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むしろいい教材になりそう

Posted on 6月 26th, 2011 in 倉庫 by apj

 産経新聞に続報が来ました

記者も感激! さいたま市の80歳男性が発明した「夢のエネルギー製造装置」に迫る
2011.6.26 12:00

 東日本大震災に伴う福島第1原発事故は、国民に従来のエネルギー政策の見直しを迫っている。直接の被災地ではない埼玉県でも、計画停電が行われたり、自治体がこぞって節電を呼びかけたりしており、電力危機と無関係ではいられない。7月の県知事選でもエネルギー政策のあり方が大きな争点になりそうだ。そんな中、さいたま市在住の男性が水と重力と浮力のみを駆使して電気を発生させる装置を発明し、特許を取ったという情報を得た。太陽光や風力などエコ発電なら現在でもあるが、もし本当なら、時間や天候にも左右されない“究極の自然エネルギー”ではないか。破壊された原子力発電所から飛んだ放射能に怯える日本人にとっての救世主になりうるかもしれない。(安岡一成)

 高校の時は数学や理科が苦手で文系に進んだ私。今回の取材には基礎的な知識が不足しているかもしれないと、以前に取材で知り合った都内の某大学理学部物理学科2年で力学や電磁力などを学ぶA君(20)に同行してもらった。

 今月15日、訪れたのはさいたま市浦和区の閑静な住宅街の中にある豪邸。装置を発明したという会社役員、阿久津一郎さん(80)が出迎えてくれた。リビングルームの壁には、平成22年10月15日付で岩井良行・特許庁長官のサインが入った特許証が額に入れて飾られていた。発明の名称は「球体循環装置」と書いてある。特許を取ったのは確かなようだ。

 でも、「球体循環装置」って一体何だろう…。2人はこう思いをめぐらせながら、強面の阿久津さんにちょっとビビりつつ、装置のある庭に案内してもらった。

 庭にあったのは、高さ2メートルほどのアクリルパイプが3本、容積約10リットルのアクリル製の箱に取り付けられた装置だ。写真とイラストを参照してほしい。左から、歯車と弁が2ついたもの、弁が4つついたもの、何もついていないものの3本だ。それぞれ、「落下管」、「上昇管」「蓄水管」と呼び、蓄水管と上昇管の上部には注水タンクが、落下管の歯車には自転車用くらいのライトがついている。

 「じゃ、始めるよ」

 阿久津さんの合図で、装置に水が注ぎ込まれた。分かりやすいように、水には入浴剤で黄緑色をつけている。まず、落下管の下の方にあるコックを閉め、箱と蓄水管、上昇管は水で満たす。この後、コックを開放すると、落下管には水は入ってこない。タンクからは一定量の水が注入され、箱に取り付けられた栓から放出されている。上昇管と落下管は上部でつながっている。

 ここで阿久津さんはパチンコ玉を中に入れた卓球に使うピンポン球を取り出した。重さは約23グラム。水に入れると、当然、浮力で水面に浮かぶ。阿久津さんはおもむろに落下管の歯車の上にある挿入口から、ピンポン球を20個、次々と投入した。

 落下した球は歯車を回して箱に落ちる。箱に取り付けた誘導板の働きで、球はダイレクトに上昇管に入った後、そのまま浮力で上にあがっていく。4つの逆止弁を経て球は水面にたまっていく。すると、球は上にたまった球を下から押し出していく。押し出された球は、そのまま落下管に入り、2つの弁を経て歯車に衝突、歯車を回して再び箱に入る。入った球はまた上昇管に吸い込まれ、上がっていく…。

 ガタン、と球が歯車に当たる音が一定間隔で繰り返される。上昇する球は、中に入っているパチンコ玉のため小さく震えている。20個の球が滞りなく同じ動きを繰り返している。

 装置に水を出し入れするのは水位を保つためで、その量は球20個の体積分の水という。弁をつけているのも同様に水位を保つため。1つの球が循環するのは約3分で、回った歯車は電力を生み、ライトは微弱ながらも、確かに灯っているのだ!

 「すげえ…」

 息をのんで球の動きを見ている私たち。時間を忘れたように眺めていたら、阿久津さんが不敵に微笑みかけてきた。手には5キロの鉄アレイを2個持っている。何をするのだろう、と思っていると、水を張った桶の中に、直径50センチほどのプラスチック製の半球を浮かべ、その中に鉄アレイを入れてみたら、半球がまだ浮いているのを見せてくれた。

 「浮力って結構すごいでしょ? あの装置はピンポン球だけど、球をこれくらい大きくて重さのあるものに変えて、装置も大きくしたらもっと大きな電力が得られるよ」

 A君に計算してもらったところ、この装置で生み出される電力は1ワットにも満たないという。しかし、装置をもっと大きくして球の大きさを変えると、理論上、電力はそれに比例して大きくなるそうだ。この後、装置は時おり球が詰まるくらいで、管をたたいてやればまた復活していた。

 球の動きに美しさを感じてまたじっと見ていると、「おかあさーん、あれなーに?」と庭の外から指をさす子供の声でふと我に返った。この装置にキャラクターの絵を描いて遊園地に置いておくだけで、からくり時計のように子供にとっては楽しめるものになるかもしれない。

 A君は「これ、高校2年生くらいの物理の学力があれば理解できる仕組みですよ。でもそんな簡単な知識でこんなこと思いつくなんて」と感心しきりのようだった。

 それにしてもなぜこんなものを思いついたのか、阿久津さんに尋ねてみた。

 「東京に行くと高いビルがあるでしょ。あれを眺めながらね、あのてっぺんから物を落とすとすごいエネルギーになると考えたんだ」

 阿久津さんはドクター中松氏と違って発明を本職としているわけではない。ただ以前から環境問題には深い関心があり、石油を使う火力発電にしても、危険と紙一重の原子力発電にしても、いずれはこれらに頼らない発電方法を開発しなければならないと感じていたという。

 物を落とせば確かにエネルギーは生まれる。しかし、落としたものをどうやって持ち上げるか。それに悩む日々だった。ある日、練習用の水に浮くゴルフボールを手にしたとき、ひらめいた。

 「これだ。浮力だ。水を張ったパイプの中ならそれが可能だ」

 その後、装置を作ってくれる工場を探し、700~800万円を投じ、2年半の試行錯誤の末、開発に成功。「アクツ・エコ・サイクル」と命名した。

 昨年10月には特許を取得。「誰も同じような装置を考えた前例がないと国が認めてくれたときは飛び上がりそうなくらい嬉しかったよ」と振り返る。現在、米国や欧州などにも出願中だ。

 「この装置をね、たとえば店舗に設置したら雨水を使ってネオン用の電力に使える。山の中ではわき水を使って、登山道の灯りになるでしょ」と阿久津さん。「この装置をすべての送電鉄塔やビルを発電所に設置すれば将来、原子力発電はいらなくなるよ」と話していた。

 ピンポン球がともした小さな灯りが、大きな光となって私たちを照らしてくれる日が来るのだろうか。原発関連の暗いニュースばかりの中、少しだけ希望が見えた気がした。

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 やはり、装置そのものは上の水槽の水の位置エネルギーで動くものです。効率のよい発電に結びつくとは思えない(発電目的なら水槽の下に発電機を置く方がいい)のですが、メカ自体は見応えがあるので、展示すると面白いかもしれません。
 むしろ、単に発電機を置いただけのものと、発電の効率を比較するとかすれば、熱力学の法則について教えるための科学館むけの展示になるかも。

 まあ、何に数百万投じようが個人の道楽なら他人がとやかく言うことではないし、それをネタに投資家から資金を集めようってわけでもなさそうだし、ご本人も善意からやってるようですし、ほほえましいケースではありますね。
 ただ、それを「エネルギー製造装置」だと信じ込んで報道してしまう記者はどうかと思いますが。産経新聞は記者を採用するときに、基礎的な理科と数学の学力試験くらいはやった方がいいと思います。


ここからは旧ブログのコメントです。


by mimon at 2011-06-51 05:03:51
その特許

特許4608598をダウンロードしましたが、大して怪しくない、普通の「道楽出願」ですね。ちゃんと水を供給し続ける事も隠さずに述べています。
ただ、審査のしかたが派手なのです。
2010.4.16出願、2010.5.10審査請求、2010.10.15登録の早期審査です。特許の公開は、出願の1年半後ですから、公開公報よりも特許公報が先に出る、ちょっと華麗な審査方法です。
審査官の手をわずらわせないように、先行例調査などを自前でしなくてはいけませんから、弁理士費用が高くつきます。何億円も利益が得られる特許なら、その価値もあるのですが、こんな道楽にそれほど貢ぐとは、さすが「大宮トルコ」のおっさんは、やることが豪気ですね。


by apj at 2011-06-09 05:50:09
Re:むしろいい教材になりそう

mimonさん、

 確かに金かけて豪快にやってますが、ふと、阿久津さんの年齢が80歳ということが影響してるのかな、と思いました。日本人の平均寿命ですよね。
・金はあの世までは持って行けない
・自分が元気に活動できているうちにめどをつけたい
となると、金に余裕があるなら、多少無茶してでも特許を通そうとするかもしれません。
 会社で出してる特許なら、担当者が倒れても引き継ぐ人がいるでしょうが、それなりに高齢で個人でやってるとなると、代わってくれる人が近くにいるとは限りませんし。


by ながぴい at 2011-06-27 04:14:27
Re:むしろいい教材になりそう

>今回の取材には基礎的な知識が不足しているかもしれないと、以前に取材で知り合った都内の某大学理学部物理学科2年で力学や電磁力などを学ぶA君(20)に同行してもらった

と、書いてある時点で、「産経には科学のわかる記者がいない」ってことを白状しているようなものなのでは?


by apj at 2011-06-21 04:50:21
Re:むしろいい教材になりそう

ながぴいさん、

 そんな事態になったのは、やはり記者採用の基準に問題があるってことだろうと思います。
 新聞記者は、松永さん(「食卓の安全学」の著者)によると、入社してからいろんな部をローテーションしてオールラウンダーとして育てられるので、オールラウンダー的知識が必要なんだと思います。
 センター試験全科目受けて1科目でも基準点以下なら採用しない、的な、まんべんなく広く浅く知識を持つことが必須なのではないかと。


by 我楽者 at 2011-06-50 07:39:50
短期間の所属変更は弊害が大きいと思います

>入社してからいろんな部をローテーションしてオールラウンダーとして育てられるので

…だそうですね。
その為新聞記者の知識は「一般人と変わらない」と考えて良いと現役新聞記者から講義で聞きました。
数年で全く異なる部署に廻されるので「常に新米」であり、漸く専門的な知識を得る頃には他の部署に移動して、また一から勉強し直し…これでは内容について深く突っ込んだ記事を書ける筈も無い。
新聞記事の質を落としている大きな弊害だと思います。


by しゅん5 at 2011-06-52 08:02:52
その特許について…

こちらでは初めてコメントします。

minonさん

件の特許の審査経過を見てみました。中小企業等支援事業による調査(昨年まであった制度)を利用してましたので、事前の先行例調査にかかる費用は特許庁持ちですw。代理人が申し込みしたので手数料くらいは取ったかもしれませんが。

自分は特許調査を生業としているので、調査をやった業者も知ってるし、検索式を見れば調査の良し悪しはすぐわかるのですが…まぁ言わないでおきます。ただショボい検索だと事前調査を無視して自分で先行例を調べてくる審査官が、なにもやらずに36条4項1号で拒絶理由(簡単に言えば「中身の文章がダメダメですよ!」という意味)を打っているところをみると、発明者以外誰一人先行技術があるかどうかなんて気にしてなかったのかもしれません。

もっとも、わざわざ面接に行って装置が動いているDVDを見せて審査官を納得させたみたいですから、その手続きで代理人もちゃんとお金がとれたんじゃないでしょうか。


by mimon at 2011-06-51 10:40:51
そっちでしたか

法第36条4項1号で通じる人は、少ないでしょうから、引用しておきます。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S34/S34HO121.html#1000000000000000000000000000000000000000000000003600000000004000000001000000000
> 経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。
いわゆる「実施可能要件」というやつで、ちゃんと弁理士を通して出願してたら、めったに引っかかることはありません。
全部無効審判請求の時など、ついでというか、言いがかり程度に主張することもありますけれども、簡単な補正で解消されるのが普通です。
「拒絶理由」がこれだけって、拍子抜けするというか、逆にさびしいものがありますね。