【注意】このページの内容は商品の説明ではありません。商品説明中に出てくる水の科学の話について、水・液体の研究者の立場から議論しているものです。製品説明は、議論の最後にある、販売会社のページを見てください。
三菱樹脂株式会社電解還元水整水器「水の舞」の総代理店と、株式会社日本トリム「トリムイオン」の代理店をしている株式会社ステップが幹事になっている会のウェブページである。
還元電解水の効果については、現在臨床的な研究が進んでいるが、効果のある理由はまだ明らかではない。それを調べるために、この会社の人は九州大学の白畑教授と共同研究し、「還元電解水に活性酸素除去効果がある、還元電解水中には活性水素が存在する可能性がある」という論文を共著で出している。多少勇み足ではないかと思われる点もあり、それについては後述するが、ともかくこれは真面目に水そのものを調べており、まずは建設的な方向に向かっている。
ところが、せっかくいい方に向かっていると思ったのに、氷の結晶を紹介したページを見てずっこけてしまった。まず、引用文献が、「水からの伝言」で、著者が国際波動友の会の会長江本 勝氏(IHM総合研究所所長)である。実はこの本、神田の書泉グランデで平積みになっており、私はまだ買っていないが中を見たことはある。写真はきれいであるし、手間をかけて撮影した努力のあとがうかがえる。いい本なのだ。ただし、写真についているコメントのいくつかを除外すればの話だ。
さて、ウェブページを見るといきなり、
波動エネルギーを与えた水はきれいな六角形の写真が撮れます
とあり、6角形の樹枝状結晶の写真が掲載されている。その下に、
ところが、私たちが飲んでいる水道水は見るも無残な結晶写真となってしまっています
とあり、水道水の結晶写真が載っているが、6角形になりそこねたり、単なる塊の不規則な形をしている。札幌市の水の氷だけが、樹枝状でない6角形をしている。還元電解水の結晶としては、6角形樹枝状の写真が出ている。
まず最初に書いておくが、波動の話はウソである。波動が測定できるとされる装置は、MRA(共鳴磁場分析器)と呼ばれるが、装置の中に磁場も共鳴も測定できるような回路が存在しないことが暴かれている。また、装置から得られる結果は、プローブを押しつける強さによっていかようにでも変えられるとのことである。詳しくは、別冊宝島「トンデモさんの大逆襲」を見ていただきたい。だから、氷の結晶がどんな形になろうと、「波動エネルギーを与えた結果」でないことだけは確かだろう。
さて氷の結晶であるが、過飽和の水蒸気(気体)から直接成長させる。液体の水から結晶させるわけではないのである。6角形の形をした結晶は、水を凍らしたのでは(6角形の容器に入れない限り!)作ることはできない。また、元の水の水質が悪くいろんな物質がとけ込んでいたとしても、水蒸気になると、一緒に蒸発して気体として存在できるような物質以外は水蒸気に混入することができない。さらに結晶化させると、ごく限られた物質しか氷の結晶に入ることはできない。現在のところ、氷の結晶格子に入り込める不純物としては、フッ素、アンモニア、塩素が知られているだけである。これは、液体(水)から結晶(氷)を作るときも同様で、インクを混ぜても砂糖を混ぜても、できた氷は甘くないし色もつかない。氷になるときに、不純物は外に追い出されてしまう。だから、不純物が混じって水が「病んで」いたとしても、氷になった部分はほとんど純水でできているはずである。もっとも、このページの作者は「病んだ水とは、波動エネルギーの低い水です」と主張したいのかもしれないが.....。それにしては他のページの記述がまとも過ぎる気もする。
ウェブページによれば、江本氏は、
「水を凍らせて、水の氷結結晶写真を撮ると“その水の情報が得られる”ということに気づいた」
らしい。しかし、「水蒸気からできる氷の結晶の形は、飽和水蒸気圧と温度によって決まる」ことを、1954年に既に中谷宇吉郎が発見している。ウェブページに掲載されているような各種の結晶写真は、普通の水道水を使っても、条件を変えれば、どれでも作ることができる。写真とコメントだけ見ると、あたかも元の水の性質が結晶の形を決めているように見えるが、結晶を作ったときの条件を示さない限り、記述に何の意味もない。結晶の形と、元の水が健康に良いかどうかも無関係だろう。なお、なぜ特定の条件である形になるのかということは、今でもまだ解明されていない。
このあたりの話は、「氷の科学」(前野紀一著 北海道大学図書刊行会)に詳しい。上述の氷の話は、この本の55頁や、144頁を引用してまとめさせていただいた。
江本氏の「水からの伝言」は、きれいな結晶の写真に詩人がコメントをつけたものだと思って読めばよい。書かれている内容の科学的正しさを期待するのは、おそらく野暮というものだろう。これを引用して、還元電解水と「波動エネルギーを注入した水」を同列に並べるような書き方をしたら、還元電解水までインチキに見えてしまう。何でこんなものを引用しているのだろうか。
さて、他のページを見よう。「電解還元水が受け入れられない理由
NO.1」は、顧客に正確な情報が伝わっていないのではないかということで、まあありそうな話である。最近では、健康書のコーナーにも電解水の本が置かれているので、徐々に普及することが予想される。
「電解還元水が受け入れられない理由
NO.2」では、還元電解水に対して誤った主張がなされたという記述があり、消費者センターの見解とアルカリイオン整水器協議会の臨床試験の結果を並記している。
「電解還元水が受け入れられない理由
NO.3」では白畑論文の追試をしたが、同じような結果は得られなかったという話が紹介されている。このことに対し、このウェブページの著者は、
ただ今の研究は、白畑教授の使用されたハードとは異なる機器で行われております。従って、研究結果は使用されるハードによって必ずしも同一の結果が得られるとは限らない・・・つまり「現在流通している機器の性能にはその機種によって問題があること」をむしろ示唆しているものと考えます」(中略)
科学における追試とは、実験条件をすべて同一にして行わなければなりません。実験に供する機器も器具も実験材料も試薬も含め、全て同一条件のもとで行って初めて追試と呼べるのです。
と主張し、「クロスライン方式」以外の方法は認めていない。
追試に関する主張はわからないでもないが、白畑論文には日本トリムの装置を使ったと書いてあるだけで、その装置の電解の条件(電圧、電極間距離、電極材料、加えた電流の波形など)については論文中には何も書かれていない。論文中には追試が可能なように実験条件が明示されている必要がある。追試を行う場合には、論文に書かれた条件さえ守れば、その他の部分は必ずしも全く同じ装置でなくともよい。逆に、論文中には、「これでないと絶対ダメだ」という条件をきちんと書くべきなのである。この点から考えると、白畑論文の実験条件は、肝心の水の製造に関する部分の情報が、主張しているコトの重大さに比較して、少なすぎるように思う。
もし、「これでないとダメだ」という条件の1つが、さしあたり今のところ「日本トリムの装置を使うこと」ならば、その装置は他と比べて、電解で起こっている反応の何が違うのかこれから調べていく必要があるだろう。
白畑教授らは、Biochemical and Biophysical Research communications vol.234 269-274(1997)(これがウェブページ上で頻繁に引用されている研究成果)のアブストラクトの最初に、次のように書いている。
The ideal scavenger for active oxygen should be 'active hydrogen'. 'Active hydrogen' can be produced in reduced water near the cathode during electolysis of water.
さらに、
The supseroxide dimutase (SOD)-like activity of reduced water is stable at 4 ℃ for over a month and was not lost even after neutralization, repeated freezing and melting, deflation, with sonication, vigorous mixing, boiling, repeated filtration, or closed autoclaving in the presence of tungsten trioxide which efficiently adsorbs active atomic hydrogen.
とある。あとの方は実験事実だから、還元電解水の性質として認めるとしても、「活性水素(原子状の水素)がここに書かれた条件でも安定に存在する」ことに同意する人はまだほとんどいないと思う。もし、本当に、活性水素が安定に水の中で存在するなら、従来の電気化学・溶液科学の常識を覆す大発見である。呑気に(失礼!)BBRCなんかに論文を投稿している場合ではない。投稿先はNatureが適当だろうし、化学の歴史に名を残す発見になるはずである。それだけに、本当かどうか、慎重に検証する必要がある。検証実験の結果が出そろうまで、水(白畑論文では、0.1g/lのNaCl水溶液)の電気分解で、還元側にできている化学種が何であるかは、確定していないという立場を私はとりたい。生化学反応を介さずに直接存在を証明する実験があればcrucial testになると思うが、何を測ると良いのだろうか?
去年の11月に、お茶の水女子大学で「溶液化学シンポジウム」が開催され、富山大理学部のグループが、白畑論文の検証実験を試みている発表があった。電気分解に日本トリムの装置を使ったとは書いてないので、また文句を言われそうだが、実験の目的が「最終的にできている化学種は何か」を確定させようというものなので、単なる追試とは異なる。proceedingsをまとめると、次のような結果である。
実験は、市販のフロー型直流電解漕を改造し、白金メッキしたチタン板を5mm間隔で配置して行っている。この実験では、通常の電解条件で得られる還元電解水では効果がみられなかったが、40-60Vの電解電圧で生成すると、強い化学発光消去効果がみられ、白畑論文のキサンチンオキシターゼ酵素系の発光消去効果を再現した。対照実験から、その効果は、アルカリ性、溶存水素ガス、混入チタンによるものではないことも確認された。そこで、この水を、リポソーム溶液系の脂質過酸化測定に適用したが、酸素消費量の測定からは活性酸素の消去効果はみられず、他の測定を検討している....。
化学発光除去効果を出すための条件の1つが、高い電解電圧という可能性がある。水の舞普及会のページに何か情報があるかどうか眺めてみたが、電解電圧と電極間の距離については見つけられなかった。私の探し方が悪いのかなあ。
クロスライン方式については、説明があって、一定方向に電流を流し続けると、陰極表面がもとの水に入っていたミネラルでコーティングされるので、それをふせぐために周期的に電流を流す方向を変えて、かつ取水口からは常に還元水が出てくるようにする方法のことだそうな。
単純に高電圧をかけた電気分解でも、最初のうちはクロスライン方式と変わらない電解水が得られるようにも思うが、他に成分が変わる可能性はあるだろうか?陰極と陽極を入れ替えたとき、陽極表面に何かが吸着していた場合、還元水の中に入ってくるかもしれないが...。通常よりかなり高電圧での電気分解では何が生成するのか、誰か知ってる人がいたら教えてほしい。
現状では、電解還元水には細胞レベルで病気や老化に対し何らかの効果が認められるという結果はあるものの、それが具体的にどのような化学種によってどういう生化学的経路で効くのかについては、まだ未解決と考えられる。試験管内での癌の抑制効果などが認められても、それを人体に投与して直ちに効くかというと疑問である(抗ガン剤ですら、試験管で効いて、臨床試験をすると効かなかったり、動物実験で効いてもヒトには効かなかったりということがある)。
メカニズムが未解決でも、飲んでみて体調が良くなる人が居るのなら、お値段と相談の上利用すれば良いと思う。もっとも、電解還元水の効果は認めても、活性水素の存在はまだ認めるわけにはいかないが。
私が日本トリムに対して望むのは、電解の条件をぜひ明らかにして、実験室でも追試ができるようにしてほしいということだ。本当に生成されている化学種が何かということをきちんと調べることが、電解還元水のこれからの利用にとって不可欠だと思う。もし、活性水素ではない別の化学種であったとしても、物質が確定することで、さらに応用が拡がるだろう。
白畑教授には、ぜひ、電気化学会や溶液関係の学会で発表していただきたいと思う。農芸化学会には、電気化学や溶液の専門家はそんなに居ないと思う。専門に近い学会の方が、議論はきっと盛り上がるはずである。
ところで、「よくある疑問」の最初の部分が私にはよくわからなかった。前半の内容は、使命を終えた電解水はふつうの水に戻る、とか、健康な方は1日2リットル、病気の方はもっと多く飲む必要がある、とかいう内容である。ここまでは、このサイトの他のページでも似たようなことが書いてあるので納得できる。が、その次の文
上記の理由から「電解還元水」は新鮮なうちに飲む必要があります。
がさっぱり理解できない。書かれている「上記の理由」と、新鮮なうちに飲まねばならないことが、ちっとも結びつかないのである。保存する場合にも、電解還元水は放っておくと酸化されると書いてあるし、冷蔵庫の保管は2日以内だそうだが、ちょっと待て。白畑論文では、冷蔵庫の保存で1カ月効果が持続し、沸騰させても凍らしても溶かしても効果がみられたと書いてあるのに、随分話が違うんじゃないの?このウェブページでは、白畑論文の結果をあちこちで引用して、還元電解水の効果が実証されたと主張しているのに、論文の顔であるアブストラクトの内容をまるきり無視して違う事を書いているのは謎である。しかも、別ページの「よくある疑問」では、最初に、医学博士 林秀光著『水を無視してあなたの病気は治らない』(KKロングセラーズ)を引用していて、
還元水も沸騰すると電位がもとに戻ってしまいます
だって。電位のもとが「活性水素」だとすると、この記述は白畑論文の結果とは矛盾する。一体どっちが正しいの?
さらに変な記述は、「還元水が胃液を薄める?」にある。アルカリ性の還元水を飲むと胃液が薄められるという説に対する反論を、医学博士 林秀光著『水を無視してあなたの病気は治らない』(KKロングセラーズ)を引用して行っている。その論理は、
あなたの胃の中にペーハー2の胃液が1リットルあるものと仮定します。あなたがいま、ペーハー9の水(電解還元水)を飲んで胃液を薄めていくものとします。ペーハー2の胃液の中の水素イオン濃度は、ペーハー9の還元水の水素イオン濃度の10の7乗倍、すなはち10,000,000倍(一千万倍)ですから、ペーハー2の胃液一リットルをペーハー9まで薄めるには一リットルの一千万倍すなわち一千万リットル(一万トン)必要であるという計算になります。さて、あなたは、ほんの数秒間に一万トンちかくの水を飲むことが出来ますか?
だそうな。ご丁寧に、ペーハーの定義まで持ち出して説明しているのだが、ペーハーを誤解しているとしか思えない。薄めるのに使うのが純水ならばこれでもかまわないが、電解質の含まれた水(ペーハー9ということは、当然電解質が含まれているはず)と胃液の混合に対してこの説明はあてはまらない。
簡単のために、胃液が1Mの塩酸で、これが1lだったとしよう。塩酸は強酸であるから、強い酸性を示し、ペーハーは小さな値になる。これを、塩基の含まれた溶液(ペーハー7以上、アルカリ性を示す)と混ぜて中和することを考える。ペーハー9を示す溶液が何トンも必要だろうか?答えはNoで、加える液体の中に何モルの塩基が含まれているかによって決まる。弱塩基であれば、濃度が1Mであっても、電離しているのはごくわずかであるから、ペーハーはそれほど大きくならない。混合のモル比(分子の数の比)が酸と塩基で1対1なら、混合後の液体のペーハーは大体7位で中性になるはずである。さらに塩基を加えれば、ペーハーは大きくなる。これは、酸・塩基の滴定の基本で、高校の化学の教科書に出ている。
還元電解水の成分については何もいっていないが、もし還元電解水に胃液中の塩酸濃度と同程度の弱塩基性の物質が溶けていたとすれば、一定量の胃液を中和するのに、何トンもの水は不要で、胃液と同体積の水があればよい。したがって林博士が主張する理屈で、「胃液が薄められないこと」を説明するのは無理である。林博士は、もう一度高校の化学のペーハーのところを読み直すことをおすすめしたい。強酸・強塩基は水溶液中でほとんどが電離しているからペーハーは小さな(あるいは大きな)値を示すが、弱酸。弱塩基は同じ濃度であっても電離しているのは一部なので、強酸や強塩基よりは中性から大きく違わないペーハーを示すということを、ちゃんと理解してもらいたい。
まあ、常に分泌されている胃液を完全に中和するのは無理な話なので、飲んだ直後に胃の中が普段よりやや大きなペーハーになる、程度のことなら起こるかもしれない。
しかし、共同研究した九州大の白畑教授も、波動の話が並ぶとは思わなかったんじゃないか?大きなお世話かもしれないけれど。
(2000/10/17)
その後、林秀光博士本人とメールでやりとりした結果、電解水のpHは、酸性もアルカリ性も微弱であることを知らされた。どうもほとんど電解質が存在していないらしいのだ。また、還元水が胃液を薄めるという理由(ほとんどそれだけ!)で、林秀光博士が提唱する還元電解水の使用に反対しているのが、川畑愛義氏(京都大学医学部名誉教授 医学博士)で、このことに反論するためにペーハーの話を持ち出したというのが真相のようだ。だとすると、上記で述べた滴定の議論は不要で、「電解水によって胃液が薄められる害」とはせいぜい夏場に、「水を飲みすぎると胃液が薄くなって胃の調子が悪くなるよ」という程度の話だということで、普通の水を飲むのと、胃液に関しては大差ないことになる。
そうするとまた別の疑問が生じてくる。
最も還元電解水の実験が進んでいるのが九州大の白畑教授のグループのようだが、論文発表と特許申請の準備中なので、それが済むまでは詳しい情報を公開できないとのことだ。他のグループが追試可能な情報が出ていろんな専門の人が実験に加われば、上記の疑問は徐々に解決していくと考えているのだが、ともかく論文発表を待つしかなさそうである。
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