怪しい宣伝チェックリスト
水商売ウォッチングの方では、個別の宣伝の科学的に怪しい部分にツッコミを入れている。最近、水商売ウォッチングに書いてあるにもかかわらず、「この水は怪しいですか?」という問い合わせを2件ほど連続していただいた。まあ、ウォッチングの方も文書が増えて全部読むのも大変なので、簡便なチェックリストとその理由をまとめておくことにする。新手の宣伝文句が出たら随時追加する予定。追加してほしいものがあったらお教え下さい。
以下のリストに出てくるものが宣伝中に登場する水・浄水器・活水器は相手にしないことをお薦めする。理由は、このような宣伝文句を意図的に使っているのであれば消費者を騙す意図があると思われるし、このようなフレーズが間違いであることを本当に見抜けないのだとしたら、商売するだけの知識も技術も無いと判断せざるを得ないからである。
- 「水のクラスター」で液体の水を評価
科学的には完璧な誤り。17O-NMRの線幅が使われることが多いが、実はこの線幅はpH7附近で敏感にpHに依存して変化する。飲料水では、炭酸ガスその他の電解質の量でpHは簡単に変動する。
- 「酸化還元電位」で水を評価
飲料水のような希薄な水溶液の酸化還元電位は、不純物組成の変化で変わってしまう。また、電気分解した水では、溶存水素ガスの濃度が変わっており、これも測定結果に影響する。酸化還元電位は水の中に含まれているイオンの電子のやりとりのしやすさで決まるのであって、水そのものの変化を意味しない。また、さまざまなイオン全部の効果で値が決まるので、水の評価の指標にはそもそも使えない。勿論、健康云々とは無関係である。酸化還元電位の低い水が良いとされているが、金属イオンの酸化還元電位の表を見ると、最も低い酸化還元電位を示すものはリチウムの電子授受平衡で、そのリチウムは、過剰に摂取すれば人体にとって有害である(従って、酸化還元電位が低ければいい、といった乱暴な議論は成り立たないことがわかる。リチウムも人体に必要ではあるが、だからといって無闇に摂取すれば過剰症を心配することになる)。
- 「遠赤外線」で水処理
どんな温度の物体も(勿論浄水器や活水器も、そして水自身も)、温度に応じて赤外線も遠赤外線も出している。もし、装置に電源やヒーターが存在しないなら、主張はインチキである。水と装置のどちらか一方が遠赤外線をもう一方に浴びせるようなことは起きない。水を流せば、装置は速やかに水と同じ温度になり、水と装置の両方が遠赤外線を出して平衡に達する。
ヒーターや電源がある場合は、それは単なる加熱装置に過ぎない。
セラミックスと一緒に出てくることが多いのは、暖房器具がセラミックヒーターを使っていたりすることから連想したのだろう。
また、水は遠赤外線を吸収するが、十分なパワーで照射してやれば単に温度が上がるだけで、それ以上の物理的変化は起きない。
- 「水の結晶」で水を評価
江本勝氏の「波動」理論に基づくものだが、「波動」自体が科学的には全く無意味であるため、考慮するに値しない。宣伝に登場する水結晶は、温度が低い氷の表面に水蒸気から結晶が成長したもので、冷蔵庫の霜や外で降っている雪と同じである。どのような形の結晶が出来るかは、温度と湿度で決まっている。
氷の結晶に入り込める物質はごく限られており、元の水に何をしたとしても、水蒸気から成長した結晶の形とは何の関係もない。
- 「水を活性化」
この表現は、自社製品の水処理装置について、水がどう変わったか科学的に説明する気がない、あるいは説明する能力がそもそも無いことの表明である。水に対して「活性化」という学術用語も概念も、科学の側にはない。なぜか、水商売業者の間でだけ存在するらしい。
- 「水に情報を記憶させる」
「波動」を記憶させる、というフレーズで出てくることが多い。水の分子そのものに情報を記憶するような自由度は何もない。酸素1つ、水素2つ、周りを決まった形で電子がとりまいているだけである。また、水分子同士は熱運動で常に動き回っており、10のマイナス12乗秒程度の短い時間で、前とはもう関係のない運動をしてしまう。水は何でもすぐ忘れる……コップに注いで口をつけるまでの時間できれいさっぱりと。
- 「マイナスイオン水」、「マイナスイオン」が含まれた水
空気でヒットしたインチキマイナスイオンに便乗しただけのフレーズ。空気の場合は、化学的実態がはっきりしないが電荷だけは持っているものを指してそのように呼んだが、水の場合は状況が違う。中学校の理科や高等学校の化学で習う通り、水の中にイオンがある、とは、単なる電解質水溶液のことである。水に対して「マイナスイオン」などという概念を持ち出す必要は全くない。普通の水溶液として、不純物の濃度と組成を個別に見ていけばいいだけである。
水に対して「マイナスイオン」を持ち出すのは、水の中の不純物を調べる気も能力もない、従って水の品質管理なんざ知ったことではない、と白状しているのと同じことである。
- 「活性水素」が含まれている
九州大学の白畑教授が言い出しっぺだが、今に至るまでそのような新規な物質を考える必要はない。当初、原子状水素だと言い張っていたため、それを信じる業者が続出しているが、原子状の水素は不安定で通常は水素分子H2として存在するのは、理科で習った通りである。
- 「ナノ粒子」「白金ナノコロイド」
活性水素に関連して登場した。最近では、水素が白金ナノ粒子に吸蔵されているという話が出回っている(が、白金の場合、水素はおそらく金属表面に吸着しているだけだろう)。確かに白金ナノ粒子には一定の薬理作用があるという動物実験の結果はあるが、人体内で蓄積されるか排泄されるか、代謝経路はどうかといったことはまだはっきりしていない。うかつに摂取して健康被害が起きてからでは手遅れである。第一、こんなもの無くても別に困らない。安全性が確認されるまで手出しをしない方が無難。
- 「淡水魚と海水魚が一緒に飼える」
魚の生理食塩水濃度は淡水魚も海水魚も同じだから、生理食塩水濃度に調整した水中でなら長期に一緒に飼えるのが当たり前。水のミラクルな効果の裏付けにはならない。
- 「植物の成長」が登場する
磁気処理水に多い。発芽して数日間の成長に差があることもあるらしいが、収穫までにかかる日数は磁気処理水と普通の水で差がないから、実用性は皆無だというオチ。無意味にコストアップにつながるだけだという……。もちろん、人体とどういう関係があるかはさっぱりわからない。
- 「釘の錆び方が違う」
溶存酸素や不純物組成が違えば、錆び方が違うのが当たり前。まずは、水に何が含まれているかはっきりさせるべきだし、そういう水が、錆防止以外の目的に使えるかどうかは保証の限りではない。
- 「特許取得」「特許申請中」
特許は同業他社に対して発明者のアイデアを保護するためのものである。そもそも消費者に向かって示すものではない。内容が科学的に正しいことを保証するわけでもない。
- 「○○病院・大学・研究所(など)で使われています。」
だから何?
「料金はいりません。モニターのため試しに置かせてください」と言って持ち込まれ、うっかりOKすると宣伝に登場する羽目になるということが起きている。研究者はもちろん関与していないし、調べてもいなかったりする。
- パイ化、パイウォーター、電子水
いずれも由緒あるニセ科学。これが出てきたらネタと思え。
- 「水本来のエネルギー」「自然のエネルギー」といったフレーズが使われている
水本来のエネルギーとは、つまりは酸素と水素の化学結合のエネルギーであり、他の何でもない。水分子のままで、「エネルギーを与え」たり「エネルギーを自然の状態にし」たりすることはできない。これを主張する人は、きっと夢でも見ているのだろう。まあ「それって何kJ/molですか?」と訊いてあげて、測定に基づく数値が出てこなかったら相手にしなくていい。
- トルマリンで水処理、トルマリンで水を電気分解(トルマリンを使ったセラミックスで、も同様)
トルマリンにミラクルな効果は何もないし、絶縁体だから電流が流れず、従って電気分解も起きない。砕いて水に入れれば、ミネラルが少しだけ溶出する。
- お茶の色が変わる、野菜を入れると水の色が変わる
電解水の宣伝で頻出。お茶の色素はpHによって色が変わり、pHの大きい時に濃く見える。野菜も、傷があるとわずかに色素が溶け出し、pHによっては普段より濃い色に見える。pHの変化で色が変わるのは、リトマス試験紙だけじゃない。
番外編
- ゲルマニウム
これに接触したからといって、ミラクルな効果は何一つ期待できない。ウチでは赤外分光のプリズムにゲルマニウム結晶を使って、いろんな試料を直接接触させて測定している。電子が出てくる云々、といった俗説の通りなら物質が電子を受け取って化学反応を起こすはずだし、それ以外の物理的効果であったとしたら必ず物質が変わるはずで、測定結果が変わってくることが予想される。現実には、ゲルマニウムは、有機、無機、生体関連材料を問わず、世界中で分光測定に使われているが、ゲルマニウム自体の影響で物質が変化した話はどこからも出ていない。
- 磁石あるいは磁場
磁場が水分子自体を変えるという話は真っ赤な嘘。
そこそこの磁場ということなら、我々はマグネティックスターラーという実験器具を使い、毎日世界中で磁石を使って水溶液を調整しているが、磁場のせいで(磁性不純物が含まれていない)水溶液の性質が変わった話はない。
強い方の磁場だと、病院で使うMRIがある。もし、磁場で水が変化するなら、人体の大部分は水だから、MRIの検査による健康被害が続出するはずだが、そんなことは全くない。水がそうそう変化などしていない証拠である。
ウソや間違いを見抜けない人には、まともな水商売はできない。世の中の同業他社の宣伝も、手に入りやすい解説本も、業界紙などであっても、間違いが書いてあることの方が圧倒的に多いからである。
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