5.TDR測定の実際

2.サンプルセル

 測定する周波数領域によって、サンプルセルを交換する必要がある。低周波領域の測定では、セルの静電容量が大きいものを使用する必要がある。同軸型セルの場合は中心導体の長さが長いもの、サイズが大きいものを使用する。逆に高周波領域の測定では、中心導体の長さが短く小さいセルを使用する。これはネットワークアナライザを用いて周波数領域で測定する場合と同様の理由による[36,39,40]。静電容量の大きいセルを用いないと低周波数領域では十分な感度が得られない。測定周波数に対応する電磁波の波長がセルの大きさと変わらなくなってくると、セルがアンテナとして働き、入射した電磁波が出ていってしまうため反射がうまく起きなくなってくる。

 105.5〜109 Hzの測定ではd=1.0 mm またはd=2.0 mmのセルを用い、107〜1010 Hzの測定ではd = 0.01 mmの接触型のセルを使用するのが目安であるが、セルの径やdの長さによって多少異なる場合がある。

接触型サンプルセルの製作

 インピーダンスが50 Ωのセミリジッド同軸ケーブル(SC-219DおよびSC-358D、CO&AX CO.,Ltd)の片側にSMAプラグ(AX-303-2およびAX-301、CO&AX CO.,Ltd)をとりつけたものを使用した。SC-219Dは外径2.19 mm、SC-358Dは外径3.58 mmである。ケーブル長は1 mである。外部導体は銅で、内部導体はSC-219Dが銀メッキ銅覆鋼線、SC-358Dが銀メッキ銅線である。
 プラグの取り付けはハンダ付けで行うが、業者に頼んだ方がいい。プラグのとりつけがまずいとそこでインピーダンスミスマッチが起こり、変な反射が出てくる。業者に頼んでもばらつきがあるので、何本か作って良い物を選んで測定に使うようにする。

接触型プローブ
図5.2:接触型プローブ

 試料に接触する部分は平らに磨いて開放端とする(図5.2)。このプローブをそのまま緩衝液などのイオンを含む溶液中に浸すと腐食してくる。TDRの測定では中心導体に200 mVの繰り返しパルスを印加し続けるので中心導体の腐食が起こりやすい。腐食が起こるとプローブの電気長が変化し測定の再現性が悪くなり、またサンプル量が少ない場合は試料に不必要な金属イオンを混入させることになり試料が変質する。これを防ぐために、プローブの先端部 2 cmと断面に金メッキを行った。

 まず、メッキを行う部分をエメリーペーパーでよく磨き、アセトンで洗浄した後2 Nの塩酸に1分浸して酸化皮膜を除去した。先端部を2 cm残してテフロンテープで覆い絶縁した。金ストライクメッキ液(ニュートロネクスストライク、EEJA)にプローブ先端を浸し、SMAコネクタ側にはSMAjack-Njackのコネクタを介して中心導体とガルバノスタット(HA-51, HOKUTO DENKO Ltd.)を接続した。対極には1 cm*2 cmの白金板を用いた。ファンクションジェネレータ(HB-104, HOKUTO DENKO Ltd.)により、-50 mA/cm2の電流を、内部導体には3分間、外部導体には1分30秒間通電した。このときプローブ表面から気泡が発生するので、よく撹拌して気泡を速やかに取り除く必要があった。この操作で、プローブ先端部分は金色の光沢を示すようになった。中心導体の断面が完全に金で覆われていることを実体顕微鏡下で確認した。次に金メッキ液(ニュートロネクス210、EEJA)を用いて、-4 mA/cm2の電流を外部導体および内部導体に30分間通電した。再度、断面に金が一様に析出していることを実体顕微鏡で確認してから測定を行った。

 メッキ液の使用条件は、カタログ推奨値では金ストライク液が20 ℃ 〜 40 ℃、金メッキ液が60 ℃ 〜 70 ℃である。しかし、プローブの温度を40 ℃以上にすると、導体と絶縁体の熱膨張率の違いのためにテフロンが先端部分からはみ出してきた。この状態では、中心導体の表面にメッキ液がうまく拡散しないので金の析出が起こりにくくなった。また温度を室温に戻しても元の形に戻らなかった。室温よりも温度を下げて収縮させた場合は、先端を平らに磨いたあとと同じ状態に戻すのは難しい。セミリジド同軸プローブは15 ℃から40 ℃の範囲で温度を変化させると電気的な特性がヒステリシスを描いて変化する[41]。これらの理由によりメッキは常に室温で行った。

 蛋白質水溶液など、導電性の試料の測定を1日行ってもプローブ表面の変化は起きなかった。3日以上使用すると、銀メッキ銅覆鋼線の中心導体では断面が部分的に変色してきた。これは金メッキの下から腐食してきたものと考えられた。誘電体との境界部分が特に腐食してくるということはなかったので、誘電体と導体部分の密着性は良いと思われた。銀メッキ銅線が中心導体の場合は3日以上使用しても腐食はみられなかった。

 メッキを行う場合、鋼線材料では酸化皮膜ができやすいのでその下に金を打ち込まなければならない。また本メッキをいきなり行うと、金の析出と同時に表面が腐食してきてうまくいかなかった。特に材料が鋼線の場合は最初に金ストライク液を使用する必要があった。銅の場合は表面の酸化皮膜や汚れを除去しておけば、金ストライク液を使用しなくてもメッキは可能であった。しかし最初に薄く金を析出させておいた方がメッキの結果が良かった。鋼線よりは銅の方がメッキが容易でありはがれにくい。中心導体が銅線のセミリジドケーブルは、外径2.19 mm以上のものが入手可能である。

 なお使用した金メッキプロセスはシアンを使用しないので危険でない。大量に使用する場合はドラフトが必要だが、少量ならば特別な設備なしに通常の実験操作でメッキが可能である。廃液は金イオンを含む液として処理すればよい。

溶液用同軸セルの製作

 SMA jack-Jackのコネクタの片側の中心導体に金製の電極をとりつけたものを同軸型のセルとした(図5.3)。その際、絶縁体が空気の部分も50 Ωのインピーダンスを持つように電極の直径を定めた。このコネクタ単独ではセルに試料を十分に満たすことができないので、SMAのストレートプラグ(AX-301, CO&AX CO.,Ltd)を接続して外部導体を延長して用いた。試料は、内外導体の間に挿入して測定した。中心導体の長さは1.0 mmと2.0 mmの2種類とした。
溶液用同軸セル
図5.3:溶液用同軸セル

 コネクタの中心部の導体は、細いパイプであるが、完全な円筒形ではなく切れ込みが入っている。金電極をとりつけるときはしっかりと差し込んで、隙間から試料が入らないように気をつける。
 コネクタ自身は金メッキされているのでかなり腐食しにくい。腐食してきたら金電極を取り外して新しいコネクタに交換する。

 このセルは、5 mの同軸ケーブル(SUCOFLEX141Pe、SHUNNER)にとりつけて使用した。誘電率の計算時には、反射波のベースラインを決める必要があり、そのために反射が起きる前の部分のデータを用いる。時間レンジを長くして低周波の測定を行うときにはサンプリングヘッドからサンプルセルまでの距離をのばしておく必要がある。
 10 GHz付近を取りたいときは接触型サンプルセルで長さ50 cm程度、それより少し下をとるときは1 m、数十MHzまでなら3 m程度、それ以下は5 mにして測定している。テストセットにとりつけた部分の反射が測定範囲に見えないことと、ケーブルそのものの損失が目立たないことのかねあいで決めている。長いケーブルをつないで時間の短い測定をすると、ケーブルのロスにより立ち上がりがいつまでもだらだらと続く。立ち上がりが終わったら信号が平らになっている状態が、ロスが目立たない状態である。

 セミリジドケーブルを利用した接触型サンプルセルは、温度変化に弱いので、温度変化の測定のときは絶縁体がガラスや石英ガラスのものを作るか、HP社から発売されている温度変化用のセルを使用する必要がある。絶縁体がテフロンやダイフロンのものは、温度変化によって特性が変わるので注意すること。


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