第0章:何か話が違うんだけど

 私の専門は物理学である。修士課程は、お茶の水女子大学理学研究科物理学専攻に在学していた。冨永教授のもとで、TDR(Time domain refrectometry)の装置の立ち上げを行い、DNAゲルの凍結過程を測定し、結合水の振る舞いを調べることが修士論文のテーマだった。生体分子の機能に水の動的構造がかかわっているのではないかという冨永教授の考えは、私にとっても魅力的なもので、1年が過ぎた頃には、そのテーマをもっと掘り下げたいと考えるようになていた。

 しかし、冨永研究室はもともと誘電体(KH2PO4)の相転移をやっている研究室で、水や生体物質を取り扱いはじめてからまだ間がなかった。生体機能というと真っ先にタンパク質の性質が頭に浮かぶが、冨永研究室の設備やノウハウでは、タンパク質試料を望むままに取り扱うのは無理であった。そこで、もう少し生体寄りの研究のための技術を身につけたいと考えて、そういうことができる研究室に進学することを考えた。将来は、生物物理か生理学を専門にしようと思っていた。

 そこで、工学系の学生も受け入れている東大の医用電子研究施設に連絡をとったのだが、学会で最も多彩な生体計測を発表していた研究室の教授は、定年間近で博士課程の学生を受け入れていないことがわかった。次に、同じ施設内の人工心臓の専門家である藤正教授のところへ行ったら、「ウチは心臓作ってなんぼだから」と言われ、計測に興味があるなら、バイオセンサーの軽部教授のところはどうかと勧められた。このときに、はじめて私は軽部教授の名前を知った。

 軽部教授は、医学部と工学部の工業化学・合成化学科(現在の化学生命工学科)を兼任していた。まだ、先端研の大学院はできていなかった。従って、医学系研究科の試験か工学系研究科の試験のどちらかに受かる必要があった。私は、化学が得意ではなく、半年あまりで有機化学や分析化学などを完全にマスターするのは無理だと思った。医学系の試験は、英語とドイツ語(2000語レベル辞書持ち込み不可)で、あとは所属予定研究室の教授が出す問題を解いて、面接をうければ入れる。英語のレベルは、作文はともかく読む方は中の上程度のはずだったから、ドイツ語2000語の暗記と文法の復習を半年ですれば、何とかなるだろうと考え、医学系研究科を受験することにした。

 博士課程の受験をするには、受験に先立ち、希望する研究室の教授に受験許可を貰う必要がある。その時には、希望する研究テーマとその研究室で可能なことがちゃんと合っているかなどを確認する。私は、先端研の軽部研究室に行き、教授に会って、結合水も含めてタンパク質の機能を説明することに興味があり、水が本質的に効いている系を探して測定したいことや、私が調べた中では最もいろんな測定をやっていそうなのが軽部研であることを伝えて、受験の許可を貰った。研究室の見学もさせてもらったが、何部屋もあって、非常に大きな研究室でびっくりした。「いずれメンバーが100人になる」と教授が勢い良く語ったのが印象的だった。試験についてはまず語学の勉強をし、受験2週間前くらいになったら一度軽部研に来て、教授の専門分野の参考書について情報をもらうことになった。

 試験の準備を、TDR装置の立ち上げと並行して進めて、何とか測定にもめどが立った11月半ばが試験だった。筆記試験を済ませた後は、第一基礎医学専攻の先生方の前で研究などについて訊かれる面接だった。私は、生体と水の話をして、水の動的構造が生体にとって重要な役割をしている可能性があるが、なかなかはっきりした結果が出ないので、何とか明らかにしたいのだと言った。面接の先生の誰かが「超音波エコーをやってるときにも水が関係するかもしれないが、どう思うか」といったようなことを質問してきたので、生理学者にとっても水の問題は関心のあるテーマなのだと感じた。

 何とか修士の発表も済ませ、私は軽部研で新しい研究テーマに取り組むことになった。テーマについては自分でもあれこれ考えていたのだが、半年位はじっくりどういう系をやるか見極めることに費やそうと思っていた。ところが、軽部教授に脳の研究をしないかと言われた。最初は気の乗らない返事を返していたのだが、教授が熱心に勧めることと、前任者からの引継仕事で、それをやればさし当たり酵素センサーの製作や電気化学測定の経験を積むことができるので、興味は無かったがとりあえず始めることにした。今にして思えば、このとき、きっぱり断っていれば余計な苦痛を受けなくて済んだのにと思うのだけれど。


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