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(研究紹介)変動磁場が生体に及ぼす影響

 東京大学大学院医学系研究科医用生体工学講座 上野研究室より、菌や細胞に対する変動磁場の影響について成果発表があったのでまとめておく。

 私が変動磁場の生体に対する効果に興味を持ったのは、堀江さんという方から、磁気処理水に殺菌効果があるという話を伺ったことがきっかけである。もう、3年ほど前のことである。堀江さんからは「ねおじくん」という水道管にとりつけるタイプの永久磁石を循環する水路にとりつけて、大腸菌などの入った水を循環させると菌が死ぬという情報をいただいた。しかし実験の詳細を問い合わせてみたら、実験系が開放環境におかれていたり、対照実験が無かったりで、菌が死んだことは事実であっても、何の効果によるものか直ちに特定することはできなかった。(これをまとめるに当たって、堀江さんのウェブページを見たが、殺菌効果の詳しい情報は見あたらなかった)

 静磁場をかけた状態では大腸菌もショウジョウバエもすくすくと普通に育っているということはすでに上野教授からきいていたので、菌が循環するときに感じる磁場は変動磁場であるので、磁場が変化することが重要なのではないかと考えた。しかし、私はそういう実験をする環境には居なかったので気がかりなまま保留していたら、その後上野研究室で変動磁場の実験が始まったということをきいた。それで結果を待っていたのだが、この間上野教授にお会いしたとき、日本語の論文のコピーをいただいたので、ここで概要をまとめておく。

 このまとめは、論文のコピーを元にして私が個人の責任で要約したものである。出典はすべて明らかにしておくので、結果を利用する方は、必ずもとの論文を入手するようにしていただきたい。

「粘菌の形態形成に及ぼす変動磁場の影響」
河野美由紀、上野照剛、日本応用磁気学会誌 22(1998) 801-804

 真性粘菌を、シャーレ中の固形培地で培養した。粘菌は、増殖に伴いお互いに情報交換しながら移動するので、あるパターンを示すが、これが磁場によってどのように影響されるかを調べた。磁場は、ヘルムホルツコイルを用いて、ピーク値0.1T、パルス間隔0.05sの10発のパルスを1Hz間隔で発生させた。実験は、培養を22時間行い、4時間磁場に曝露し、さらに24時間培養した後粘菌のパターンを観測した(A)。その後4時間磁場に曝露し、再度粘菌のパターンを観測した(B)。パターンの評価は、粘菌の移動によって生じた網目構造の画像をコンピュータに取り込み、フラクタル次元を求めることで行った。その結果、磁場への曝露が長くなると、対照群と曝磁群で差があらわれ、曝磁群の方が構造が複雑になることがわかった。また、8時間を2回曝露した場合、中心からの移動に要する時間が長くなる現象も観測された。直流電界によっても粘菌のパターンは変化するので、粘菌が磁場を直接関知している可能性と、誘導電流を関知している可能性の両方が考えられた。

「SODを欠損した大腸菌に及ぼす変動磁場の影響」
河野美由紀、上野照剛、日本応用磁気学会誌 22(1998) 805-808

 SOD(superoxide dismutase)の活性を欠損した大腸菌を用いて、変動磁場が大腸菌に及ぼす影響を調べた。SODを欠損していると、菌体内に生じた活性酸素を速やかに除去することができなくなる。磁場は、ヘルムホルツコイルを用いて、ピーク値0.66,0.1,0.13Tの強さで発生させた。パルス間隔は0.05sで、10発(0.13Tでは5発)を1Hzの頻度で発生させた。吸光度の測定により増殖を評価し、ゲル電気泳動法で菌体蛋白を調べた。誘導電流の違いをみるために、同心円状にシャーレを置いて培養した。磁場の曝露時間は6時間である。その結果、菌体の増殖については曝露群と対照群で差がみられなかった。磁場環境下で培養した大腸菌では、電気泳動の結果、消失した蛋白スポットがあったが、誘導電流の差による違いは見られなかった。また、違いが磁場によるものなのか誘導電流によるものなのかは未解決である。

「連続磁気刺激による熱ショック蛋白質発現の変化」
釣田義一郎、上野照剛、津野ネルソン、名川弘一、武藤徹一郎日本応用磁気学会誌 22(1998) 809-812

 細胞を37度で培養したあと、37度、40度、42度の条件で50Hz、17mTの磁気刺激を行った。刺激時間は、37度、40度では3,6,12時間、42度では0.5,1,2,4時間で行った。細胞内に発現した熱ショック蛋白質(HSP70)をWestern-blotting法で評価した。37度では、磁場の曝露群と対照群で差はみられなかった。40度条件では、曝露時間が3時間と6時間ではHSP70の増強がみられたが12時間では差が無かった。42度条件では、曝露群と対照群で差がなかった。細胞に熱刺激のようなストレス刺激が加わったとき、その耐性を獲得するまでに磁気刺激が加わると、細胞がさらに大きなストレス刺激を感じている可能性がある。

「連続パルス磁気刺激による骨芽細胞の変化」
小谷博子、上野照剛、田中栄、川口浩、中村耕三日本応用磁気学会誌 23(1999) 1525-1528

マウス骨芽細胞に100mTの連続磁気刺激を加えて、刺激後のALPase活性、蛋白量、コラーゲン量、非コラーゲン量を測定した。ALPase活性には磁気刺激による差がみられなかった。蛋白量は刺激群の方が増加した。コラーゲン量も磁気刺激群で増加したが、非コラーゲン蛋白質は磁気刺激群で低下傾向が見られた。

 というわけで、菌や細胞を直接磁気刺激しても、生存に影響することはなさそうである。また、培養液や培地には水も電解質も含まれているので、巷で言われているような、磁気による水やイオンの変化が起きていたら当然菌や細胞にももっと大きな影響が出るはずだが、そういうことも起きていないようである。