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対策方法が違うのでは?

Posted on 1月 6th, 2008 in 未分類 by apj

 J-CASTニュースより。

私大生2割「日本語力中学生以下」 学力底上げにeラーニング導入
2008/1/ 5
 「ゆとり教育」に端を発する学力低下が叫ばれるなか、「私大学生の2割の学生の日本語力が中学生以下」という驚きの調査結果が明らかになった。この調査を行った教育機関では、「大学でのeラーニング導入を推進しないと、今の大学は生き残れない」と提言している。

66%が「中学生以下」と判定された大学もある

 大学生の基礎学力の低下を受け、独立行政法人・メディア教育開発センター(NIME)では、日本語・英語・数学の基礎学力を測定するための「プレースメントテスト」を開発し、各大学で提供している。調査は1998年から00年、04年から07年にかけて行われたが、「日本語力が中学生レベル以下」と判定される大学生の割合が非常に多いのだ。まとまったデータが残っている04年時点(24大学・7353人が受験)で、「中学生以下」なのは、国立大学で6%だったのに対し、私立大学では20%で、短大では実に35%。06年の調査では、66%が「中学生以下」と判定された大学もあった。
 このプレースメントテストを開発したNIMEの小野博教授によると、大学での授業を理解するためには、高校生レベルの日本語力が必要だといい、この調査結果からすると、授業の内容さえ理解できない大学生がかなりの数にのぼる、ということになる。
 小野教授は、
「大学の数を増やしてしまったことで、(1科目受験のみで合格できる制度が登場するなど)入試制度が変化しており、入試で受験生を選別できなくなっています。そこで、プレースメントテストを行って『学力別クラス編成』をする大学も多いです」
と嘆息する。
 教育方法学が専門の藤川大祐・千葉大学准教授も、
「(自身が勤務する)国立大の学生を見ていても、ちょっとした漢字を書くのでさえいい加減だったり、簡単な数学が出来ない、という例が目立ちます。そう考えると、調査結果にあるような『私立大学で日本語力が中学生レベルの学生が多い』という話も、驚きには値しないと思います」
と話し、学力低下を実感している様子だ。

全国107大学がeラーニング参加を表明

 これを受けて、2007年11月1日には、eラーニングを使って学力底上げを目指す「オンライン学習・大学ネットワーク」がNIMEを事務局として立ち上がり、全国107大学が参加を表明。08年4月からは、補講用の数学、物理、英語などの教材を配信する予定だ。
 前出の小野教授は
「現状では、コンテンツが足らなさすぎます。まずは大学の先生たちが授業をやりたがらない分野を充実させたいです」
と話す。なお、「授業をやりたがらない分野」とは、「中高生の勉強をやり直すような内容」や、「SPI(企業の採用選考で使われる、マーク方式の能力・性格検査)対策などの就職準備」などだそうだ。
 一方、藤川准教授は
「何かやれば学力は上がるものなので、eラーニングもひとつの方法だとは思います。ただし、(学力低下が指摘されている)これまで勉強してこなかった学生に、対面でない状況で教えたとして、どれだけ効果が上がるのかは未知数だと思います」
と、やや懐疑的な様子だ。

 中学生レベルの国語力を身に付けていないのに大学に入れるということが根本的におかしいのっであって、それを大学でどうにかしようというのは本末転倒ではないか。「大学でのeラーニング導入を推進しないと、今の大学は生き残れない」という、まず大学を残すことありきな話ではなく、せめて高校の内容をそれなりに身に付けている学生だけが大学に入れる状態になるまで、大学の数を減らすことだろう。
 高校で科目選択などでやってこなかったとか、高校で学んだ当時にあんまり必要だと思わなかったので学生が忘れてしまっているといった内容については大学でフォローするのが適切だが、中学校の内容をフォローするというのはどう考えても違うのではないか。もし、中学校の内容をフォローするとしたら、それは高等学校の役目だろう。
 小学校の内容を身に付けていないのに中学に進める、中学の内容を身に付けていないのに高校に入れる、という、粉飾決算のようなことを繰り返した挙げ句に発生した事態なのだから、根本的な対策としては、大学の数を減らして浮いたリソースを小中高に振り向けて、各段階での学習内容が身に付くまで留年も有りにして、人手と時間と予算をかけてケアするしかないのでは。
 先日の同窓会で、中学で教師をしている人がぼやいていたのは、分数がわからない中学生が3分の2居る、ということだった。ちょっと詳しく聞いてみたら、数や量の概念を全く分かっていないといいうことで、それでも「中学校数学の公式に当てはめて方程式を解く」ことは一応できるらしい。これは、中学受験などでほとんど選別せず、学区制でほとんどの人が公立小→公立中、と進んでいる状態での話である。中学受験で優秀な人の大部分が私立に行った後に残ったグループでの話ではない。普通に公教育をやって、小学校で身に付ける内容を身に付けないまま中学校に進んでいる人の割合の方が多いというのではどうにもならないだろう。だからといって教育内容を削減するようなゆとりにしたって問題は解決しない。超多忙な先生方にゆとりを持たせて、小中高それぞれで身に付けるべき内容を教育することに十分な手間と時間をかけられるようにするしかないのではないか。


ここからは旧ブログのコメントです。


by nomad at 2008-01-56 23:53:56
Re:対策方法が違うのでは?

eラーニングはクソほどの役にも立たない、と僕は思っています。
教育っていうものは手間隙がかかるのに、その手間隙をはしょるのがeラーニングという方法です。
もし学力が足らないことに対策するのであれば、eラーニングではなく、本当のきちんとした教育方法です。
eラーニングを推すヤツは、業者の手先であって教育者ではないと思いますよ。


by apj at 2008-01-18 00:27:18
Re:対策方法が違うのでは?

nomadさん、
 e-ラーニングで効果があがるとしたら、通信教育等を積極的に利用して自分でがんばって知識を身に付けよう、というやる気のある人だけじゃないかと思います。自分から求める人には、教材がそこにあれば役立つことがあるかもしれない。しかし、大学受験の段階で中学校の国語が怪しいような人は、とても、自分から積極的に勉強する人とはいえない(∵元々学ぶことに積極的な人ならば学校でも積極的で教師を利用するから、そこまでひどいことにはならないはず)だろうと思うので、無意味ではないかと。


by 酔うぞ at 2008-01-55 00:49:55
Re:対策方法が違うのでは?

大石英司氏のブログにコメントで付けたのだけど、e-ラーニングでも
居残り授業でも良いけど、日本語の能力だけが低いのか?の方が大事です。

日本語がダメと言うのだと「表現したいことはあるが、手段が下手」と
いうことになりますが、じゃあ別の表現手段で何か出てくるのか?と言えば
間違えなく出てきませんよ。

何よりも「人に伝えること」が分かっていない。

大石英司氏のブログには「読む書くよりも、聞く話すだ」と書きました。
聞く話すがまともに出来ない子どもに読む書くは無理だって。

そして、聞く話すが出来なくても今は生活できるんですよ。
仲間はずれにもなりません。仲間なんて無いから。
遊び時間だって塾の予定に管理されている。
兄弟がないから兄弟喧嘩の経験がない・・・・・・。

話す必要も聞く必要なく、勉強とは学校(塾)でやるものであると
その時間だけ学生をやっている。

確かに、大学生にやる事じゃないけど、小学生やそれ以下をなんとかしない
わけにはいかないです。


by apj at 2008-01-39 03:22:39
Re:対策方法が違うのでは?

酔うぞさん、

 昨年末に、某大学の海外交流関係を担当している昔の知り合いに会いました。海外交流だから、留学したいという日本人学生の相談に乗ったりするわけです。
 ところが、相談に来て何も言わず突っ立ってるだけの学生が出てきたといって困惑していました。普通なら「こんにちは、失礼します。○○学部の××です。△△の留学について相談したいのですが……」などと始まるはずが、一言も言葉を発しない。別のケースでは、ウチの娘の留学について相談が、と親が電話をかけてきたそうです。さすがに「娘さんご自身がオフィスに来て相談するよう伝えてください」と言うしかなかったらしいです。

 これだけなら、まだ、話す聞くをせずに大学生になったのだろう、とか、本人が話す聞くをやる前に親が全部面倒を見てきたのだろう、というものです。
 ところが、もっと絶望的なのは、大学が少子化圧力で競走にさらされた結果としてサービスを要求されているため、「オフィスに来て学生本人がきちんと相談せよ」という指示をすること自体が、実際には本人にとっての訓練の機会であるにもかかわらず、管理職からみると「担当者がサービスを怠った」と評価されるということなんです。

 大学全入になりつつあることと、成果主義云々のせいもあって、大学は既に間違ったサービスを提供する方向に進みつつあるようです。今のままの大学の数を維持する一方で予算をカットしたりしている間は、この方向が修正されることは多分無いと思われます。


by TAKESAN at 2008-01-09 03:29:09
Re:対策方法が違うのでは?

今晩は。

nomadさん
 >eラーニングはクソほどの役にも立たない、と僕は思って
 >います。
物凄い仰りようですね。
一応伺いますが。
eラーニング一般が役に立たない、という意味ですか。それとも、今回のようなケースでは、という意味ですか? いずれにしても、
 >eラーニングを推すヤツは、業者の手先であって教育
 >者ではないと思いますよ。
こういった物言いは、適切では無いように思われますけれども。

——

このニュースを見て率直に感じたのが、「なんでそんな人が大学に入れるの?」というものでした。
さすがに、中学レベルをフォローするとなると、教員に掛かる負担も大きくなるんじゃないかなあ、と。


by apj at 2008-01-54 04:01:54
Re:対策方法が違うのでは?

TAKESANさん、

>「なんでそんな人が大学に入れるの?」

・無計画に大学設置を文科省(旧文部省も)が認可しまくったため、大学の入学定員が増加(国立大学でも全体に定員増だが、増加の主な分は新設された私立大学による)。
・大学存続のためには、学生を入れるしかない。学生が居なくなれば大学はつぶれる。
・18歳人口が減り続けたため、学力が無い受験生がやってきても、大学存続のために合格させる以外に方法がない。
・多様な入試をすることが望ましい、という文科省の方針で、AO入試や推薦入試が広まり、まともに学力検査をしないことの隠れ蓑になった。

 どう考えても、入学時点で国語の能力が中学生レベル、あるいは他人に物を伝えたり伝えられたりすることが全くわかっていない状態では、4年間で「学士」のレベルに到達するのは不可能でしょう。
 日本では、大学設置が認可制だったのでディプロマミルが乱立することがなかった代わりに、審査をパスして設置された大学の実態がディプロマミルと変わらない(出てくる学生が「学士」のレベルに達していないのに学位を出しているから)ということになりかねません。っていうか、そのうち、どっかの海外の認定機関が、日本の最底辺大学に対して「認可はされているが卒業した学生のレベルを考えると中身はディプロマミル」という評価でも下すんじゃないですかねorz。


by Niimi at 2008-01-35 04:59:35
Re:対策方法が違うのでは?

中学までは「義務」教育なんだから、中学過程までを履修してない児童を卒業させちゃ「親も教師も義務を果たしてない」んじゃないかと思ってたり。


by 石田剛 at 2008-01-45 05:49:45
Re:対策方法が違うのでは?

「プレースメントテスト」で得られる評価結果の精度が、十分に高いのか気になります。
調べたら、こんなの見つけたんでちょっと読んで考えて見ます。
http://repository.tufs.ac.jp/bitstream/10108/20990/1/jlc031013.pdf

精度が十分に高いのであれば、石田自身もいちど受けてみたいものです。石田の身近な人にも、何人か受けて欲しい人が居ます。
# 身近じゃない人にも居ますが…


by 酔うぞ at 2008-01-18 06:11:18
Re:対策方法が違うのでは?

TAKESANさん

    さすがに、中学レベルをフォローするとなると、
    教員に掛かる負担も大きくなるんじゃないかなあ、と。

たぶん「中学生レベルの大学生は少数で、大半は昔とさほど変わらない」
といったイメージで考えられているのではないでしょうか?

確かに「中学生レベルだけ」出来上がっている大学生はそうそう居ないだろうと
想像しますが、じゃあ大半が昔と大差ないかというとこれはものすごく違う
と感じます。

青少年は程度の差はあっても、どこか無軌道なところがあって
ちょっと煽ればすぐに議論を始めるもの、といったイメージがわたしにはあります。

これが今では大変なんですよ。

自分の考えを出すという習慣が無い。
  もちろん考えてはいるのだけど、迷うと「みんなと同じ」ととりあえず言う。

他人(チームメイト)を説得出来ない
  自分の意見を言う技術が無いから、説得できない。
  弱ったことには、その結果失敗しても「言っておけば良かった」とならない。
  当然、チームワークなんて皆無
  チームを組んで何かをする、というチャンスが無い。

負けたくないとか、ほめられると嬉しいといった素直な感情はあるのですが
それをうまく使うことも出来ない。
孤独な群衆なのが今の学校です。

子ども時代に失敗して建て直す、という経験があまりに少ないのだろと
想像しています。

現実問題として、すでに高校は全入ですがその結果
中学が通過点になってしまっているようです。

高校生が平然と「偏差値通りのコースだ」と言います。
競争して上級の学校を狙うなんて考えは無い。

何でかというと多分「これが面白そうだ」というものが分からないのでしょう。
わたしは、もの作り関係を教えていますが、
やった結果として「面白いから工学部に行きたい」と言い出します。

なんて言うか「知的好奇心を刺激する」といった経験そのものが無い
といった感じですね。

青少年にとっては、人との関わり方、自分の興味を深めること
といったことも学力と並んで重要なことだと思いますが、
どうもこういう事がすっぽりと抜け落ちている、と感じます。

 1 自分の興味がどこに向いているのか整理が出来ていない
 2 個性的な意見が無い
 3 自分の意見が発表できない
 4 人と話をしない
 5 相手も同じだから、人の話を聞く経験がない
 6 話し方の練習が出来ていない
 7 話すことがないのだから、日本語が使えない

こんな事になっているような気がします。


by オキナタケ at 2008-01-10 08:47:10
Re:対策方法が違うのでは?

こういう話題になると、よく出てくるのが「兄弟がいないから・・・」というやつ。今回も言ってる人がいますね。私には兄弟姉妹がおりませんでしたので、昔からよく言われました。教師にも言われました。今思い出しても腹が立ちます。だって、しょうがないやんか。特に教育者が言うべきことではないはず。家族構成とかが変わってきているのだから、付き合い方も変えて然るべきですね。同じことやってるからズレていくのは当然かと。


by TAKESAN at 2008-01-24 09:18:24
Re:対策方法が違うのでは?

酔うぞさんへ。

昔に較べてどう変化したか、という部分については、私は判断は保留しています。ある集団の傾向についての言及なので、慎重に評価されなければならないと考えます。従って、昔とさほど変わらない、と考えているか、と問われると、その可能性もあるのでは、という程度の認識ですね。特に楽観視している訳ではありませんけれど。

もちろん、酔うぞさんのご意見に反対する、という意味ではありません(とは言え、酔うぞさんが若い世代について言及なさる時、かなりネガティブにお書きになるので、そこは気になります)。酔うぞさんが指摘されている問題点は、私も感ずる所です。と言っても、周りを観察して、というだけで無く、自分がそうであった、という事でもあるのですが。

で、列挙された問題点についてですが、私も学生時代、そうでしたし、周りを見ても、そんな感じでした。で、ここからは、実感に基づいた発言なので、一般化は出来ないのですが、私は、そういった社会性を促してしまうのは、マスメディアの情報であったり、大人が「勉強は役に立たない」と「教えて」しまっている事が、少なからず影響している、と考えています。
つまり、積極的にそれを育てているかも知れない、という事です。志向している訳ですね。何かが「抜け落ちている」からとは限らない。

良くも悪くも、子どもは大人の真似をし、大人の見苦しい部分は嫌悪するものだと思います。

▽▽▽引用▽▽▽
何でかというと多分「これが面白そうだ」というものが分からないのでしょう。
わたしは、もの作り関係を教えていますが、
やった結果として「面白いから工学部に行きたい」と言い出します。
△△引用終了△△
これは素晴らしい事だと感じます。何と言うか、学校で「面白さ」を伝えるのは、凄く大事だと思っています。
ですが、
▽▽▽引用▽▽▽
なんて言うか「知的好奇心を刺激する」といった経験そのものが無い
といった感じですね。
△△引用終了△△
これは、果たしてそうだろうか、と感じました。何かに知的好奇心を刺激されているのに、それに大人が気付かなかったり、どうせ解らないからと、子どもがそれを悟らせないようにしている、という事もあるかも知れません。

長文で、失礼しました。


by (ぱ) at 2008-01-14 10:09:14
Re:対策方法が違うのでは?

 プログラマという仕事柄、多少は数学も使うのですが、理系国立大の卒業生でさえ、一次方程式が使えないのがかなりいました。今現在の話ではなく、10年くらいは前からです。
 もちろん、式を立てた上で「これを解け」と言われれば解けます。でも、現実の問題でそれを活用することができない。AからBを導く式が目の前にあって、BからAを導かなければならないという局面でさえ、普通に数学的に式を解けばいいじゃん、という発想に至らない。
 なんというか、今に始まったことではなく、数学の教育そのものが「本来何かの役に立つものだ」と思われていないんじゃないかと思えるフシがあります。「学校で習うことなんて社会に出たら役に立たない!」という主張は昔からありましたよね。

 それはさておき、酔うぞさんの
> 1 自分の興味がどこに向いているのか整理が出来ていない
> 2 個性的な意見が無い
> 3 自分の意見が発表できない
> 4 人と話をしない
> 5 相手も同じだから、人の話を聞く経験がない
> 6 話し方の練習が出来ていない
> 7 話すことがないのだから、日本語が使えない

耳が痛い。高校時代までは私もまさにこうでした。


by かも ひろやす at 2008-01-11 12:31:11
Re:対策方法が違うのでは?

大学を減らしたとして、それで浮いたリソースを小学校や中学校にまわすのは、簡単ではありません。大学は都市部に偏在していますが、小学校や中学校は全国津々浦々にあるからです。


by apj at 2008-01-37 19:05:37
Re:対策方法が違うのでは?

かも ひろやすさん、
 簡単だとは考えていませんが、現状維持が良いとはとても思えないです。
 まあ、建物を使うのは無理でしょうけど、費用を回すのなら(足りないかも知れませんが)偏在はそれほど関係ないかと。


by 酔うぞ at 2008-01-33 21:07:33
Re:対策方法が違うのでは?

TAKESANさん

    なんて言うか「知的好奇心を刺激する」といった経験その
    ものが無い
    といった感じですね。
    △△引用終了△△

    これは、果たしてそうだろうか、と感じました。何かに知
    的好奇心を刺激されているのに、それに大人が気付かなか
    ったり、どうせ解らないからと、子どもがそれを悟らせな
    いようにしている、という事もあるかも知れません

この部分は非常に説明しにくいのですが、
「学校(受験教育=教育)が積極的に封じているという面があります。

わたしは社会人講師として高校を中心に行くのですが、
学校の受け入れ姿勢は3種類に分かれます。

 1 大歓迎で是非来て欲しい
 2 学校では出来ないから、良く分からないが依頼した
 3 キャリア教育なんて不要。外部の講師が来ることに反対

学校という社会にとって異分子である外部講師を歓迎するというのは
組織全体としてはなかなか抵抗があるわけで、国がキャリア教育をせよ
と命令してきたから「どうしようか?」というのが実情のようです。

まがりなりにも学校の現場に行くことが出来ますから上記3つを全部経験
出来たのですが、1番の「歓迎」は一部の先生に止まります。
だから、先生が転勤になると「初めから関係を作り直す」必要があります。

問題は3番で、「受験には関係ないから聞かないでよい」とあらかじめ
生徒に宣言する教師が居ます。

こうなると、高校生にとって「知的好奇心」なんてものは置いておいて
ひたすら回答練習をすることが正しい高校生生活なのですが、
実態はこの種の進学校の高校に来る子どもは小学校以前からこのような
「回答練習生活」でやってきているわけです。

要するに知的好奇心なんてものは横路でそっちに行くのはムダだ
とやってきている子どもたちが居るわけです。

だから面接というか口頭試問だと「何も言えずに無言になる」学生が出来る
とわたしは思うわけです。

この話はわたしは何度も聞いて、その後実際に学校に行って
「言われていたのはこのことか」とようやく理解した次第です。
わたしは「極めて深刻な事態」と見ていますから「ネガティブに見える」
というご指摘はその通りだし、わたしとしては「危機感を持って欲しい」
というところです。

一種の輪廻というか、グルグル回りなのですよ。


by Noe at 2008-01-56 21:45:56
Re:対策方法が違うのでは?

素朴な疑問

「中学生レベル」って、どの程度でしょうか?

中学生同士の会話が可能な程度?
中学校の授業が問題なく理解できる程度?
中学で学んだ国語を全て理解している程度?

私は3番目は無理です。


by TAKA at 2008-01-55 05:36:55
Re:対策方法が違うのでは?

apjさん、はじめまして。
>中学の内容を身に付けていないのに高校に入れる、という、粉飾決算のような

私の田舎の高校も、「まあ入ってから頑張ればいいか。」という雰囲気でした。その後、授業についていけない人は補習三昧となり、結局は辞めていきました。後から対処しても追いつきませんね。土台がしっかりしていない事には。

人の少ない田舎の話と思っていたので、apjさんの記事を見た時は驚きました。頭の少ない私ですが、これからは教育問題にも関心を配ります。

ところでNoeさんの「素朴な疑問」には私も興味が湧きました。
>「中学生レベル」って、どの程度

素朴に答えるならば、「高校レベル以下」となりそうです。


by 杉山真大 at 2008-01-17 06:06:17
Re:対策方法が違うのでは?

>eラーニング
現在、法政大の通信教育部に通ってますけど、通信教育ってのは本人が意欲が無いと、時間を空費するって気がしますね。やはり教室で時間を拘束されない代わりに、幾らでも怠けられる訳でして(爆

>大学乱立
大学を作らせた側の問題ってのもアリじゃないですかね?研究者育成もキャリア養成も大学でやって、地域密着の研究機関でシンクタンク的な役割も負わせて、更に過疎地だと若者の流出を防ぐ役割も持たせる・・・大学にここまで期待させちゃうと学生の質は二の次になってしまうのも当たり前って気がします。
思うのですけど、キャリア養成に関しては高校普通科→大学じゃなくて、むしろ高等専門学校で問題意識を含めてみっちり養成し、更に高度な専門スキルは専門職大学院って別のキャリアパスを設定させた方が良いのではないですかね?


by TAKA at 2008-01-30 07:07:30
Re:対策方法が違うのでは?

TAKESANさんに先に取られてたorz 気づくのが遅くて申し訳ない、nomadさん。遅まきながら、残り物を。
>本当のきちんとした教育方法

大変有用な物と想像します。是非教えてください。ヒントだけでもお願いします。後生の支えにします。他の皆さんも、「おお、その手があったか。」と得心するはずです。
・・・この反応で合っていますよねnomadさん。自信が無くて申し訳ない。nomadさんと違い、恐る恐るコメントしています。

apjさん
>相談に来て何も言わず突っ立ってるだけの学生

山奥の、「不便な生活」が効くかも。朝から晩まで体と頭を動かせます。先輩に聞く機会も増えます。生活がかかると必死になります。飢えを経験すれば、嫌でも頭を使います。ちなみに今の私はこうです。「衣食足りて試行錯誤を忘れた。」

かも ひろやすさん
>簡単ではありません

同感です。私の様に、「突っ込むだけ」が安楽です。簡単に優越を得られますね。気にせずどんどん「愚痴」を言いましょう。私自身、大好きなのです。世間を嘆き、悲劇に酔いしれている振りをするのは。


by apj at 2008-01-19 08:31:19
Re:対策方法が違うのでは?

杉山真大さん、
>法政大の通信教育部
 継続は力、という諺がそのまま成り立ちますよね。私の親戚にも、短大出て教員になった後、通信教育で大学卒の資格を取った人が居ますが、一緒に入学した人の多くが続けられずに脱落したと言ってました。とにかく粘り抜くのが、通信教育で結果を手にするために必要なことのようです。目標を達成されることを願っています。
 ところで、何を専攻しておられますか?
 ところで、法政大の通信教育部のウェブサイトを見たのですが、入学金や授業料の情報が見当たりません。もっと眼に付きやすいところに書いておいてほしいと思いました。必要経費というのは、入学を希望する人が考慮する重要なファクターですよね。

 今、他の大学の通信教育部も見たんですが、二重学籍は禁止されていますが社会人の受講は自由なので、私が入学しても問題なさそうですね。今時、カルチャースクールだって簡単に数万円とられますから、他の習い事と比較しても、(ハードルは高いかもしれないけど)お買い得なコースではないかと思いました>通信教育の学部。


by nomad at 2008-01-23 09:40:23
Re:対策方法が違うのでは?

> 誰にともなく[:たこ:]
揶揄が有意義な議論の方法とは思いませんが…
誰かを挑発して憂さを晴らしたいのであれば、どこか他の場所でどうぞ。

「大学教育の基礎学力に足らない分をeラーニングで補う」という方法は問題がある。
eラーニングは自習である。すなわち自習の持つ性質と同じ問題点をeラーニングは持つ。

・疑問点があってもリアルタイムで問い合わせることができず、様々な方法や考えを試みることができない。
・ライバルを目視できず、学習意欲を高めにくい。
・理解できなかった/理解に時間がかかったとき、大学の授業に間に合わない。
・強制力が無く、意欲/問題意識の少ない者への効果が少ない。

つまり、自習は、一定の学力基盤を持ち、強い学習意欲と問題意識を持ち、孤独に耐え、粘り強く学習を続ける者には<良い教材があれば>効果はある。
こうした「有意義な自習ができる人」というのはごく少数しかいない。
eラーニングはすでに学力基盤を持っている者には一定の効果は期待できるが、基礎学力が足らない者の学習方法としては効果が薄い。

これを救済するには講義形式の集団学習かマンツーマンの学習方法であろう。
それを行うのは大学の役割ではないであろう。

というところですかね。


by TAKA at 2008-01-46 10:50:46
Re:対策方法が違うのでは?

nomadさん、ありがとうございます。
>揶揄が有意義な議論の方法とは思いませんが…
>誰かを挑発して憂さを晴らしたいのであれば、どこか他の場所でどうぞ。

もし私の事で有ったならば、申し訳ない事をしました。以後気をつけます。

>それを行うのは大学の役割ではないであろう。

納得しました。nomadさんのお考えが聞けてうれしく思います。
これからも、皆様の意見を参考にして学んでいきます。


by TAKA at 2008-01-00 04:59:00
Re:対策方法が違うのでは?

再び失礼します。
私の先のコメント、(by TAKA at 2008/01/07 22:07:3)は、趣旨の分かりにくいものだったと思います。真意は以下の通りです。
私はapjさんの記事を読み、共感しました。その直後のnomad さんのコメント(at 2008/01/06 14:53:56) で、「クソほどの役にも立たない」という表現を目にしました。この表現は、ここでは相応しくないのでは、と思いました。apjさんが、この表現を直接注意する事は無く、その事も気になりました。
また、かも ひろやすさんのコメント( at 2008/01/07 3:31:11 )は、都市部から地方にリソースが流れるのを、嫌がっている様に見えました。かも ひろやすさんご自身の提案も無く、「地方の事情など知らない。都市部優先。」という表明に見えました。いつもは明快な、かも ひろやすさんらしくない発言だと思いました。
私の「残念だ」、という気持ちを婉曲に表した結果、あのようなコメントとなりました。しかし今は、「誤解されても仕方の無いもの」、という考えに至りました。今後は、私の意図がすぐ分かる様なコメントを心がけます。