そろそろモデル賃金の話をした方がよくないか
共同の記事より。いろんな新聞社に配信されてるが、たとえばここで読める。
博士課程51年ぶり定員減 国立大、受け皿不足背景
文部科学省は30日、国立大の来年度入学定員を公表した。1956年度から増加を続けていた大学院・博士課程の定員が本年度より118人少ない1万4282人となり、51年ぶりに減少に転じた。
文科省は「博士クラスの人材は企業など社会の受け皿が不足しており、大学側が需要に合った定員見直しを進めていることの表れ」とみており、減少傾向は今後も続く見通しだ。
文科省によると、国立大の博士課程入学定員は56年度の2304人から年々増え続け、96年度には1万人を突破。2003年度以降は年100人前後の「微増」が続いていた。
正直、やっと大学が現実を見始めたかという感想を持った。
一方で、ポスドク問題については、化学と工業に出たこんな論説もある。この論説ですっぽりと抜けているのは「コスト意識」ではないか。PDを増やしたことで国研の評判は上々だと書いてあるが、増やすために投じた総コストを上回るだけの成果があったかどうかについては何も書いてない。人材供給のミスマッチが明らかであることは言うまでもないが、PDの居場所について「人生至る処青山あり」などという考え方で政策決定されては、PDと納税者の両方が困る。PDの立場としては政策によって生じたミスマッチを改善してほしいと考えるのは当然だろうし、納税者の立場では活用の当てもないのに税金を投入して人材を養成するのは、使われない高速道路を造るのと同じ種類の金の無駄遣いということになる。
この論説がさらに現実を見ていないのは、
「研究費が少ないので、PD に十分な給与が払えなくて…」としている例は論外である。雇用する側はまず自分の給与の中からPD の不足分を補った上でそう言って欲しい。
と書いている部分である。大学についていえば、教員定員が過員(つまり人件費枠以上に人数が居る)で、定年退職した人の補充も十分できない状態で、さらに毎年予算カットが行われる。PDの給与を補う余裕がどこにあると考えているのか、ぜひ筆者の意見をうかがいたいところである。
ところで、博士課程進学希望者に提供すべき情報は、実は生涯賃金についてではないかと考えている。就職ではなく進学を選んだ場合、その期間の収入はない。一方、就職した人は、会社が順調ならキャリアを積んでその分の給料も上がっていく。博士修了後、不安定で、キャリアを積んだことが次の給料アップにつながらないポスドクという立場を続けている間も、就職した同級生達はそれなりに給料をもらっていてベースアップなんかも(会社が成長していれば)あるだろう。遅れてもポストを得られれば幸運な方だが、給料をもらう期間は短い。フレッシュマンで就職したとしてもやっぱり遅れて会社に入ったハンデがある。結局、進学などせずに就職した人と、生涯賃金の上では大差がつくのではないか(が、まだ詳しく調べてないのでデータが出せない……)。
まあ、大企業を基準にするか、中小企業を基準にするかで違うだろうが、進学した人達のうち、どれだけの生涯賃金をもらえる人が何割いて、それは学部あるいは修士卒である規模の企業に就職した場合と比べてどうか、ということの一応の目安なら出せるのではないか。何か参考になりそうなデータをご存じの方がいらっしゃったら、ぜひ教えて欲しい。
いずれにしても、投入した費用をPD本人が回収できるのかということと、納税者が間接的に回収できているのかということの評価と情報開示をしないのは、やっぱり政策決定のどこかにごまかしがあるということではないかと思う。
ここからは旧ブログのコメントです。
by nomad at 2006-08-31 08:52:31
Re:そろそろモデル賃金の話をした方がよくないか
僕の友人が工学博士を持っていますが、就職に困っています。
もとは研究所に勤めたり、大学に勤めたりしたのですが、ヘッドハンティング時に不運が重なり、宙ぶらりんになって以来、就職先が決まりません。
専門が限られている(ハヤリの領域でないとポストが無い)のがまず問題です。
企業へサラリーマンとして就職しようとしても「工学博士」という履歴がオーバースペックとされ、敬遠されるようです。
by TuH at 2006-08-25 11:14:25
Re:そろそろモデル賃金の話をした方がよくないか
PDではありませんが,新卒修士なら,大手電機会社で,おおよそ新卒学士の一割増(基本給)というのが,各社のHPで確認できます。
あ,三菱電機(株)のHPには,博士了採用の実績データもありました。(以下)
学部卒 : 201,000円(2005年度実績)
修士了 : 222,500円( 〃 )
博士了 : 254,000円( 〃 )
実質給与上昇率が年5[%]程度でないと追いつけませんね。新人は上昇し易いとは言え,平均では1~2[%]程度ですから。
by apj at 2006-08-43 19:37:43
Re:そろそろモデル賃金の話をした方がよくないか
nomadさん、
昔、NTT基礎研の面接を受けた時、修士までは何回も面接してマッチする部署を決めるが、博士は一本釣り(できることと、会社が今これからやろうとしてることがマッチするかどうか)で決めると言ってました。
「専門」の部分を広く解してくれれば、少しは良くなるのではないかと思いました。論文として出てくる「**の研究」はテーマも範囲も限られているかもしれせんが、それを実行するために必要な知識や技術は他でももっといろいろ使えるので、その部分を見てもらえると、双方にとってハッピーなのではないでしょうか。
TuHさん、
情報提供ありがとうございます。
会社も成果主義になって、誰でも同じベースアップというわけにはいかないでしょうが、平均のアップ率、追いつける人が全体の何%、といった形での比較はできそうですよね。
会社といってもいろいろあるでしょうし、会社に行ったからといってみんなが順調なわけではないでしょうけど、順調にいく割合が著しく異なるというのであれば、そういう情報は、進路選択に際してもっと明らかにされるべきだと思います。
by まいまい at 2006-09-41 21:59:41
Re:そろそろモデル賃金の話をした方がよくないか
先回の日本生態学会でも自由集会が開かれましたが、生態学の、特にゲーム理論を少しでも学んだ学生連中というのは、ちょっと自分の視野を広げると経済経営分野ではかなりのことができるはずなんです。
なにもナンタラチョウ、カンタラソウの生存戦略で一生食っていくと我を張らなくても、○○国の国債に関する投資戦略を解析する力があるんですよ。大学院を始めとする教育訓練機関でも生物生態学の研究ポストを前提に学生とって使い捨てにするのは辞めようよ、という集会を開いて騒いでも、なかなか話題にはなりません。
N県では以前も話題にしましたが(給与構造改革がありました。)、
高卒一般 初任 14.3万 勤続15年 28.2万 勤続20年 34.1万
大卒一般 初任 17.7万 勤続10年 29.1万 勤続20年 40.9万
研究大卒 初任 20.3万 勤続10年 データ無 勤続20年 37.2万
研究博士 初任 21.9万 勤続10年 データ無 勤続20年 37.8万
研究職は博士でも高卒に及ばないか同等です。生涯賃金はまあ、計算するまでもないですね。N県は専門学校進学率が全国トップレベルで、大学に行かないという県ですが、親として当然の判断です。