誤爆だった場合のペナルティを負わせることが前提では
イタリアの世界遺産に登録された大聖堂に大学生が落書きしていた一件に端を発した「落書き問題」が、国内の観光地を含め至る所に波及している。落書きが許されないことはここで言うまでもないが、それよりも注目したいのはインターネットやメールが持つ“告発力”の強さだ。
観光客が落書きの写真を添付したメールを大学に送ったり、ネット上に写真を掲載したりしたことで問題が表面化し広く世に知れ渡った。そして停学などの処分が下った。この告発の動きに「魔女狩りのようだ…」などと疑問を呈する向きもあるようだが、こうした見解には違和感を覚える。
ネット上での告発は、これまでさまざまな企業の大不祥事や食品偽装などを暴いてきた「内部告発」とよく似ている。内部の不正に通じた人が当局や報道機関などに通報するように、落書きという不祥事を目撃して現場事情に詳しい人がこれを暴露する。ネットという誰でも書き込める場所を得たことで告発しやすい土壌ができた。
平成16年には内部告発者を保護するための公益通報者保護法が成立、18年から施行された。公平公正な社会のために内部告発を生かそうという仕組み作りが進んでいる。一方で同法を作って保護しなければならないほど、日本は内部告発者が解雇などの不利益や報復措置を受けやすい風土でもあるようだ。
建前では内部告発を理解できても心の中では受け入れられず、どこかで告発者をさげすんでいる。今回の一連の告発を「魔女狩り」と感じてしまう背景に、この「風土」が根強く残っていることがありそうだ。ネットという超情報社会の進展と法律上の整備に、人の心情が追いつけていないように感じた。(篠田哉)
まあ、「落書き」を誰にでも見える場所に書いたものが、ネットでさらにみんなに見られるようになったとしても、文句を言う方が間違いで、ある意味本望ではないかと。
ただ、虚偽の内部告発が意図的な嫌がらせのために行われる可能性は常に考えておく必要がある。事実ではない内部告発をやった人に対するペナルティも(ネットの告発力の強さとバランスがとれる程度に)きちんと課すということと一緒でないと、ネット告発を認めることとの間のバランスがとれないのではないかと思う。告発の中身が、社会常識に照らして正しいものであれば問題が無いのだが、組織内の方が歪んでいる場合は、告発しなければならないことがもみ消されたり、告発に値しないことがことさらに大げさに告発されたりという両方のケースがあり得るのではないか。
ここからは旧ブログのコメントです。
by きこ at 2008-07-06 06:33:06
Re:誤爆だった場合のペナルティを負わせることが前提では
同感です♪(・ω・)/
by (ぱ) at 2008-07-21 07:40:21
Re:誤爆だった場合のペナルティを負わせることが前提では
その場合告発者に匿名性があっては話にならんので、小倉センセイの思う壺ではないかと。
それはさておき、今回の落書きの件に関して言えば、告発されたこと自体はともかく量刑(というか)は重すぎるように私には思えます。
でもまあ、ネットで吹き上がる人が相当数いることが想定される以上、大学としては停学等の処分をせざるをえないんでしょうねえ。
なんか構図は瀬尾佳美准教授の件と同等のような気も。
by apj at 2008-07-53 09:13:53
誤爆の応酬
>その場合告発者に匿名性があっては話にならんので、小倉センセイの思う壺ではないかと。
別に、私は小倉センセイの主張に全部反対でも全部賛成でもないですが、被害者救済という点からは、匿名の告発を認めるべきではないと思うんですよ。
最悪の場合、こういう展開があり得ます。
1)匿名で告発がある。
2)告発者は保護されるタテマエだが、匿名なので、これ幸いと、これまで組織にとって邪魔だと思っていた人を内々で告発者だという濡れ衣を着せて処分する。
3)告発が虚偽だった場合、告発された側が、都合の良い人物に告発者の濡れ衣を着せて内々で処分する方向で……。
4)運良く(?)処分対象が告発者に合致しても、誰が告発者かわからん以上、処分は告発とは無関係と言い張れる。
つまり、1つの告発で、都合の良い処分合戦勃発の予感がしてくるんですが。
落書きについては処分が重すぎると思います。既に落書きだらけで、どこに落書きを追加するか迷いそうな状態だったわけで。