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ニセ科学批判の到達範囲

Posted on 4月 17th, 2008 in 倉庫 by apj

 2008-04-12 – 理系兼業主婦日記:科学、ニセ科学、グレーゾーンについてについて。コメントは残してきたのだが、少しまとめておく。

そもそも人は、信じたいと思ったことを信じるもので、それが一見「科学的に見える」から信じるわけではないでしょう。
科学のような装いの下に、自分の信じたい情緒や信条を見て、それを信じているはずです。
だからこそ、「それは科学ではない」という批判が、ニセ科学に“だまされる”人たちの耳に届かないわけです。

 この部分には異論がある。騙される側もさまざまなので、ひとくくりにはできない。「科学であるとわかれば信じるが、そうでなければ信じるつもりはない。ただ、知識の不足により、目の前にある情報が科学なのかどうかが判断できない」という人は一定数存在する。そういう人は、科学について丁寧に説明すれば、騙されずに済むことが多い。また、まだ「信じる」状態に至っていない人に、「それは怪しい」という情報を与えれば、不用意に信じることの歯止めにはなる。
 しかし、信じたいから信じる、という人に言葉を届けるのは至難の業だろう。
 現状のニセ科学批判の表現力が足りないとか不親切であるが故に情報が伝わらないという批判をされるのであれば、それは真摯に受け止めるつもりだが、最大限懇切丁寧にやったとしても、信じたいことを信じる人には、おそらく言葉は届かない。これは、科学だからとかニセ科学だからという話ではない。悪徳商法や霊感商法の被害者をゼロにはできないというのと同じ理由で無理である。
 情緒や信条とも科学とも無関係に、人は容易に説得不能な状態に陥る。例えば、悪質なマルチ商法のメンバーに勧誘され、儲かるという話を信じ込まされてしまうと、説得して止めさせるのはほとんど不可能である。一旦信じ込んでしまった相手を引き戻すには、洗脳を解くのと同程度の困難があるので、友人知人に情報を流して被害の発生を防いだ上で、本人が損をして騙されたと気付くまで待つしかない。
 目下のニセ科学の定義は、科学を装うが科学でないもの、である。「装う」の部分には、故意過失を問わず、自分又は他人を騙すということが含まれている。世の中には「騙す行為」というのはいくらでもあるわけで、そのごく一部分である「科学を騙る」というものについて、ニセ科学と呼んでいるに過ぎない。
 ニセ科学批判をしても、ニセ科学の方を信じたいから信じるという人に対して無力なことは、最初からわかりきっている。科学ではない別の学問分野の成果を使って解決できる種類の問題ならば、ニセ科学の被害者よりも先に悪徳商法や霊感商法の被害者が激減しているはずである。現実には、新手のパターンに騙される被害者が後を絶たない。
 信じたいものを信じる人にまで「ニセ科学を信じるな」を効果的に伝える方法があるとしたら、それはおそらく洗脳の一種になる。手法としてやってはいけないことである。
 kikulogで議論されているグレーゾーン問題というのは、今何をどこまでやれば騙したことになるのか、という判定に関わってくる。その判定をするための基準を決めようとしても、そもそも科学の側にまだはっきりしない部分があるから、一般論として線は引けない、という話である。しかし、個別の例を見た場合、相当黒なものがたくさんあって、実際の批判はどう見ても黒なものに対して行われている。
 「科学を装う」の判定の基準として、私は以前、「通常人の基準で見て」といった表現をした。これだって抽象的な基準だから曖昧さは残るが、「ほとんどの専門家が一致した見解を示している」といった約束事に従うのが通常人だということにすれば、一種の社会的制度として、それなりの精度で基準を立てられるだろうと考えている。具体的に想定しているのは、このblogでも既に書いたが、景表法や特商法の優良誤認の判定のガイドラインのようなものである。

【追記】
 一般的に考えると、ニセ科学に限らず、人を欺すやり方は世の中にいくらでもある。だからこそ、刑法には詐欺罪があるし、民法でも詐欺による意思表示は無効、などと定めている。しかし、何をどこまでやったら詐欺か、という部分については、法律を見たって書いてない。これは、予め一般論として「何が詐欺か」を定義することが不可能だからである。従って、個別の事例ごとに態様を見て、通常人の基準なら信じるよね、という判定をやって詐欺かどうかを決めることになる。当然、判断に困るようなものだって出てくるが、だからといって、グレーゾーン問題がことさらに取り上げられることはない。
 ニセ科学が、科学を騙って人を欺すものである以上、欺しているかどうかの判定は一般の詐欺の判定ど同様に行うことになるので、欺す態様を評価する時にグレーゾーンが出てくることは避けられない。ニセ科学の場合に、特にグレーゾーンについて問題にしている、あるいはする必要があるのは、態様から判断する部分にグレーがあることが良く認識されていないことに加えて、「科学自体が白黒はっきりしたもの」という誤解が世の中に存在するからである。「科学は白黒をはっきりつける」という誤解によって、本来グレーな部分を伴う「欺しているかどうか」の判定の部分まで「ニセ科学の場合にははっきり判定できる」と誤解する人が居るためである。つまり、何故か、ニセ科学の場合に限っては、他の詐欺とは違って、一般論として何をどこまでやれば詐欺かを予め定義できる、という前提にたって議論する人が存在しているのである。


ここからは旧ブログのコメントです。


by Kei at 2008-04-56 18:49:56
Re:ニセ科学批判の到達範囲

たとえば護身術を習ったことがある人は、誰かに襲撃されたときにパッとそれを思い出して適用できると思う。ところが、学校で数学と理科を何年も習って来た人は、詐欺師に知的な意味で「襲撃」されたときに、科学の知識や手法を護身術のように使えば一瞬で撃退できるのに、あえなく騙されてしまうケースが後を絶たない。

学校で数学や理科を教えるときに、「これは護身術みたいなものだよ。こういうときに使って身を守るんだよ。」という指示が足りなかったことは否めない。


by zorori at 2008-04-58 01:41:58
Re:ニセ科学批判の到達範囲

apjさんをはじめとしてニセ科学批判者はビリーバーを説得することはもとより諦めているわけですね。聞く気がない人には声の届きようもないわけで。しかし、半信半疑の人には十分声は届いていて、ニセ科学批判のブログにはそのような人の感謝の声が寄せられているわけですよね。現実的なアウトプットはあるわけです。これは事実です。

一方で、pollyannaさんは大変お優しい方でビリーバーも含めて万人に声を届けたいという高い理想をお持ちのように感じました。そういう理想を持つことは別に悪いことではないので、理想に留まらず、現実に声を届ける実践をされればよいのではないかと思いますね、理想の低いニセ科学批判者に疑問を呈する暇があるのならば。極めて困難でしょうけど不可能ときまったわけじゃないですからね。


by solidangle at 2008-04-35 23:48:35
Re:ニセ科学批判の到達範囲

立場によって、問題への引っかかりは違ってくると思いますが、その辺について少し。
 
明らかにクロとわかる領域でのおかしな話であれば、半信半疑の人に対しては、あちら側にいってしまわないような啓発は可能だろう、ということはご同意頂けるかと思います。たとえば、水伝やマイナスイオンなど。こちらはわかりやすい構造の話。

ところが、グレーゾーンを強調もしくは拡大解釈する戦術を使いつつ、政治的もしくは社会運動的に行動展開する人がいるテーマ領域においては、対応が非常にやっかいであるように思います。たとえば、温暖化問題であったり、環境保護系の話。
 
水伝であれば、短い説明で「変でしょ」ということが伝達可能ですが、後者の場合、お茶を一杯頂きつつ、その問題をじっくり考えてみましょう、、、という態度が必要だからです。


by 石田剛 at 2008-04-00 02:13:00
Re:ニセ科学批判の到達範囲

言及先へのリンクが壊れてますね。たぶんダブルクォーテーションが全角なんだと思います。

石田も言及先の方を読んできましたが、この件は「ニセ科学批判する人の動機は多様」とか「ニセ科学以外にも騙す手段があることはほとんどの人は知ってる」という点を明示すれば十分な気が、石田はしました。(石田の現状認識が不十分なだけかもしれませんが)

石田は「apjさん は ヒマ人 なんだ」なんて、失礼なことを言うつもりは無いですよ。念のため。(^^;
apjさん が考えたことを公開されていることで、石田はいろいろ「考えるきっかけ」を頂いてますし。


by 石田剛 at 2008-04-02 02:17:02
Re:ニセ科学批判の到達範囲

「明示」はなんかヘンですね。「示せば十分」の方が良かった。
それだけです。失礼しました。


by apj at 2008-04-40 03:41:40
Re:ニセ科学批判の到達範囲

石田剛さん、

 リンクの修正をしました。

 言及先については、他にも欺す方法があるということの指摘で足りるでしょうけど、きくちさんの方のグレーゾーン問題については、科学哲学的な意味と、欺す態様についてのものの2つがあることを意識していないと、議論が混乱するのではないかと思いました。


by 石田剛 at 2008-04-07 08:27:07
Re:ニセ科学批判の到達範囲

apjさん
おっしゃるとおり、「グレーゾーン」の問題は石田が述べた先のコメントほど単純じゃないですね。

たぶん、石田自身は「グレーゾーン」のことはあんまり深く考えていないんだと思います。そのこともあって、「グレーゾーン」とはあんまり関係ないところが気になったんだと思います。


by 技術開発者 at 2008-04-36 22:53:36
Re:ニセ科学批判の到達範囲

こんにちは、皆さん。

やはり、実例がないと議論しにくい気もしますので、私がやっていた悪徳商法批判の実例でもお示ししてみますね。他の人のブログにも書いてしまったのだけどね。

 実は、今から5年ほど前「パソコンを使った内職商法の花盛りの時代」というのがありましてね(といっても今でもかなりある訳ですけどね)。なんていうか、女性週刊誌の広告欄に「家庭で空いた時間にやるだけで高収入」みたいな話が踊りまくっていた訳ですね。でもって、実際に連絡して資料を送ってもらって契約しちゃった人、つまり騙された人を相手に解約の相談とか色々としていた訳です。でもね、その頃に「家にパソコンとかもないし、あんな難しげなものさわる気も無いのだけど、世の中はパソコンとかできると有利な副収入の道もあるみたいですね。時代は変わったものだ」なんて感想を新聞の投書欄にお書きに成った人というのを見たのね。この人は、確かに悪徳商法に「騙されてはいない」事になるわけですね、契約もなにもする気はないのだからね。でも、やはりそういう宣伝によって「世の中について惑わされ」てはいると思うのね。

 私はもこの人が「悪徳商法に荷担している」とまでは言う気は無いけど、けっして褒められるべき話でも無いと思っています。単にご自身の素直な感想をお書きになっただけではあるんだけど、世の中に「パソコンとかが使えたら有利な内職がある」という惑わしを広めるのに貢献はしている投稿だったからね。

 或る意味で「騙す、騙される」のグレーゾーンにいる人なんです。でもって、ご本人はパソコン内職なんてする気は無いので、「騙されている」というより「惑わされている」だけではあるんだけど、結果として世の中の雰囲気作りには「荷担」してしまって、「騙される人を増やす」のにわずかには貢献してしまっている訳ね。

 なんていうかな、例えば「ゲルマニウム装身具」なんてのが「流行っている」と知っているけど、「自分は買って身につける気はない」人が居ます。でもって、そういう話題になると、「別に否定する気もない」ので「良いんじゃない、結構沢山宣伝しているね」とどちらかというと肯定的な話をしたりします。まあ、世の中の流行に棹をさすのは難しい事だから、自然に少し肯定的な言い方になって「私は、わざわざ買う気は無いけどね」なんてのが精一杯という所の人ですね。

ある意味で、こういう人が「それってニセ科学らしいわよ」と言えるようにする事というのが大事ではないかと思ったりするんですよね。