昨日やっと集中講義が終わった。学部の頃にお世話になった夏目先生が声をかけてくださり、千葉大で物理学科の3、4年生を相手に話をした。
先週の木、金と今週の木、金の4日間の日程でやった。初日が千葉大の大学院入試の翌日ということで、4年生(の一部)は多分くたびれているはずだから、講義は午後からにして、午前中は夏目研の院生の前で最近の研究の話をしてほしいということで、そのためのトランスペアレンシーの束もかついで行ったのだった。
出席者は40人前後で、最後までよく聞いてくれた。私はまとまった講義をするのはこれが初めてで、多分他の先生方に比べれば不慣れでつたない講義だっただろうと思うのだが、学生達は最後までよくつきあってくれた。
物理科の学部でやるにしてはちょっと珍しい話になるだろうと思ったので、途中参加も一部だけ参加もOKということにした。私としては、普段と違う話に触れて、何かの折りにヒントにしてくれればと思っていたので、出席についてはきびしく言わないことにした。もっとも、1回も来ずレポートも出さない人に単位を出すことはさすがにできないので、一応のチェックだけした。
講義の内容は、このウェブページのラマン散乱のところに掲載している解説の内容をかみくだいて説明するものである。学部の3、4年だと、量子力学と熱力学と統計力学のグランドカノニカル分布の話などの知識は前提にしてもよい。フーリエ変換も物理数学でやっているはずである。しかし、自分が学生だった頃を振り返ると、とりあえず講義では一通りのことを習うが、習ったことがどういう場面で役立つかが想像できず、使うときになってあわてて昔のノートや教科書を引っぱり出していた。
具体的に書こう。物理数学ではフーリエ変換や線形応答の話を習ったが、そのときにはまさか自分が、矩形波を試料にあてて応答をフーリエ変換して複素誘電率のスペクトルを出すということを、修士の研究テーマでやるとは思わなかった。量子力学では摂動論をやったが、クラシカルな分光では光と物質の相互作用が1次の摂動論で記述できる現象ばかりだとは認識していなかった。摂動計算はそれなりに長いので、時間制限のある試験では出ないだろうとタカをくくって手抜きし、実際その予想通り試験には出なかった。電磁場の量子化もやったが、素粒子論の準備だと思っていた。実は電磁場の量子化をちゃんとやらないと自発放射が自然に出てこない。非平衡統計物理は、学部の間にはやった記憶がない。修士課程で確率過程の話をちょこっときいただけである。実験系に進むと、非平衡系の話に触れる機会そのものがない。液体を扱うのは化学屋の仕事だと思っていた。
私はそれなりに講義にはちゃんと出ていたがこういう認識だったので、もし今の学生もこうだとすると、研究の話まで橋渡しをするには次のような内容を話しておかななければならないことになる。
ともかくこれくらいの予備知識があれば、液体が未だに研究テーマであり続けている理由とか、今我々が提案しているラマンの解析法の特徴だとかをわかってもらえるはずである。
そこで、私は教科書をかき集めて上記の項目についてノートを作った。最初は自分の勉強用に作り、2回目は講義用で関係のないところを極力省略したが、それでも結構な量になったし、途中で式の番号が違ったり書き間違えたりで、なかなかちゃんとできないのだった。やはりこういう作業はコンピュータを使ってファイルに入れて、何回か推敲して直さないと間違いが減らないものらしい。話によっては解説用の図も必要だが、私は迅速にきれいな図を黒板に描くワザは持っていないので、OHPで映すことにした。
また、研究の話は水・水溶液が主になるが、なぜ水に興味を持ったか説明するには水がいかに異常な性質を持つか示す必要がある。そこで、関連の本から図をコピーし、これもOHP用の原稿として準備した。また、他の測定による結果もあわせて示さなければならないので、その図も作った。
こんなことをしていたら、結構な量になった。さすがにこれを全部黒板に描いて学生にノートをとらせるのは酷だし、映されるOHPを見てノートをとるのもきついので、全部コピーして学生に配り、数式部分については私は板書し、そのスピードに合わせて資料を見て貰うことにした。ノートを配っても、それを読み上げてしまうと多分速度が早すぎてついてくるのが難しいはずである。おかげで今度はコピーが大量になり、夏目研の学生さんたちを酷使することになってしまった。よく手伝ってくれたと感謝している。
講義の準備をしていて、私は随分勉強になった。こういうことでもないと、解説用のトラペを作ったりしないし、本をきちんとは読まない。また、話をしてみてやはりまだまだ足りないところがあると実感した。
「私は慣れてないこともあって、多分講義が下手だ。長くプロやってるだけあって先生はうまいよ」
と師匠の冨永教授に言ったら、
「それはごまかし方がうまいのだ」
と言われてしまった。つまり、嘘を教えるのはいけないが、学生に要らぬストレスをあたえないようにわかった気分にさせるワザは必要だということだそうな。
ともかくレポート問題として簡単なのを2つ出し、さらに「講義の感想とこうすれば講義がもっと良くなるという指摘を書け」というのを3つ目の課題にした。最後に「自分ならこんなことを調べる、という研究のアイデアがあったら何でも良いから書いてね」とやった(他人のアイデアに頼ろうという魂胆が丸見えな課題である)。採点の基準は最初の2つができていればOKである。ほとんどの人ができるだろう。
実は私が本当に知りたいのは3つ目のやつだったりする。そこで正直な感想が返ってこないと、もし次にどこかでやるときにあまり改善されないままやることになるからだ。できる限りのサービスはしたつもりだが、不慣れでつたない講義に対し、かなり厳しいことを言われるのではないかと内心ちょっと恐い反面楽しみでもある。
とりあえは、講義内容をTeXファイルにでもして、じっくり改訂するというのをやりたい。熟成させれば、もうちょっと研究の風景を伝えられるものになるのではないかと思うから。