雑記帳

「論文盗用あっせん」の不可解(2000/03/14)

 3月26日付けのサンデー毎日に、私の元指導教官が2週連続スクープされちまいました。見出しに曰く、
東大教授疑惑第2弾
パクリ特許
論文盗用をあっせん…

 共同研究者から、2週連続スクープされてますけど、って連絡があったので、サンデー毎日を買ったのだけど。しかし、さすがにこれは誤解を招きかねない部分があるので、学位取得とはどういう順序で行われるかを書いておく。

 現在、私は、冨永教授のすすめで、今年の9月に2つ目の博士号(博士(理学))を論文博士でとるべく、現在学位論文を執筆中である。

 博士号には取り方が2つある。1つは課程博士で、これは大学院後期課程に入学し、3年前後(第3種は4年)在学して必用な単位をとり、論文になる仕事を指導教官のもとで行う。研究がまとまったら普通は3年の後半に学位論文と必要書類を提出し、教授会の定める審査委員に審査をして貰い、オッケーが出れば学位を取得できる。研究のすすみ具合によっては、3年以上かかる場合もあるし、3年以内で取る人もまれにだが居る。

 学位取得に必用な公表された論文については、大学や研究科によってまちまちで、例えば、話題の東大先端研の大学院である先端学際工学専攻では、査読のある欧文誌に3報アクセプトされていることが条件である。アクセプトとは、論文を編集者に送り、編集者経由で専門家が審査した結果「公表してよろしい」と連絡してきている状態である。実際の公表は、印刷と出版に2、3カ月はかかるので、もう少し後になるが、ともかく「アクセプト」がもらえさえすれば、確実に印刷・公表されることになる。
 私が在学した、東京大学医学系研究科第一基礎医学専攻では、審査委員候補となる先生にうかがったところ、「論文は学位が通ってから公表すべし。公表された成果はすでにthesisではない。」と言われたので、私は公表された論文無しに学位を取得し、取得後欧文誌に投稿して公表した。お茶の水女子大では、課程博士で学位を取る場合には公表がかならずしも必用ではないが、「印刷公表予定」という書類に、どこに投稿するつもりか書くことになっている。すでに公表している場合はそれを業績リストに書く。

 一方、論文博士(論博)の場合は、まず、印刷公表された論文が必用である。それも1つではダメで、基準はこれまた大学や研究科によってによってまちまちだけど、大体3報以上10報以内程度が最低ラインとされる。しかも、論文の内容がばらばらではだめで、あるテーマに沿っている必用がある。
 他の大学の細かい基準は知らないが、現在手元にあるお茶の水女子大学の論博申請の書類の一部を抜粋すると、まず必用書類として、以下のようなものが要求される。

ア.予備審査申請書(本学所定用紙)
イ.学位論文。主な内容が既に印刷公表されたもの又は印刷公表が確実なもの
ウ.論文要旨
エ.論文目録
オ.履歴書
カ.同意承諾書 提出論文に共著者がいる場合(別紙様式6)
キ.本研究科担当教官の紹介状
ク.申請理由書

 このような必用書類をそろえて予備審査を受け、論文受理決定になれば、学位論文を提出し、本審査を受けることになる。

 サンデー毎日の記事と関連するのは、赤で示した「同意承諾書」が要求されるということである。課程博士の場合は、指導教官の指導のもとに院生本人が仕事をすることになっているから、院生の書いた論文は共著者がいても、院生の仕事と見なされる。実際に、それが院生の仕事となるように教官が指導するのだが。一方、論博では、指導教官は存在せず、申請者があちこちで出した成果に対して審査を行う。共著者のいる論文で、別の著者もそれを自分の仕事だと主張して学位を申請した場合、誰の仕事かはっきりしなくなる。他人の業績で学位を取るのは大変にまずいので、それを防ぐために、確かにその論文は学位申請者が中心となった仕事であることを、共著者に同意してもらい、審査委員に対して証明する必用がある。そのために「同意承諾書」が必用となる。同意承諾書の書式は、たとえば私の手元にある書類では、以下のようになものである。

同意承諾書
○○○○氏提出の学位論文中、私と共同研究の下記の部分については、同氏の学位論文とすることを承諾致します。
1.「・・・(発表テーマ)・・・」 掲載誌名・号数・ページ 等
2.「・・・(発表テーマ)・・・」 掲載誌名・号数・ページ 等
 年 月 日             共同研究者  氏名  印

 サンデー毎日の記事では、サインした学生の主張として、
「助手が博士号を取るため論文が必要というので、助手に言われ、私の論文を助手に譲るという趣旨のA4版1枚の契約書に署名、捺印しました。同じ東大生からとなると論文の提出先が同じなので、外部研究生として研究室にきている日本女子大、埼玉工業大、東京理科大の学生が主にサインさせられました。OBにまで手紙で(権利放棄の)契約書を送りサインを求めています。」
と書かれている。軽部研では、日本女子大、埼玉工業大、東京理科大の学生(4年生と修士課程の学生)が来ていたが、4年生では、単独でアイデアを出し、実験し、結果を出して欧文誌への投稿するのはほとんど無理で、スタッフ(おそらく助手)の誰かが研究指導していたはずである。修士課程でも、自分でそういうことを全部こなせる人は滅多にいない。大体、自分の研究を自分が主導権を握って進め、自分の名前で印刷公表するというのは、博士課程の院生に対して要求されることである。
 普通の研究室では、学生の在学中あるいは卒業後に、研究室スタッフの誰かがその学生の名前も入れて論文を書いて公表することになる。冨永研究室でも、修士課程の院生卒業後に教授が院生の名前を入れて論文を投稿し公表している。
 軽部研の助手は私と同い年で、私が博士課程在学中に、博士課程を中退あるいは進学を止めて助手になった。軽部研は大所帯で多数のプロジェクトが走っており、その雑用が非常に多く、助手が自分で自分の学位のための実験をするのはほとんど不可能である。助手達は卒研生を指導して成果を出し、共著で論文を出したものをまとめて、論文博士を申請して学位を取得しているはずである。そして、このとき必要なのは、その仕事を主にやったのはその助手であるということを示す(権利放棄の契約書ではなくて)同意承諾書である。そして、これは共著者全員の同意が必要なので、共著者がすでに卒業していてもちゃんと連絡をとるのが当然である。OBだという理由で承諾を求めないというのは許されないことなのである。
 博士課程の院生は、自分が主体となった論文が必要だから、他に学位を申請しなければならないような人との共同研究は避けるように指導される。そのかわり研究の主導権は完全に自分が握ることを要求され、その結果失敗してもそれは自分の責任である。研究内容はnewかfirstで、かつきちんとした文脈でまとめることが必要である
 修士課程にはそこまで要求されない。修士課程はある意味努力賞である。4年の卒研は、きちんと研究をさせて卒業されることが、本人ではなく教官の方にに要求される(本人がまったく大学に来なかったりする場合は別)。こういう状況では、研究の主導権は、むしろ研究指導者にあると考えるのが普通である。

 私はかつて、軽部教授の方針に真っ向から逆らって自分のテーマで学位を取ると宣言し、教授に研究費を出すことを同意させて、博士(医学)を取得した。半年に渡ってテーマで軽部教授と喧嘩してた。だから、サンデー毎日にしゃべった学生達にこれだけは言いたい。

本気で不満があるなら、自分の研究に責任をもって、指導教官の言うことなど無視して立派に成果を出して見せろ。その度胸も能力も自信もないなら黙って従え。

 あ、ちなみに申請予定の論博の仕事の中身は、冨永教授に向かって「先生の方法は間違ってます」って主張して出した結果をまとめる予定だったりする。何で私は行く先々で誰かの研究をたたき落とさないと自分の仕事が始まらないのだろうかねぇ.....。



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