次亜塩素酸ナトリウム液・次亜塩素酸水ミストを吸入してはいけない(2020/05/10)
新型コロナウイルスの感染拡大防止について、手指のアルコール消毒が有効である。ところが、消毒用アルコールが品薄になってきたため、次亜塩素酸を入れた水を使い始めている。また、空間除菌と称して、次亜塩素酸の入った水を噴霧しているところもある。この問題点についてまとめておく。
厚生労働省の注意喚起
まず、次亜塩素酸を含む消毒薬(次亜塩素酸水・次亜塩素酸ナトリウム液の両方が該当)については「厚生労働省 事務連絡 令和二年3月6日 社会福祉施設等における感染拡大防止のための留意点について」によると、
新型コロナウイルス感染が疑われる者の居室及び当該利用者が利用した共用スペースについては、毒・清掃を実施する。具体的には、手袋を着用し、消毒用エタノールで清拭する。または、次亜塩素酸ナトリウム液※1で清拭後、湿式清掃し、乾燥させる。
なお、次亜塩素酸を含む消毒薬の噴霧については、吸引すると有害であり、効果が不確実であることから行わないこと。
とある(強調筆者)。噴霧したものを吸ってはいけないのである。なお、脚注として「*1 次亜塩素酸ナトリウム液の濃度については、「高齢者介護施設における感染対策マニュアル改訂版」(2019 年 3 月)の 88 ページを参考にすること」とある。そこで、このマニュアルを見ると、次のような表が出ていた。
手指の消毒には、次亜塩素酸ナトリウム液は使わないことになっている。次亜塩素酸ナトリウム液はモノの消毒に用い、その使用濃度は0.05〜0.1%である。
追記(2020/09/02)
北里大学によるプレスリリース「新型コロナウイルスに対する消毒薬の効果を検証」(2020年9月1日)によると,次亜塩素酸ナトリウム(not次亜塩素酸水)を用いた場合,
次亜塩素酸ナトリウム水溶液でも、0.5(5,000ppm)、0.15(1,500ppm)、0.1(1,000ppm)、0.05 (500ppm)、0.01(100ppm)の 5 段階の濃度の水溶液を作り、1分間および 10 分間の消毒処理を行いました。1 分間接触では 0.15(1,500ppm)以上、10分間接触では 0.1(1,000ppm)以上の濃度の水溶液で完全に消毒できることが分かりました。しかし、厚生労働省が推奨する0.05(500ppm)濃度の水溶液では、10分間処理しても消毒が不十分で、生き残ったウイルスが細胞を死滅させてしまうことが分かりました。1 分間で完全にウイルスを消毒するためには、0.15%(1500ppm)の次亜塩素酸ナトリウム水溶液を使用する必要があることが明らかになりました。
という結果であった。物の消毒に次亜塩素酸ナトリウム液を使う場合であっても,有効塩素濃度は厚生労働省の推奨濃度よりも高い1500ppm以上が必要ということになる。次亜塩素酸ナトリウム液は濃い原液を薄めて使うのが普通なので,普段よりちょっと濃いめの濃度で使うというのは,割と簡単にできる。ただ,濃ければその分だけ危険物になるので,手袋を着用し,飛沫が目などに入らないようにするといった注意がよりいっそう必要になる。
なお,このプレスリリースでは,次亜塩素酸水についても調べられている。弱酸性次亜塩素酸水(100ppm以上),次亜塩素酸水(200ppm),弱アルカリ性次亜塩素酸ナトリウム(200ppm),次亜塩素酸水(250ppm)ともに,完全消毒には至らず,消毒効果が不十分だという結果となった。次亜塩素酸水は製造方法を考えると,塩素濃度をそうそうは上げられないので,これはどうにもならないだろう。それをミスト噴霧するとさらに希薄になるので,全く意味がなさそうである。
追記
「事務連絡 令和2年4月7日 社会福祉施設等における感染拡大防止のための留意点について(その2)」によると,
新型コロナウイルス感染者の居室及び当該利用者が利用した共用スペースについては、消毒・清掃を実施する。具体的には、手袋を着用し、消毒用エタノールで清拭する。または、次亜塩素酸ナトリウム液で清拭後、湿式清掃し、乾燥させる。なお、次亜塩素酸ナトリウム液を含む消毒薬の噴霧については、吸引すると有害であり、効果が不確実であることから行わないこと。トイレのドアノブや取手等は、消毒用エタノールで清拭する。または、次亜塩素酸ナトリウム液(0.05%)で清拭後、水拭きし、乾燥させる。保健所の指示がある場合は、その指示に従うこと。
となっていて,古いバージョンでは次亜塩素酸,となっていたものが,次亜塩素酸ナトリウムに変わっている(強調部分筆者)。この文書を読んでも,消毒法として想定されているのは次亜塩素酸ナトリウム液のみであり,次亜塩素酸水には何の言及もない。少なくともこの段階では,厚生労働省は,次亜塩素酸水がCOVID−19対策の消毒方法として使われることは全く想定していないようである。
このあたりの文書の読み方を分かってない人がちらほらというか,販売側が意図的に誤解させる方向に誘導してる可能性があるので要注意。感染症防止目的の消毒マニュアルには,次亜塩素酸ナトリウム液は登場するが,強酸性電解水(次亜塩素酸水)は,製造装置がクラスII医療機器に認可されてずいぶんたっているのに全く登場しない。使うことが想定されている次亜塩素酸ナトリウム液については噴霧して吸い込むなという注意が出たが,そもそも使用が想定されていない次亜塩素酸水については注意すら出ていない(使わないはずだから)。そこを曲解して,次亜塩素酸水については吸入するなという注意が出ていないから空間除菌目的で噴霧しても大丈夫,と主張する人や誤解する人が居る模様。そうじゃなくて,やり方が確立してマニュアル化されているものだけが信頼できるという世界なので,条件や手順が確立していないものに非専門家が手出しをするな,病院でも使えるような信頼できるマニュアルが出るまで待て,ということである。バッチでは次亜塩素酸水にも消毒作用ありの実験結果が出ているので,使えるものなら,近々に,安全確実に使う方法が決まるはずだから,手出しはその後にすべきである。
消毒とは
病院での消毒の標準となっている「2020年版 消毒と滅菌のガイドライン」が手元にあるので、消毒とは何か、ということと、新型コロナウイルスに対して有効な方法についてまとめておく。
「滅菌」とは、すべての微生物が存在しないようにすることをいい、「消毒」とは、生存する微生物の数を減らすことをいう。感染症の原因となる微生物の数が減ると、感染の危険がほとんどなくなる。
消毒法には、物理的消毒法といって、煮沸・熱水・蒸気・紫外線などを使う方法と、化学的消毒法といって、薬液や気体を使う方法がある。アルコールで手指を拭いたり、次亜塩素酸ナトリウム液に物を浸したりするのは、化学的消毒法である。
消毒薬の特徴をまとめると、次のようになる。
- 効果のある微生物、効果のない微生物がある。
消毒薬を選ぶ時には、ターゲットにしている微生物と消毒薬との相性(?)が重要である。 - 少し待つ必要がある。
消毒薬の効果は瞬時に現れるわけではない。一定の接触時間が必要である。 - 有機物で汚れていると殺菌効果が弱くなる。
- 生体毒性がある。人体に使うと、皮膚・呼吸器に障害を起こす。
- 化学的に不安定である。長期保存はできない。
- 物に対しても腐食作用、素材の劣化を起こす。
これも、物と消毒薬の組み合わせによる。 - 正しい濃度で使う。
- 効果が温度に依存することもある。
化学的に消毒する時に起きているのは、微生物の膜などの構造を溶かしたり、化学反応によって壊したりする、ということである。構造が壊れると微生物は機能を維持できなくなり、感染もできなくなる。
化学反応の基本は、化学的にエネルギーの高いもの(=消毒薬)は何とでも反応しやすい、というところにある。反応の後では消毒薬は別のものに変わってしまう。消毒薬は化学的に不安定、というのは、もともと化学的エネルギーが高くて何とでも反応しやすいので、壊れてしまいやすい、ということである。何かと反応する前に自然に分解する、ということも起きる。また、何とでも反応しやすい、というのは、人体とも反応するということを意味している。つまり、消毒薬は、程度の差があるだけで、人体にとっては劇物や毒物である。従って、菌やウイルスとだけ反応して、人体とは反応しないような、都合の良い消毒薬は存在しない。
そうはいっても消毒用アルコールを気軽に指先につけているではないか、と反論したくなるだろう。それは、量が少なくて短時間で指先だから大丈夫なのである(アルコールアレルギーの人や元々皮膚が過敏な人を別にすれば)。もし、目や鼻の奥などの粘膜に消毒用アルコールを入れたら刺激が強く炎症を起こす。アルコールの蒸気を吸っていれば肺を痛めるだろう。指先であっても長時間消毒用アルコールに浸したり、何回も使うと、手荒れを起こす。
ここで、もう一つ、化学反応の基本である「質量作用の法則」(law of mass action)を思いだそう(この呼び方はいささか古く、最近の高校の教科書では、化学平衡の法則、と呼ぶようになっている。また、そもそもmassの意味は質量ではなく集団の、とか、多数の分子の、という意味なので、直訳するにしても多くの分子が関わる時の反応の法則、の意味だった。)。高校化学では、化学平衡になっているときの濃度の間に成立する関係として、公式を暗記させられるが、この際、公式ははどうでもいい。この法則が意味することは、化学反応が起きる時は存在量が多いもの、濃度の高いものの反応が支配的になる、ということである。原料になるものがちょっとしか無かったら、生成物もちょっとしかできないよ、という、まあ、当たり前の話である。
このことを踏まえ、消毒薬は、菌やウイルスに効果があり、かつ、ある程度安全に取り扱える種類・濃度のものを利用している。
「空間除菌」の方法はない
「2020年版 消毒と滅菌のガイドライン」には、空気感染・飛沫感染への対策も書いてあるので、ざっとまとめると
- 空気感染対策
直径5μm以下の飛沫核への対策
排気装置で空気を強制循環、フィルター(HEPA)でキャッチして取り除く - 飛沫感染対策(COVID-19はこちら)
直径5μm以上の飛沫核
特殊な空調や換気設備は不要
となっている。空気感染への対策が必要な、病院の病室における感染対策がこの2種類である。なお、(空気中に)「消毒薬を散布してはいけない」 「消毒薬を用いた有効な対策は実証されていない」と明記されている。
空気感染対策が最も必要な病院においても、薬剤を噴霧する方法は用いられていないどころか禁止事項なのである。
なお、噴霧器で消毒薬を散布をすることもあるが、物の表面に迅速に均一に薬剤を振りかけるためであり、散布している人の方は防護服・防護メガネ・マスク・手袋を着用し、消毒薬に直接触れないようにしている。
このことを踏まえると、クレベリンゲル、などの、二酸化塩素を用いた空間除菌グッズも無意味、あるいは有害(高濃度の場合)と言える。
次亜塩素酸ナトリウム液と次亜塩素酸水
次亜塩素酸ナトリウムは、塩素系漂白剤の主成分で、消毒薬としても濃縮したものが販売されている。使う時は、適切な濃度に薄めて使う。
次亜塩素酸水は、強酸性電解水のことで、専用の装置で電気分解をして作るものである。製造装置の設置が前提で、電解水そのものは販売しない。装置はクラスII医療機器として認定されている。手指の消毒に使うことになっている。
「強酸性電解水生成装置(クラスII)の定義は、「水道水に食塩を微量添加した原水を有隔膜式電解槽内で電気分解して、陽極側から得られる次亜塩素酸を主生成成分とする酸性の水溶液(強酸性電解水)を連続的に製造する装置をいう。製造された水は殺菌消毒能力を有し、手術者、介助者等に手洗い用として使用される。」で、以下のように定められている。
被電解水 | 0.2%以下のNaCl |
電解槽 | 有隔膜電解槽 |
有効塩素濃度 | 20〜60mg/kg |
pH | 2.7以下 |
生成化学種 | HClO, H+ ClO- |
有効塩素濃度、とは、消毒作用を持つ塩素の濃度である(消毒作用を持たないCl-イオン等も含まれているので、単純に塩素濃度では評価できない)。
次亜塩素酸ナトリウム液も、次亜塩素酸水も、消毒の原因となる物質は次亜塩素酸である。次亜塩素酸ナトリウムは、濃縮され遮光容器で流通しているので、次亜塩素酸ナトリウムの濃度≒有効塩素濃度、と考えて良いだろう。0.1%の次亜塩素酸ナトリウムは1g/kg=1000mg/kgで、次亜塩素酸水よりもずっと濃い有効塩素濃度である。
濃度が全く違うので、次亜塩素酸水は手指の消毒に使えるのに対し、次亜塩素酸ナトリウム液による物の消毒では手袋を着用すること、となっている。
次亜塩素酸は酸性条件下で分解しやすいことがわかっている。このため、製造装置を設置し、作ったらすぐに使うこととし、製造した次亜塩素酸水は流通させないことになっている。また、有機物があると消毒効果がなくなってしまうので、流しながら使うことになっている。もともと薄いので、流すことで次々に次亜塩素酸を供給すれば、消毒効果が十分に得られる、ということである。
その他の電解水
独立行政法人製品評価技術基盤機構が、新型コロナウイルスに対する消毒方法の有効性評価の第2回検討委員会の結果を公開している。
資料3によると、強酸性電解水以外に、弱酸性電解水、微酸性電解水についても評価している。有効塩素濃度は30ppm以上である。A型インフルエンザウイルス(新型コロナウイルスと同様にエンベロープ有りのRNAウイルス)を用いて、消毒薬:ウイルス液=9:1で試験管中で混合し、1分および5分後に中和した後ウイルス価を測る、という方法である。この試験で、いずれの電解水も、1分、5分でウイルス価を4桁以上減少させることができた。
消毒の効果は有効塩素濃度で決まるので、30ppm以上あればどれでも一定の殺菌効果がある、という結果になったのだろう。ただしこれは、試験管内で混ぜた時の効果である。
消毒は、やったつもりでできてなかった、ということになると危ない。この先は、有効塩素濃度を維持するような取り扱いの方法の確立を待って使うべきで、今飛びついて電解水の装置を買うのは止めた方が良い。具体的には、装置で作った直後に流して使うのかバッチでも使えるのか、遮光がどの程度必要か、手指の場合は皮脂などもあるがその場合の使い方はどうか、といった、使用法も含めたガイドラインが決まるのを待つ必要がある。
なお、これまで、電解水として、飲用の、いわゆるアルカリイオン水を作っていた業者が、酸性側の水を消毒目的に使えると称して売りつけに来る可能性があるが、あくまでも消毒効果は有効塩素濃度に依存するので、飛びついてはいけない。
なお、この実験結果は、試験管内で混合した場合の結果であり、空気中に散布して空間除菌できることは意味していない。空気中に散布したものを吸ってはいけないことに変りはない。
補足:食品添加物,の意味
この内容を公開していたら,食品添加物として認められているから安全,という理屈で,亜塩素酸水の噴霧が職場で行われている,という連絡をもらった。確かに,強酸性電解水も亜塩素酸水も食品添加物としての使用は認められている。しかし,厚生労働省が出している文書によると,どちらも,加工の時に使うのはかまわないが,口に入るものには残留していないあるいは分解済みである,という条件で使用が認められている。食べ物と一緒に口に入ってもかまわないというわけではない。でもって,加工時の使用が認められている理由が,水で洗えばすぐ落とせるので問題なかろう,というものだったりする。食品添加物として認められていることと,噴霧して吸入しても安全,ということには何の関係もないので,変な理屈に騙されないように注意すること。
追記:次亜塩素酸水噴霧による被害事例
GSEという観光バスの会社が,バス車内消臭目的で次亜塩素酸水を噴霧した結果について広報してくれている。
2019年10月14日
観光バス車内除菌・消臭対策について「次亜塩素酸水バス車内噴霧器」搭載廃止方針について
2010年から弊社観光バス車内および夜行高速バス(*現在、高速バスは運行しておりません。)における、除菌消臭目的に「次亜塩素酸水によるバス車内噴霧器搭載」しておりましたが、常時噴霧によるバス運転席電子計器類関連すべてに、次亜塩素酸水噴霧による故障や不具合など影響及ぼすことや、これまでのお客様に乗車運行中噴霧による不快など、ご指摘懸念生じたことから搭載しておりましたバス車両全て搭載撤去させていただいております。
ついては、乗車前・待機中など「ピーズガード社」の「次亜塩素酸ナトリウム」成分の手動容器スプレーにて、運転士が随時「除菌・消臭」目的に消毒および除菌させていただいております。
とのこと。リンク先には,「バスにおける新型コロナウイルス感染予防対策ガイドライン(第1版) 添付ご覧ください。(発行:2020年5月14日 公益社団法人日本バス協会)」も掲載されている。換気や清拭や洗濯などが方法として挙げられているが,消毒薬の噴霧は書かれていない。この会社のケースでは,目立った健康被害は無かったようだが,電子計器類が壊れた。肺の交換はおおごとだが機器の交換は何とでもなるので、まだましな状況だろう。失敗事例をきちんと出してくれたありがたい会社である。もし、噴霧装置の会社が、安全ですとか被害なんてありません、などと言って売り込んでいたなら、損害賠償請求しても良さそう。
この会社の経験を踏まえると,オフィスで次亜塩素酸水を噴霧した場合,特に,パソコンなど,ファンで装置内部に空気を強制循環させるものの故障確率が上がりそうである。この例があるのに、これから噴霧装置を設置して被害が出たら、「先人の経験活かさなかったアホ」と評価すべき。
追記
次亜塩素酸ナトリウム液・次亜塩素酸水ミストを吸入してはいけない・その2(2020/05/30)
に続く。