タイトル | 朝日選書392 幻の大発見 科学者たちはなぜ間違ったか |
---|---|
著者/訳者 | アービング・M・クロッツ 四釜慶治 訳 |
出版社 | 朝日新聞社 |
出版年 | 1989 |
定価 | 1200円 |
ISBN | 4-02-25942-6 |
科学の研究の現場において、人間が下す判断がいかに誤りやすいかということを例を挙げて解説した本。1、2章は著名な学者が犯した誤りについて述べている。 ポリウォーター(重合水)はロシアの科学者デルヤーギンによって発見された。100万分の数メートルという細い管の中での水の飽和水蒸気圧が普通の液状の水よりも低くなり、かつその現象が毛細管の直径の変化に依存しないという報告に始まった。管の直径に依存しなかったという観察結果から、デルヤーギンは水に変化が起きたと考えた。さらに、この水は普通の水の15倍の粘性と1.5倍の熱膨張率を持ち、沸点はセ氏150度以上、凍るのはセ氏−15度から−30度の間だと報告した。ただし、このとき他の液体(アセトン、メタノール、酢酸)でも同様のことが起こったがこれについては省みられることがなかった。 ポリウォーターを支持するグループも反対するグループも、他の実験手段による証拠を集めはじめた。支持するグループでは、赤外吸収の実験がなされ、液体の水を特徴づけるピークが普通の水のおよそ半分のところにあらわれた。NMRの実験結果とあわせて、より強くて短いH−O…Hの結合の存在を示唆していた。さらにこの結果は量子力学計算でも支持された。 一方で反対するグループは、ポリウォーターを分析して不純物が含まれていることを見つけた。また重水を用いてポリウォーターを作ってみたところ、重水素は水素よりも重いから赤外のスペクトルは水とは異なるはずにも関わらず、水の場合と全く同じ赤外スペクトルを得た。なお、反対陣営も賛成陣営も、ポリウォーターを大量に製造することはできなかった。 最終的に、デルヤーギンが報告した観測結果は、水の異常な性質ではなくて、混入した不純物の効果によって説明できるということで1973年に決着がついた。デルヤーギン自身もポリウォーターの成分を分析し、不純物の混入であるという結論を報告している。 この騒ぎは、プロの物理・化学の研究者を多数巻き込んで起こったし、それを支持する理論がつくられたり応用が開発されたりしたあげくにつぶれてしまったので、騒ぎが終わってからしばらくの間はこれがトラウマになったらしく、水の研究をするグループが減ってしまった。水を研究しているというと何だか胡散臭いと思われてしまう雰囲気があったらしい。最近になって、この騒ぎを知っている世代が定年を迎えて研究者が入れ替わりつつあり、再び普通の研究対象として研究が進みつつある。うちの研究室で水に手を出し始めたころは、この余韻が残っていてそんなに大勢の研究者がやっていなかったので、もう少しのんびりやれるかと思っていたのだが、最近になって研究者の数が増えてきたので、ちょっとがんばらねばならなくなってしまった。 4章ではさらに、こういうことがあったにもかかわらず、ポリウォーターが終結してから5年後にまた新たな異常水の発見があったという話を紹介している。「雪解け水が普通の水よりも生物学的に活性がある(植物は普通の水よりも雪解け水の方をよく吸収する、など)」という話である。 雪解け水なら、ミネラルその他の成分を含んでいることが考えられるし、植物に対する効果は混入している成分によるものだとまず考えると思うのだが、なぜ一足飛びに水そのものの性質として説明しようとするのか私にはわからない。 4章の最後は次のように締めくくられている: |