高大連携でマイナスイオン:八戸大学

 デーリー東北の記事より

マイナスイオン観光マップ改訂版作製へ(2012/10/26 16:00)

 八戸大などは、十和田八幡平国立公園・奥入瀬渓流のマイナスイオン発生状況をまとめた、観光マップの改訂版の作製に取り組んでいる。19、20の両日は学生らが、雲井の滝など渓流の名所を訪ね、専用の計測器で数値を測定した。
 現行のマップは2009、10年度に作製した。今回は高校生の感性も取り入れようと、光星学院高校と、青森県立十和田西高校観光科の生徒も加え、6人編成でフィールドワークに臨んだ。
 一行は十和田湖畔子ノ口から遊歩道を散策し、滝や流れなどの人気スポットでマイナスイオンの数値を計測、動画も撮影した。
 改訂版は12年度中に完成させ、ホームページなどで公表する予定だ。フェイスブックなどソーシャルメディアにも対応する。(工藤文一)

 2011年版のマップはすでに公開されている。さらに、八戸大学学報の第77号の14ページには、マイナスイオンマップ作成が高大連携事業として行われたことが記載されている。
 プロジェクトで使った測定器はもう販売していない。
 また2012年10月26日現在、八戸大学の学部紹介のトップページが、マイナスイオン測定の紹介になっている(魚拓はこちら)。
 使った測定器の原理はエーベルト方式とのことで、測定理論の解説はここにあるエーベルト氏式のことだろう。原理を見ると、空気中に漂っているイオンを種類は問わず電荷量で評価するだけのものらしい。
 マイナスイオンについては、2003年頃が流行のピークで、その後は徐々に下火になって今に至っている。なお、マイナスイオンとは商売用の用語に過ぎず、科学の用語ではないし、科学の研究対象となっているイオンをマイナスイオンと呼ぶことはない。
 流行を通しての問題は、

  • マイナスイオンの実体が化学物質として何であるかが、製品を作っていた各社がまちまちの主張をしていたままだった。
  • そもそも導入のきっかけからしてが、滝壺あたりを散歩すると気分がいい→気分がいいのはマイナスイオンが出ているからだ→発生装置を作ればいい、の三段とび論法でしかなく、このつながりを示す測定にもとづいた根拠を欠いていた。
  • 発生方法として滝壺を模した水破砕方式と、放電方式の2つがあり、この2つでできるイオンの実体が同じとは考えがたい。にもかかわらず、マイナスイオンでひとくくりにされていた。
  • 発生源としてトルマリン(RIが含まれていることによるのだろう)や、チタン(デマだろう)といったものまで登場していた。
  • 化学物質が効果を示す常識的な濃度としては、どれも少なすぎる。1ccあたりの個数で表示されると多く感じるが、1cc中の空気の分子総数を考えると、濃度としては極端に薄い。
  • 化学種として何であるかを確定せず、従って効果の濃度依存を実験的に確認することもしないまま、効果がありましたという話だけが一人歩きしていた。
  • 効果の説明が二分法の上言葉遊びに過ぎなかった。マイナスイオンは健康や還元や若返りといったイメージに結びつけられ、プラスイオンは病気や酸化や老化、果てはダニなどの有害な生き物にまで結びつけられていた。

 といったところである。つまり、マイナスイオンと称して登場したものは、個別に調べれば科学になるかもしれないが、世の中に名前が広まった時は十分な実験的根拠が足りない状態の、いわば「未科学」であった。だから、『「空気イオンに効果があるかもしれない」という話があるからさらに詳しく調べよう』であれば良いが、『効果があると言われているのをなんちゃって測定で確認したので商品作って売ります』はニセ科学ということになる。その後、流行のピークはひとまず去ったがそれぞれの発生方法におけるマイナスイオンの実体や量と効果の関係が確定したという話は出ていない。
 八戸大学の高大連携では、電荷しか測定していないので、相変わらずマイナスイオンの実体は不明なままである。滝壺や川沿いで測定しているのは、そういう場所で多いと「言われている」からなのだろう。そもそも化学種の特定もなく、量と効果の関係もはっきりしない状態で、電荷の測定マップを作って何の役に立つかというと大いに疑問である。
 マイナスイオンは、インチキ商売のネタになったというイメージもそれなりに定着してしまっている。観光や地域おこしのネタとして適切とはいえないのではないか。うさんくさいものを敢えてネタにするというのは、ビジネス学部のテーマ設定としては妥当なのか。
 未科学のものを未科学のまま何らかの指標として使おう、というのは高大連携のテーマとしては相当に無理がある。もともとマイナスイオンに十分な科学的根拠がないということを教え、かつ、行きすぎた製品開発と販売が詐欺の一歩手前であったことも教え、「マイナスイオンで血液サラサラ」デマに基づく業者の勝手な針刺し検査によるB型肝炎蔓延のおそれもあることも説明し、その上で今敢えてマイナスイオンを測定してマップを作る意味を伝えないといけない。これが十分でなかった場合、将来、未科学であるのに科学を装った言説に騙される人間を養成することになる。
 2011年のマップを見ると、

マイナスイオンの効果には、血液浄化作用や、自然治癒力を高めたり、集中力UP、そして体のアンバランスを調整する働きがあると言われています。

とあり、「言われている」とさえ書けばどんな効果をうたってもOKだというスタンスの宣伝の悪い例をしっかり踏襲している。効果があるかどうかの責任はとりませんしあるかどうかも知りませんよ、と主張しているのと同じである。さすがにこれは無責任すぎるだろう。つまりは噂レベルの話に積極的にのせられましょうということで、大学や高大連携でやってはいけないことである。
 こんなことを書いたマイナスイオンマップが好評だということは、逆に喜べないはずである。マイナスイオンが未科学でかつ根拠があやふやなままでも流行し、噂レベルの内容でもって他人の財布に被害を与えたという状況が未だ改善していないということを意味するからである。学校の役割というのは、こういったあやふやな話に人々が踊らされることを防ぐところにあり、その方法をこの二学部には研究してもらいたいところだが、学部のサイトを見た限りでは喜んでるだけで、深刻さを理解しているように見えない。

チェックはできるはずだが……

 数年前から基盤教育で「科学リテラシー(化学A)」という講義を担当している。
 受講者には、文系で高校の理科も初歩的なことしかしていない人が来たりするので、基本的な化学の知識+水や氷の少し突っ込んだ話を例にして化学のトピックを解説+ニセ科学や疑似科学問題、という構成にしている。教科書として指定しているのは、松永和紀氏の「食卓の安全学」で、この本の2章と3章を要約してチェックリストを作るということをレポートの課題の1つとして出している。
 大隅典子の仙台通信の記事「森口騒動と大学広報」を読んで。結論から言うと、今の講義内容は今後も続けてみようと考えた。

(1)
 教科書に指定している「食卓の安全学」には、新聞社に就職した記者がどんな訓練を受けるかが書いてある。それによると、どんな記事でも書けるようにいろんな分野をまんべんなく担当させて「オールラウンドプレーヤー」を養成するというものである。裏を返せば、特定の分野の専門家がそれにあった分野の突っ込んだ記事を書くことがそもそも不可能な人材養成制度だということである。一年程度で担当部署をどんどん変えてしまうというのが実態で、その理由は「取材相手とのなれ合いを防ぐため」と説明されたと書いてある。
 今でもこのような方針で新聞社が記者の人事を行っているのだとしたら、今回の森口氏を間違って取り上げて記事にしてしまうということは起きるべくして起きたことのように見える。この手の誤報を減らしたければ、新聞社が、社内で専門分野の記者を養成する方向に切り替えるしかない。完全に無くすのは無理としても、引っかかりにくくはなるはずである。

(2)
 インチキダイエット法などの判断基準としては、坪野吉孝「食べ物とがん予防」の17ページの図を講義資料に入れて紹介している。
Flowchart

 主に消費者として騙されないことを目的として紹介しているチャートである。今回の森口氏の場合は捏造が混じっているのでそのまま適用すると先に進みすぎる結果になる。それでも、このフローチャートでいけば、ステップ3かステップ4で右側に分岐し、良くて「ひまな時に参考にする」で終わってしまうだろう。

(3)
 大学広報の問題とも絡む内容なのだけど、講義中では常温核融合の騒動の経緯について取り上げている。重水をパラジウム電極で電気分解すると核融合が起きた、という主張で半年ほど騒ぎになった事件だが、この事件は、論文発表前のユタ大学の記者会見から始まった。ただ、仙台通信が言うような「ノーチェック」が原因ではなく、大学執行部が積極的に乗っかった事件だから、事情は異なる。ともかくこのことを例として、「査読のある論文誌への発表を伴わない研究成果のプレスリリースは大学発のものでも危ない」と学生には教えている。

 受講者は学生なので、将来新聞記者になり得る人と、新聞記事を読む人の両方ということになる。
 記者になった人は、さすがに(1)は職場で自覚するだろうから、(2)と(3)を知っていれば、記事にするに当たってインチキを踏んでしまうことはかなり防げるのではないか。記事にするにしても、その他大勢のプレスリリースと並べてちょこっと扱うのと1面に大々的に載せるのとでは重みがまるで違うので、それも含めて扱いを決める参考にしてほしい。
 記事を読む側は、(1)から新聞記事に過大な信頼を置いてはいけないことを知った上で読み、(2)(3)は必要になった時に記事が基準を満たしているのかをチェックする指針として使ってほしい。
 限られた講義時間の中で触れただけのものを実際にすぐ使えるようになるかというと、やっぱり難しいだろう。それでも、何も知らずに世の中に出ていくよりは、注意すべきポイントを少しでも知って出て行ってほしい。

 大隅さんは広報の立場から議論されているので、私は講義をする立場として書いてみた。