雑記帳

謎の告発(2000/03/06)

 3月19日付けのサンデー毎日に、私の元指導教官がスクープされちまいました。見出しに曰く、
東大教授の錬金術
院生名義の通帳つくり架空研究費を振り込ませる
軽部征夫 国際産学協同研究センター長
だって。

 ここ数年ごぶさたしてたから、最初見出しを見たときは、一体何やったんだ?って思ったけど、中身を読んでみると大したことはない。「錬金術」で、一瞬「常温核融合」の実験にでも走ったか今頃、って思ったけど、これは単なる比喩で、院生に銀行口座を作らせて、院生の知らぬ間に金の出入りがあったらしいという話だった。

 解せないのは、なんでこういう告発があったのか、もっというと、何でそういうネタをサンデー毎日に売る奴が出てきたかの方なんだよな。告発した奴の戦略が全く見えない。以下これを論じることにするよ。

 まず軽部教授だけど、研究費の私的利用などしそうにない。人柄が...という理由をここで書けば本人は喜ぶかも知れないけど第三者は信じないだろうから、しそうにない状況の方を説明しておくと、そもそもそんなことをする必要が無いんだよ。大体、企業で講演会をすれば、講演料とお車代で結構な収入になっているし、一般向けの本の印税も収入になっているはず。公務員がこういう副収入を得ると、真っ先に目をつけるのはサンデー毎日じゃなくて税務署の方なわけ。それは教授本人も充分わかっているから、領収書全部保管して、収入も全部記録して、ちゃんと申告して税金払うようにしている。そういう収入に比べて、出張旅費の上前なんてのはハシタ金でしょ。マルサに気をつかって金の管理をやってる人が、わざわざリスクを犯してそんなハシタ金をどうにかするとはちょっと考えられない。

 ネタ売った奴だけど、記事によればどうやら卒業生らしい。通帳を見せてるから、通帳のコピーくらいはサンデー毎日に渡ったと見るべきだろう。で、これを告発して本人が得をするかっていうと、長期的に見て何の得も無い。取材で幾らか貰ってその時は良かったかもしれないけど。調べてみて結局教授は着服も何もしてなくて、単に口座をちょっと利用させてもらって苦学してる院生に出張旅費を配分してただけ、せいぜいそのときずぼらして2人分を1人の口座に入れて引き出した後は2人に振り分けてました、って話しか出てこないなら、この告発でつぶれるとしたらその金の流れだけだよね。とばっちり喰うのは今後旅費がもらえなくなるかもしれない、今在学している院生達でしょ。

 今在学してる連中は、旅費がもらえるっていうメリットがあるからこの手の話をわざわざ週刊誌に売りつける必要はない。そんなことしたら自分の首をしめるだけ。昔の卒業生なら、今更こんな話題を持ち出しても話題性に欠けるから、手間かけてやらんだろうし。

 「不適切な支出があれば研究費の交付取り消し」だそうだけど、もし院生に旅費を払うときにやったことが「不適切」となった場合は、すでに支払った旅費を返還してもらうわけで、この場合は院生から徴収するのが筋だろうね。だって、もらっちゃいけない分をもらったことになるわけだから。

 確かに、取材でしゃべった院生の話が本当なら、知らない間に口座を作っていたことになる。何でこれが一般の銀行で可能なのかというのはともかく、これは確かにドジだよね。普通、こういうことをする時は、名義借りる本人の了解をとるものだと思う。たとえそれがよろしくない事であったとしても。そこをすっ飛ばしたのだとすると、まあ確かに何か変だよ。研究室の内部で、意志疎通が不可能な状態にでもなってるのだろうか。

 で、もしそういう口座を作ったり、という相談すら持ちかけられないほど、院生とスタッフの間のコミュニケーションがとれない状態なのだとすると、逆に謎が残る。そろそろ取材がありそうだってのがわかってたわけでしょ。在学中の院生が、「通帳を返された」って言ったらしいけど、わざわざ返すかねそんな時期に、そんな信用できない相手に。証拠渡してるようなもんだよね。本気で取材に対して秘密を守りたきゃ、スタッフだけで口裏合わせて「そんな口座はありません」ってやった方がよっぽど確実だよね。

 で、ここまで考えて、「一体何が目的で告発したのか?」ってことが疑問になる。

 最初はどっかのサヨクかぶれが産学協同の足を引っ張ろうと思って、不満をもってそうな院生抱き込んだかとも考えたけど、大学の独法化が話題になってるときだし、産学協同は大学の生き残り策になる可能性があるから、これに反対するメリットって大学人にはなさそうだし。

 そうすると、後は単に、自分の口座を利用された卒業生が、その金は本来自分がもらえるはずなのにもらえなかったと勘違いして告発したか、それとも不満が別にあって単なる憂さ晴らしで告発したか、という線しか出てこない。前者だったら、幾ら何でもサンデー毎日にネタを振る前に、まず「金払いやがれ」って教授なりスタッフなりに直接交渉するのが普通だよね。で、そこでの対応に不満があったから週刊誌に....しかし記事をどう読んでも、告発した院生が直接スタッフと交渉したり、事を正そうとしたけどだめだったって話は出ていない。そういう直接交渉は一切なしにいきなり週刊誌にネタを出したのかな。憂さ晴らしの後者だったら、いきなり週刊誌ってのも有りそうだけど。
 でも、サンデー毎日はよく書いてくれてるから、誰が告発したかは完全に特定可能だと思う。通帳を預けた人で、卒業時に通帳の返還を求めた人で、海外に行ったことがあって、そのあいだに金が引き出された人。もう一人は、フィールドワークが必要な仕事をしていて、農水省の外郭団体からの振り込が行われた人。しかも研究テーマ(学位論文などでわかる)と農水省の仕事(これは公開された情報があるはず)が無関係。これだけあれば充分だよね。で、私が居た頃には、そういう通帳を作られるという話は無かったから、それ以後、つまりこの4年以内で在学し最近卒業した院生に範囲は絞られる。

 取材に応じた院生達の話の中に1回も、内部で追求を試みた、あるいは談判したって話が出てこないことが、私にとってはかなり不気味だ。わざとそういう話を書かなかったので無い限り、この院生と卒業生達は、内部では一切議論をせずに、いきなり外に話を出したことになる。こういう行動パターンをする人間は、おそらくどこの職場に行っても要注意人物になるだけだと思う。ブラックリスト入り確実だろう。言いだしっぺは、まさかこの後も教授と同じ分野で仕事を続けられるとは思っていないはずだろうから、別の分野に行ったか関係のない会社に行ったかそれとも就職でこけて無職かじゃないかと思うけど、どこに行ったとしても、その行動パターンがいずれ自分の首をしめるはずだ。だって、「説明してくれ」って要求なしにいきなりマスコミにネタ振りじゃ、危険人物以外の何者でもないから。

 私は別に「告発はいかん」と言う気もないし「取材に応じるな」という気もない。だけど、自分の手持ちのカードの効力と切るタイミングだけは、どういう戦略でやるか充分考えないと、意図したのと違う結果を引き出すだけだ。



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