気体に対しては粒子間の相互作用が小さい極限の状態を考え、固体に対しては粒子間の相互作用が強く粒子が平衡位置に束縛されている状態を考えると、簡単な数式でそれぞれの特徴を表現することができる。しかし液体に対してこのような単純なモデルを作ることは難しい。液体は気体よりもはるかに密度が高く、それぞれ構成粒子は周りの他の粒子の影響を強く受けながら、頻繁にその位置を変えている。液体を構成する粒子の間には位置・動きともに相関があるが結晶のように固定した空間的構造を考えることはできず、ある粒子に着目したときに周りに何個の粒子がどれくらいの距離のところに存在しているかといった、時間でならした平均構造を考えることになる。また、構成粒子の運動の様子に注目して液体の特徴を記述することもできる。ともかく液体を記述するには、それを構成する粒子の相互作用について理解する必要がある。
液体の研究手段は大きく分けると4つある。まず、1)比熱など熱力学量の測定によってマクロな性質を調べるという方法がある。次に、2)X線や中性子による散乱実験では時間的にならした液体の平均的な空間構造の情報を得る。さらに、3)NMRや光散乱・吸収などでは、液体の構成粒子の運動について調べることができる。一方、4)計算機上で液体状態をシミュレートして、測定によって得られた結果を再現できるような構成粒子間の相互作用を探す方法もある。これらの手法で得られた結果に矛盾がなくなれば、対象とする液体をほぼ理解したといってよい。
液体には、構成粒子間の相互作用が比較的単純なものも複雑なものもある。不活性ガス液体や単純二原子分子(N2など)は、単純な例としてこれまで詳しく調べられている[1,2]。アルコール類や水など水素結合が存在するような多原子分子は複雑な例で、最近特に研究が進んでいるがまだわからないことも多い。例えば、水は摂氏4度で密度が最大になるが、第一原理計算からこの性質を出すことはまだ未解決である。
我々は低振動数ラマン散乱という手法を用いて液体のスペクトル測定を行っている。測定結果を第一原理計算で完全に説明できてしまえばそれで終わりなのだが、これはまだ難しい。そこで、簡単な現象論的モデルを用いてスペクトルを解析し、分子の運動に関する情報を取り出すことを試みている。
他の液体にはない特異な性質を持つことと[3,4]、生物にとって重要な液体であることから、特に水と水溶液について重点的に調べているので、その結果を主に述べる。なお、水の構造についてはphonon-fracton crossover[5]やmode coupling theory[6]といった概念を適用して理解しようとする試みもある。