(長野剛)

 記事中でも言及されていますが、マイナスイオンと血液サラサラの組み合わせは最悪でした。
 マイナスイオン関連の商品販売時に、血液サラサラのデモンストレーションをするため、業者が勝手に客から血液をとって顕微鏡で見せるといったことが行われました。採血の方法は、小さな針を指の目立たないところに刺して一滴だけ血液をとるというものです。シリンジを使った本格的な採血ではなかったので、不審に思わずに応じてしまった人も居たのだろうと思います。問題は、針の滅菌が十分でなかったり、採血器具の針のキャップが使い回されていたらしいことです。このため、血液サラサラのデモ付きセールスを受けた人が、B型肝炎などに感染した可能性があります。マイナスイオンをそのまま信じるような知識しかない業者が、医療機関並みの注意深さで針や器具を滅菌してくれることは全く期待できません。
 マイナスイオンと血液サラサラ大流行中の時に、針刺し血液サラサラ検査を業者にされてしまった人は、必ず医療機関に相談し、必要な検査を受けて下さい。私も、本務校での講義の度に、学生の父母や親戚の年配の方でこの検査をされた人が居たら医療機関に相談するようにと伝えていますが、十分ではありません。マイナスイオンに踊らされるだけなら財布が痛む程度で済みますが、血液サラサラとの組み合わせの方は健康被害が発生する可能性が高いのです。この話は、以前、学外ブログに書きましたが、大事なことなのでここでも繰り返しておきます。
 八戸大学もマイナスイオンのまずいところに気付いてくださったようですので、できれば血液サラサラ採血についての注意喚起をお願いしたいところです。

学生のケアを

 「高大連携でマイナスイオン:八戸大学」で取り上げた件について、10月29日に八戸大学の担当窓口に電話で問題点について伝えた。詳細は後ほど文書で、と連絡したが、別書類の締め切りやら、弁護士事務所に持って行く書類制作やらに追われて、完成はしたが発送する余裕がなく、週明けにでもと思っていたら、11月2日に対応済みとなっていた。
 まず、学部のトップページからこの件が消えた。さらに、学長からお詫びと訂正が出た

高大連携奥入瀬渓流マップ作成プロジェクトについてのお詫びと訂正

 地域での調査・実習を通じた学生のフィールドワーク活動(高大連携事業の奥入瀬マップ作成事業、平成24年10月20日実施)において、マイナスイオン(空気イオンカウンターで測定した数値を使って)マップ作成を行う予定でおりましたが、マイナスイオンそのものが明確な定義のない用語であるため、マップ作成は行わないことと決定いたしました。
 また、過去に実施したフィールドワークで作成した「奥入瀬渓流 マイナスイオン物語乙女の記録」は配布先より自主回収を行い、今後、マイナスイオンの調査・実習は実施しないことと致します。
 今回及び過去の奥入瀬渓流における実習活動において誤解を生む用語を使ったことをお詫び申し上げるとともにマイナスイオンは明確な定義のない用語であることを合わせてお知らせ致します。

平成24年11月2日
     
八戸大学学長 大谷真樹

 大谷学長の迅速な対応がなされて良かったのだが、気になったのは、とても楽しそうに測定していた学生・生徒さんたちに何と説明すると良いのかということである。
 単に、チェックが甘かったとか流行に(だいぶ遅れて)つい乗っかった、ということになると、がっかりするか立腹する人が出てきそうである。まあ、情報の取捨選択をするプロであるはずの教員についてはがっかりしても立腹しても自己責任だと思うが、学生・生徒さんは育てなければいけないので、自己責任というわけにはいかない。
 こればっかりは、実際に企画が動いた時にどうだったかがわからないとケアの計画が立てられない。

 「マイナスイオン」の正体を実験的に調べる、だと高大連携のテーマとしては多分難しすぎる。「マイナスイオン」と自然放射線の関係は、だと、理科としては正しい方向だが、放射線恐怖症に陥っている人が全国各地に多々いる現在、奥入瀬にマイナスイメージを与える結果になりかねない。
 テーマを変えて空気イオンの利用方法(あるいはイオナイザの利用方法)、というテーマにして、健康にいいとか○○に効くといった話とは全く違うものについて使い方が確立してるんだよ、というのは有りかもしれないが、だからマイナスイオンでも良かったんじゃん、と思われてしまうと元の木阿弥になるから注意が必要だろう(それほどに「マイナスイオン」が定着してしまっているため)。
 積極的に関わった学生さんが落ち込まない、かつ、奥入瀬のイメージダウンにならないケアをやっていただけることを願っている。
 同時に、なぜチェックできなかったのか、ということは、運営側でしっかり調べて欲しい。学長のお詫びは「マイナスイオン」のもたらした問題について突っ込んだものではないが、まあ、一般的に「学長のお詫び」とはこういうものである。しかし、実働した人達がこれで終わってしまうと、次に別の変なネタに乗っかってしまうかもしれない。過去に「水からの伝言」が学校教育に持ち込まれ、学外から批判が出た時、実践していた学校の先生達は理由の説明もなぜひっかかったかの検証もせずにただその実践例を削除しただけだった。で、次は学校の環境教育がEM菌に乗っかるというていたらくになっている。大学と小中高では文化が違うが、削除して無かったことにして終わる、というだけだと別ネタにひっかかる可能性が大きいままになりそうで心配である。