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apj (2008/05/16 16:44)
Isshocking (2008/05/17 09:56)
がんのすけ (2008/05/16 02:28)
Re:なぜ「ゲルマニウム(健康グッズ限定)」の効果がまったく期待できないか
柘植 (2006/12/28 14:36)
とりばち (2006/12/28 17:56)
みつを (2006/12/28 19:52)
apj (2006/12/28 20:30)
apj (2006/12/28 21:06)
とりばち (2006/12/28 21:15)
やぎ (2006/12/30 08:39)
apj (2006/12/30 15:00)
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apj (2007/01/05 12:30)
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apj (2008/04/15 22:40)
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zorori (2008/05/15 18:49)
apj (2008/05/15 20:45)
Kei (2008/05/07 21:23)
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昨今の日本人は、「わかりやすさ」の病にかかっているように見える。科学的知見を解説する場合でも、あたかもそれが絶対的な真理であるかのように「断言」することが求められることが多い。とある。そのあと、科学的真実は仮説であるという説明があり、
科学することの中核には、現状に対する批判精神がある。ポピュラーサイエンスの文化において、日本人が「わかりやすさ」の病にかかっているとすれば、その批評精神の欠如はより広い社会的文脈においても害をなしているはずである。と指摘している。
この話と多少関係するが、以前にこんなことを書いた。そのあと、「わからなさに対する耐性が減っていることが問題なのではないか?」という話を周りの人たちとしていた。本当はわかってないことに、わかりやすい説明を無理矢理くっつけるとインチキが入り込むことになる。また、「科学で説明できないこともある」からといって、別の何か、たとえば「効果があるかもしれない」という「可能性」を積極的に「信じる」のは明らかな嘘である。「科学で説明できないこと」で、科学の枠組みに入る話なら、科学で説明が付くまで棚上げにして放置するのが正しい(その問題の研究者は別だが)。
どうも、既に解決済みのことばっかり教育されて、解決してないことをどう扱うかという部分が抜けているんじゃないかと思う。
posted at 2006/04/26 18:25:14
lastupdate at 2006/04/26 18:25:14
中学校の頃、理科の教科書に、生物のいわゆる「進化」の考え方は仮説であるというような旨が書いてあって、ショックを受けたことがありました。あと、摩擦の発生するメカニズムについても複数の仮説が記載されていたような。
そんな私は35歳。
問題なのではないか?」という話を周りの人たちとしていた。
どうも、既に解決済みのことばっかり教育されて、
解決してないことをどう扱うかという部分が抜けているんじゃないかと思う。
高校の社会人講師から高校教育や教育というものの仕組みなどを徐々に理解しているところですが、今の高校生(ということは中学生段階で)理不尽なことなどに遭遇しないのがかなり問題なのだと思う。
というか学校生活において「理不尽なことを特別扱いしている」ことが問題の原因たもしれない。
平均的な「よい子」をやっていると理不尽な目には遭いませんよ。
だから「職業について」という講座をやると「どこに就職するか」になってしまう。
女子生徒が「職業、お嫁さん」と書くと「度胸があるな」となってしまう位で、全体としてトンチンカンという言うべき状況です。
以前、ネットの仲間から言われて「そらそうだ」と感心してまったのが「今の世の中、幼稚園から30歳代まで一学年ずつに専用の雑誌(マンガ)だある」というのです。
これにその年齢ごとの「ライフスタイル」があるからまねるだけで「その年代相応の生活が出来てしまう」という面は否定出来ません。
つまりこれ「答えが分かりやすく示してある」なんですね。
apj さんは「本当に誰も分かっていない問題に挑戦する」という意味で「わからなさ」と表現されたのだと思うのですが、自分自身を振り返ってみると中学・高校ぐらいでマンガが無くなって、他に見るモノがないがら大人用の雑誌などに手を出して「分からないな」と「分からないことに対する興味」を刺激されました。
それが、先に書いたように「読むモノ・見るモノが無くならない」社会では、背伸びしてまで知識を満足させようとする理由が無いわけですよ。
だからこそ「ノウハウではなくハウツー」に走って「マナー本」「デート本」が売れるとなりますし、怖いのは「Google にないから世の中にその情報は無い」と決めつける、なんて傾向が出てきていることです。
4月からまた始まった、総合学習の時間にサッカー・ロボを作るという授業では「答えは無いからね」と宣言してやってます。
理不尽なことがあるのだ、結論に到達しないこともあるのだ、ということを経験させたいと思ってやってます。
それはともかく、普通学校でやるテストで、「教科書にはこう書いてあるけど実は仮説でようわからんし、いつひっくり返るかもしれん」と答えさせることはほとんどないですよねぇ。それでもまだ、国語の文学教材の鑑賞だったら、正解が本当に正解かどうかはわからないよね、という話が通じるから、解釈が曖昧なままにしておくことの抵抗が少ないかもしれません。
それが理科になると、答えをはっきり出してくれることを期待され、できなかったらできなかったで「科学で解明されないこともあるから」と今度は全く別のことを信じるところに落ち着いたりする。「わかららないからとりあえず棚上げにして様子を見よう」ということにはなかなかならないよなあ、と思うわけでして。
〜以下、引用〜
子どもたちが小学校で理科の授業を受けるようになったので、「先生は『科学とは何か』ということを教えてくれたかい?」と聞くと「そんなことは一言も説明してくれなかった」と言う。
これはイカンと思い、「科学とは人間が、『出来事』の関係を一番合理的に説明できるように作り上げている物語の一種なんだ」と教えてやった。
ただしこの物語づくりにはルールがあって、まず、誰もが感覚的に認識できて再現性があり数量化できる、客観性のあるものだけを対象にするということ。そして、数理的証明を唯一の道具にして、相互に普遍的であり矛盾してはならないというルールも満たし、その結果、人類すべてが知覚と論理で共有できる物語になっているということも教えてやった。
ついでに、近代科学だけが合理的というわけではなくて、たとえば中世の西洋では「聖書に矛盾しないこと」が合理性の基準であったり、部族社会では野生の思考である「主観的合理性」をもとに立派な科学があったりして、「合理性」が多様であること、だから「唯一の真理」という考え方が実は科学的ではないということと、科学自身がそれに気がつく事が科学の歩みでもあったことも教えてやった。
ここまで言ったのでついでに、人はこの近代科学という偉大な物語の中に生きるべきであるのと同様に、魂のためには、数理的証明を必要とせずに共有する別の物語の中にも生きなければならないことを説明した。
それは、世界や自分がなぜこのように存在するのかという物語であり、それが宗教や神話であるということ、人は科学と同時にこのような物語をも生きるし、時には人が物語に飲み込まれて消えてしまうこともあるくらい、物語とは危険なものであるということも。
最後に、星座の話に例えた。無数の星が人間の思惑に関係なく夜空に散らばっているが、その星を結んでどんな星座を読み取るかは人間の勝手だろう。同じように、世界に散らばる「出来事」を結んで科学という物語をつむぐこともできるし、神話という物語をつむぐこともできる。でもこの二つは区別しておかなければ危険なんだよ子どもたち。
〜引用終わり〜
このあとさらに、「心の中の出来事についての科学」の説明になって、哲学、心理学、精神医学、さらに科学と疑似科学の両方にまたがるいかがわしくて面白い精神分析、そして、神話的科学である神秘主義についての説明が続き、最後に、あるアメリカの包括的思想家の話でしめくくられるわけです。
ついでに「これから学校でイロイロなことを教わるだろうが、教えられることを通して分かってくることは、『本当に大切なことや面白いことは教えて伝わるようなものではない』ということだから、それは自分で見つけるしかない」ということもエラソウニつけくわえるわけですが。
前のカキコで舌足らず過ぎたと激しく反省中です。
学校教えられる内容は、世の科学でとっくの昔に解明されている内容についてのみ教えられていて、現状よく分からないことは、触れられもしないと私は感じていました。つまり「良く分からないところ」=「そこ」について学校で触れてくれて、それに対する姿勢について教育がなされる時代が過去あったのか?(どっちか言うとないんじゃないの?)と言う意味で、あんな感じの書き込みをしてみました。
どもすみませんでした<(_ _)>
え?いままでそこを学校で教育された時代があったのですか?僕は習ってないですよ?