毎日新聞のマイナスイオンに関する記事について(2002/06/26)
【注意】このページの内容は商品の説明ではありません。商品説明中に出てくる水の科学の話について、水・液体の研究者の立場から議論しているものです。製品説明は、議論の最後にある、販売会社のページを見てください。
本来、空気中のイオンの話は、水や液体の研究をしている私の専門ではない。ところが、水を破砕すると「マイナスイオン」が発生するという説が出回っており、マイナスイオンに関する話題が掲示板に書き込まれたりメールで届いたりすることがある。
先日、毎日新聞が、マイナスイオンに関する記事を出したことについて、以下のようなメールを当サイトの読者からいただいた。
突然メイルを差し上げ申し訳ありません。
安井先生のHPから天羽様のサイトを知り、勉強させていただいています。特にマイ ナスイオンについては、ほかにあまり情報がなかったので、とても参考になりました。
ありがとうございます。
しばらくアクセスできなかったので、心配していたのですが、そういう事情でした か。ひそかに応援しています。 ところで。6月17日の毎日新聞夕刊に「体にいい」マイナスイオンという記事が載 りました。
http://www.mainichi.co.jp/eye/feature/details/science/Bio/200206/17-3.html
一読の価値ありです。
今の時期に、一応全国紙のしかも科学面にこういう記事が載る、ということに、驚きました。あまたある企業広告に比べても悪質ではないか、という気がします。
特に、後段に出てくる97年のマウスとラットの飼育実験と、ロシアの公共建築物の基準というのは初耳でした。これはいったい、何なのでしょうか。
どんな論文がどのように曲解されて、この結論になっているのか。あるいは、論文はないのか、ロシアに基準などないのか。
もし、何かお心当たりの論文やロシアの状況など御存知であれば、教えてください。原報にあたってみたい、と思います。
本当は筆者に聞くべきなのですが、おそらくこの筆者は原報にはあたっていないはずです。たぶん、だれかに聞いたのでしょう。筆者が科学的知識に欠け、インターネットで調べてすらいないのは、記事を読む限り明らかなようです。
お忙しいところ恐縮ですが、お教えください。もし、お心当たりがあってメイルを書くお暇があれば、で結構です。よろしくお願いいたします。
このメールをいただいて、記事を読んでみた。私の印象では、記者が調べてないとは思わなかったが、いくつか疑問な点があった。マイナスイオンの話は、水に関連したものも空気に関連したものもトルマリンに関連したものも宣伝が頻繁に行われているが、詳細がさっぱりわからない。私ももっと詳しいことを知りたいと思ったので、以下のような質問とコメントを、記事を書いた記者さんに送ってみた。
1)「滝や噴水などでは、水が落下する衝撃で水分子から電子が飛び出し」は誤りではないでしょうか。電子を引きはがすのに必用なエネルギーは衝撃のエネルギーに比べると桁違いに大きいので、こういう現象が起きるとは思えないのですが。どういう実験でこのことが確認されたのか、元になった論文の著者名と掲載誌の名前と、掲載年・号・ページについてお教え下さい。
水を数分子から数十分子にまで破砕して質量分析などを行う、分子線クラスターの実験がありますが、この場合でも水の微小液滴から電子が飛び出したり電子を受け取ったりして勝手に帯電することはなく、別途イオン源を用いてイオン化を行っているのが現状です。
2)「マイナスイオン」の実態となっている化学種を特定せずに、このような記事を書いても、一般人の科学に対する誤解を広めるだけだです。都立大学大学院まで取材したのであれば、マイナスイオンがいかなる化学種でどの程度の濃度存在するかをはっきり書くべきだと考えます。
3)「不足の影響については、97年の外国の実験結果がある。マイナスイオンがゼロという密室環境でマウスとラットを飼育したところ、」この部分の記述の元になった、論文の著者名と掲載誌の名前と、掲載年・号・ページをお教え下さい。
4)「ロシアでは、公共建築物の基準を「マイナスイオン3000〜5000個、プラスイオン1500〜3000個」と義務づけている。
これは、空気の体積どれだけ当たりの数でしょうか?数だけ書かれても意味がありません。また、この数値は、自然界に普通に存在する空気イオンの数と比べて多いのか少ないのかどちらでしょうか?
まず、以上の質問について、即日で回答をいただくことができた。それを、質問内容別にまとめると、以下の通りである。
1)レーナルト(1862〜1947)の研究結果が基になっている。
翻訳が、「レナード効果に迫る!」で読める。
2)琉子助教授の話では、「イナスイオンの特定は大変困難」らしい。水破砕方式(レナード式)で生まれるマイナスイオンに関しては、酸素分子に水分子数個が付着したもの、と推定されている。コロナ放電法によってつくるマイナスイオンの組成については、長門研吉「大気イオンの化学組成」(静電気学会誌23:37−43、1999)を参照すること。
3)Accelerated death of animals in a Quasi-Neutral electric atmosphere.Z Naturforsch52:396-404,1997
4)イオンの個数は1cc当たりの量。例えば、マイナスイオン3000個を室内で保つにはマイナスイオンを供給し続ける必用があるだろう。マイナスイオンの標準的な個数は森林で数百、噴水の脇で数千程度。
ということで、きちんと元論文の情報まで押さえて記事が書かれている。新聞記者というお仕事は非常に多忙を極めているはずなのに、即座に返事をいただけたことについて、この場でお礼を申し上げたい。また、私宛に問いあわせをなさった方が書かれた「おそらくこの筆者は原報にはあたっていないはずです。たぶん、だれかに聞いたのでしょう。筆者が科学的知識に欠け、インターネットで調べてすらいないのは、記事を読む限り明らかなようです。」ということはなかった。誠意をもって対応していただけたと考えている。
新聞記事は一般向けに書かれるため、細かい専門的な情報までは、紙面の都合もあって、掲載するのが難しいと考えられる。このことが、科学分野に詳しい読者にとっては、物足りないと感じることもあるかもしれない。また、新聞記者はいろんなことを手広く取材しなければならないだろうし、科学分野が細分化されてきている以上、ある程度は広く浅くという形になるのもやむを得ない面があると思う。マイナスイオンについては、研究している側も物質の確定が遅れているから、記事に書こうにも書けないということではないだろうか。いただいた返事を読んで、取材はきちんと行われているという印象を持った。ウェブページであれば、もっとマニアックな情報も提供するのは容易だから、ウェブで記事を公開するときに、もっと詳しい情報を参照できるような形で公開していただけるとありがたいし、新聞の付加価値にもなるのにと思った。
さて、マイナスイオンそのものについてだが、以上お教えいただいた内容をふまえて、私が疑問だと思う点についてまとめておく。
水の破砕で電子が出てくるという話と、微小な水滴と酸素分子がレナード式で出てくるマイナスイオンの正体だという話の間につながりがない。もし、マイナスイオンの研究をしている人達がこれらのことを同時に主張しているのだとすれば、メカニズムに関するコンセンサスがどこまでとれているのか、研究している人達は説明をするべきではないか。
マイナスイオンの不足に関する実験の論文のタイトルを見ると、superoxideと書いてあるので、これはマイナスイオンではなくて活性酸素の効果を調べた論文のように見える。本文の確認が必要である。この論文について、私に最初に質問メールをくださった方が、コピーを入手してfaxしてくださった。今、最初の方を読んでいるが、どうも、空気イオンのうちで生物学的活性を持つのは活性酸素ラジカルのマイナスイオンであり、空気中の活性酸素ラジカルを無くしてしまうと生物にとってよろしくないという実験結果が出てきており、これをより詳細に確認したものらしい。活性酸素は劇物であるが、ひょっとしたら「毒も少量なら薬」がまんま実現しているのかもしれない。きちんと読んでまたレポートするつもりである。
レナードの実験の追試に相当するかもしれない実験が、1994年に発表されている。私はこれを勘違いして、ここ数日、1985年といろんなメールに書いてしまったが、1994年が正しい。inspecというデータベースで検索した結果で、次のようなものである。
TI = Charges on particles of different size from bubbles of Mediterranean Sea
surf and from waterfalls
AU = Reiter, R. (CoR Consulting Bur. Reiter, Garmisch-Partenkirchen, Germany)
SO = J. Geophys. Res. (USA), 10807-12, vol.99, no.D5, 20 May 1994
AB = The Blanchard effect over the oceans is presumed to be a source of positive charges on salt particles from bubbles in oceanic sea surf. Confirmatory measurements of particle charges in the laboratory made by Blanchard were, however, restricted to particles of more than 3 mu m in diameter. A number of authors have actually found an increased positive net space charge in the whitecap and surf areas of the large oceans by applying the Faraday-cage method. Because this method is subjected to a number of disadvantages, it seemed essential to measure the charges on surf particles directly and then, in contrast to Blanchard, in size fractions from 2.5 down to 0.2 mu m in diameter and under natural surf conditions very near to the source of the particles. Observations were carried out on an unpolluted Mediterranean beach. It appeared that while the sea spray particles of more than 2.5 mu m diameter indeed carry positive charges, the smaller particles down to 0.2 mu m and with a much higher particle number density are negatively charged. As a result, in the layer above the agitated ocean, only a negative space charge and a negative electric field exists. This is in contrast to the findings of a number of authors who have made measurements on the Atlantic and Pacific oceans from which a positive space charge and a positive field appeared. The opposite polarity found on the Mediterranean Sea seems to be caused by its significantly higher salinity. The results of the present author's measurements demonstrate that the "classical picture of the Blanchard effect" cannot be applied for every oceanic region. Near a waterfall, the well-known Lenard effect was confirmed.
Lenard effectをキーワードにして検索をしたものである。これ以外は、プラズマなど高エネルギー関係の論文が引っかかった。Blanchard effectというキーワードが出てくるが、これは何だろう?
それはともかく、時々出てくる「海辺はプラスイオン」という話の元ネタだと思われる。「プラスイオン=健康に悪い」なんて宣伝をしまくった場合、これからの海水浴シーズンを控えていかがなものかと思わないでもない。海に行くより山に行けってことだろうか?もし、このマイナスイオンブームの仕掛け人が、バブルの崩壊で売れなくなったリゾートマンション販売業者だったりしたら笑っちゃうのだが。