水商売ウォッチング番外編

警告文ウォッチング

科学?的検討

 日本システム企画株式会社から我々宛に警告文が送られてきた。そのやりとりはそのまま手を加えずに公開し、ネット上で我々との間にトラブルが起きたことを広く知らせた。また、2通目の、刑法条文を指定した警告については、別に法的な見解をまとめたので、ここではそれ以外についてコメントする。会社がウェブページに掲載した警告文を読むと、どうもこの会社は自分のウェブページに対する批判は許さないというつもりらしい。文書を公開した以上、どう読むかは読む側の勝手だということがちっともわかっていないようだ。そんなに批判されたくないなら、出さなきゃいいのにと思うが、まあそういう人も世の中にはいるということで、一応その気持ちも尊重してあげよう。しかし、こちらに直接メールで送られてきた警告文に関しては、ウェブページの内容ではないから、どう読もうがこっちの勝手だというのが常識である。

 もっというと、ウェブの警告文のファイル名がcaution.htmというのもよくわからない。警告文の文面通りならwarning.htmじゃないかと。cautionは注意しながらやりなさい、ということ、warningは禁止、というニュアンスだと理解してたんだけど、私の英語の理解は間違ってますかね?これが違ってると、実験装置の取り扱いなんかでかなり危ないことになるんですけど。ホントにcausionならウチのウェブページ元に戻しますが。

 まず、2通目の中にある、

世の中には貴殿が理解できなかったり知らない事がある事を知るべきです。

については全面的に同意する。同意したからちゃんと弁護士のところに行って、私自身の理解力が不足していると思う法律について金を払って教わってきた。シロウト考えで訴訟が可能と思いこんだり、下手に警告文を書いて脅迫ととられたりすると、後々自分が不利になる心配があった。私はそうはなりたくないから早めに弁護士に相談し、自分がうっかり違法行為をしないようにコンサルティングを依頼したのだ。もっとも、テレビのオカルト番組のイントロか最後の方でも似たようなフレーズが使われることがあるので、この手のセリフを言葉通りに受け取るのは、無条件に正しいとは限らない。この後に、宇宙人につかまってUFOに乗せられた話が続くってのが、その時の典型的パターンだ。

 また、2通目の警告文中で、製品説明として

尚、当社の製品は磁気処理水ではありません。

とある。以前ウェブページを見たときには、製品に磁石を使っていることがことさらに書いてあったが、あれは何だったのだろうか。

 たとえば、ブラウン管を使ったテレビの宣伝を考えてみよう。いかに鮮明に写るかとか、ビデオも一体になって付属しているかとかいう商品説明はあっても、中に磁石を使っています、と書いた宣伝は見たことがない。ブラウン管式のテレビにはかならず磁石が使われているが、テレビの受信が主目的であるので、磁石の話は出てこない。

 この会社の活水器は、磁気を使わない製品なのに、磁石の存在を強調した製品説明をしたりすると、すでに磁気活水器が広く知られている現状では消費者が混乱するだけのように思う。

 さて、見所である1通目の技術に関する説明を見ていく。

当社の製品は、米国NASAで開発された広義(高次元)のNMR技術を米国ゼネラルモーターズ社が応用した製品を利用しています。

 NASAはまだ知り合いを見つけていないけど、米国ゼネラルモーターズ社(GM)については、今回のクレームを知った人がGMの研究所の人に試しにきいてみたら、広義(高次元)のNMR技術にGMは関わっていないということだそうな。

以上の技術については、そちらの東大宇宙研の教授クラスの方は承知済みです。

 教授クラスって一体?助教授以上ってことなのか?大学にいる教官の身分って、教授、助教授、講師、助手くらいだけど(正確には助手は教官ではない)。単に「教授」じゃだめなのは何でかなあ。それとも、身分は助手なんだけど実は教授クラス、ってな人だったりするのか(何が)?ついでにいうと、東大宇宙研ってのも謎。東大宇宙線研なら同級生が進学して配属されてた。東大宇宙科学研究所なら、駒場の先端研キャンパスに同居していて門のところにそういう看板がかかってたけど、これの略かな。私は、アニメで出てきた研究所の名前が実在してるんだぁ、って思いながら毎日門をくぐっていた。さらに、文部科学省にも宇宙研があるので大変まぎらわしい。

それ以上は東大の原子物理学の教授に聞けば、何故広義のNMR研究が日本で出来ないかが判ります。

 いやその、広義のNMRの存在を認めたとしても、東大宇宙研が宇宙科学研究所のことだったとしても、宇宙科学と原子物理で共通の知識なら、多分物性物理の人間も知ってるようなそれなりに一般的な話じゃないかと。だって宇宙科学と原子物理学って研究の道具立ても研究のバックグラウンドも全然違う分野のはずだけど。まあ中にはかぶっている人もいるでしょうが。

 でもまあ、広義のNMRってできたらスゴイから、なんでアメリカで研究できて日本でできないか知りたかったんだけど、教授の名前をきいても警告しか返ってこないので、どうしようもない。

まったく、

世の中には貴殿が理解できなかったり知らない事がある事を知るべきです。

なんてもったいつけずに教えてくれてもいいのに、じらすんだから、もう。

 日本のよりはるかに優れた広義のNMR技術を使ってる会社にしては、技術的に劣っているはずの狭義のNMRの説明がまだ違っている。

 ちなみに、日本のNMR技術は、
? 強い磁場を形成する強い電磁石が必要である。
? マイクロ波(というよりはラジオ波)は弱く、核スピンというより核の向きを変える程度のものである。

強い電磁石が必要なのはその通りだけど、ラジオ波では核の向きは変わらないってば。てゆかここでいう核の向きって一体何?

 非常にすぐれた広義のNMR技術では、

? 磁場は地球の磁場を使う
? 核スピンを起こすマイクロ波は鉄・ステンレス等の金属を透過するというものです。

だそうな。情報源を知りたいが、教えてくれないので、とりあえず東大教授クラスとNASAとGMの保証付き技術であるということを認めるという前提で話を進めよう。

 磁場として地磁気を使うのなら、水の流れに対して装置をどう設置するかが問題である。水の流れに対し直角方向に地磁気が向くか、平行に地磁気が向くかで効果に違いが出そうだが、どうなんだろう。地磁気に対してどっち向きに設置するとよい、という説明は出ていなかったようなので、何とも解せない。すでにここの装置を導入した人たちがこのページをごらんになったら、設置のときに、地磁気の向きを測ってどこに設置するか決めるという作業をしたかどうか、私に教えてほしい。

 向きの確認だが、単に方位磁石で南北を見るだけじゃダメである。以前、お茶の水女子大にNMR分光器が入ったとき、階下への磁場の漏れの確認のため、磁束計を使って部屋や廊下の磁場を測ったことがある。そうしたら、エレベータ付近で地磁気は上を向いていた。エレベータの枠(多分鉄の合金)が建物を縦に貫いていて、その方向に磁化したらしい。ともかく、磁場は、1階から5階方向に向いていたのだ。このように、鉄筋コンクリートの建物の中では、地磁気程度の大きさの磁場がどっちを向くかは、測ってみないとわからない。もし、地磁気を使っているなら、そういうことも考慮した設置条件が説明されないのはおかしい。

 マイクロ波は金属を透過する、というのは、これはもう我々の科学の範囲を超えている。この会社のいうマイクロ波とは我々の知っている電磁波ではない。デンジ波(by 長谷川裕一)だったら私も納得するが、何だかなあ。どうも、この会社は、アナザーワールドの物理学を用いているらしい。

 アメリカ特許US4802931を見ると、確かにGMの特許である。しかしこれは、ネオジウム・鉄・ボロン系の永久磁石の成分特許で、組成やアニール温度を振って、磁化や熱特性やX線回折を測定したデータがずらっと並んでいるだけで、広義のNMRの話はどこにも出てこない。何でこれが特許になったかという理由は、磁性体の研究をフォローしていないので断言できないのだが、磁化を反転させるのに非常に大きな磁場が必要ということではないかと思われる。つまり、磁化のヒステリシスループが大きくて、永久磁石として強力かつ特性がいいものなのだろう。こういう磁石なら、単にそのまま使って磁気活水器を作っても、長持ちしていい性能のものができそうだが、何せ会社が「磁気処理装置じゃない」と抗議文で断言しているので、ちょっと残念である。それはともかく、装置は地磁気を使うということなのに、こんな磁化の大きい永久磁石を装置内にとりつけたら、水道管に漏れ出る永久磁石の磁場の方が地磁気よりはるかに大きいんじゃないか?本当に地磁気を利用できているのか大変に疑問である。広義のNMRの方が優れたアメリカの技術であったとしても、部品に単なる磁石を使ったら、その磁場の遮蔽については我々の物理学に従うしかない。磁場は、div B=0という性質があるから、遮蔽するのがすごく難しい。我々の世界の物理学については、この会社はよくご存じないようだから、その知識に基づいて磁場を遮蔽する構造を作るのはさらに困難だろう。装置をとりつけたときに、管の中に漏れ出る磁場の強さを測ったデータってあったっけ?さらに、部品として使った磁石の磁場を遮蔽しつつ、地磁気の方はしっかり通すやり方ってあるのかしら。

 性能のよい強力な永久磁石は、磁場の空間的・時間的均一性が良いので、小型のNMR分析装置(我々の世界での)を作ることに利用できる。しかし最近は超電導磁石の性能が上がったことと、高分解能の追求すなわち強磁場であることの方が重要になっているので、永久磁石を使った小型NMRというのはあまり話をきかない。永久磁石を使ったNMR分析装置がどうなっているか、ご存じの方がいらっしゃったらお教えください。

 あとは、NASAが何をやってるかだ。すなわち金属を通過するマイクロ波の技術につながりそうなことをやってるかどうかが、調べるポイントとなる。誰かNASAに知り合いいませんか?情報募集中です。(今の共同研究者のMIT時代の知り合いがNASAに居るそうで、情報とれませんかって問い合わせ中だったりして。ホントに世の中2ホップだなあ。)

ジェネレーションギャップ

 さて、警告の中身の科学的検討が一通り済んだところで、もうちょっと別の目で1通目の警告文を眺めてみる。

 水商売ウォッチングを企画した時から、いずれは勘違いした会社がこの手の警告をよこすだろうと予想はしていたが、今回のは驚いた。私が書いたコメントが最も普通の教科書に近い内容で、しかもNMRという一般人には多分よくわからないネタで、製品の販売に影響するとはとても思えない議論だと思っていたからだ。他社につけたコメントはもうちょっと一般ウケする話になっているはずだ。一番警告文をよこしそうにないコメントをつけた会社から警告文がきたので、あれ?と思ったのだった。

 この警告文の特徴は、技術の内容や、技術そのものが存在するという証拠(特許請求番号や論文など)が一切示されず、「どこの組織のどういう身分の人が知っている」ということだけを羅列している点にある。こんな書き方は、はっきりいってムダである。「これこれの証拠がある」と文書を示してくれれば、余計なやりとり無しに私が謝罪文や訂正を書くことになり、さらに日本システム企画株式会社がいかに努力していい製品を売っているかという紹介文を書くことになったかもしれないのだ。こちらとしてはそのつもりで、1次資料のありかを訊いたのに、警告しか返ってこなくてがっかりである。私がやっているのは水商売ウォッチングであって、水商売バッシングじゃないのだ。

 で、ここからは私の推測である。

 1通目の警告文で社長が期待したことは、私が、
「NASAとGMの技術に基づいているんですか。それは知りませんでした。御社の技術はすばらしいですね。東大の宇宙物理や核物理の人が知ってるんですか。なんだかわからないけど最先端のすごいものなんですね。批判なんかしてすみませんでした。即刻ウェブは削除しました。訴訟だけはごかんべんを。」
といってすごすごと引き下がることだったんじゃないかな。少なくとも警告文をよこしたということは、私をその内容に従わせたいという意図があったはずである。ところが私は、1次資料を教えろといって、NASAやGMや東大教授を疑ったのだ。で、権威じゃ私が言うことを訊かないとわかって、2通目の、情報を一切開示せず単に警告するだけの文になったのだろう。

 じゃあ、社長の思い描いている権威とは何かを考えてみる。

 別に東大やGMをバカにするつもりは毛頭ないが、単にそういう名前を持ち出したときに世間がひれ伏すということが一般的だったのはいつ頃かという観点から()内を書いてみた。こう思って眺めると、この警告文の内容は、私にはかなり違和感がある。敗戦の記憶があって進駐軍を見てショックを受けて、高度経済成長以前の日本の状況を肌で知っていて、しかもその後の個人主義とか価値観相対化とかにはついて行けていない、という印象を持った。2通目の警告文の紋切り型の説教からもそうではないかと思う。あれは、論理的に相手を説得できる文章ではないし、また最初から訴訟を行うつもりなら不要で、後半だけでよい。社長がどういう人か私は知らないが、60代以上なら納得できる。もし私より若かったら、仰天するしかないし、なぜこれを権威だと思うようになったのかをぜひきいてみたい。

 あるものが社会的な意味での「権威」であるためには、私とあなたの両方が、そのものを「権威」と認める、共通の了解がまず必要である。そうであってはじめて、それを持ち出せば相手がひれ伏す、ということが起こる。このための「権威」とは水戸黄門の印籠のような存在でなければならない。ところが、80年代以降の価値観相対化で、何を「権威」と思うかが、人によってばらばらになってきていると思う。調査をしたわけではないが、私はそういう実感を持っている。特に、ネット上で議論をするときには、権威や常識を持ちだしても相手を説得できないし、それによって議論を封じることはまず不可能である。相手の顔が見えない分、論理的一貫性と書かれた内容で判断するしかないのだ。私はこれを、ネットニュースの議論に参加してさんざん経験したし、ウェブの内容でも掲示板の論争でも同じだということも経験した。とにかく、共通の権威は存在しないという日常を送っていた私のところに、権威の存在を前提とした警告文が来たから、私と社長の文化的背景のギャップと違和感を感じた。この意味で、確かに私の理解できない(というよりあまり関わりたくない)世界が存在していることがわかった。

 「世の中には貴殿が理解できなかったり知らない事がある事を知るべきです。」は社長自身にもあてはまると思う。インターネットを使って情報発信するときは、なかったことにできず、やったことは広く知られ、それに対して判断を下すのは不特定多数が勝手に行い、判断基準は大抵の場合内容そのもので、書いた人の所属や身分は重要視されない、という社会が拡がっている。こんな社会で「権威」を持ち出せば「私はそんなの権威と認めない」と言われ、「常識」を持ち出せば「それはあんたの常識でローカルルールでしょ」と言われるのがオチである。せっかくネットを使っているのだから、社長にはぜひこのことを理解していただきたいと思う。

 少なくとも、警告文に列挙されたような組織の権威は私たちの世代(30代)には通用しないと思う。各キーワードに対する私の認識はこうだ。

 ということで、とても無条件にひれ伏せるようなものではない。私より下の世代なら、もっと違う印象を持つかもしれない。今の20代前半の人の感想をきいてみたい。

 断っておくが、私は権威のすべてを批判するつもりはないし無意味だというつもりもない。権威をどう扱うかは立場によって異なる。例えば研究者が自分の専門分野のことがらについて「権威が言ってることだったから認めました」といったらアホと思われるだけだ。そうでない人にとっては確信犯で利用できる「権威」が必要なこともある。水商売を例にとると、こんな話がある。取引先の会社社長と零細農家の関係で、社長が変な水商売にハマってしまい、高価な装置を勧めてくる。農家の方はそんなものに効果はないと思うので買いたくないが、断り方がマズくて社長の機嫌を損ねると、後々の商売にさしさわる。どこかが「その装置は効果がない」というお墨付きを出してくれればそれを理由に穏便に断れるのだが....という相談が、実際に某大手食品会社の研究所に来ている。権威を全否定したりすると、こういう時に困ってしまう。


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Y.Amo /
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