ひっぺがしたその後で……(2012/09/08)
【注意】このページの内容は商品の説明ではありません。商品説明中に出てくる水の科学の話について、水・液体の研究者の立場から議論しているものです。製品説明は、議論の最後にある、販売会社のページを見てください。
ツイッターを見ていたら気になるツィートを見つけたのがきっかけで、少し前の報道について注意喚起しておく。MSN産経ニュースWESTに掲載された記事である。
噴霧し紫外線あてるだけ…放射線除染に効果 滋賀のメーカーと大学教授が共同開発
2012.5.17 22:27 [学校・教育]
滋賀県東近江市の金属加工液製造メーカー「スリー・イー」(福谷泰雄社長)と、同県長浜市の長浜バイオ大学の大島淳教授(遺伝子工学)は17日、放射性物質に汚染された土壌の除染に効果がある特殊な水溶液を共同開発したと発表した。土壌除染は水で洗い流すなどしているが、この水溶液は、噴霧し紫外線にあてるだけで効果があるといい、福島県で実験したところ土壌で6割減、雑草で9割減まで除染に成功したという。
発表によると、水溶液は、同社の主力商品の金属加工液と、水草などが原料のバイオエタノールの精製過程で出るセルロース分解液を混ぜ合わせて製造。人体や環境への影響はほとんどないという。
同社が昨夏、福島県飯舘村で実証実験を行った結果、9・2マイクロシーベルトの放射線が検出された土壌に計3回水溶液を噴霧したところ、6日後にはほぼ6割減の3・9マイクロシーベルトまで除染。表面積が大きい雑草で2回噴霧したところ、45日後には2・5マイクロシーベルトからほぼ9割減の0・24マイクロシーベルトまで減少した。
同社はさらに精度を高めた検証を大阪大と共同で始めており、近く結果を出す予定。大島教授は「水溶液をかけるだけで除染できるとは、従来の常識では考えられなかった。画期的な技術になる可能性がある」と期待を寄せている。
こういった問題を考えるときの基本は、放射能の除染とは、放射能を持つ(化学物質としてはごく微量あるいはきわめて薄い濃度でしかない)物質を集めて移動させることでしかなく、これ以外のことは一切できない、ということである。どんな画期的な薬や材料が開発されたとしても、放射能を出す原子核を出さない原子核に変えることはできない。どのくらいできないかというと、永久機関ができないというのと同程度にできない。
化学変化の世界(生物の活動もこの範疇に含まれる)と、核反応の世界では、あまりにもエネルギーの変化の大きさが違いすぎて、化学変化をどう使っても、原子核に手出しすることはできない。これは、化学的なやり方で金以外の物質から金を作ろうとする試みが全て失敗したことによって確認されている。
現在問題になっているセシウムは主に粘土に吸着した状態で粘土の粒と一緒に動いていることがわかっている。この水溶液でセシウムが減るということは、粘土からセシウムが引き離されてどこかに行ったということになる。セシウムはその場にいなくなっただけで、移動した先ではやはり一定の確率で放射線を出し続けている。
セシウムの吸着が除染を困難にしている面は確かにあるので、それをひっぺがす薬剤ができたのであれば、除染には役立つ。が、使い所が問題である。セシウムが泥などに強く吸着する性質は、除染を困難にすると同時に、生物がイオンの形でセシウムを取り込むことを妨げている面もある。使い方を間違えると、水相に出てきて他の生き物が取り込みやすくなったセシウムを環境中に再放流する結果になりかねない。取り除いたセシウムをきちんと集めて運び出せるか、剥がれて出てきたセシウムが人に害をなさないところに集まってくれる状態であることを確認してから使わないといけない。「撒くだけで放射能が減った、めでたしめでたし」とはならないのである。
もう一つ、この手の商品が出たときに、誤解や便乗で、「撒くだけで放射能を減らせる(消滅させる)」かのような宣伝が行われることがある。さすがにそういう宣伝は論外だが、業者がそういう意味にならないように気をつけて宣伝していても、放射能を減らせると誤解する人は出てくるかもしれない。
たとえば気をつけている方の宣伝の例として、
放射性物質減線液「のぞみ」は放射線量が高い場所(放射線源)に噴霧するだけで除々に放射線量が下がる画期的な水溶液です。また日光に当てる事により、更なる効力の向上が期待できます。「のぞみ」は植物由来の成分をベースに開発致しました。人体・環境に影響を与える物質は、一切使用しておりません。
というものがある。「線量が下がる」と書いてあるだけで、放射能自体を無くすとは主張していないので、唯一過可能な解釈は「効率良くセシウムを引っぺがして流し去った」ということである。そうすると、流れ去った先がどこなのか、生物が取り込みやすい形になったりしていないのかが問題である。その場にいてもらっては困るセシウムを、より影響の少ないところに移動させるのは良いが、狙ったところに移動してるかどうかの確認は必要だろう。使う前に、セシウムがどこに行きそうか検討した上で使うべきである。
このコメントを書き始める直前に、別の業者による、撒くだけで放射能減らせますという内容のチラシを目撃したという人もつぶやいていた。今のところ、気をつけている業者とそうでない業者が入りみだれているようである。
さて、化学反応では核の世界に手出しができないので、放射能そのものを減らせる薬品(あるいは微生物)はどうやっても開発できないことはあきらかだが、もし、そんな薬品が世の中に存在したら何が起きるか考えてみる。
自然の変化の原則は、何でもエネルギーの高い方から低い方に放って置いても変化する、というものである。酸素と水素を混ぜておくと、なにかのきっかけで反応し(この場合は反応がきわめて短時間で起きるから爆発することになるが)、酸素と水素のままでいた時よりは化学的なエネルギーの低い水に変わる。
もう一つの原則は、エネルギーは変化の前後で勝手に消えたり発生したりはしない、ということである。だから、エネルギーの高い方から低い方に変わるとき、その差の分だけのエネルギーを別のものに与えなければいけない。酸素と水素の例では、反応で出たエネルギーを一度に多数の空気の分子に与えることになり、急に温度が上がって空気が膨脹し、原子炉の建屋が吹き飛んだりする結果をもたらす。
この変化の原則は、原子核でも変わらない。エネルギーの高い状態にいる原子核は不安定なので、放っておくと、勝手にどんどんエネルギーの低い状態になっていく。原子核が変化するときのエネルギーの差は、酸素と水素が反応する(つまり化学反応)時の差よりも6桁くらい大きい。このとき、エネルギーの差の分だけ、放射線を出す。
もし、振りかけるだけで核の壊変をさっさと終わらせて放射線を出さない状態にできる薬剤が存在したら、放射性セシウムに振りかけたとたん、一気に壊変が終わることになる。壊変前後のエネルギー差の分を無くすことはできないので、振りかけるとまとまった放射線がどかんと出て、撒いた人はたくさん放射線を浴びることになるだろう。もし、そういった触れ込みの薬剤や溶液を撒いた後、空間線量が急激に上がるようなことが起きないのであれば、放射能自体を消すという考えは間違っていることになる。
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