チェックはできるはずだが……
数年前から基盤教育で「科学リテラシー(化学A)」という講義を担当している。
受講者には、文系で高校の理科も初歩的なことしかしていない人が来たりするので、基本的な化学の知識+水や氷の少し突っ込んだ話を例にして化学のトピックを解説+ニセ科学や疑似科学問題、という構成にしている。教科書として指定しているのは、松永和紀氏の「食卓の安全学」で、この本の2章と3章を要約してチェックリストを作るということをレポートの課題の1つとして出している。
大隅典子の仙台通信の記事「森口騒動と大学広報」を読んで。結論から言うと、今の講義内容は今後も続けてみようと考えた。
(1)
教科書に指定している「食卓の安全学」には、新聞社に就職した記者がどんな訓練を受けるかが書いてある。それによると、どんな記事でも書けるようにいろんな分野をまんべんなく担当させて「オールラウンドプレーヤー」を養成するというものである。裏を返せば、特定の分野の専門家がそれにあった分野の突っ込んだ記事を書くことがそもそも不可能な人材養成制度だということである。一年程度で担当部署をどんどん変えてしまうというのが実態で、その理由は「取材相手とのなれ合いを防ぐため」と説明されたと書いてある。
今でもこのような方針で新聞社が記者の人事を行っているのだとしたら、今回の森口氏を間違って取り上げて記事にしてしまうということは起きるべくして起きたことのように見える。この手の誤報を減らしたければ、新聞社が、社内で専門分野の記者を養成する方向に切り替えるしかない。完全に無くすのは無理としても、引っかかりにくくはなるはずである。
(2)
インチキダイエット法などの判断基準としては、坪野吉孝「食べ物とがん予防」の17ページの図を講義資料に入れて紹介している。
主に消費者として騙されないことを目的として紹介しているチャートである。今回の森口氏の場合は捏造が混じっているのでそのまま適用すると先に進みすぎる結果になる。それでも、このフローチャートでいけば、ステップ3かステップ4で右側に分岐し、良くて「ひまな時に参考にする」で終わってしまうだろう。
(3)
大学広報の問題とも絡む内容なのだけど、講義中では常温核融合の騒動の経緯について取り上げている。重水をパラジウム電極で電気分解すると核融合が起きた、という主張で半年ほど騒ぎになった事件だが、この事件は、論文発表前のユタ大学の記者会見から始まった。ただ、仙台通信が言うような「ノーチェック」が原因ではなく、大学執行部が積極的に乗っかった事件だから、事情は異なる。ともかくこのことを例として、「査読のある論文誌への発表を伴わない研究成果のプレスリリースは大学発のものでも危ない」と学生には教えている。
受講者は学生なので、将来新聞記者になり得る人と、新聞記事を読む人の両方ということになる。
記者になった人は、さすがに(1)は職場で自覚するだろうから、(2)と(3)を知っていれば、記事にするに当たってインチキを踏んでしまうことはかなり防げるのではないか。記事にするにしても、その他大勢のプレスリリースと並べてちょこっと扱うのと1面に大々的に載せるのとでは重みがまるで違うので、それも含めて扱いを決める参考にしてほしい。
記事を読む側は、(1)から新聞記事に過大な信頼を置いてはいけないことを知った上で読み、(2)(3)は必要になった時に記事が基準を満たしているのかをチェックする指針として使ってほしい。
限られた講義時間の中で触れただけのものを実際にすぐ使えるようになるかというと、やっぱり難しいだろう。それでも、何も知らずに世の中に出ていくよりは、注意すべきポイントを少しでも知って出て行ってほしい。
大隅さんは広報の立場から議論されているので、私は講義をする立場として書いてみた。