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余計な期待はカモの第一歩

Posted on 9月 5th, 2008 in 未分類 by apj

 掲示板の方で、CASシステムについて話題になった。

[26433] CASシステム
ID = d533d318e9cdd03ef425dcf30c61b338 ( de7ec68fe098887fcf8af5c4543ceb98 )
Isshocking のコメント: 2008-09-04 00:10 :
報道ステーションで見たのですが、島根県の小さな漁港が特殊な冷凍設備を
第三セクター方式で導入し、高付加価値で魚介類を流通させているとか。
報道で見ると過冷却現象の応用らしいんですが(水の入ったペットボトルを
たたくと凍ってしまったり、ペットボトルから注いだ水が次々に氷になって
盛り上がる、などというデモをやっていた)、その説明がなんとも香ばしい
代物で、「磁場エネルギーで水のクラスターが小さくなり、膨張が押さえら
れるので細胞を傷つけない」というものです。

http://www.ama-cas.com/html/what_cas/index.html

磁場エネルギーによる水の振動も、それらしい電源設備もコイルも無い状態
でコップの水が振動してましたからねぇ。

 同じネタで、こんな内容のメールが私に届いた。

昨日の報道ステーションを見ていましたら、
「CAS冷凍によってイカの鮮度を保つ」というのをやってました。
で、このCAS冷凍というもがどんなものかという説明では、ある種のエネルギー(磁
界、振動?)を与えながら急速冷却すると水がマイナス7度程度まで凍らず、
衝撃を与えると凍るということで、
この原理を使用することによって、細胞膜を破壊せずに冷凍するものが
CAS冷凍であり、すでに実用化されているというものでした。
(中略)
マグローブ社の吉岡氏との裁判の中でも、「磁気は水に何ら影響を与えない。」
という実験結果まで出されていますが、はたして、このCAS冷凍においても、
磁場は水に何ら影響を与えていないのでしょうか?
生まれてから50年近く、水は0度で凍ると思っていましたが、
この常識が覆りました。
もし、磁場が影響していないとすると、水が0度以下でも凍らないのは、
どのような理屈からだと考えられますか?

 このメールに対しては、地磁気程度の磁場があろうが無かろうが、水でも他の液体でも溶液でも、静かに冷却していけば過冷却になるというのはごくありふれた自然現象である、と説明した。そうしたら、次にこういうメールが来た。

早速の返信ありがとうございます。
しかし、いただいた見解ではちょっと物足りません。
メールの書き方が悪かったのかもしれませんが、
過冷却という現象があることは、CAS冷凍を調べた段階で
理解しましたが、それが磁場によって起こるということに
対しての天羽さんの見解が欲しいのです。

実際、
http://rikunabi-next.yahoo.co.jp/tech/docs/ct_s03600.jsp?p=001201&rfr_id=kanren
のサイトには、CAS冷凍装置の開発会社アビーの大和田社長のお話があり、
「この装置の作動はシンプル。冷凍装置内の磁場を自然界と同じように保つというの
が基本だ。」と書いてあります。

天羽さんは、磁場は関係ないと言っておられますが、
実際、現実の現象として、このCAS冷凍装置の中では、
磁場の中で過冷却が起こっているのです。
なぜ、天羽さんは「磁場は関係ない!」と言い切れるのでしょうか?
もし、絶対に磁場は関係ないとおっしゃるのであれば、
なぜ、CAS冷凍装置は、多種多様な生鮮食品を過冷却状態にできるのでしょうか?
どのような理屈によるものなのでしょうか?

 どう見ても、疑問を持つポイントがずれている。
 磁場が地磁気と同じ状態でなくても普通に起きる現象に対して、「その現象が起きるのは磁場のせいだ」と言い張るのは勝手だが、そのことには何の意味もない。第一、「自然界と同じように」と言っているだけで、駄目さ加減がわかる。自然界の磁場の大きさと向きは一定ではないから、実験条件として磁場の強さや向きを定めようというときには、この表現では意味不明である。
 また、掲示板の書き込みと併せて考えると、水は弱い反磁性体なので、非常に強い磁場勾配のある場所に水を置いて周期的に磁場を変動させると、磁場の力で水面を振動させることは原理的には可能だが、その条件は「自然界と同じ」とは程遠い。「自然界と同じ」と「磁場の力で水面が振動」を同時に主張するというのは、何か大勘違いをやっていると判断するしかない。

 さて、ここからが本題である。

 CASシステムを作っている会社が本当は何を考えているか、私にはわからないので、ここからの話はあくまでも可能性の1つを指摘したものであることを最初にお断りしておく。冷凍庫や磁場を例にしているのは、はたまたま今回の話がこの組みあわせだったからで、これが、冷蔵庫とマイナスイオンの組みあわせになったとしても、同様の理屈が成り立つ。

 磁場で水そのものが変わるということを裏付ける実験は今のところ無い。表面張力の測定のように、注意深く測定すると磁場は関係無いことが判明したり、防錆効果についても、効果があったケースをきちんと調べると磁場は関係無いことがわかったりしている。つまり、懐疑的に原因を突き止めると磁場は関係無い、というものが見つかっている一方で、磁場で水が変わるという主張を裏付ける実験の精度は極めて悪いままである。にもかかわらず「磁場で水が変わる」を信じたい人、あるいはそう言われると大して疑わずに信じてしまう人が世の中に一定数居る。
 さて、費用と手間をかけた研究開発の結果、まともな科学知識と技術の裏付けのある冷凍庫が開発でき、かつ、その技術を同業他社が真似することが困難ではなかったとする。開発者としては、製品のアドバンテージはどんどん宣伝したいが、同業他社に簡単に真似されてはたまらない。
 このような場合に、本当の技術とは全く関係のない「自然界と同じ磁場」といったものを持ち出して、相手を煙に巻くと同時に、自社の宣伝もするというのは、効果的な方法となる。まず、対同業他社について。「本当に磁場の効果である」と思い込んでくれるような間抜けな同業他社は、製品をマネしようとして大まじめに磁石を仕込んだ冷凍庫を作って、ものの見事にコケてくれるはずである。本当に科学的知識のある同業他社までは欺けないとしても、安易に他人の真似をして儲けようとするアホは全部篩にかけて落とすことができる。対顧客はどうか。磁場の効果を信じて客になっても、真実を知って客になっても、どちらも「お客様」であるので、会社の利益にはなってくれる。開発した側としては、客が何を信じていようが客の勝手で、製品が出す結果に満足さえしてくれればそれでかまわないはずである(これは倫理的にはどうかと思うが、金儲けという観点からは差が無い)。効果の無い製品を「効果がある」と言って売れば詐欺だが、効果のある製品を効果に見合った価格で売って、理屈の部分だけが事実と異なるというのであれば、客も損はしていない。

 このように考えてくると、科学的に間違った言説は自力でチェックして却下するということは、企業の側にとっても必要だということになる。科学的根拠のない都合のよい言説の方を信じたいという誘惑に負けると、自分の商売まで間違った方向に行くことになる。ニセ科学を信じたい人を欺して無駄足を踏ませるのは、実はたやすいことかもしれない。もちろん、欺されないための防御は、都合のよい期待を捨てて、科学の裏付けの有無をチェックするということになる。


ここからは旧ブログのコメントです。


by 酔うぞ at 2008-09-06 03:03:06
Re:余計な期待はカモの第一歩

> このように考えてくると、科学的に間違った言説は自力でチェックして却下するということは、企業の側にとっても必要だということになる。

これはちょっと異議あり。

前にどこかで書いたけど、実務にとっては「やってみたらできた。原理は分からん」というのは、かなり多いです。

むしろ「原理があるからできるはずだ」と進める方は少数派でしょう。
その理由は、先人が失敗したという情報は知っているからです。
そこで抜け道を探して「理由は不明だができた」は非常に多くの例があります。

問題は、その後でありましょう。

現象Xの原理の説明(仮定だよね)として「理論Aによって」とか打ち上げることも多いわけですが、理論Aが明らかな間違えであったりトンデモ理論である場合も当然ありうるでしょう。

そうなると、現象Xがそもそも無かったのか、理論Aとしたのが間違えで理論Bが真実の理論であった、のいずれかになりますね。

そうなると、理論Aではなくて、理論Bでした、とか実は全然分かっていません、とかを現象Xの発見者に直接求めても、もともとが「現象Xが確認できた」で舞い上がっている人ばかりでしょうから、難しいでしょうね。

結論としては「第三者の指摘」しかないと思うのですよ。

そんなわけで、理論のチェックは専門の学者に任せたい、というのが実業界の本音ではありますよ。

ここになんで摩擦が生じるのか?というと、情報というか現象を「整理して持ってこい」と学者さんの一部が言うのですね。
「こっちは分からないから相談しているのだぞ」といった感覚が、昔は間違えなくありました。

その意味では、学者の方々が「実務家はここらを間違えるんですよね」といったアプローチをしていただけると、だいぶ違ってくるようにも思います。


by apj at 2008-09-11 03:22:11
チェックをまかせたい、ならまだいいんですが

 だったらトンデモを言い張るなと。

 十分な情報が無いが、出された内容からすると明らかに矛盾というかヘンな話でしかなく、他の可能性が無いとは言わないが現状出ている特定の主張はヘンだ、と言ったら、そこで論争になるわけで。

 持ってくるなら現象だけ持ってくればいいのであって、専門家じゃない人にまで確定してない理屈を宣伝して混乱させるのはやめてほしいんですけどね。


by guicheng at 2008-09-04 09:21:04
Re:余計な期待はカモの第一歩

CAS フリーザーの開発元はたぶんここでしょうか。
http://www.abi-net.co.jp/

先日、このフリーザーを取り上げた番組(番組名は失念)を見たんですが、そこでは「電磁波で水分子を振動させて過冷却を実現する」という趣旨の説明がされていました。
んで、テロップにも「人体に影響のない種類の電磁波です」と出ていた記憶が。

おそらくこのフリーザーは、冷却時にマイクロ波を当てているのではないかと思います。
で、磁場だのクラスターだのというのは島根県の漁港の先走りではないかと。
ABIのサイトにはそのようなことは一切書かれていませんし。


by とりうすがり at 2008-09-30 21:03:30
Re:余計な期待はカモの第一歩

guichengさん

そもそもABIサイトやその他広告記事サイトには
原理的な説明がほとんど載っていないので
その種の情報源だけであれこれ推測するのは難しいように感じます。

特許検索サイトで関連しそうな特許をごくごく簡単に調べてみると:
 ・ABI特許は マイクロ波ではなく
  MHzオーダーの高周波と静磁場および変動磁場を使っている。
 ・先行する類似特許(日本エアーテック特許)ではNMRの原理を援用している。
がわかり、磁場の利用はそもそもはNMRの話から出てきた様子が伺えます。

あとクラスタ云々については、
「CAS冷凍は、氷晶の成長を抑制する事で細胞壁の破壊を避ける」
という話を、あからさまに間違った表現で記述しているだけなので
あまりツッコミがいがないような気がします。


by apj at 2008-09-13 01:12:13
ネタをネタと……

>あからさまに間違った表現で記述しているだけ

 むしろ、今回は、あからさまな間違いを真に受ける人達が出てくることの方が問題という扱いで書きました。
 間違いを間違いと見抜けないと、どうでもいい話に振り回されるだけだろうということで。


by com at 2008-09-08 04:02:08
酔うぞさんに異議あり(笑

携帯からなので引用はご容赦を。

酔うぞさんのご意見は、あくまで工場技術者としてですよね?comも工場技術者なのですが、一方で消費者でもあります。
消費者としての視点からすると、「よく判っていない」技術を、さも確定情報のように扱い、消費者を騙すような販売方法は許しがたいと考えます。

また、技術者の意見としては、何を質問したいのかを整理した上で質問を投げるのは、当然のことかと。
comはどちらかと言うと質問を受ける側にいますが、現場からの質問には「何が聞きたいことで、何を答えさせたいか」が全く不明な内容が多いのです。
#よくデータだけ送られて「どうですか?」「だいじょぶですか?」みたいな内容が多いですね。

現状を整理できていない質問を読むと、解読に費やされるであろう、ムダな時間にげんなりしますがorz

未知の現象でもなんでも、自分が観測した事実があり、それを他者に説明できない時点でダメかとおもうのですが。


by 北風 at 2008-09-11 19:39:11
酔うぞさんのコメントに同意ではありますが

酔うぞさんのコメントに関して

・「原理のよく判っていない」技術

>問題は、その後でありましょう。

 まさにその後であって、その技術をどう扱うのかというところでしょう。

>結論としては「第三者の指摘」しかないと思うのですよ。
>そんなわけで、理論のチェックは専門の学者に任せたい、というのが実業界の本音ではありますよ。

理論のチェックということであれば上でいいかと思うのですが、一方で、技術の扱いというか、商品にして宣伝してという動きもあるのであって。

>>だったらトンデモを言い張るなと。
>>消費者としての視点からすると、「よく判っていない」技術を、さも確定情報のように扱い、消費者を騙すような販売方法は許しがたいと考えます。

宣伝というか「その技術を外部にどう説明していくか」というところは学者に問い合わせるなどして間違いは間違いとわかるところはチェックして却下するなどのことは、技術者や企業の責任になるところでしょう。

>>このように考えてくると、科学的に間違った言説は自力でチェックして却下するということは、企業の側にとっても必要だということになる。

「うちとしてそれなりに調べたりしてチェックした結果が、この宣伝内容である」というのであれば、まあ、仕方がないと思うのですが。(専門の学者に問い合わせるなど含めて)
そういう努力を十分せずに宣伝して「第三者でチェックして」というのであれば違うとしかならないので。


by himajin at 2009-07-33 02:44:33
ちょっと一言

このabiって会社、昔のパンフレットなどでは、宇宙のエネルギーが...というような、どこかのトンデモ科学者が言うような事が書いてあったそうです。また、実際にこのcas冷凍機を使用した場合の冷凍曲線は急速冷凍のそれと同じで、過冷却の過の字も無かったとか。実際かなり強力な冷凍機(確か三菱製)が使われていたそうです。というより、この機械、市販の強力な冷凍機をちょこっと改造しただけの代物のようです。一部で言われていた三菱の急速冷凍機にもこのcas冷凍の技術が使われているという話はこの辺が出所ではないかと思われます。
結局、細胞の破壊が抑えられたというのは急速冷凍によって氷結晶の成長が抑えられたというよく知られた事による物と思われます。一応同社のホームページには比較用にわさびの電子顕微鏡写真(出所不明)が載っていますが、これだけでは証拠として不十分と言わざるを得ません。どうせ出すのなら、凍結した組織の写真を出さなければならないのに、わざわざ解凍後の写真を出しているところが怪しいです。凍結した組織も例えばcryo SEMなどで観察できますからね。